Neetel Inside ニートノベル
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 質問:いざ初めてのセックスという時、突然現れたゴリラに彼女を強奪されてしまいました。一体どうすれば良いのでしょうか?

 発言小町でも教えてgooでもOKWebでもはてなでも、こんな質問をすれば無視されるのは自然の摂理であり、唯一答えてくれたYahoo知恵袋の解答者の中身はVIPPERで、当然真面目に考えてくれた訳ではありません。救いようの無い世界です。
 この問題は、人に尋ねて解決する範疇をとっくに通り越していますし、「あ、それ私も似たような経験ある」と話に乗ってくる人は詐欺師の類ですので騙されないように気をつけましょう。つまり今この問題を解決出来るのは自分以外に居る訳が無く、いつまでも唖然としてばかりもいられませんし、HVDO能力も復活したようなので、いよいよ本腰を入れて、主人公らしく振舞っていくとしましょう。
 まずは追跡です。謎のゴリラに突き飛ばされた時、軽く脳震盪を起こしていた頭を引きずって立ち上がると、自分の身体が自分の物じゃないように感ぜられ、何歩かよろめきました。ゴリラは三枝委員長を片手で軽々と抱えて、ぶち破られたドアからうっほうっほと出て行きました。ドアの破片が自分の未来を暗示しているようで、なんとも不吉な予感。
 三枝委員長の部屋の位置は、屋敷を東西に見たてた時のちょうど真ん中で、来る時に階段を3つ上りましたので、ここは4階のはず。部屋を1歩出ると左右に廊下が広がっています。いくらゴリラが霊長類でも無類のタフネスを備えているといえども、4階の高さからはそう軽々とは飛び降りないはずですし、実際、部屋を出てすぐの窓も割れてはいませんので、ゴリラは東西どちらかに向かって進んだという事になりますが、流石に起き上がるのが遅れた上に、生ゴリラの移動速度は半端じゃなく、既にどちらにも姿は見えません。
 ほんの3秒ほど考え、自分は迷わずに右に進路をとりました。この道は必ずゴリラに通じている道です。
 何故自分には、ゴリラの取った進路が分かったのか?
 この答え、実は凄く簡単な事でして、分かれば「なんだそんな事か」と思われるでしょうが、脳を動かす練習がてらに、皆様是非とも少し考えてみてください。答えは、次の段落の最初に発表します。
 その時間を使って自分は、ゴリラ対策について考えていきたいと思います。
 何せ相手はゴリラですから、力で勝つ事は不可能です。両手を互いに握り合って力比べの状態となった途端、自分はただの肉塊へと成り果てるでしょうし、自分にはくりちゃんのようなマーシャルアーツの心得もありませんので、勝てる見込みは完全に0です。
 ならば頭では勝てるのかというと、まあ多分勝てます。しかし、足し算早解き対決をゴリラに申し込んだ所で、何の事やら分からず解答用紙をむしゃむしゃ食べられるのは容易に想像がつきますし、そもそも申し込みに応じて大人しく机に座ってくれるとも思えません。もしもあのゴリラが、本物のゴリラならば。
 ではいかにしてゴリラから三枝委員長を奪還するのか。という話になりますが、自分は既にこれにも答えを出しています。この答えも、並行して考えてみてください。


