Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 性癖バトルに負けた代償としてEDにされ、一緒に生活を始めた時。それから、極悪非道の拷問によって心が壊れてしまった時、幼女になったくりちゃんは、まるで魔法みたいに自分の事を癒してくれました。あの生意気で、冷酷で、その癖おもらしばっかりして他人に迷惑をかけるあのくりちゃんが、ただ幼女になる、それだけの事で、自分を取り巻く環境は瞬く間に形を変えて、自分を受け入れてくれたのです。
 奇跡。
 まさしくそう形容するに相応しい、慈愛に満ちた存在。
 ここまで来て、今更隠す事もないので正直に申し上げると、自分は今のくりちゃんに支えられていると感じる一方で、性的な行為に及びたいとも真剣に考えているのです。
 世間一般に、そのような人間をどう呼ぶか、その答えはいかにも単純で、退屈すぎて欠伸が出ますし、あえて今更言うまでもない事ですが、あえて今こそ改めてここに記しておきましょう。世間は、自分や春木氏の事を、差別と蔑称と自戒を込めて、こう呼ぶのです。
『ロリコン』
 耳元から、後頭部数cm内側に向けて、トムの声が刺さりました。
「まったく、男2人が揃いも揃ってロリコンってのは一体どういう事よ? あんたら日本を発展させる気全くないでしょ。まあ私も人の事言えた義理じゃないけど」
 冗談に笑っていられる余裕も、面倒くさいやりとりをしている暇も、今の自分には、これっぽっちの欠片もないのです。すがるように祈るように、自分は姿の見えないトムに聞き返しました。
「偽物とはどういう事ですか!? あのくりちゃんは、自分の知っているくりちゃんではないという事ですよね!? そうですよね!?」
 冷静に振舞おうと努力した所で、到底無理な事は元々分かりきっていたので、自分はただ溢れ出した感情に任せて言葉の槌を振るい回しました。
「ちょ、ちょっと落ち着きなさいっての。ええ、その通り。あれはあんたが知ってる『くりちゃん』じゃない」
 自分はじっと目を凝らして、春木氏の腕に抱かれたくりちゃんの死体を見ました。網膜に触れる事さえ痛々しいその光景に身を焦しつつも、真偽を確かめようと自然に前のめりになりましたが、やはりそれは、どう見てもくりちゃんでした。
「本当に……本当にあれはくりちゃんの偽物なんですか?」
 ふと、様々な考えがめちゃくちゃに散らばった頭の中に隙間が出来て、その場所に「これほどまでに自分が肯定を求めるのは一体何故なのか」という疑問が浮かび、それは命題であり、答えあぐねる、奇題であるとも気づきました。しかしあえて、今見えている中から最も簡単な答えを選べと言うならば、「くりちゃんが他人の手によって汚れて欲しくなかった」というのはそこそこ的確なはずです。絶対的不可侵領域への盲信と崇拝。処女への固執。倒錯的エゴイズム。
 切羽詰った自分の、確かめるような質問に、わざわざトムが答えるまでもなく、答えは春木氏の手によって、いえ、より正確に言えば春木氏の「生み出した物」によって与えられました。


