Neetel Inside ニートノベル
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「はいよろこんで」
 即断即決。と言うよりも、そこに思考の余地は一切無い、強い光を当てられた時に目を細めるのと同じような、「反射」の領域で自分は、この名も知らぬ少女とのセックスを請け負いました。
「ほ、本当ですか? ……ありがとうございますです」
 いえいえこちらの方こそ、と頭を垂れ下げたい気分になりましたが、これ以上玄関口でセックス云々の話をしているとご近所さんからヤリチンに思われてしまうとの非常に真っ当な懸念から、自分は少女を家へと招き入れました。
 ひょっとすると、自分の事を軽蔑していらっしゃる方が何人か存在しているかもしれません。ついさっきまでプライドがどうの試練がどうのと言っていた矢先、セックスという餌をぶら下げた女の子が突如目の前に現れた瞬間、そんなに簡単になびくのか、と。
 そりゃなびきます。
 何せ高校1年生ですから、言ってみれば性欲の塊、エロスの権化、ちんこ丸出しみたいなものです。その上童貞、相手は美少女ときているのですから、まず拒否する理由がありません。誰だってそうしますから自分だってそうします。
 少女を部屋まで誘導し、ベッドの上に置いてあったエロ本をどかして場所を作ると、自分は言いました。
「ではやりましょうか。服は自分で脱ぎますか?」
「ええっ。いや、その……」
 少女は顔を伏せて、内股でくねくねとしていました。いいじゃないですか。今まで出会った事の無いタイプの人物です。言ってる事は貞操観念ゼロですが、態度も表情も純情そのもの。ピュアビッチとでも言うのでしょうか。
「では脱がせてあげますね」
 自分は紳士らしく断りを入れて、まずは制服の上着を脱がせ、リボンを解きます。少女は「ええ……あの……」と恥ずかしがりながらも、しかしされるがままに、自分の動作を受け入れていました。ところで自分がこんなにがっつくのにも理由がありまして、覚えていらっしゃる方もおられると思いますが、実は以前に1度、三枝生徒会長とコトに至りそうになった時、突然ゴリラが乱入してきて邪魔されたという苦い経験があるのです。なので今回は、そのような不測の事態が起きる前に、さっさと挿入を済ませてしまおうという冷静で的確な判断もあったのです。
 ボタンも外し、スカートも脱がせ、下着姿にはだけたシャツ1枚という地上最強の格好になった少女は、やっと振り絞った声で自分に言いました。
「あ、あの、まだ心の準備が……っ!」
「何を言ってるんですか! あなたがセックスしたいと言ったから、こうして自分は家にあげて服まで脱がせてあげてるんですよ! ふざけないでください! さっさとセックス!」
 失礼、取り乱してしまいました。しかし言っている事は間違っていないはずです。


「で、でも、気にならないんですか……? 私の名前とか、なんで、とか……」
「気になりません」
 断言してブラに手をかけようとすると、少女が一歩引きましたので、自分はちょっと不機嫌になりました。少女は目を泳がせながら、手を胸元でぎゅっとして「そ、そんな……」と呟いています。
 煮え切らない態度に痺れを切らした自分は、気づくと少女を押し倒していました。手で手を、胸で胸を、足で足を押さえつけ、瞳の奥を覗き込みますと、それは夕立の前の雲のように潤みながら、怯えきった様子で、自分の行動を待っているようでも、何かを訴えかけるようでもありました。余りにも弱者な表情に、自分の嗜虐心がオーバードライブしてしまいそうでしたが、しかしそれ以上に、自分の暴走を止めるほどの、罪悪感というか、犯罪臭みたいなものを感じ取ってしまったのです。
 自分は体を起こし、改めて少女を見ました。くりちゃんとはまた違ったタイプの、いじめ甲斐のある、簡単に騙せそうな少女でした。先ほど自分はピュアビッチ、と呼びましたが。純情成分を多めにして、純情ピュアビッチという呼び方に変えてもいいかもしれません。
「名前は何ですか?」
「え?」
「自分で言ったのではないですか。自己紹介してください」
 かつてこれほどまでに自分がジェントルマンだった事が果たしてあったでしょうか。さっさとやりたいという気持ちと、その後ろにおぼろげながら確かにある「疑惑」も押さえ込みつつ、自分はまず黙って少女の観察をする事にしました。
「わ、私の名前は蕪野(かぶらや)ハルです。清陽高校に通ってて、今年から2年生になりましたです」
 ということは自分の先輩にあたります。そうは思えないというか、むしろまだ存在していないはずの後輩に見えたくらいなのですが、首の下で強烈な程に主張しているわいせつ物だけを見れば、確かに先輩と呼ぶに足る存在です。
「では、蕪野先輩。何故自分とセックスをしたいと言ったのですか?」
「は、はひ。その、私、実はその、処女なんです……」
 言われなくても分かっています。と喉元まで出掛かりましたがどうにか堪えました。機嫌を損ねて逃げられても悔やみきれません(仮に損ねたとしても逃がす訳はないという確固たる自信はありますが)。告白した後、自分の顔をちらちら見ながら黙ったままの蕪野先輩に、自分はイラだちを露にしながら訊きました。
「で、それがどうしたというのですか?」
 こうして文面だけ見ると、非常にタチの悪い、性格最悪な奴に見えるかもしれませんが、むしろ蕪野先輩の魅力の一部には、「男をそうさせる」という性質があるように思えます。
「そ、それで、『私の』がその、他の人と違って、変なのかもしれないって思って……」
 蕪野先輩が「私の」とぼかした言葉をネチネチと追求していくのも一興と考えた自分は、もちろんそうしたかったのですが、蕪野先輩は急に何か吹っ切れたように、1歩前に身を乗り出しました。
「でも私、本当にセックスしてみたいんです! だ、だからあの、あなたみたいな『変態さん』だったら、『私の』が変でも、許してくれるかなって……思いますです」
 変態さん、と呼ばれ、それまで押さえつけていた疑惑が、ふっと浮上してきました。


