Neetel Inside ニートノベル
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 春木氏の言葉が、いかにも正鵠を射ているように感じた理由の中に、果たして自分の欲望がどれだけ含まれていたのかを計算してみると、不自然に胸が苦しくなっていくのが感ぜられ、居心地が悪くなりました。もしかして、これが恋……? 自分は三枝委員長をどうしたいのでしょうか、三枝委員長とどうなりたいのでしょうか。全ての答えは藪の中にあって、下手に突つくととんでもない物が飛び出してきそうな気がして仕方ありません。
 あくまでも客観的に見て、三枝委員長は、人生の一時を共有する恋人、あるいは一生を共にする伴侶として、全くもって申し分ないように思われます。何せあの美貌の上に、学年の男子全員が最低でも1度はオカズに使ったであろう中学生にあるまじきけしからんBODYを揃えて、桁違いのお金持ちでありながら要領も良く、人望もあるのに決してそれを鼻にかけないという、まさに完全なる完璧と評してもいい、この時空に存在する事自体がまず疑わしい奇跡的存在でありながら、その夜の顔は「見られるのが大好き」というとんでもないド変態で、更に奴隷志向も完備しており、ご主人様に対しては滅多な事では逆らわない底知れぬ淫乱ときていますので、女性に対してこれ以上の条件を求めるのは最早大罪に値します。
 そんな人が、どこでボタンをかけ間違ったのか自分に好意を抱いてくれた。となれば、それに答えるに何の障害も躊躇も無いではないか。そう考えるのは、ごく自然な事です。
 ですが、それは違うのです。
 恋愛の相手に、容姿だとか、家柄だとか、能力だとかを求めている人は、今1度、胸に手を当てて良く考えてみてください。他の誰でもありません、あなたの事です。質問、あなたは相手の事を、自分を高める為の都合の良い存在として見てはいませんか?
 確かに、美しく清潔な人間を連れて歩けば、あなたも他人から同じように見られるでしょう。確かに、沢山の知識を持った人間と共にに過ごせば、あなたも自ずと賢くなっていくでしょう。確かに、高収入の配偶者を持てば、生活レベルは飛躍的に向上するでしょう。しかし、それらは全てあなたの努力でどうとでもなる物であり、不相応な人生は呪いでしかありません。
 ずばり申し上げて、あなたが欲しているのは、その相手自身ではなく、「相手に付加した価値」なのです。「では五十妻。お前はそうではないのか? お前は世に言うあるかどうかも分からない真実の愛とやらの存在を頑なに信じ、それに一生付き従うというのだな?」という厳しい追求も聞こえてきますが、自分は断固としてこう宣言しましょう。
 自分が相手に求める物。それは「おしっこを漏らした時の恥じらい」です。
 ……皆さん落ち着いてください。これ以上、壇上の僕に向かって温泉卵を投げつけるのはやめてください。
 散々偉そうな事を抜かしておいて、お前は結局それか? という皆さんの気持ちは、重々承知の上です。が、むしろ逆に、自分からはこう質問させてもらいたい。これ以外の何が必要なのだ? と。
 だってそうではないですか。女子たるもの、恥じらいがあってなんぼの物でしょう。羞恥心を無くした瞬間、乙女はその羽をもがれ、薄暗い沼地に撃墜され、ハゼとかダボとかそういう類のどうしようもない生物へと変貌するのです。はい、これは紛れも無い事実なのです。
 そう、恥じらいです。自分は拷問による後遺症で、女子を恐れるあまり、大切な物を見落としていました。「恥」という耽美の極地こそ、自分が真に優先させるべき事だったのです。