 ゴリラを追いかけて自分が辿りついたのは、最初に案内された応接室のすぐ隣、舞踏場でした。そもそも自宅に踊りを踊る為の空間がある事自体が奇妙極まり無いのですが、ゴリラがここを目指したのはそれ以上に奇妙です。バロック調とでも言うのでしょうか、高い天井からはシャンデリアが、中二階には高そうな絵画が飾られていて、カーテンはそのまま船のマストに使えそうな程に長く大きい。気を抜いたら貴族が出てきそうな雰囲気さえありますが、そこに佇んでいたのはたった1人の女性でした。
 あ、その前に、どうして自分がこの場所にたどり着けたかの答えあわせをしましょう。
 まだ分からない方の為に、ヒントをいくつか用意しました。ここは隅々まで手入れの行き届いた、素晴らしい屋敷であるという事。三枝委員長を攫って行ったのは動物園でも滅多に見られないような大きなゴリラであり、彼女を肩に抱えて走って出て行ったという事。あと必要なのは想像力だけです。お分かりいただけたでしょうか?
 自分が追いかけてきたのは、ゴリラの「抜け毛」でした。何せ廊下まで完璧に掃除されていたので、ゴリラの黒くて太い毛は非常に目立ちましたし、それを辿るのはいとも容易い作業でした。ね? 簡単でしょう。
 では、話を戻します。
 舞踏場にて、自分が対峙した1人の人間とは、三枝家専属メイドの柚之原さんでした。
「ここにゴリラが来ませんでしたか?」
 1生で1度言うか言わないかの台詞を自分が放つと、柚之原さんはじっと自分を見つめて、首を横に振りました。
「おや、おかしいですね。これを辿ってここまで来たんですが」
 と、道中で拾ったゴリラの毛を1本差し出すと、柚之原さんは表情を変えずに、それを注視しました。
 ゴリラを追いかけてここまできたのに、肝心のゴリラも、三枝委員長もいない。
 1歩1歩柚之原さんに近づきつつ、自分は周りを見渡しました。舞踏場の1階には扉が3つあり、中二階に通じる階段もあり、そこからは更に別の部屋に続く扉があるので、ゴリラと三枝委員長ががここまで来た事が確実だったとしても、毛がこの部屋で途絶えているとなれば、追跡は失敗してしまったのではないか。と思われる方もいるかもしれませんが、それは間違いです。自分の追跡に間違いはありません。
 自分は春木氏よろしくにっこりと笑って、柚之原さんにこう告げました。
「自分はこれでも紳士ですので、乱暴な事はしたくないのです。そのエプロンのポケットの中から三枝委員長を出してください」


「首を傾げるという事は、ここまで来てまだシラを切り通すつもりですか? あいにくですが、それは無理という物です。けれどまあ、時間には余裕がある事ですし、自分の推理を披露してさしあげる事にしましょう。回りくどいのは苦手なので、まず結果から言わせてもらいます。
 柚之原さん、あなたはHVDO能力者ですね? そして、三枝委員長の事を愛している。
 おや、驚いて声も出ませんか? ならば、しかも自分は、あなたの性癖と、おおよその能力まで見当がついていて、おまけに勝算まで見出していると知ったら、もっと驚くでしょうね。嘘だとお思いですか? 残念ですが、これは真実なのです。
 ずばり、あなたの持つ変態性癖は『獣姦』ですね?
 これでも表情1つ変えないとは、筋金入りの冷静さですね。自分もそうありたいものですが、そのポーカーフェイスの裏の動揺は、手に取るように分かりますよ。
 獣姦。女性にとって最もポピュラーなのは、『バター犬』でしょうか。足だろうが胸だろうが股間だろうが、バターを塗った場所ならば、彼らはひたすら従順にペロペロします。最初は男性の代用品として扱われるバター犬ですが、考えてみると、ある種女性にとっては人間の男よりも遥かにメリットがあるのかもしれませんね。何せ文句は言いませんし、浮気はしませんし、満足いくまでして欲しい事をしてくれます。とはいえ、現実的には感染症の問題があったりで危険らしいですがね、柚之原さんはした事があるんですか?
 おっと失敬、愚問でした。あなたはむしろ、『それ以上』の変態でしたね。
 そもそも自分が疑いを持ったのは、あの公園での犬乱入事件からでした。いくら深夜といえども、公園の周辺は住宅街ですし、野良犬なんてそう多くはいません。三枝委員長がフェラをしようとした瞬間、まるで計ったように現れたのも今考えみればいかにも怪しい。いくら追い払ってもついてきて吼えてきたというのもね。三枝委員長の処女を犬に捧げようと自分が提案した途端、急に大人しくなって協力的になったのも変です。あの時の犬の不自然な態度は、つまりこう考えれば納得がいきます。
 あの犬は、柚之原さん、あなただったのです。
 もちろん、犬の件だけならばここまで推理する事は出来ませんでした。しかしさっきのゴリラがあった。柚之原さん、あれはまずかったです。『夜の公園に野良犬』ならばまだ現実世界のお話ですが、『豪邸に野生ゴリラ』ではファンタジーになってしまいます。愛ゆえに、三枝委員長の処女を何が何でも守る為、仕方なく取った行動だったのでしょうが、自分があなたと同じくHVDO能力者である事を知らなかったのが運の尽きでしたね。
 もしも自分が一般人ならば、ゴリラを追いかけて倒そうなどとは決して思わないはずです。しかしその中身がHVDO能力者であると知っているならば、勝利する方法がある。そろそろ性癖バトルといきましょうか、柚之原さん。


