Neetel Inside ニートノベル
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 一周回って、という事があります。
 どうしようもなくつまらない芸人の一発ギャグを延々と見せられる事によって、段々面白くなってきたり、さくさくと進みすぎるゲームをしていたら爽快過ぎて飽きがすぐに来てしまったり、魅力的な女性と沢山付き合ってきた男が急にとんでもない不細工と結婚してしまったり。
 人間、突き詰めて突き詰めて一周回ると、もう何だか訳の分からない境地に達してしまうものですが、今の状況はまさにそれでした。
「あたしのまんこで精子ぴゅっぴゅして欲しいの!!!」
 ひょっとしたらくりちゃんのツンが究極まで達した事により、このように悲惨な状況に陥ってしまっているのではないだろうか、と冷静に分析しているあたり、自分も驚愕極まり、一周して、平常な気分になっていると言えるでしょう。
「早くちんぽ入れて! めちゃくちゃにしてえええ!!!」
 叫ぶくりちゃんが向かってきて、ばしっと2度、いや3度、自分の頬に平手打ちをかまし、「特濃ちんぽミルク!」と気が狂った台詞で責めてきました。
「木下さん! お、落ち着いてくださいです!」
 とハル先輩がくりちゃんを取り押さえようとしましたが、「おまんこ擦れてイケない汁が飛び出ちゃうよ!」とセンスのある事を言って振り払っていたので、傍目から眺めていてちょっと笑いました。
「お尻ぺんぺんして! 乳首ぎゅってつまんで! 尻穴ぺろぺろして欲しいから!!!」
 それはそれは物凄い勢いでした。部屋に入ってきてからここまで、くりちゃんはいやらしい言葉しか口にしておらず、一切の前後関係も意思疎通もそこには無く、ただただ半狂乱の貧乳娘があるのみで、シュールさも一周回って、なんだか牧歌的な雰囲気が漂って参りました。
「まず、落ち着いてくださいくりちゃん」
 襟を掴まれぶんぶんと頭を揺らされながら言った台詞でしたが、その実、くりちゃんの言っている事が本心であり、これから行為に及ぶ展開を自分はほんの少しですが望んでおり、それだけに声が小さく「らめっ、おまんこもっと見てっ!」という、まあ、やっぱり気が狂ってるな、としか思えない台詞にかき消されてしまうのでした。
 そう、自分はもうこの時点で、多くの事に気づいていました。HVDO能力に目覚めておよそ半年。これまで、ただ漠然と戦ってきた訳ではありません。経験と研究から予想される解答、くりちゃんはおそらく、「淫語」を性癖とするHVDO能力者に攻撃を受けています。
「くりちゃん。まず、確認します」
 これがパニック映画ならまず間違いなく最後まで生き残るであろうクールな口調で自分は言います。
「くりちゃんが今陥っている状況に、自分は一切関係していません」
 目に涙を溜めながら「ちんぽぉ……ちんぽ! ちんぽ!」とくりちゃん。
「良く聞いてください。おそらくこの現象は、HVDO能力者による攻撃だと思われます。しかし自分を倒す事を目的にしているのだとしたら、今はハル先輩というもっと近しい人がいますし、そもそも入学式の日以降、自分とくりちゃんは会話すらしていませんよね? 自分とくりちゃんが幼馴染だと知っている人物も限られますし、あえてくりちゃんを選ぶ理由もありません。違いますか?」
「ちん……ま、まんこ」と答えるくりちゃん。
 どうやら「まんこ」が肯定で「ちんぽ」が否定のようです。長文になると、みさくらなんこつ風味になる、と。やはりこれは、一般的な言葉を脳から排除し、卑猥な言葉しか喋る事が出来なくなる能力と見るのが妥当のようです。実生活に与える影響具合で言えば、春木氏に次いで危険なのではないでしょうか。
 淫語。
 くりちゃんの口にするそれは、卑猥というよりなんとも間抜けで、しかしそれだけにこの性癖の秘める歪んだ魅力が、率直に伝わってくるものでした。
 ですが、ご安心ください。現状、自分の勃起率は、朝勃ちの気配を残しつつの50%。それも下降傾向にあり、くりちゃんがその気ならまだしも、ただ「言わされてるだけ」の淫語は、それほど自分のフェティシズムには刺さらない物でした。


