Neetel Inside ニートノベル
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「いえ……知りません」
 知恵様は、その苦悩の梨とやらを手の中で転がしながらぼんやりと眺めた後、自分の方に近づき(それだけでも自分の足が勝手に震え、例えここを脱出して肉体的損傷が回復したとしても、PTSDを発症してしまう事は明確でした)、目の前で金メッキのネジをくりくりと回していきました。すると、先端部分にあたる、本物の梨で言えばちょうど実が沢山ついていて、種の付近の美味しい部分が、パカッと綺麗に4つに割れて、中の機械構造がちらりと覗くと、まるで早回し映像のように割れた花弁がじわじわと広がっていきました。
 ネジを逆回しにすると、当然花弁は閉じていき、元に戻りました。
 眼前でその仕掛けを実演されても、自分にはそれをどのように使って人を苦しめるのかが分かりませんでした。いえ、偽り無く言えば、分からなかった訳ではありません。ただ想像したくなかっただけで、意図的に思考を停止させていたとも言えます。
「これを、人体のどこに入れると思います?」
 そんな自分のささやかな現実逃避を、知恵様は言葉のスレッジハンマーでもってあっさりと粉砕しました。自分は、おそるおそると答えます。
「口、ですか?」
 こんなに小さく可憐な道具といえども、口に入れたまま先ほどのように開いていけば、やがて口角が裂け、唇が破け、顎が外れ、相当な苦痛を強いられるはずです。
 知恵様は、聞こえないくらい小さな声でふふ、と笑い、こう答えました。
「その用途もあるんですが、今回は違います。肛門に、入れさせてもらいます」
 最悪。
 宿題を学校に忘れただとか、浮気が彼女にバレただとか、不良にカツアゲされただとかで「最悪だ」などとほざいている人は、今すぐ自分に謝ってください。そして交代してください。
 最悪の事態とは、こういう事を言うのです。ケツの穴の中にぶち込まれたこれは、まさに苦悩の梨と呼ぶに相応しい働きをする事請け合いで、その煌びやかな見た目とは相反して、非人道的力強さを発揮し、重要な臓腑へと致命的なダメージを与えるはずです。
「そ、そんなに綺麗な物を尻穴なんかに入れたら、汚れてしまうのではないですか?」
 と、自分は稚戯に等しい抵抗をしてみました。無論、知恵様の決定に変わりは無いのですが、波紋を起こすきっかけ程度にはなりました。
「汚れてしまったら、また洗えばいいだけの事。私はこの拷問器具が一番好きです」
 初めて聞いた、知恵様の「素」。綺麗な物、と褒めたのが良かったのでしょうか、それは贔屓目に見ても突破口と呼べるような物ではありませんでしたが、僅かな、そして確かな変化ではありました。自分はその隙間に、慎重に言葉を挿します。
「どこの拷問器具なのですか?」
 知恵様は、それが自分の姑息な時間稼ぎだと気づいていたようです。しかし答えてはくれました。
「17世紀頃のヨーロッパ全域で使われていたそうです。拷問の世界では、割と良く知られた物ですけど、このように美しい装飾の物は珍しく、主に貴族が犯した姦淫の罪に対して使われていたそうです」
 と、聞いてもいない事まで語り、
「同性愛が罰せられた時代ですから、女性の場合は膣に、男性の場合は肛門に入れて使われたそうです。あなたの場合、罪とは無関係でしょうけれど、この拷問は受けていただきます」
 自分はついに光明を見つけました。


 こんなに絶望的な状況で、何をもって「光明」とするのか。ついに気でも狂ったんじゃないか、と心配になるのは良く分かりますが、どうかご安心ください。自分だって、数々の死闘をこなしてきたHVDO能力者には違いないのですから、酷い拷問に処されながらも、どうしたらこの苦境を打開出来るかについてはしっかり考え続けていました。
「果たしてそうですかね?」
 と、自分は主語を抜いて尋ねます。
「……何がですか?」
「無関係、と言う事は、あなた、自分の事を同性愛者ではないとお思いだった訳ですね?」
 知恵様は答えません。じっと自分の目を見て、また先ほどまでの鉄仮面のような表情のまま、沈黙を守ります。
 数秒の後、「拷問を続けます」とだけ断りを入れて、枷がついたままの自分の腕を下ろし、別の拷問台へと引っ張りました(当然、重りつきの足かせも嵌められているので、抵抗などは到底出来ません)。誘導された新しい拷問台は、今まで使っていた吊り下げて立たせるタイプの物とは違い、木製の板の上に上半身だけを寝かせ、うつぶせに胴と肩を革のベルトで固定し、足を肩幅よりやや大きく広げさせ台の脚にくくりつけ、両手は枷をつけたまま背中に回すタイプでした。ちょうど、立ちバックの体勢を思い浮かべてもらえばそれで合っていると思われますが、男の立ちバック姿を妄想して喜ぶのは一部女子の方だけでしょうから、無理にしなくても結構です。
 しかし今回の戦い、その一部女子の気持ちになる事が、自分の打開案に必要不可欠なエッセンスであるかもしれません。
 パンツを剥かれました。今まではパンツ一丁に上半身裸の状態で拷問を受けていたのですが、これで正真正銘の全裸。肛門丸出しの、死ぬほど情けない姿になってしまいました。他の方はどうか知りませんが、自分は人に対してペニスをお見せする習慣を持ち合わせていないので、ただこれだけでも何とも言えぬ屈辱があります。
 そして知恵様は、自分が見上げる前で両手にゴム手袋を装着すると、後ろに回って、自分の尻の穴を親指で軽くほじりました。
「あ……っ」
 思わず変な声が漏れました。
「感じないでください」
 と命令され、1cmほど深くに挿入されたので、
「あああっ! あぅっ!」
 と更に変な声が出て、鞭でしばかれました。