 これでもまだ白状しないのですか? 意外と強情な方ですね。良いでしょう。自分も気分が高ぶってきたので、あなたの能力を言い当ててさしあげます。何、ほんのサービスですから、決してあなたの動揺を引き出そうとしている訳ではありませんのでご安心ください。
 あなたが持っている獣姦の能力は2つ。1つ目は、『動物に変身する能力』。公園で犬になったのと、先ほどゴリラになった時に使ったのがこの能力です。獣姦の難しさは、動物との意思疎通が非常に厳しい事と、仮にそれが出来たとしても動物が人間に対し欲情するかどうかという2つの問題に収束されます。その点、この能力を使ってあなた自身が動物になれば、2つの問題を同時に解決する事が出来ます。それに、自分には獣姦の趣味は無いですから分かりませんが、動物側になって人間と交尾するというシチュエーションも、そっちの人にとっては好ましい物なのではないでしょうか。世界は広いので、馬とやってる人も羊とやってる人も魚とやってる人もいますから、犬からゴリラまで、ひょっとしたら、あなたは微生物の類にも変身する事が可能なのかもしれませんね。
 しかし獣姦の本流は何といっても、動物になって行為をするのではなく、動物と行為をする事のはずです。
 そこで、第二の能力『対象の人間を動物に変身させる能力』の存在が暗示されます。これは、第一の能力が存在する事、そして獣姦という性癖の答えから導き出された、必然的な能力であると同時に、そこに強力な根拠を持たせたのは、先ほどのあなたとくりちゃんとのやり取りでした。
 あなたはポケットからハムスターを出してくりちゃんと遊ばせていました。あの時はただ、『この人は動物が好きなのかな』くらいに思っていましたが、どうやら『好き』の意味が違ったようですね。思い返せばあの時のハムスターは、自分と三枝委員長を意識的に見ていた気がします。ひょっとしたら、助けを求めていたのかも? あなたの能力によって変身させられた、どなたかは存知ませんが、全くかわいそうな人です。
 正直に言いますと、まだどちらの能力も発動条件までは分かりません。しかし、第一の能力はまだしも、第二の能力については、HVDO能力の傾向からして、発動条件や制約がかなり厳しいはず。既にあなたの性癖に気づいている自分に対して使うのはかなり難しいんじゃないでしょうか?
 そして、あなたが第一の能力だけを使って戦うのであれば、自分には勝利する自信があります。断言しますと、動物に欲情する事なんてあり得ませんから。
 ……さあ、そろそろ認めるしかありません。 そのポケットに、何らかの動物に変身させた三枝委員長がいるという事はもうとっくに分かっているんですよ。真実は、いつも1つなのです」
 名探偵よろしくビシっと突きつけると、それまでずっと無言で、自分の超絶長台詞を聞いていた柚之原さんは、たった3文字。こう答えました。
「はずれ」
「……え?」
 柚之原さんは無言のまま、ポケットからある物を取り出しました。
「鞭?」
 それはまさにSMプレイに使うような、上級者向けの黒い1本鞭でした。呆気にとられる自分に向かって、柚之原さんは鞭を振り上げてこう言ったのです。
「……お仕置きです」
「うぎゃあああああああお!」
 鞭がふとももに命中し、目玉が5、6個飛び出るくらいの激痛に自分が絶叫し、重力に逆らえずに倒れこんだ瞬間、自分は本物の悪魔の存在を確信しました。

       

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