Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

 さて、くりちゃんが人生最大のピンチに陥っている間に、正月にクロスワードパズルでも解くような気分でゆったりと、考察と推理による敵HVDO能力者の看破を進めていきましょう。
 敵HVDO能力者は淫語、体臭、剛毛の3人。このうち、現時点で性癖と人物が一致しているのは、淫語を司る樫原先輩のみであり、彼の能力は性対象になった人物の発言権を奪い、その上で生殺与奪を握る、3人の連携の中でも肝となる部分なので、もちろん人格の適正もあるでしょうが、交渉の場に出てくるのが彼というのは至極当然の事と言えます。また、通学の最中一定の距離を保ち続けていたのは、詳しい事はくりちゃんを元に戻して聞いてみないと分かりませんが、彼自身のHVDO能力の射程距離と発動条件に由来しているはずです。
 では、他の2つの能力、体臭及び剛毛の変態は一体「どこから」「どのような方法」でくりちゃんに攻撃を仕掛けているのかについてを考えていくとしましょう。まずは剛毛からです。
 ここで皆様に思い出して欲しいのは、くりちゃんが制服泥棒を御用にし、女子間の英雄となった1週間前の事件です。女子の制服を盗むなど、間違いなく変態の所業に違いありませんが、その行動自体が「カムフラージュ」だとしたらどうでしょうか。
 犯人である毛利先輩は、果たして本当にくりちゃんの制服が欲しかったのか、その後、彼の所持品から出てきた数多の制服や下着は、彼の本当の目的だったのでしょうか。答えは否です。
 茶道部に所属する3人の男子が、今自分を襲ってきている3人の男子である事を前提として話を進めますが、制服泥棒として捕まったその時、毛利先輩が本当に入手したかったのは制服などではなく、くりちゃんの所有する別の「何か」だったと考えてみてください。その「何か」とは、剛毛と体臭という性癖から連想するに、「匂い」あるいは「毛」ではないでしょうか?
 もしもそれが「くりちゃんの匂い」ならば、方法は他にいくらでもあります。匂いを嗅ぐだけなら歩いているくりちゃんを後ろから追い抜くだけでも良いですし、くりちゃんの匂いがついている物が手元になければならないというのであれば、ハンカチでもスポーツシューズでも何でも良かったはずで、わざわざ体育の授業中にリスクを犯してまで脱ぎたての制服に接触する必要はありません。では何故、制服に直接触れなければならなかったのか。「匂い」を入手する為に毛利先輩が行った行動が合理性に欠けるというのであれば、残った答えは1つ。毛利先輩は、「くりちゃんの毛」が欲しかった。
 毛利先輩は現在、重症を負って入院中です。病院を抜け出してでもいない限り、学校からの距離は今まで自分が経験してきたHVDO能力の射程と比較するには非現実的です。くりちゃんに触れる事も出来なければ、くりちゃんを目視する事も出来ず、言葉もかけられない距離。個人を特定するとしたら、名前か、あるいはDNAを含んだ老廃物。爪か、やはり毛が妥当な所であり、ますます毛利先輩が剛毛女子大好きである事を疑う材料が手に入りました。
 毛利先輩が体臭ではなく剛毛のHVDO能力者と推理する根拠はこれだけではなく、消去法によっても導く事が出来ます。ここからは同時進行で体臭の方のHVDO能力者の分析も進めていきます。
 先ほど、自分はくりちゃんを擁護し等々力氏の罵詈雑言を非難する際にキレているような演技を見せましたが、あれが自分の性格にはそぐわない行動であるという事に、賢明な皆様ならば既にお気づきかと思われます。もちろん、くりちゃんを貧乏キャラに仕立て上げる事によってイジメの温床を生むという点においてはそこそこ合理的な行動でしたが、それ以上に自分はあの時、「鎌をかけて」みたかったのです。
 もしも体臭のHVDO能力者が自分の考える「あの場所」にいたならば、何らかの反応を示すはずと予測した自分の、あえて敵にとってのチャンスを見せ、行動を誘った一手という事です
 自分が最初に疑いを持ったのは朝の出来事でした。くりちゃんは自分の部屋に入室した時から淫語を話していましたが、体臭の方はまだ香っていませんでした。匂いがし始めたのは、樫原先輩の投げた石に自分が反応し、窓を開けた時からです。思い返してみれば樫原先輩の行為は実に不自然です。「既に近くに来ている」という事を伝えたいだけならば、何もわざわざ一旦電話を切る必要はなく、それを言葉にすればいいだけの事であり、実際に姿を見せて確認させたいのなら「窓から外を見ろ」と指示するだけで済みます。何故あの時、樫原先輩は唐突に電話を切って、石を投げるという行為を選択したのか。
 同時に3人が相手となれば、自分が勝負を受けずに逃走した可能性があり、敵HVDO能力者が樫原先輩1人である事を誤認させた上で、突然にくりちゃんに体臭を漂わせ始めるには、窓を開けさせる必要があった。つまり誰かが「通る」空間が必要だった。