 その疑惑とは、彼女はもしかすると、HVDO能力者ではないか? という物です。
 これは客観的に見れば非常に信憑性のある、疑うに足る問題であるように思えます。まずそもそも、1人暮らしの男の家に突然訪ねてきてセックスをしたがる美少女など、量子力学の世界でしか存在しえないというのと、しかもそれが自分の家に来たというこの現実のあり得なさ。
 例えば蕪野先輩が何も知らない処女を装った敵であるとすれば納得がいきます。自分がHVDO能力者であるという情報をどこからか仕入れ、勝負して倒そうとしてやってきた。と、これならば状況の不自然さに一応の説明がつきます。自分も馬鹿ではありませんから、その可能性には気づいていました。嘘ではありません。気づいていました。最初から。確かに。
 自分を変態だと知っている事を意味する発言からも、この可能性は非常に高くなってきましたが、そうなると、また新たに1つの疑問が発生します。
 蕪野先輩の性癖は何か?
 自分は立ち上がり、ベッドからやや距離をあけました。一旦疑いを始めると、見れば見るほど深みに嵌るように怪しく見えてくるから人というものは不思議です。先ほどまであんなにかわいらしく、いじめたくなると映っていたその弱気な態度も今は、鋭い牙をこっそりと隠し持った毒ハムスターのようにも見えてきます。
 思うに、「セックスをする」という行為。これは変態行為にはあたらないように考えられます。何故なら、どんな人物であれ、先祖代々一生懸命、必死こいてセックスしてきたからこそ存在している訳であって、哀れにもセックス出来なかった人間の直接の子孫は、当然存在していない訳です。セックスする事自体を変態行為として捉えるのであれば、あなたのお母さんも変態。あなたも変態。将来的にはあなたの息子も変態という事になります。
 しかし現実はきちんと逆です。むしろド変態であるほど、セックスの相手には困る訳で、子孫繁栄の確率は下がっていくはずです。
 変態行為の部類に入るセックスの線引きを決めるのは、非常に難易度の高い作業といえるでしょう。例えば青姦。これは自分の解釈に照らし合わせれば、両者の同意があって、更に2人が燃え上がっており、なおかつ気分転換的な意味合いや、ホテル代が無いといった経済的な理由があれば、まあギリギリ変態行為とは言えない範囲にあります。これが彼氏が彼女に強要したり、某生徒会長のように自ら望んで裸で外に飛び出したら、それはもうきっちりと、変態の烙印を押してしまって構わないと思います。
 この「セックスの変態性」というテーマから導かれる解答は実に多岐に渡り、また、不毛でもあります。例えばオーラルセックス、その代表的なフェラはどうなのでしょう? 生殖行為自体には一切何の必要もありませんが、性行為経験者20代女性の9割以上がフェラをした事があるという絶望的なデータもあります。それではクンニはどうでしょうか? そもそも正常位以外の体位は性行為に必要なのですか? どうして乱交をするのか? ペペがあれば愛撫はいらないのではないか? アナルに入れるってどういう事?
 これら、純粋な性行為からどんどんかけ離れていくあらゆる変態行為に対し、一括して突きつけられる便利な解答はこうです。
『そうした方が気持ちいいいから』


