Neetel Inside ニートノベル
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エピローグ


 それからの日々について、少し語らねばなりません。
 禁欲生活。というほど大それた物でもありませんが、自分のオナニーの回数は確かに目に見えて減りました。お前のシモの話などはどうでもいいわ、と思われるかもしれませんが、これは最も重要な事です。
 幼女くりちゃんとの生活を楽しんでいた時のように、息子に元気は無いが精神的には満たされているというような明確な理由がある訳ではなく、ただ単にやる気が起きないというだけで、日々の鍛錬とも言える自慰行為を怠っていたのですから、自分を良く知ってくださっている方から見れば、これが一大事であるとお分かりいただけると思われます。
 何故、自分がオナニーに対する情熱、通称マスターパッションを失っていたのかという所については諸説あるのですが、どれもいまいち芯を得ていないというか、こじつけなように感じて窮屈です。ですが、一応はここに記しておいて、そうする事で何か新しい発見が降って来るのを待つとしましょう。
 三枝委員長の、あれだけ豪快で気持ち良さそうなオナニーを見た後だと、自分のが酷くいじましく思えたという説。いくつかの死線をくぐったとはいえ、まだまだ春木氏に勝てないという事を悟って憂鬱になったという説。くりちゃんの「世界をどうこうする前に、いい加減その気持ち悪い性癖を治しやがれ」の言葉に少しは考える所があったという説。などなど。1番最後のに至っては、その後に「このド変態が」というありがたいお言葉も頂戴致しましたが、それはむしろ褒め言葉と受け取っておきました。
 理由はともかく、オナニーの回数が減ったというのは純然たる事実でありまして、おかげさまで勉強の方が捗ったのは、唯一良い影響のようでした。
 ある日突然、幼女という夢の中から、受験戦争真っ只中に放り込まれたかわいそうなくりちゃんはというと、最初、「お前なんかに頼るもんか! 死ね! ばーかばーか!」とお見事とも言える死亡フラグをおっ立てて、そのわずか半日後、頼れる友達が1人も居なかった事に気づき、自分の所へ半泣きで戻ってきました。
「三枝委員長の所はどうなんですか? 『勉強で困ったら遠慮なく来てね』とあの日仰っていたじゃないですか。全裸で」
 と尋ねると、くりちゃんは伏し目がちに視線を逸らして、
「あんた以上に何されるか分からないし……」
 と自分でさえも半分くらいは納得出来る答えを返してくれました。
 直接の原因を作ったのが春木氏とはいえ、自分もわりと長い間くりちゃんを幼女のまま放置して、しかもその解決にはこれっぽっちも役に立っていないという負い目もあって、自分はくりちゃんに勉強を教えてあげる事にしました。人に教える行為というのは不思議なもので、別に今更新しい科目に踏み込むという訳ではないですし、習った事を再確認するという意味では、なかなか良い復習になりました。受験日の10日ほど前にあった模擬テストでも、ほぼ100%の合格率で、担任からは「直前ではあるが、もっと上を目指せるんじゃないか」という指摘をされましたが、例の秘密の「学校合併話」を知っている手前、うんとは頷けず、結局、全盛期の清原の打率くらいしかないくりちゃんの合格率を同情気味に横目で見つつ、黙って首を横に振ったのです。
 自分の、というよりはくりちゃんの勉強漬けの日々が続きました。時々、ふとした瞬間に幼女になっていた時の記憶が戻るらしく(顔を真っ赤にしていきなり殴ってくる時がそうです)、気づくと「これが終わったら……これが終わったら……」が口癖になっていましたが、とはいえ勉強を教えてあげている恩義はそこそこ感じているらしく(頼れるのが自分しかいないという悲しさ溢れる身の上に対する虚脱感もあったのかもしれません)、一物をちょん切られるという憂き目には遭わずに済みました。
 自分は誠意のある人間ですから、赤っ恥にもんどり打つくりちゃんの姿に対して、更に追い討ちをかけるような真似は誓ってしませんでした。確かに何度かおしっこは漏らさせましたが、それは全て自分の部屋の中だけに限定し、自分以外に誰も見ていない状況での事だったので、許される行いのはずです。
 あっという間に受験日がやってきて、自分とくりちゃんは一緒に試験会場へと向かいました。
 つまりこれは、気づかぬ内に例の女性不信が治っていたという事です。一体誰のおかげでそうなったのかは自分でも良く分かりません。


