Neetel Inside ニートノベル
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 HVDO能力者のエロに対する執着は尋常ではなく、東に乳丸出しの病人がいれば行って揉みほぐし、西に疲れた乳丸出しがいれば行って結局揉みほぐすが信条の等々力氏が、この一大イベントを見逃すはずもなく、むしろこの集団の中に居ないと思い込む方が不自然であるという事に今更ながら気づきました。
 等々力氏はどうやら帽子を深く被っていたらしく、身長も髪型も目立つ風体ながら、自分は爆発するまでついに気づきませんでしたが、そもそもあまり観客の方を真剣に見る暇もなく、ステージ上の舞姫と、最前列でそれを見ている春木氏の様子にしか目は配っていなかったので、これは言い訳かもしれませんが、気づかなかったのも仕方のない事であるように思われます。
 突然の爆発に、観客達は一時騒然となりましたが、「そんなことよりオナニーだ」の精神は伊達ではなく、股間を押さえて身悶える等々力氏を集団の中からゴミ屑のように放り出す、という人として全うな解決法によって喧騒はすぐに収まり、三枝委員長もまるで何事もなかったかのように脱衣を進めました。
 等々力氏が、今度は台詞さえ与えられず、信じられないほどあっけなく敗北したのは、三枝委員長のおっぱいを見るという本懐を成し遂げた末での事ですので、同情の余地は一切ありませんが、問題はこの馬鹿みたいな敗北によって、三枝委員長は新しいHVDO能力を得たという事です。
 放尿好きの自分は当然、露出に関しても造詣が深いのですが、それでも三枝委員長に発現したHVDO能力を予想する事は非常に難しいと言わざるを得ません。しかし、たった2つの能力(1つ目の能力はほとんど使っていないので、実質はたった1つの能力ですが)を活用する事で、ここまでの攻撃を作り上げた訳ですから、ここに3つ目の能力が加わった時、どれだけのエロスを叩き出すかはまったくの未知数であり、赤道まで連れてこられたゴマフアザラシの如く無気力に転がる等々力氏の死体に、近い将来の自分が重なって見え、やや憂鬱になりました。
「ひょっとして、さっき言っていたゲストというのは等々力氏の事ですか?」
 自分は小声で、周りに聞こえないようトムにそう尋ねました。
「いや? 五十妻君の大好きな等々力君は、最初からここに来ていたみたいだよ。私が呼んだ人は、来てくれるかどうかも分からないしね」
 ゲストというのは一体誰ですか、と尋ねるチャンスが再度訪れている事には気づいていましたが、今度は別の理由でそれが出来ませんでした。至急、訂正の必要があります。
「自分が等々力氏を大好きとは心外です。拷問の時の自分の発言は、柚之原さんを罠にかける為の嘘だと言いましたよね?」
 でゅふふ、という気持ち悪い笑い声が聞こえ、
「いやいや、同性に対する恋心ってのは案外自分では気づかないもんでね。何の気なしに等々力君の名前が出てきたのは、つまりさ、そういう事なんじゃないの~?」
 戯言は無視するに限りますが、等々力氏が最初からストリップを見ていたという事はどうやら事実なようです。
 やはり彼はおっぱい星の皇子なので、偽くりちゃんの洗濯板には微塵も惹かれなかったと見るのが妥当ですが、とはいえ、等々力氏がここまで耐えられた事は、過去の彼と比べると物凄い成長であると言えるでしょう。
 まあ、野郎の下半身の話はどうでもいいです。肝心なのは、遂に一糸纏わぬ姿になった三枝委員長です。自分は再び、ステージに目を向けます。


