Neetel Inside ニートノベル
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 通学時間は約15分。早足で、なおかつ信号が青続きならば10分。
 この10分間を自分が勃起し続けたまま耐える事が出来るか、その前にくりちゃんが人間としての尊厳を失って発狂するか、もしくは自分が心無い近隣住民の通報によって逮捕されるか。問題は多々ありますが、自分はくりちゃんの手を引っ張り、20mほど先を行く樫原先輩の後をとにかく追いかけました。
 決着は学校でつけるはず。樫原先輩はくりちゃんに恥をかいてもらって自主退学を促すという目的を先程話していましたし、自分としても、くりちゃんのかく恥は最大の攻撃力を発揮しますので望むところ、となれば、そこにはくりちゃんを辱めるコンセンサスが既に完成されており、今更議論の余地はありません。
 勃起を維持し続ける事に関しては全く問題無いと言えるでしょう。何故ならこの1ヶ月、自分はハル先輩の陰部に咲いた百合を愛でに愛で、この甘くて濃厚な匂いを少し嗅いだだけでも興奮してしまうパブロフの発情犬状態と化していますし、ハル先輩自身も、先程の淫語フリースタイルバトルにより、十二分にいやらしい花蜜を垂れ流してくれたおかげで、履いていたパンツにはしっかりと匂いの下ごしらえがなされていました。
 ちなみに、ハル先輩が実家から持ってきたパンツは、今自分が被っている物を除いて、タイミング良く全て洗濯していたようで、ハル先輩はたった今ノーパン登校を強いられており、この事実も自分の勃起維持作戦にただならぬ貢献をしてくれたという事は付け加えておきましょう。
 そしてハル先輩のパンツを起因とする名古屋城ばりの防御力は、流石に3人がかりといえども真っ向から打ち破る事が難しいと判断されたようで、道中で樫原先輩達からの新たな攻撃が行われる事はありませんでした。
 さて、問題はどのようにして敵布陣を打ち破るかですが、大事なのはまず情報です。
「ハル先輩。樫原先輩について知っている事を全て、なるべく詳らかに教えていただけませんか?」
「はいです! ……と言っても、別のクラスなのでそこまで詳しくは知りませんですけれど……」
「結構。今はどんな情報でも貴重ですから」
「樫原君は、成績が良いと聞いた事がありますです。でも女の子と一緒にいる所は見た事ありませんですね。同じ部に入っている2人の男子と一緒にいる所は良く見ますです」
「同じ部?」
「はい。樫原君達は茶道部で3人だけの男子部員ですです」
 確か、その話は等々力氏からも聞きました。頑張れば望月先輩の乳に近づけるという希望があるからこそ、退学を止めたという馬鹿な話をした時です。
「ちなみに、残り2人は分かりますか?」
「えっと……確か柏原君と同じクラスで、名前は織部(おりべ)君と、毛利君だった気がしますです」
 毛利、なんとなく聞き覚えがあります。


「ちなみに毛利君はあの、」言い淀み、気まずそうにくりちゃんにハル先輩は視線を送りました。「この前、茶道部を退部させられたらしいです。例の、制服泥棒の件で」
 思い出しました。毛利とは、くりちゃんの制服を盗もうとして、逆にボコボコにされて現在入院している不埒な先輩の名前です。
 望月先輩率いる茶道部。たった3人の男子部員。その内の1人はくりちゃんに半殺しにされている。
 これだけの状況証拠が揃っていれば、東スポなら裏も取らずに刷り始めている所です。
「あと、これは直接関係のない事かもしれませんですけど……」
 ハル先輩は更に言いにくそうに、しかしそれは誰かに気を使っているというよりは、ただ単にあまり言いたくない風でしたが、自分が少し困っている様子に気づいたのか、勇気を出してくれました。
「あの、私、1年生の時に、茶道部に入部しないかと誘われましたです。望月先輩から、直接……」
 器量の良い女子しか入部出来ないと噂される茶道部ですが、ハル先輩なら十分にその資格があるように思われます。それが何か、と問いかけそうになった時、横から「肉便器にして強制アクメまだなの?」と口を出されて、当然これは無視しましたが、このタイミングでくりちゃんが言葉を挟んでくるその意味が、ハル先輩には分かったようでした。
「実は木下さんも、数日前に茶道部に誘われたと噂に聞きましたです。私と同じように直接、望月先輩から。そ、それで、証拠もないのにこんな事を言うのは失礼かもですけど、私自身もその、望月先輩の誘いを断ってからあそこがこんな事になってしまいましたし、その、HV……なんとかのせいなのかもって、実は前から薄々と……」
 自分は一気に広がった思索をまとめつつ、くりちゃんへの最終確認をしました。
「樫原先輩達を倒すには、くりちゃん自身の協力が不可欠です」
「敏感クリトリスもっと触って!」
「樫原先輩達を倒さなければくりちゃんは一生そのままです」
「1人でいるとエッチな気分になって気づくとオナニーしちゃうの……」
「くりちゃんはこれから、今までのが比にならないくらい恥ずかしい目に合うと思います」
「そんなに指でかきまわされたら、潮が噴き出しちゃうよ!」
「その覚悟が、くりちゃんにはありますか?」
 くりちゃんはようやくそのうるさくていやらしい口を閉じて、愁苦辛勤の面持ちではありましたがこくりと頷き、「……おまんこ」と了承してくれました。ハル先輩も隣から「私も出来る限り協力しますです!」と非常に心強い事を言ってくれましたのであやうくスカートめくりかけました。
 どうにか無事、職務質問に引っかかる事もなく学校に到着すると、早速ハル先輩に、織部先輩と毛利先輩の出席状況を確認して、居場所を特定する作業を依頼しました。ハル先輩は元気な返事をして、一目散に駆けていき、その様子だと、今現在自身がノーパンである事を忘れているようですが、仮にあの陰部が露出したとしても、それは性欲でぬらぬらとした男子へのちょっと衝撃的な清涼剤となるだけでしょう。
 そんな事を思いながら教室のドアを潜ると、パンツを被ってフル勃起状態の自分は、クラスメイトの白より白い目線で出迎えられました。


