Neetel Inside ニートノベル
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「我々清陽高校生徒会は! 茶道部部長『望月ソフィア』の横暴を断固として阻止する!」
 桐谷生徒会長が高らかにそう宣言すると、壇上へずらずらと10人ほどの生徒があがっていきました。それぞれ部活動を象徴する胴着やユニフォームを着ている所を見るに、どうやら先輩のようです。体育館の前方に自分達1年生は体育座りさせられて、後方には同じく各部活の先輩達が、部活を紹介する気満々で立っており、入り口を塞いでいました。
「まずは! 我々清陽高校生徒会に協力してくれると言ってくれた部活の部長達を紹介しよう! そして、何故我々がこうした奇襲作戦をとらなければいけなくなったか、その理由が1年生たちに分かるように、茶道部から受けた被害をそれぞれに申告してくれ! では、剣道部部長から!」
 壇上の先輩方が順番に挨拶をしていきます。皆一様に、決意を秘めた神妙な面持ちで、先程の等々力氏ほどではないにしろ、相当な怒りと共に被害の説明をしていきました。
 まず剣道部部長は、茶道部の女子から「胴着が臭すぎる」という苦情を受け、持ち運びの際には必ず袋で三重に包むようにと指示があった事を震えながら語り、サッカー部の部長は所属していたマネージャー3人全員を茶道部に引き抜かれてしまった事を泣きながら語り、美術部の部長は自作の裸身の女神石膏像を文化祭にて展示した所、勝手に撤去されてしまった事を憤慨しながら語りました。
 この他にも、野球部は恒例であった生徒による応援を女子だけは強制参加しなくても良いと改定された事や、男子柔道部が女子柔道部に部員不足を理由に武道場を追い出され、使用出来るのが1日たったの5分になってしまった事などが切に語られ、中には自業自得だろ、という物もありましたが、それにしたっていくらなんでも酷すぎる男子部活動への冷遇具合が見てとれると同時に、茶道部の持つ絶対的権力が明らかになりました。
 1周してマイクが戻ってきた桐谷生徒会長が、強く言いました。
「これらの被害は全て! 茶道部の部長である望月ソフィアの指示によるものなのだ! 我々生徒会及び茶道部被害者の会は、全身全霊を賭けこの不当な権力集団と戦うつもりである! 1年生諸君! 我々に協力してくれたまえ!」
 その後、茶道部を野放しにしているといかに危険なのかという演説をぶちあげ、男子だけではなく女子も、茶道部以外は肩身の狭い思いをするはずだと言及し、望月ソフィアの手によって世界が滅ぶといった終末論にまで到る間に、生徒会の方々により茶道部を弾劾する旨のチラシが1年生全員に配られました。
「今配られたチラシの下に、署名欄がある。我々の意思に賛同する懸命な1年生は、そこに名前、クラス、電話番号を書いて提出してくれ! 正しい判断を期待する! 以上!」
 後方、先に壇上にあがった部活に所属すると思わしき先輩方から大きな拍手が湧き上がり、つられるように、流されるように、1年生も拍手をしました。
 声援を浴びて胸を張った桐谷生徒会長は、満足したように笑顔で言いました。
「それでは、部活動説明の方に移りたいと思う。そもそも本来予定されていた部活動説明会も、茶道部の手によっておかしな時間配分にさせられていたのだ! ここにあるスケジュール表によれば、男子が中心の運動部は持ち時間1分。そして茶道部の持ち時間は1時間となっている! あんまりではないか!」
 わーわーと再び歓声があがりました。
「えー、こほん。ではまず剣道部、前に……」
 と、桐谷生徒会長が後ろに下がろうかとした瞬間、今まで声援を送っていた後方の部活部隊から、それとは違う種類のざわめきが巻き起こりました。
「茶道部だ! 茶道部の望月が来たぞーーーッ!」