 合格発表は、それから1週間後でした。
 これは全くの偶然で、HVDO能力とは何の関係もないただの事故だったのですが、自分のと、それからくりちゃんの合格通知が一緒に自宅のポストへと届いていました。隣同士である事の幸運。実に気の利いた、お茶目な郵便配達員さんもいたものだと感心しました。
 当然、自分はくりちゃんの合格通知を隠しました。なかなか届かない通知に焦りを感じ始めたくりちゃんに、そ知らぬ顔して「もしも不合格だったら浪人して来年また受けるんですか?」と尋ねると、深刻な表情で「いや、親に花嫁修業をさせられる……」とうっかり答えましたので、「誰の花嫁になるんですか?」とわざとらしく尋ねましたが、流石にそこまで馬鹿ではないらしく答えは返ってきませんでした。
 ははあ、1ヶ月も同棲していた事もあって、両親はもう既にくりちゃんを自分の所に嫁にやる気でいるなあと感じ取れたので、近々きちんと挨拶をしに行っておかなければなるまいと心に刻みました。ついでにくりちゃんの合格通知も燃やしてしまおうとも一瞬思ったのですが、そこまで悪魔ではありませんでした。
「くりちゃん、もし今神様が現れて、『合格させてあげる代わりに何か1つ言う事を聞け』と言われたら、その申し入れを受け入れますか?」
「何言ってんだアホ! ……受け入れるに決まってるだろ」
 見事なまでに切羽詰っていました。自分はふふん、と珍しく笑って言いました。
「それならば自分が神様です。合格させてあげましょう」
 野生のアブドーラ・ザ・ブッチャーより鋭く睨んできたくりちゃん。自分は「じゃじゃーん」と口で効果音を言って(その日の自分は紛れもなくうかれぽんちでした)、合格通知をさっと取り出しました。
 神様は半殺しにされました。
 しかしそれでもまだ、さけるチーズの要領で陰茎を細切れにされなかった分、自分はくりちゃんと仲良くなれたと思うのです。
 松葉杖をつきながら、新調する制服のサイズを測りに行き、ついでに体育館シューズと革靴と通学カバンも購入し、別の日には教科書と、新しい文房具、ついでにペンギンクラブを買った時にも、くりちゃんは自分と行動を共にしました。もちろんその裏には、くりちゃんの両親の政治的策略があったのですが、自分は男らしく気づかないフリをしてここは割愛します。
 ああ、ここが日本ではなくケニアなら、とりあえずくりちゃんを嫁に貰っておいて、それから三枝委員長を第二の妻に迎えて、他に良い小便漏らしが現れたら片っ端からいただくという合理的行動もとれるのですが、いやむしろ、自分がオタリアの雄ならハーレムを形成する事が出来るというのに。「五十妻」という苗字に恥じない、素晴らしけしからん帝国を築き上げるに心血を注ぎ込むのに。という邪にも程がある思想を抱いたその日から、自分の生きる標が決まりました。
 そうだ。自分の世界改変態を、そんな風にすればいいのだ。
 それは実に愉快で、画期的な思いつきでした。