 ですが、それが自分だけの罰ではなく、後から教室に入ってきたくりちゃんも似たような冷や水を浴びせられていたというのはある意味で救いでした。
 現在、くりちゃんからは平たく言うと生ゴミの匂いがしています。野菜の切りくずやらチキンの骨なんかをまとめて捨てて、ゴミ袋の口が開いたまま放置するものだから、ゴキブリやらハエやらが湧き始めている惨状が、ハルマスクを被った自分の鼻からでもありありと思い浮かぶような悪臭で、「退学してもらう」と樫原先輩が言い切った自信の根拠が明確になりました。
「木下さんおはよう」
 と近づいてきた、いつも仲良く喋っている友達が、射程距離に入るなり顔をしかめ、何かを思い出したような仕草で気まずそうに、無言のまま去っていくのを1つ前の席から眺めていると、本当にかわいそうな気持ちになりましたが、今は感傷に浸っている場合ではなく、これでも一応真剣勝負中です。流石に樫原先輩でも1年生の教室の中まではついてきませんでしたが、まだ残り2人のHVDO能力者の居場所が割りだされていませんので、油断を許されない状況には違いありません。
 少なくとも、クラスにおける立場への被害という点において、自分はくりちゃんよりは遥かにマシでした。普段から浮いているおかげもあってか、女性用パンツを被っている事について追求してくる者すらいませんでしたので、いちいち言い訳を考える必要もありません。一方でくりちゃんは、ようやく得る事が出来た友達を毎秒単位で失っており、誰もはっきり「くさい」と言ってくれない所が、関係の浅さを物語っていました。ですが、例外はいます。
「よう五十妻」
 等々力氏です。やけに上機嫌で、ポケットに手を突っ込んで口笛を吹きながら来ました。
「って、なんかこの辺くっせーな」
 くりちゃんが青ざめていましたが、等々力氏がそんな心の機微を察知するはずもなく、くんくんと周りを嗅いで、やがて悪臭の発生源を特定しました。
「木下、なんかお前くっせーぞ!」
 容赦の無い一撃。普段ならば、すかさずくりちゃんを擁護するであろう友達たちも一向に動く気配はなく、援軍に見放されたくりちゃんはただ淫語を口にしないように黙って、「誰かファブリーズ持ってこい!」と叫ぶ等々力氏から目線を逸らし、小刻みに震えるだけでした。
 自分は素早く立ち上がると、その勢いを利用して等々力氏の左ほほに、バーンナックルを叩き込みました。
「痛えーーーな!! 何すんだてめっ」
 反撃に出た等々力氏の行動を、手のひらでぴたりと制止した自分は、数秒呼吸を飲みこむと一気に吐き出します。
「等々力氏! くりちゃんに謝ってください! くりちゃんの家は貧乏で、いよいよガスと水道が止められてからもう1週間もお風呂に入ってないんですよ! ゴミみたいな臭いが彼女の全身から漂っている事は確かです! ですがそれを笑う資格は! 誰にも無いのですよ!」
 咄嗟に出たにしてはもっともらしい嘘でした。勝手に貧乏キャラに仕立て上げられたくりちゃんは、身を乗り出して「ち……」と言いかけましたが、寸での所で今は淫語しか喋れない事を思い出したのか、「ちがう」と言いたかったはずの「ちんぽ」は結局飛び出ず、血が出るほど唇を噛み締めながらくやしそうに着席しました。
「そ、そうだったのか……悪かったな、木下……」
 申し訳なさそうに謝る等々力氏。くりちゃんから発生している臭いも、気づくと生ごみから使い古された雑巾の絞り汁のような、人権団体にあえて喧嘩を売る言い方をすればもろにホームレスの放つそれに変化しており、自分のついた嘘は凄まじい説得力を持ちました。
 クラスにも、「木下さんは大変なんだなぁ」という生暖かいムードが漂い始め、もう少し粘れば「木下さんの家計を助ける募金」を誰かが発案しそうな空気でしたが、その中には一部、「なんで女性用パンツを思いっきり被った奴が正義みたいになってるんだ」と言いたげな人もちらほらと見かけ、自分はそれ以上は何も言わず、中尾明並に不機嫌を装って席につきました。