 その声に反応して後ろを振り向きましたが、体育館内に集まった皆が膝をたて、首を伸ばそうとするものですから、茶道部と思わしき集団は見えましたが、中に囲まれているはずの望月先輩の姿を確認する事は出来ませんでした。しかしながら、そこにその人物がいる、というのがはっきりと分かるように人波が割れていったのは、今まで熱を持っていた先輩達の心が急激に冷やされ、乾燥させられていく雰囲気が伝播していったからでしょう。
 只者ではない人物がそこにいる。と、不可思議にも誰もがそう思いました。
 茶道部の取り巻きを置いて、やがて壇上に上がったのは1人の少女でした。
 背が高く、すらりと足の長いモデル体型でありながら、胸にはきちんと膨らみがあり、特徴的なプラチナブロンドの髪からも、純粋な日本人ではない事が一見して分かりました。そして、磨き上げられたサファイアの瞳に、筋の通った高い鼻を持つ顔は、金細工のように華奢でありつつ、表情は凛として、誰にも犯させない神聖さを帯びた美術品でした。
 三枝生徒会長に似ている。
 いえ、より正確に言うならば、顔立ちが似ているのではなく、前をまっすぐ見るその双眸と、迷いの一切が排除された均衡の美しさが、三枝生徒会長がリーダーシップを発揮する際に見せる表情によく似ていたのです。人を妄信させる何か。2人はそれを共通して持っているようです。
 望月先輩に圧されかけていた桐谷生徒会長は、後ろになった身体の重心を何者かに押されたかのごとく前にして、望月先輩に立ち向かいました。
「も、望月ソフィア! 貴様の悪行に皆が困っているのだ!」
 それを受けた望月先輩は、ぽつり、と何かを呟いて、目を閉じました。
 壇上に設置されたマイクのスイッチは入りっぱなしでしたが、それを正確に聞き取れたのは極一部の人であったように思います。というより、自分が聞こえた言葉が正しかったのかどうか、それさえも保証は出来ません。それは意味の通らない、たった1つの単語だったからです。
「赤錆だ」
 1番近くで聞いていたはずの桐谷生徒会長でしたが、怒りに身を任せているせいか、その単語の意味を追求する事はなく、望月先輩が1年生側に振り向きました。
「皆さんの貴重な昼食の時間を奪ってしまったな。この通りだ。すまなかった」
 そう言って礼をした望月先輩。思いがけず男らしく、芯のある声だったので少し驚きましたが、演技ではなく、本当に申し訳なさそうな様子から、先程まで話に聞いていた非道で横暴な君主像は読み取れませんでした。人に謝罪をする時でも、こんなに格好がつく人がいたのかと感心したくらいで、この場にいたおそらくは誰もが、望月先輩を、例え肩書きが無くても位の高い人間であると認識したはずです。
「桐谷君。不満があるならば直接私と茶道部に言ってくれないか。関係の無い第三者を巻き込むこの方法は、正しいとは思えないのだが」
 一転して、桐谷生徒会長への攻勢に移る流れは見事しか言いようがありませんでした。望月先輩が移動すれば、そこに正義がくっついて回るのではないでしょうか。


「うるさい! 黙れ! 茶道部に逆らえば、どんな方法で仕返しをされるか分からないからこそこういう手段をとらせてもらったのだ!」
 桐谷生徒会長のそれは、もはや理論ではなくただの逆上であり、つい先程まで大いに演説を振舞っていた人とは別人のようで、王水に漬した金メッキの如く、カリスマがぽろぽろと剥がれていくように見えました。
「桐谷君。君には失望した。自らの保身の為に、何も知らない新入生を盾にしようとするとはな。私達茶道部は先輩方から受け継いだ伝統を守り、清陽高校をより良くする義務がある。その目的の障害となる人間には容赦をしないというだけだ」
 望月先輩は、スッと目をつぶって、しかし桐谷生徒会長を瞼の内側から睨むように、台詞を投げ捨てました。
「君は、砂糖菓子で出来たカナヅチだ。真夜中に渡る吊り橋だ。つまり、猫に翼だ」