 しかしながら、実現までには様々な障害があるように思われます。
 まず、自分が倒せるHVDO能力者を探すという事。本来、変態性癖なんて物は誰にも知られないように隠して然るべき物であり、おおっぴらにしている人間は極々稀です。そして仮にそんな人物を発見したとしても、果たして自分が安全に勝利を収められるかはまた別の話なのです。例え9個まで能力を得たとしても、たったの1敗でそこまでの努力は全てパーになります。必要なのは連勝であり、アベレージではありません。
 既に知っているHVDO能力者を再度倒すという手段も考えましたが、三枝委員長からの情報によると、どうやらこの方法で10個目の能力を手に入れるのは不可能なようです。というのも、1度勝利を収めた相手に再度勝利をしても新しい能力は増えないらしいのです。三枝委員長が柚之原さんに試してみて発覚し、その姉の知恵様に聞き正してみたところ、リベンジに成功しない限りこの縛りは解けないという新しい法則も分かったとの事なので、この情報は正確なはずです。
 という事は、自分が既に勝利を収めている等々力氏、三枝委員長、音羽君、知恵様には、自分が1度彼らに負けない限りは勝っても意味がなく、能力は当然増えないという事になります。付け加えて、新しいHVDO能力者を見つける事は非常に困難ときています。あの夜以降、自分は既知外のHVDO能力者との接触を持っていません。そもそも、HVDOという組織については未だに謎が多く、一番良く知っているであろうトムには、こちらからコンタクトを取る手段が無いのです。
 そしてもう1つ、自分にとって唯一この法則が有利に働く春木氏の問題があります。
「春木氏、世界を滅ぼす気ですか?」
 あの夜、自分は春木氏にそう尋ねました。春木氏は笑って、こう答えました。
「ははは、そんな気はないよ。無いからこそ、ここは引き分けという事にしよう、と三枝さんに提案しているんじゃないか。もちろん、幼女化能力も既に解除している」
 春木氏の言葉に嘘はありませんでした。
 10個目の能力、「世界改変態」が、意思とは無関係に、当人が心から望む物を与えるというのならば、くりちゃんに恋している春木氏は、例え世界の全てを犠牲にしてでも、くりちゃんの愛を手に入れてしまうかもしれない。無論、それが春木氏の真の望みであれば、という注釈つきですが、果たして人間の心理という物は未知で、正確に測るものさしなどはそもそも存在していないのです。春木氏自身にとっても、心を迷路のように感じているのは同じ事なようで、「確かにくりちゃんは魅力的だけど、世界中の幼女を犠牲にしてまで手に入れる価値は無いと思っている。少なくとも、頭の中ではね」だそうで、ここに1つのロジックが完成します。
 春木氏は、くりちゃんを実際に手に入れるか、あるいは完璧に諦めるまで、世界改変態を行えない。
 よって、今日も自分はのほほんと、くりちゃんの自分に対する罵詈雑言をBGMに、彼女がパンツを汚すのを楽しく見物していられるという訳です。


 長い冬が終わって、もうすぐ春が来ます。
 高校生になれば、嫌でも新しい出会いが待っており、その中には新たなる変態も、そして新たなる小便少女もいるはずです。
 期待に胸を膨らませつつ、ヒビの入ったアバラを気遣いながら、自分は眠りにつきました。
 あ、そうそう。これは割とどうでもいい事なんですが、つい先日、くりちゃんが街を歩いていると、息の荒い太った男に突然声をかけらたそうです。なんでも、「君が裸でいる姿を見た事があるんだけど、何故そんな事になったのかどうしても思い出せない。確かあれは深夜の公園だったような気がする。あ、いやいや、僕は決して怪しい者じゃないよ」とかなりの早口だったらしく、当然急いで逃げたのですが、その時「君、木下くりという名前じゃないか!?」と思いっきり叫ばれたそうです。
 話を聞いて、自分はすぐに合点がつきました。
 三枝委員長があの時ステージで発動させた第3の能力は、あくまでも三枝委員長に関する記憶と記録をふっ飛ばす物であり、一緒に露出プレイをした偽くりちゃんについてはノータッチだったのです。
 という事は、あの時居合わせた百何人かは、くりちゃんの全裸の幼女姿と名前を記憶しているはずで、中には映像を所持している人物も相当数いるはずです。
 自分はくりちゃんからその話を聞いて、声をあげて笑いました。爆笑はなかなか止まず、アバラにヒビを入れられたのはその時の事です。
 しかし、これが笑わずにいられますか?
 くりちゃんが恥ずかしい人生を歩めば歩むほど、自分はそれを幸福に思います。そしてくりちゃんの受難は、まだまだ当分の間続きそうなのですから。

       

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