 ようやく自分を責めても無駄と分かってくれたのか、ぶつぶつと放送禁止用語を呟いているくりちゃんに、一体どのように対処するのが正解なのかは分かりませんでしたが、とりあえず、「口に出すのが駄目なら、紙に書いてみてはどうですか?」と提案してみると、くりちゃんはメモ帳に大きく「まんこ」と書き、症状の深刻さをこれ以上なく教えてくれました。
「これもHV……なんとかのせいです?」
 ドン引きの最果てから、勇気ある1歩を踏み出してこっち側に来てくれたハル先輩の質問に肯定を返すと、くりちゃんはまた「濡れ濡れまんこ掻き回してエッチなアクメ顔見て欲しい……」と切なげに呟きました。十数年来の付き合いである自分が、この難解な言語の翻訳を試みてみるに、ふむ、これはおそらく、「この変態のせいであたしの人生は最悪な事になった」とまだ文句を垂れてるように、声の抑揚や雰囲気から読み取る事が出来ます。自分は、数日前くりちゃんに言われた「最低」という言葉を思い出しました。
 そして沈黙の後、
「まんこっ!」
 自分が本当の本当に耳を疑ったのは、何よりもこの瞬間だったのです。ハル先輩が初めて我が家に来た時、確かにその唐突さに驚きましたが、「モテ期」という言葉もありますし(玄関口でいきなりセックスに誘われるモテ期は聞いたことありませんが)、それがついに来たのかな、程度の試算は出来ていました。つい先ほどくりちゃんが部屋に突撃しにきた時も、一周回って冷静になってしまったのは、「くりちゃんがこんな事を言うはずがない」という確信があり、逆にそこから予想される新たなる戦いの予感に胸が高鳴り、一旦驚きも忘れて、という事情があります。
 しかしこの時の、たった1回の「まんこっ!」は、全くもって不意打ちの衝撃だったのです。
 何故なら。
 この時「まんこっ!」と言ったのは、くりちゃんではなく、ハル先輩の方だったからです。
「えへへ、言ってみると、意外と気持ち良いです」
 ハル先輩はえくぼを作ってはにかみながら、続けざまに、「ちんぽっ!」と言って、それからくりちゃんの手をぎゅっと握って自信満々に言いました。
「これで友達になりましたですっ!」
 くりちゃんは壊れたブリキのおもちゃのように首をきりきり曲げて、引きつった表情で自分に視線を送ってきて、この場合はあえて何も言わなくても、「この女は一体何なんだ?」という不服申し立ての意思がそこからはっきりと見てとれましたが、その答えは、あいにくと自分も持ち合わせてはいませんでした。
「アナルに太いの入っちゃってるの!」「膣内に射精して子作り!」「イっちゃう! 淫乱雌顔でイっちゃうの!」「奥に当たっちゃって死んじゃう!」「逝き顔晒しちゃってるよお!」「ちんぽびくんびくんしてお腹の中で跳ねてる!」「ぶっこき昇天する!」「あたしのお尻でセンズリして!」「ビラビラがめくれちゃってる! あたし変態さんなの!」「ザーメン欲しくて気が狂っちゃう!」
 やがてHVDO史上最も壮絶な掛け合いを終えた2人の間には、他に類を見ないタイプの友情が芽生えたようでした。くりちゃんの状態はある意味不可抗力でしたが、ハル先輩のは完全に自主的にやっている訳ですから、その異常さは天井知らずです。ハル先輩の一途とも言うべき感情表現の妙は、ただただだらだらのほほんと一緒に暮らしていただけでは気づけなかった魅力でした。


 電話が鳴りました。
 初期設定の、題名は知りませんが聞いた事のあるメロディー。この飾りっ気の無い着信音のケータイの持ち主を、自分は知っています。
「あへ、ちんちん」
 まあ訳すとするならば、「はい、もしもし」あたりなんでしょうか、当然電話に出たのはくりちゃんでした。電話口で「雌まんこにもっと注いで!」と叫び、まず相手が誰であれ会話が成立しないだろうと思いましたが(というかいい加減くりちゃんも諦めて大人しく口を閉じていればいいのに)、意外にも、淫語モードのままで電話先の相手と話が通じているようなのです。
 それもそのはず、電話をかけてきた人物こそが、くりちゃんにこの呪いをかけた人物でした。
 しばらくのやり取りの後(こちら側からはただくりちゃんがテレフォンセックスの達人のようにしか見えませんでしたが)、くりちゃんが自分に渋々ながら電話を渡してきました。
「電話代わりました。五十妻です」
「俺は清陽高校2年、樫原(かしはら)。HVDO能力者だ」
 やけに堂々とした口調に、自分はたじろぎます。自らの趣味に没頭している様子も、事が上手く運んで喜んでいる様子でもなく、ただ仕事に忠実に従っている男の声でした。
「お察しの通り、俺の性癖は『淫語』だ。つい先程、木下くりに対してHVDO能力を発動させてもらった」
「そうですか……何の為に?」
 答えが返ってくるとは思っていなかった質問ですが、樫原先輩は何の躊躇いもなく答えました。
「お前を潰せと命令された。それと、木下くりには自主退学してもらう程の恥をかいてもらう必要があるからな」
 命令? 誰に? と訊ねかけましたが、これには今度こそ答えてくれないでしょう。
「一石二鳥、という訳ですか?」
「まあ、そんな所だ」
 事務的な暗殺者。自分が抱いたその印象はそう間違ってはいないはずです。今までに無いタイプのHVDO能力者であり、当然、対応も今まで通りではいかない。今から苦戦の予感がします。
「という訳で、これから木下くりを素材に使って、性癖バトルをしてもらう」
「……嫌だと言ったら、どうなりますか?」
 しばしの沈黙。いえ、含み笑い、のようなものを電話越しに感じます。
「今、木下くりに発動しているHVDO能力の効果は一時的な物だ。しかしこの状態が24時間続けば、俺の第二能力が発動する」
「と、言いますと?」
「木下くりは一生淫語しか喋れなくなる」
「ほう」
 無言でじっとこちらを睨んでくるくりちゃんを見て、自分は言いました。
「それは魅力的ですね」

       

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