 話が大きく逸れてしまいました。
 蕪野先輩が仮に敵であり、自分をセックスに誘ったのが罠だとするならば、一体どのタイミングでその性癖を暴露し、自分を叩き落とそうとするのか。挿入する前か、それとも挿入した後か。それはとてつもなく重要な問題です。
「蕪野先輩。1つ質問があります」
「は、はひっ」
 ベッドの上で正座して、自分の言葉を待つ蕪野先輩の様子は、さながら悪い事をした子供のようで、またむくむくと自分の中のジャイアンシチューが煮えたぎってきましたが、どうにかガスの元栓を閉めます。
「『HVDO』という言葉をご存知ですか?」
「えいちぶい……え? なんですかです?」
 すっとぼけやがってこの売女。と、罵る気持ちと、ひょっとしたら本当に知らないのかも、という気持ちが半分半分。となれば、やるならやろうじゃないか、いずれバレる事だ、と開き直って、自分は宣言しました。
「ところで自分は変態です。あなたみたいなかわいい女子がおしっこを漏らすのが大好きです。さて、あなたにはどんな特殊性癖がありますか?」
 HVDO能力者同士は、性癖を告白しあう事によって相手の興奮度をリアルタイムで観測できる。これは性癖バトルを行いやすくするシステムらしく、仕組みは例によって謎ですが、上の自分の台詞は、HVDO能力者が聞けば、紛れも無く挑戦状だと受け取るはずです。
 ところがどっこい、蕪野先輩は、
「そ、そ、そんなかわいいなんて、私……全然違いますです」
 むかわいつく。という新語をここに提案しましょう。意味は推して知るべし。
「あくまでも、あなたはHVDO能力者ではないと言い張るんですか?」
 磨きをかけて高々圧的にいきますと、蕪野先輩の仕草がますますかわいくなっていったので、これは困りました。下着姿でそんな事をされたら、勃起してしまう。自分はかぶりを振って更に迫りました。「性癖は!? どうせ蕪野先輩も変態なんでしょうが!」
「ち、違います。私変態なんかじゃ……ただ、他の人と、『あそこ』が違うのかもしれないって不安で……」
 ここまで強情に口を割らないとなると、相手はひょっとして美少女のマスクを被ったゴルゴじゃないかという疑いまで芽生えてきました。『私の』から『あそこ』へと具体性を帯びてきた局部の様子も木になる所ではありますが、ここは1つ、押して駄目なら引いてみろという事で、自分はつんとそっぽを向いて、椅子に腰掛けました。やや勃起してしまっているのがバレないように、当然足は組みました。
 ここで可能性が1つ消えました。少なくとも蕪野先輩は、性癖が「普通」つまり、セックスだけをしたいHVDO能力者という訳ではありません。何故なら、「普通」である事を告白しても、興奮度が頭上に表示されていないからです。残った可能性は、偽っているか、あるいは本当に、ついに自分の下に天啓が降り注いだかのどちらかです。
「では、どうして自分が変態だと知っていたのですか?」
 偽っているのだとするならば、正直に答えるはずはない質問でしたが、更に身を乗り出した蕪野先輩から、「その点を伝えたい」という意思が見て取れました。この空間にも慣れてきたのか、恥らいつつではありましたが、蕪野先輩は語ってくれました。
「わ、私、ずっと『自分のあそこ』が他の人と違って変なんじゃないかって気になっていて……でもどうしてもセックスがしてみたくて、でもでも、別に好きな人もいないし……それで、今日、1-Aに物凄い変態が入学してきたって、同級生の男子達の話を聞いたんです。変態さんだったら、私のを確かめてくれて、もしも変でもセックスしてくれるかもしれないって、そう思って……」
 噂されるような事は1つもしていませんし、噂になっている事自体が自分にとっては悪い知らせでしたが、しかしちょっとだけ心の中で、凄い変態と呼ばれた事が誇らしくもありました。
「背が異様に高い男子で、1年生って言うから、私学校を飛び出して、すぐにあなたを見つけて……その、後をつけたんです。それから外でずっと迷っていたんですですけど……ここで逃げちゃ駄目だ、一生処女ののままだぞ私! って、そう思って! です!」
 目を爛々と輝かせて立ち上がった蕪野先輩に、自分を騙そうといった気概は全く見えませんでした。
 確信。 自分の目は節穴ではありませんし、こと性行為に対しては抜群の観察力を発揮する自信があります。この人は、本当の事を言っている。セックスがしたくてしたくてしょうがない発情女です。自分が保証します。
「それに……」蕪野先輩は急にしおらしくなって、目線をつつーと下げました。最初は自分の下半身を見ているのかと思いましたが、それは間違いで、むしろその視線は、自らの武器をアピールする、「これを見て」という視線でした。
「お、おしっこだけじゃなくて、おっぱいも大好きな変態さんですよね?」
 その瞬間、合点がいきました。
 蕪野先輩が言った、同級生の男子とやら噂されていたのは、自分ではなく等々力氏の事だったのです。
 確かに、入学初日の挨拶で、あれだけ堂々と変態っぷりを発揮すれば、おのずと噂になるのは分かりきっています。「背の異様に高い1年生の男子」というキーワードだけで言えば、確かに自分もその中に入ります。しかも、先ほどの自分がした台詞から、蕪野先輩は既に確信しているはずです。
 迷いがあった。といえば嘘になります。改めて自分は、この人で童貞を捨てようと思ったのです。わざとらしく優しい声で「事情は分かりました。あなたのがどんなに変でも構いませんよ。見てあげますし、きちんと最後までしてあげます」と言う自分はきっと世界一の善人です。
 途端に、この淫乱戦隊純情ピュアビッチは、安心しきって自分に全てを預けてきました。
 チョロい。
 蕪野先輩のパンツを脱がす瞬間、神が自分を選んでいると感じました。
 しかし目の前に現れたのは、「変」では済まされない程、異常な代物でした。

       

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