 当然の事ながら、自分がこれから仕掛ける作戦に、失敗は許されません。もしも見破られてしまえば、この先苦悩の梨よりも更に酷い拷問が待ち受けている事は確実ですし、自力でこの支配からの卒業は夢と散ります。
 知恵様は両手で自分の尻肉をぐっと掴むと、左右に広げて、アナルを白日の下に晒しました。屁でも1発かましてやりたい気分ですが、あいにくと催してはおらず、出来たら出来たで問答無用にいちもつをすっぱ切られるような気もしてそれはそれで恐怖です。
 自分は、ケツの穴から声を出すような状態で、背後にいる知恵様に話しかけました。
「……あの、チンコを握ってもらえないでしょうか?」
 若干の間の後、返事がきます。
「意味が分かりません」
「こ、こ、怖くて仕方ないんです」
「関係ありません。私の要求に答えない限り、あなたはただ拷問を受けるだけです」
「うんこ漏らしますよ?」
「……」
 念を押すように、2度目。
「うんこ漏らしますよ?」
 こうなれば、恥も外聞もありません。うんこ漏れたとあれば、ここから先の拷問は全て、自分の分身である小型爆弾の放つ悪臭の中で行われる事になり、それは知恵様の望む所ではないはずです。こんなクズ野郎のうんこを処理するよりも、少し不安を軽減させた後、安全に拷問を受けさせる方が良い、と考えるのは自然な事です。そう思路の動く所を自分は機敏に読み、あらかじめ用意してあった代替案、もとい本命の手を打ちます。
「では、ちんこじゃなくても良いです。せめて……せめて手を握ってくれませんか。さっきから震えが止まらないのです」
 自分の言う通り、この拷問台に移される前から、両手の震えは尋常ならざる精神を克明に伝えるように、携帯で言えば電話かかりっぱなし状態で、パンツを脱がされたあたりでは既に痙攣の域に達していました。
「……何を企んでいるのかは知りませんが、ここから逆転の目があると思っているんですか?」
 自分は他意を伏せ、小さく呼吸しました。
「思っていません。いませんから、どうか、手を握ってください」
 空気の揺らぐ音がして、ゴム手袋の無機質な感触が、自分の人差し指に触れた瞬間を狙って、自分は知恵様の手を強く強く、それこそ折れそうな勢いで握り返しました。それと同時に、今の自分にとって唯一の切り札でもある、HVDO能力「黄命」を発動させました。


 驚いたはずの知恵様は、しかし冷静沈着な判断力で自分の手の甲を容赦なくつねりあげ、肉がちぎれるかと思った自分は思わず知恵様の手を離してしまいましたが、既に攻撃は完了していました。問題は、ブラダーサイト(相手の膀胱に溜まった尿量を計測する能力)の使えない今、果たして33%の追加尿で決壊近くまで持っていけるかどうかですが、この程度の壁は乗り越えて然るべき懸念です。
「くだらない事を……」
 どうやら知恵様は、自分の取った行動を、「せめて一矢を報いようとしたいたちの最後っぺ」だと解釈してくれたようです。
 すぐに気を取り直したらしく、再び自分の肛門に触れた知恵様の指は、しかしぴたっと止まりました。
「……もしや、あなたの能力ですか?」
「何がですか?」
 と、自分はすっとぼけます。
「まあ……いいです。むしろ、ちょうど良かった」
 背後で、布の擦れる音が聞こえたかと思うと、ちょうど手の平に収まるくらいの、広げれば頭に被れるくらいの布が、ぱさ、と落ちました。体勢から言って、その姿を見れないのは心苦しく、なんとも惜しいのですが、今は少しの助平心を満足させているような場合ではありません。
 知恵様は拷問台の上に乗っかって、自分を見下した状態で言いました。
「こういう刑も、ありますから」
 ぬるくて少し、臭う滝。
 それは自分の頭に降り注ぎ、髪の毛を犯し、首筋を伝いました。一部が唇を湿らせて、自分は黙って屈辱に耐える「演技」をしました。
 本来ならば、このような御褒美、土下座をしてでもやっていただきたい所ですが、今はその本性を隠さなくてはなりません。こみ上げてくる満面の笑みを押さえつけて、くやしそうな表情を作るのはまさに至難の技でしたが、自分はなんとかそれをやりきりました。
 放尿を終えた知恵様は、拷問台から下りて、自分の下半身を確認しました。
「なるほど、やはりあなたの能力だったようですね」
 勃起しまくった丸出しのそれを、隠す術は無論ありません。
 ですが、自分はそれを見事に利用します。
「ち、違います! 自分は人のおしっこを浴びて喜ぶ変態……」と、ここで咳き込み、あらかじめ口の中に控えておいた血反吐を吐き捨て、「……ではありません!」
 溜めて、溜めて、観念したように、吐き出すように、
「自分は、ガチホモなのです」
 無論、この台詞は真っ赤な嘘でありまして、自分は正真正銘のノンケ、ノンケなうです。しかし知恵様は先ほど、自分が同性愛者ではないと断定している口ぶりをしました。
 知恵様に、間違いを認めさせる。
 ここからの解放条件の1つです。

       

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