「好き、というと語弊があるかもしれないわね」
 春木氏の質問にそう答えた三枝委員長の表情はやけに涼やかで、一見して心が落ち着いているように見えましたが、むしろ何か重大な事を覚悟して、腹をくくっているようにも見えて、やや不安を煽りました。
「五十妻君には、ご主人様としての才能がある。だから私は、五十妻君の奴隷になった」
「妬けるね」
 春木氏が心にも思って無い事を平然と言っているのは分かりました。三枝委員長も当然それには気づいたようでしたが、大して気にもしていません。しかし少しは会話が成り立つ空気が出来たらしく、今度は三枝委員長の方が春木氏にこう尋ねました。
「奴隷に必要なのは、何だと思う?」
「難しい質問だね」と、春木氏は顎をぽりぽりかいて、あたかも最初から分かっていた答えをもったいぶるように、「『必要とされる事』かな?」
 三枝委員長は、俯き加減に微笑を浮かべて、
「ええ、その通りよ」
 と答えました。
 2人の間でのみ成立している会話がハイレベル過ぎるので、ここで自分の方から、拙いながらも補足の方を付けさせてもらいたいと思います。
 人にしろ獣にしろ、「調教をする」という事はつまり、「調教する側の人間にとって理想の形になるように相手を成長させる」という事です。真剣な調教は往々にして、「やらされているだけの教育」を遥かに越え、時には恋人や夫婦といった関係も越えて心と心を繋ぐ物なのではないでしょうか。
 三枝委員長が自分の中に見出した「ご主人様の才能」とやらが、具体的にどのような資質を指しているのかは自分自身にも分かりかねますが、三枝委員長ほどの変態が言うのですから、そう外れている訳でもないのでしょう。おそらくは、最低でも同じ学年には2人としていない程度の素質を自分の中に見出しているからこそ、三枝委員長は自らの首輪を自分に渡したはずなのです。
「話には聞いてる」と、春木氏。「五十妻君、HVDOの拷問人の手にかかって女性恐怖症になったんだろ? 深手を負ったとはいえ、能力を発動させた拷問人に勝てたというのは凄い事だ。彼、やっぱりセンスあるよ」
 遥か上空、成層圏のあたりから褒められてもまるで良い気はしません。
「そのせいで、彼にとっての安らぎは今、くりちゃんにしかないって訳だ。女性恐怖症から来るロリコンはこじらせると厄介だからね。三枝さん、君がご主人様に対してしてあげられる方法も、そう多くはない。でも、くりちゃんを中学生に戻して自分が小学生になるなんて、選択肢の中でも最悪な方法なんじゃないかな?」
 くりちゃんが元の売女になって、三枝委員長が幼女になったとしたら……今の自分は果たしてどちらを選ぶのでしょうか。


「もちろん、私が木下さんの代わりになる事によって、五十妻君の調教を受けたいという欲望があるのは認めるわ。彼なら小学生になった私に対して全く遠慮をしないでしょうし、きっと欲情もするでしょう」
 まあ、否定はしません。
「だけど、木下さんを元に戻して欲しいのはそれだけの理由じゃないの。あなたはすっかり忘れているかもしれないけれど、今年、私達は高校受験を迎える受験生なのよ。木下さんは清陽高校に受験する事が決まっているけれど、小学生のままじゃ確実に落ちてしまう。私なら、小学生になっても翠郷高校に合格する事が出来るし、同級生から高校浪人が出てしまうのは、委員長として許されざる失点と言えるでしょう?」
 一緒に住んでいる自分でさえ、もうすっかり忘れていたくりちゃんの受験問題も、しっかり気にしてくれていた三枝委員長に感謝すると共に、「小学生になったとしても高偏差値の進学校に受かる」というその言葉にも確かな信憑性があり、こうしてただ見ているだけで参戦すら出来ていない自分がこんな事を言うのも難ですが、なんと頼りになるお人なのか、と感動で涙ちょちょぎれました。
 ですが、そんな鉄壁のような三枝委員長(胸的な意味では鉄というよりむしろマシュマロですが、精神的な意味において)に、春木氏は容赦なく鋭い矢を放ちました。
「それじゃあ聞くけど、そこにくりちゃんに対する嫉妬はないのかい?」
 普通の女性であれば、ここはキレてもいい所です。パンストに重りを入れてブンブン振り回して暴れてもギリギリ許される場面です。が、三枝委員長はあくまでも冷静でした。
「あるかもしれない。いえ、きっとあるわね」
「なら、最初から潔く認めてしまいなよ」
 春木氏はにっこりと笑って、まるでそうする事によって永遠の利が手に入るかのように続けます。
「三枝瑞樹、君は、五十妻元樹の事が……」
「好きよ」
「ふふ、それでいい」
 あれ? 思いました。ん? 何か変だぞ? 当然、思いました。面と向かって直接言われた訳ではありませんので、これは告白と呼べるような代物ではないのかもしれませんし、以前、自分は三枝委員長から要約すると「奴隷にしてください」という意味の長文の手紙も頂いていて、なおかつ実際に初体験の寸前までは行っている訳ですから、今更好きだの恋だのでどうのこうのなるなんてちゃんちゃらおかしいと見せかけて、何故か心臓がV8エンジンのように動くのです。自分はこう思いました。これラブコメじゃね? と。
 三枝委員長はじっと睨みながら春木氏の答えを待ちました。
 春木氏の能力の発動条件は、「昔に戻りたいか?」「子供になりたいか?」といった趣旨の質問をして、相手がそれに同意するという物であり、一旦能力が発動すれば、その後数時間をかけてゆっくりと身体が小さくなっていくという恐ろしい物です。小学生まで退行すれば、別の能力を使ってその人物から記憶も奪う事が可能で、それをもって完全なる幼女化とします。