 今更ながら、HVDOに与えられた変態能力は、完全に人智を超えて、神の領域へと到達しているという事を確認すると同時、やはりその中でも、並居る変態達を何人も倒し、その度に新たな能力を得てきた春木氏は別格な変態であると知りました。
 おそらくは春木氏が自分を倒して得たのであろう第9能力、それは人の膀胱におしっこを貯めるだとか、一瞬だけ全裸になるだとか、おっぱいを膨らませるだとか、ちんこが生えるだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてなく、「性の対象」その物、つまりこの場合は、「幼女」を召喚し、従わせる能力でした。
「マスター、もうよろしいのですか?」
 春木氏の両手できつく絞められた跡の残る、死体にしか見えないその首の中ほどから発せられたその声は、かすれて絞られているにも関わらず、苦しみや痛みを主張する気が一切無く、またその声は確かにくりちゃんの声紋とほぼ一致していましたが、抑揚はまるで違っていました。
「……ああ、もう……いい」
 春木氏は、心底うんざりした様子でそう答えると、目の前にいたくりちゃんの形をした身体は、体操服とブルマごと煙のように消えてしまいました。「マスター」という呼称や、春木氏のロリコンという性質から考えても、それが「人を殺して消す能力」というよりは、「幼女を出したり消したり出来る能力」と解釈するのが妥当なように思われます。
 いわゆる賢者タイムという物なのでしょうか、童貞の自分には、セックスの後にも訪れるとは存じませんでしたが、これがもしも本当に春木氏の賢者タイムだとすると、日々のオナニーはよほど苦痛で仕方ないだろうと、敵ながら同情しました。
 それはまるで12R目のボクサーのような、炎天下のホッキョクグマのような、ぜんまいの切れたくるみ割り人形のような、凄まじいまでの元気の無さで、何と声をかけてよいのやら、かけられなくて逆に幸いのような、複雑な気持ちになるほどに気の毒でした。
 自分がそんな心情で見ている事にも気づかず、春木氏は立ち上がり、服を着ると、どうやらこの体育館倉庫も春木氏のシチュエーション能力(という事は、春木小学校には体育館や運動場、もしかしたらプールまで付いているのかもしれません)の一部だったようで、それを解除し、現実世界へと戻ってきました。霊体のようになって眺めるだけの自分と、姿は見えませんが同じような状態で見ているであろうトムも、同じく現実世界に戻ってきましたが、状態はそのまま継続していました。春木氏の幼女召喚と空間生成というまるで陵辱に特化したような能力もさる事ながら、人が能力で発生させた空間まで覗けてしまうというこのトムの能力もやはり相当な物です。
 ふと、つい先ほどまではなかった心の安らぎに気づきました。
 敬愛し、信頼し、欲情さえしている相手が目の前で犯されていく様子をまざまざと見せつけるという鬼畜的所業も、それが偽物であり能力による作り物であると分かり、ほっとした今なら不思議と許せてしまうのです。おそらくジャイアンが優しいとやたら良い人に見えるのと同じ理屈でしょう。
 胸をなでおろす自分に、トムはこう語りかけました。
「さあ、ここからが本当にあんたに見せなくちゃならない物なのよ」


 春木氏がシチュエーション能力を解除して戻ってきたのは、廃墟でした。いえ、今のは失言だったかもしれません。そこは廃墟といっても、どうやら人が住んでいるようなのです。天井にはカバーが割れて剥き出しの蛍光灯、部屋の隅には旧式の冷蔵庫、羽の飛び出たぼろぼろのベッド、ガスコンロには鍋のようなフライパンのような中途半端な調理器具が乗っています。壁は崩れかけ、打ちっぱなしのコンクリートが丸見えで、かろうじて密室を保っているようでしたが、いつ倒壊してもおかしくない部屋でした。そしてこのボロ部屋の主こそが、誰であろう春木氏でした。
 以前、三枝委員長から、春木氏は引きこもりで不登校だと聞いていましたが、その言葉から想像する部屋のイメージと、今まさに自分が覗いている春木氏の部屋のイメージは、まるでかけ離れた物です。春木氏は、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して一口飲むと、ベッドに座り、じっと目を瞑って、何かを考え始めたようです。幼女とのセックスを覗くよりも、もっと見てはいけない物を見てしまったような気がして、自分はいたたまれなくなって、トムに尋ねました。
「春木氏の私生活を見せたかったのですか?」
「うーん……半分正解、かな。より正確に言えば、これから起こる事をあんたに見せたい」
 どうやらまだしばらくの間、自分を能力の支配下から解放する気はないようです。自分は春木氏から視線を外し、今一度部屋を見渡しました。
 「室内でサバイバルしている」と表現すべきか、それとも「屋外でひきこもっている」と表現すべきか、非常に悩むべき所です。元は病院か、あるいは学校でしょうか、人の見捨てたこの場所で生活する春木氏は、一体何を思い何を企んでいるのか。いやはや変態の考える事は理解に苦しみますが、それは自分も同じような物であり、「お前の考えている事は分からない」とつっぱねられるほど悲しい事はありませんので、今1度、自分は考えます。
 ロリコン。
 春木氏は間違いなく、自分の性癖に大きく影響を与えた人物の1人です。先ほどから申し上げている通り、幼女になったくりちゃんは完全に天使で、この世に実在する唯一といっても良い救済です。春木氏がくりちゃんの代わりを召喚して、汚してしまいたかった理由は分かります。しかし、その後の行動が、まだ自分には分かりかねるのです。何故、殺す必要があったのか。見た所、あの偽くりちゃんは自分が見間違えるほどに精巧に出来ていましたし、その恥じらい、性的な感度、衣装や場所、行為までの流れ、その細部に至るまで完璧だったはずです。それでも自分とは次元の違う存在。マエストロリである春木氏には何か納得のいかない、不満な点があったのでしょうか。
 今まで仮死していた論理的思考が、徐々に復活しつつある事に自分は気づきました。絶望の底の底の底の裏の底に突き落とされ、そこから引き戻された事によって、一皮剥けて成長したのか、あるいは何かが吹っ切れたのかもしれません。今の自分なら、少しくらいの時間なら女子と面と向かって談笑する事も出来る気がします。
 精神的に、ほんの僅かな希望が見えると同時に、自分が見下ろす春木氏の部屋にも光が差し込みました。窓の無い部屋に、たった1つのドアが開いて、やがてゆっくりと入ってきた人物は、自分の良く知る人物でした。
「やあ、三枝さん。遅かったじゃないか」
 春木氏に名前を呼ばれた三枝委員長は、その長い髪を軽く整えて、
「家を抜け出すのに少し手間取ってしまったの。お待たせして悪かったわね」
 と微笑みました。