 芸術。
 ミロしかり誕生しかり、ヴィーナスと表現される女性の裸体は、人を感動させるエネルギーを発する宿命にあります。例え中身がとんでもないド変態だろうと、それを観賞しているのが下心100%のいかがわしい集団だろうと、三枝委員長の肉体は、エロの一言で済ますにはもったいない芸術性を伴って、そこに堂々と立っているのです。
 見ているだけでさらさらの質感が伝わってくるような黒髪を後ろにかきあげると、聖人君子の如き慈悲深い双眸と、寂とした表情に差したほの紅い火照りが光に浮かびました。口をきゅっと閉じて、高い鼻で静かに鼓動する生体文学。首筋を伝って視線を下ろすと、人体の中で最もはっきり皮膚の上からでも形が分かる骨である鎖骨が、あたかも絵画の一部となった額縁のように、そこを超えた部分から始まる魅惑の丘を飾っています。
 自分は等々力氏ほど女性の乳房に対して執着がある訳ではありませんが、この2つの膨らみにかける情熱は分からないでもありません。何の確証もありませんが、それは世界で1番柔らかい物ではないかと推理され、触るにしても舐めるにしても吸うにしても眺めるにしても、柔らかい事は気持ちの良い事です。そんな柔らかな塊にちょこんと乗った乳首の圧倒的存在感たるや筆舌に尽くし難く、興奮すればするほど立ってくるという男心くすぐる性質は、神が人に与えた究極のメリハリです。
 更に下って、スリムなのにしっかりと肉感のある腹部。鼻を突っ込んで思いっきり深呼吸したくなる綺麗なおへそから、艶かしい腰のでっぱりとそこから広がっていくお尻の肉を堪能し、いよいよ肝心の、女子が1番人前で見せちゃいけない部分をやがて目撃してしまうのです。
 先ほどの偽くりちゃんの愛撫は、拙いなりにも三枝委員長を刺激していたようでした。下品ではない性器というのは、果たしておかしな表現でしょうか、しかし少なくとも自分にはそう思えました。割目にも、陰唇にも、陰毛にも、不思議といやらしい所が一切無く、完璧に調和のとれた1つの彫刻のように、そこに収まっていたのです。
 むっちり系のふとももは、もしも手で触れれば吸い付いて離れなくなる事は間違いなく、黒ニーソによって際立つ白い肌の清潔さが、いよいよ迫真に近づく境界であり、股下に構成されるデルタ地帯によって、前から見える向こう側の尻肉は、意外性を持って目を喜ばせてくれました。第二の絶対領域とも揶揄されるその空間には、「空」という哲学が画されているようでもあります。
 三枝委員長の肉体の全貌を見て、死を覚悟していた自分は愚か者でありました。それは露出という羞恥によって、以前見た事のある裸体から、更に発展した究極の美へと変貌を遂げていたのです。つまり自分は気づきます。
 それは、勃起していい物ですら無かったのです。
 人間、余りにも神々しい物を見てしまうと、常に滾っている欲望や邪念などは振り払われ、賢者の如き冷静さを取り戻してしまうものなようで、事実、自分のちんこは今、なりを潜め、三枝委員長が脱ぐ前よりもおとなしくなって、だらしなくぶら下がっています。
 こんな芸術品に発情するなんて、変態としてではなく人間としてどうかしているのです。観客達の中には、両手を併せておがんでいる者がいます。両目からぼろぼろと涙をこぼして、それを乱暴に拭う者もいます。それでも勃ってしまう愚息に怒りを覚え、グーで殴っている者もいます。


 そんな阿鼻叫喚を見つめる三枝委員長は、果たして何を思うのでしょうか。脱いだシャツを、横たわった偽くりちゃんの体にそっとかけて(その動作の洗練された過程を説明すると大変な容量になるので、ここでは省略します)、改めて客席に向き直って目を瞑って深呼吸をすると、意外なほどに小さな声で、淡々と言いました。
「今からオナニーをします。私が絶頂に達する所を、皆さんどうか見ていてください」
 非常にまずい。三枝委員長の身体が芸術品である事については、先に重ね重ね表現しましたが、そんなエロとはほど遠い存在が、マスターベーションという卑猥極まりない行為をしてしまうとなると、それを見た人間の感情に、何が発生するかは全くの未知です。脳内物質が奇跡的な割合で衝突しあって、ひょっとしたら、超能力に目覚めてしまう人間がいるのではないかと心配になって、自分が既に目覚めている事を思い出しました。
 もしもこれから三枝委員長が本気で乳首をこりこりし始めて、クリトリスをびくびくといじって、膣に指をずぼずぼ入れて、思いっきり淫乱に、内に秘めた本質を解き放ち始めたら、はっきり言って勃起せずにいられる自信など微塵もありません。なるほどこいつは勃起させるぜ! と心から叫んで、憤死する未来がすぐ近くまで来ているのです。
 それでもなお、逃げるという選択肢はありえません。自分には春木氏との勝負の行方を見守る義務があり、三枝委員長の痴態を見る権利があるのです。その過程で自分が死んでしまおうと、それは今挙げた義務と権利には何の関わりもない事であり、死する時が来れば、ただ潔く逝くのみです。
 夜深し 女神降り立つ 月の下 ロリにほっこり 股間もっこり
 そんな拙い辞世の句まで浮かび始めた自分の脳はおそらくもう駄目です。確かに失う物は大きいですが、ここから逃げた時に失う物はもっと大きいに違いありません。三枝委員長はご主人様としての素質が無いとして自分の事を見放してしまうかもしれませんが、それも仕方のない事。ただ自分に、三枝委員長を調教するだけの器が無かったというだけですから。
 諦めの境地に達した自分の肩に、ぽんと手が乗っかりました。
 最初、自分はそれが誰だか分かりませんでしたが、振り向く気さえ起きませんでした。
 しかし結局、自分の周囲の人々が、自分に無視を続けさせてくれませんでした。
「さっきの……」「いや、似てるけど違うぞ」「お、お姉さんとかですか?」
 ひそひそ声はやがて明らかな質問や、興奮、それから期待に変わっていきました。
「私の呼んだゲストが来てくれたみたいよ」
 と、トムが耳元で囁いてからようやく、自分はゆっくりと、後ろを振り向く事が出来ました。
 そこに立っていたのは、ずっと生活を共にしていたというのに、久々に会ったような気がする不思議な人でした。厳粛な裁判官でも殺人許可を出してしまいそうな程に、怒りに満ちた鬼の形相を見て、自分は不思議と心から安心出来たのです。顔がひきつっていたのは、決して恐怖からではありません。涙が零れそうになるのを、無理に堪えていたからです。
 自分はそこにある夢でも幻でもない人の形に向けて、名前を呼びかけます。
「くりちゃん……」
 いつもの声で、いつもの返答。
「その名前で呼ぶなっつってんだろ!」

       

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