「よし、いいだろう。木下くりを開放して、三枝さんを小学生まで戻す」
 春木氏が余りにあっさりと言い放ちましたので、裏があると瞬時に予想しましたが、次の言葉でそれが確定されました。
「だけどその前に、相談に乗ってもらいたいんだ」
 春木氏の相談。内容は想像つきませんが、まともな事でない事はまず確かですし、レクター博士の隣の檻に投獄されてしまうが如く、精神に並々ならぬ外傷を負ってしまう懸念もあり、酷い凶兆を孕んでいるように見えましたがやはり、三枝委員長は揺るぎません。
「もちろんいいわ。クラスメイトの悩み事を解決するのも、私の役目よ」
「そう言ってもらえるとありがたいよ」
 春木氏の至って柔らかい表情からは、セグウェイで地上500mを綱渡りするような危険さを感じました。
「五十妻君を倒して得た新しい能力が、今の僕の悩みの種なんだ。だから原因は、間接的には五十妻君にあると言えるかもしれない」
 断固として言えません。とんだ逆恨みという物です。
「僕が得た新しい能力は……いや、口で説明するより見せた方が早いかな」
 春木氏はそう言うと、事もなげに手をすっとかざしました。
 すると、手の指したその場所に、例のくりちゃんの偽物とやら、見た目は寸分たがわぬ、能力によって召喚されたという生命であるかどうかも分からない幼女が何の前触れも無く現れました。
 当然、突然現れたくりちゃんに、一瞬三枝委員長は驚いた表情を見せましたが、見た目は同じでもその毅然とした態度には似た所が1つもなく、それが能力による産物である事に気づくと、軽蔑に満ちた眼差しで春木氏を見ていました。
 春木氏は、まるでそれに言い訳するように答えました。
「幼女なら何でも召喚出来るって訳じゃないんだよ。これが非常に難しい問題でね。この召喚能力は、『僕にとって理想の幼女』を自動で作って召喚してしまうものなんだ。つまり、僕が直接的に条件を指定して召喚する事は出来ない」
 理想の幼女。という単語自体の犯罪臭さにたじろぎつつも、その真意を自分は見極めます。
「なのに、何度やってもくりちゃんしか召喚出来ないんだ。だから困っているんだよ。僕は小学生なら、色黒ビッチでもそばかす眼鏡でも活発アホの子でも、もちろん君やくりちゃんみたいな委員長タイプでもいけると自負していたんだけどね。残念ながらこの能力では、彼女としか出来ないんだよ」
 先ほどの春木氏の狂気に満ちた姿が脳裏によぎりました。首を絞めて殺したのは、くりちゃんの出来に納得していなかったのではなく、くりちゃん自体に納得していなかったという事だったようです。
「それなら、答えは分かりきっているわね」
 三枝委員長の微笑が、春木氏のそれと重なって見えました。
「あなたは木下さんの事が好きなのよ。それしかないでしょう?」
 攻守が逆転し、四角関係が成立し、耳元で今回一切出番の無かったトムが「ほら、面白くなってきた」と無責任な事を呟いたので、自分は変態同士というのは惹かれ合う運命なのかもしれないなぁなどと漠然と感じました。

       

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