 いつの間にやら、尾藤担任が教室に入っていたようです。くりちゃんへの同情とパンツ男に受けた衝撃でしーんとなった所に、滝頭担任はこう言葉をかけました。
「えーと、今日は緊急で朝礼があるそうです。廊下に出席番号順に並んでから校庭に向かってください」
 高校生にもなって朝礼? と疑問に思ったのは自分だけではなかったらしく、異議を唱える声があがりましたが、ルビカンテ担任は「分かりませんが、とにかく並んでください」の一点張りでした。
 この時点で、これからの流れがおおよそ読めた自分は、被っていたハル先輩のパンツを脱ぎ、勃起を徐々に治めていきます。予想通り、武装解除した自分に向かって新たなる攻撃は行われませんでした。樫原先輩はくりちゃんに対し、これから先、学校にいられなくなるくらいの恥をかいてもらう必要があり、そして彼が所属する茶道部には、全校生徒を集めるだけの権力がある。結果、人生を失っていくくりちゃんの姿を見せる事によって、自分を興奮させる。つまり決戦は、この全校朝礼でつける、という事です。おそらく校庭に出れば、茶道部の使わした先生か、あるいは生徒会の人間により自分の被ったパンツは剥がされ(茶道部が存在していなくてもいずれそうされていたであろうという事はこの際無視します。)、盾を失った所にとどめの攻撃が来る事は目に見えていますので、今の内に息子を躾けておくのがベストという訳です。
 ほとんどの生徒が不服な様子だったので、号令がかかってから10分ほどの時間がかかり、校庭は人と文句で埋めつくされ、皆携帯をいじったり友達と喋ったりしています。
 しかし朝礼台の上に、茶道部部長望月先輩があがると、瞬く間に言葉は鳴り止み、緊張と尊敬が空気を満たしました。
「朝の貴重な時間を割かせてしまって申し訳ない」
 と、望月先輩は静寂の中にそっと言葉を差し込みました。
「清陽高校に所属する者として、いくつか皆さんに確実に知っておいて欲しい事があったので、先生方に無理を言って、このような方法をとらせてもらった。時間も押しているので、手短に話そう。清陽高校と翠郷高校の合併がこのままだと決まってしまいそうだ」
 生徒達のざわめきが大きくなるのに比例して、自分は納得を高めていきました。三枝生徒会長の力はやはり本物です。
「茶道部OBの方々に力を借りて、様々な教育機関に異議申し立てを行ってきたのだが、つい昨日、県議会で統合案が可決してしまった。皆がどうか分からないが、私は凄く、残念に思う」
 元々学校が合併するという噂に関しては、賛否両論半分半分といった風潮でした。賛成派は、学力の向上と、学校自体のブランドイメージにより進学が楽になるといった理由で、反対派は、翠郷高校の生徒に下に見られるのではないかという不安と、制服や校舎を変えなければならない手間、果たして勉強についていけるのかという所が理由でした。
 しかしほとんどの生徒にとっては学校同士の合併など雲の上の話であり、「なるようになる」という半ば楽天的な雰囲気が共有されていました。
「奇跡を起こしたい」
 ぽつり、と大真面目に吐かれた望月先輩の台詞は、それら賛否両論を、一気に否に傾けさせる魔法でした。
「私は清陽高校に入学出来た事を誇りに思う。OBの方々から受け継いだ伝統を、更に次の世代に受け継がせなければならないという使命がある。私は山を登る者だ。私は時間を前に進める者だ。そして、君達の協力は不可欠だ」
 物理的に、という意味ではなく、何かが前に動き出す気配を感じました。今、ここに集まっている生徒達のほとんどが、合併に反対の意思を示すのに、自身で何が出来るかを考えているようなのです。
 これが人を動かすという事か、と自分には興味の無い分野ではありましたが、納得させられました。
 若干の間があいた後、望月先輩は咳払いを1つして、話題を変えました。
「今日は、茶道部から直々に表彰したい人がいる。つい先日まで茶道部に潜伏していた悪者をやっつけてくれたヒーローだ。事件が発覚するまで気づかなかった私の否を詫びて、改めてここで感謝を述べたい」
 やはり。と、自分は息を飲み込みます。
「1-A、木下くりさん。前に出てきてもらえないか?」
 全校生徒の前で巧みな淫会話を披露する。
 これに勝る恥はそう多くありません。

       

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