 それはそれは大きなクエスチョンマークが、桐谷生徒会長の頭の上に浮かびました。というか自分の上にも浮かびました。いやいや1年生全員の上に浮かびました。外から見れば体育館の上にも浮かんでいるはずです。
 しかし茶道部の方々、もとい望月先輩の取り巻きの方々には何故かそれが欠片も浮かばなかったようなのです。むしろ感服しきった様子で、望月先輩の言った単語を反芻するように、深く頷いている人と、憧れに満ちた瞳で見ている人もいました。
「ど、どういう意味だ?」
「答える必要はないな」
「ふん! どうせまた、適当な事を言って煙に巻く例の戦法だろう。そんな物で誤魔化されるか!」
 こればかりは桐谷生徒会長に理があるだろう、と自分が考えた瞬間、誰かがぼそっと呟くのが耳に入りました。
「頼りなくて危険……」
 砂糖菓子で出来たカナヅチ。真夜中に渡る吊り橋。猫に翼。確かにどれも、「頼りなくて」「危険」な物かもしれません。そのカナヅチで釘を打てば、たちまちにベタベタが飛び散り、視界が無い状態での不安定な足元は、さぞや肝を冷やすでしょう。そして猫がもしも翼を持って飛び立てば、気まぐれで集中力の無い奴はすぐに墜落しそうです。
 すっかり取り乱している桐谷生徒会長の事を、この喩えでもって指摘したのは、確かに正鵠を射ているというか、ある種痛快なように感ぜられましたが、しかしながら、いかんせん分かりにくすぎる。自分がそれらしい意味にたどり着けたのは誰かがヒントを放ってくれたからであり、何もなければそれは意味不明な言葉の羅列のままでした。なぞなぞにしたって、もう少し解答者にチャンスを与えるものです。
 あと、これはただの気のせいかもしれませんが、そのヒントを与えてくれた声が、十年来の聞きなれた、そういえば今朝も聞いたような、ぶっちゃけくりちゃんの声に聞こえました。まあどうでも良い事ですが。
 それにしても感心したのは、望月先輩の言葉にすぐ感応した茶道部の凄い反射神経です。が、果たしてその中の何人が意味を正確に理解していたかは甚だ疑問ではあります。評論家の弁を鵜呑みにして、テレビで発表されるランキングを使途信条のように信じ、唱え、右に倣って頷くタイプの人もいるのではないでしょうか、と、ついそう考えてしまうのは、自分の心が汚れてる証拠であり、望月先輩のような難解な魅力を持った人についていく恐ろしさを感じている証拠でもあります。
 恐ろしい。そう、恐ろしいのです。
 望月先輩には、変態である以上の何かがある。それがあまりに未知過ぎて、光の先を見る事が自分には困難なのです。どのような性癖を持っているのか、まるで見当がつかない。三枝生徒会長からの忠告は、確かに正しかったですが、役に立つとは思えません。


「ところで桐谷君。どうして急に、茶道部に反旗を翻す気になったのだ? 生徒会は今までずっと、黙って茶道部に従っていたではないか」
「そ、それはだ。新1年生が入学してきたタイミングなら、この真実を伝えれば、その分貴様を弾劾する為の署名が集まりやすいと考えてだな……」
「ふむ、確かにそれもあるだろうが、もっと他に理由があるんじゃないか? 例えば、これとか」
 望月先輩が制服のポケットから取り出したのは、1枚の写真でした。自分の角度からは良く見えず、何が写されているのかは分かりませんでしたが、それを見た桐谷生徒会長の額からドッと吹き出た滝汗は分かりすぎる程でした。
「そそそそそそれをどこから!?」
「茶道部の情報収集能力を甘く見ないでくれ」
 そして爽やかに笑った望月先輩は、体育館後方に手を振って何かの合図を送りました。桐谷生徒会長が「やめろ!」と叫び、身を乗り出して、望月先輩に襲い掛かると、抜群のタイミングで飛び出した茶道部部員達が、彼を押さえつけました。
「やめろおおおおお!!!」