 2人は当然、食い入るように様子を見ている自分の存在には気づいていません。トムの能力はやはり情報戦においては恐ろしく強力なようです。自分のみならず、人にも能力を使って見る映像を見せる事が出来る。これならば、腐女子的重要シーンを他人に見せて、性癖の伝承を可能としています。先ほどの「関係ない」という言葉はつまり「ホモ関係ではない」という意味だったのでしょう。
 春木氏は三枝委員長に、ガラスのテーブルを挟んで置いてあるパイプ椅子に座るように促しましたが、三枝委員長は「長居をするつもりはないから」とやんわり拒否すると、春木氏は皮肉を込めた様子でもなくただ、「その方がいいだろうね」と言いました。
「まずはこの場所を見つけた事に驚いたよ。どうやって調べたんだい?」
 春木氏の問いに、三枝委員長は答えず、「それより、今日は頼み事があって来たの」と切り出します。
「君が人に何かを頼むなんて珍しい。学校に来てくれ、というのならお断りだよ」
 三枝委員長は委員長としての職務的責任感から、入学式以来1度も学校に来ていない春木氏を登校させようと色々しているらしい、と以前聞きました。これは想像に過ぎませんがその学校への啓蒙活動も、万事がこの調子で受け流されていたのでしょう。
「卒業も近いし、あなたの不登校問題はもうどうでもいいわ」と、三枝委員長は率直に断りをいれて、「今日は、別の事よ」
「へぇ……」
 何やらぴりぴりとした、というよりも、ひりひりとした空気が2人の間にありました。当事者ではなく、ただ傍観者として唐突に連れてこられた自分には、2人が何を考えているのかがいまいち汲み取れませんが、いやらしい事ではない事は分かります。どうポジティブに捉えても、これは決してエロに転がる空気ではありません。
 ニコニコしながら言葉を待つ春木氏に、三枝委員長はまっすぐな眼差しを向け、1つ1つ言葉を確かめるようにゆっくりと頼みました。
「木下くりの幼女化を、解除してもらいたいの」
 春木氏はその張り付いたような笑顔を崩さず、三枝委員長の表情には確固たる意思が見え、トムに至ってはおそらく最初から知っていたらしく、結局、今ここにいる2人+2人の内、きちんと驚いているのは自分だけでした。
「理由を聞かせてもらおうかな?」
 春木氏がそう尋ねると、三枝委員長はこう答えました。
「理由は教えられない。とにかく、解除してもらいたい」
 その不遜とも傲慢ともいえる巨大な態度に、春木氏は思わず笑いが堪えきれないといった様子で声を漏らし、人を馬鹿にしたような例の視線で、三枝委員長を優しく睨みました。
「理由も聞かせてもらえないんじゃ、到底無理な話だと思わないかい? 第一、僕には何の得もない」
 両手を広げ、ひらひらとさせる春木氏。
「取引よ」と、三枝委員長。「私が代わりに小学生の身体になるから、木下さんを解放してあげて」
 この提案に驚かされたのは、今度は2人+2人の内2人、つまり自分と、春木氏でした。
「ほお……」
 息を飲み込み、喉を鳴らし、しばらく春木氏は三枝委員長を、正確に言えば身体と顔を、美術品のように眺めていました。そしてまた不気味な爽やか笑いをして、からかうように、こう言いました。
「君が言いたくないなら、僕が理由を当ててあげよう」
 口角を吊り上げた春木氏は心底楽しそうに、
「君は、五十妻元樹の事が好きになったんだろ?」

       

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Neetsha