 絶叫の後、体育館が消灯し、いつの間にか後方に設置されていたプロジェクタによってステージ上の壁に映し出されたのは、望月先輩が持っていたのと共通の物と思われる1枚の写真でした。
 犬。
 の格好をした、桐谷生徒会長。
 比喩を外して見たままを言葉にすれば、ブリーフ一丁で四つんばいになって首輪を嵌められた桐谷生徒会長。
  しかも首輪にはリードがついており、それを握っているのは、黒のボンデージに身を包んだ女子。そのもう片方の手には、定番アイテムの赤い蝋燭が握られ、その先から滴る液体が、桐谷生徒会長の背中に命中していました。しかも、桐谷生徒会長は、鼻の下をでれっと伸ばして、あからさまに悦んでいたのです。
 卑猥極まりない写真が大写しにさせられた事により、女子達は悲鳴をあげ、男子はどよめき立ちました。この場合、例えば自分が変態ではなく正常であったとしても、一般的な性知識を持ち合わせていれば、1つの明確な解答に辿り着く事が出来るはずです。
 こいつ、ドMだ。
「やめてくれえええええ!!!」
 泣きながら、膝から崩れ落ちる桐谷生徒会長には、つい先程まで独裁者よろしく演説をぶちかましていた面影は一切無く、両脇を茶道部部員に支えられて無理やりに立たされ、その無様極まりないぐしゃぐしゃの顔を全1年生に向けて晒すのみの存在と化していました。
「人の趣味にとやかく言うつもりはないが……肝心なのはこの女の方だ」
 望月先輩が指した女王様には、なんとなく見覚えがありました。蝶の仮面を被っていたので、はっきりとした事は言えないのですが、それはどうも、「あの淫乱」に、今度は顔つきという意味で単純に似ているような気がしたのです。
「まだ調査中なので詳しい事は明言出来ないが……つまり、こういう事だ」
 望月先輩は憐れみのこもった表情で桐谷生徒会長に見切りをつけて、良く通る凛々しい声を体育館中に響かせます。既にマスターオブセレモニーは彼女の物です。
「桐谷君の手綱を握っているこの女子は、清陽高校の吸収合併を企んでいる某高校の生徒会長である可能性が高い」
 ああ、やっぱり。
「桐谷君はその某生徒会長に誑かされて、誘惑に乗ってしまったという訳だ。私、そして茶道部OBの方々は全員合併を望んでいない。よって、このままでは合併話は前に進まない。だから現茶道部を没落させて発言権を失わせ、吸収合併をまとめようとした。ちなみに、この写真は桐谷君自身が自ら撮影した物を、我が部の部員が偶然入手した」
「う、嘘だ! この写真は1人でこっそり楽しもうとPCのDドライブに……! 盗みやがったな!?」
 もう何を言っても負けの状態で、よくもこう無駄な、というかむしろショベルカーで墓穴をガンガン掘っていくような行為をするものだ、と自分までなんだか憐れな気分になってきました。それにしても、三枝生徒会長はドSというよりは、生粋のドMだったはずでは、という疑問も浮かびましたが、それはすぐに自分の中で解決しました。
 三枝生徒会長は万能無敵タイプですから、桐谷”ドM”生徒会長にその気があると知るや否や、生粋のドS女王様を演じて近づき、コントロールする事にしたのでしょう。基本、三枝生徒会長に出来ない事はありません。露出オナニーに明け暮れてるだけの変態ではないという事です。
「お目汚し失礼した。それでは、皆は一旦クラスに戻って昼食の続きをとってくれ。この時間は生徒会に協力した各部活の紹介時間から差し引き、6時間目から部活動説明会を再度始めよう。それと、今更言うまでもないが、生徒会と茶道部のどちらが正しいかは、新1年生の君達自身が判断してくれ。では、解散」
 怒涛の如く行われたゲリラ部活動説明会は、こうして幕を引きました。
 望月ソフィア先輩。
 その凄まじさは、三枝生徒会長にも匹敵するようです。

       

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