 必要なのは発想の飛躍です。自分は美少女のおもらしが好きだから「おもらしをさせる能力」。三枝生徒会長は露出するのが好きだから「服を脱ぐ能力」樫原先輩は女の子にいやらしい言葉を喋らせるのが好きだから「淫語しか喋れなくなる能力」。
 となれば、体臭が好きなHVDO能力者にはどんな能力が与えられるのか。
 「美少女の体臭を何倍も濃くする能力」というあたりが、自分のような凡人に出来る想像の限界ですが、今現在くりちゃんにかかっている能力はそれだけでは説明がつきません。公衆便所から汗の匂いからバニラから生ゴミからホームレスまで、普段のくりちゃんでは逆立ちしても放てない臭いをいとも簡単に、しかも状況に合わせて切り替えています。
 1人、似たHVDO能力者を覚えています。自分に地獄を施した知恵様の実の妹、柚乃原命さん。彼女の性癖は「獣姦」であり、そのHVDO能力は、「自分の身体を動物に変える」という物でした。
 性癖バトルにおける黄金の掟。それは相手が変態であるという事。常軌を逸した性癖の持ち主で、なおかつそれを誇りにし、世界さえ変えてしまおうと企む者。ここから段階を1つ上げて考える事により、答えは容易く導き出されます。結論を急ぎましょう。
 体臭のHVDO能力者、織部先輩は既に「匂い」になっている。
 同じ変態として、気持ちが分からない訳ではありません。自分も時々、美少女の尿を鑑賞するだけでは飽き足らず、美少女の尿自体になりたいと思う事が確かにあります。そして下水道に流されて海に還り、蒸気となって雲となり、再び美少女の頭の上に降り注ぎたい。これは平沢進の曲をBGMに出来るレベルの実に壮大で有意義な夢です。
 織部先輩が、今も存在すると思われる「あの場所」とは、つまりくりちゃんの「身体の周り」です。それはあたかも質の悪い霊のように、姿形を伴わずに「とりついている」。だからこそ窓を開ける必要があった。自分のアドリブに対応する事が出来た。バニラの匂いを発した時、自分に対して能力の影響を与える事が出来た。織部先輩が匂いとなり、風になっていると過程すれば、説明のつく事ばかりなのです。
 そして織部先輩=体臭のHVDO能力者=現在、くりちゃんに憑依している。という式が成り立てば必然的に、もう片方の剛毛のHVDO能力者=毛利先輩=現在、病院の上でくりちゃんの制服から採取した毛を握っている。という式も同時に成り立つ事により、積み重ねた推論の果て、ようやく自分は敵の構成全容を知ったという事になります。
 しかしここまでしてようやく半分。これから先は、この3人を倒す手段を考えなければなりません。
 名前を呼ばれ、何も言わずに逃げ出そうとした所を、あらかじめ指示されていたであろう茶道部の生徒4、5に囲まれたくりちゃんが、朝礼台へと連行されている間に、さっさと片付けてしまわなければなりません。


 そもそも3対1という状況。これが発揮する攻撃力は前にも自分が語った通りですが、このフォーメーションの真の恐ろしさはその防御力にあります。樫原先輩が「複合性癖」と呼んだルールに則れば、例えば剛毛のHVDO能力にかかっている性対象に対し、自分が放尿を発動させた時、それを見ていた淫語のHVDO能力者が100%まで勃起したとしても、剛毛+おもらしに対して勃起した事になり、セーフにされてしまうという訳です。敗北は1対1の状況でしか起きないという大前提を利用して、1人が危険な状態になったらすかさず他の2人のどちらかが性癖の重ねがけを行えば、ちんこの爆発は誰にも起きません。
 となれば、性対象になった人物、この場合はくりちゃんが、ひたすらひたすらにHVDOのおもちゃにされるだけであり(言葉にしてみると非常に魅力的な響きではありますが)、延々と決着のつかない泥仕合に持ち込まれてしまいます。
 いえ、最後に決着はつくのです。それは1人の少女を廃人にし、また新たな少女で同じ事を始め、4つの性癖がさながら嵐のように吹き荒れ、後には何も残さずに、少しずつ世界を蝕んでいくという不毛極まる悪道を走り、そのうちに3対1のうちの1が、タイミングかあるいは他の性癖への覚醒によって脱落させられるという考えただけで精神を患いそうな気の遠くなる消耗戦です。
 この状態はつまり、変態奈落と呼べるでしょう。人数の有利を利用し、どんな敵が相手でも倒せる戦略。
 まさに鉄壁。
 にしても鉄は1535℃で溶けるのですから、同じように、全く方法が無いという訳ではありません。例えば分かりやすい方法として、樫原先輩から連絡用の携帯電話を奪い取るというのがありますが、それを相手が警戒していない訳がなく、仮に運よく奪えたとしても予備があるはずです。あるいは他の少女を先に用意してしまう、というのもあります。もう1人少女がいれば、そのおもらしを華麗に演出し、それを目撃させて勃起させる。おあつらえ向きにハル先輩という使い魔を自分はいつでも召喚出来ますし、方法としては現実的でしょう。しかし樫原先輩達は3人が3人とも遠距離型のHVDO能力を持っている。くりちゃんが大変な事になるのは最早慣れてしまっているのでどうでもいいですが、ハル先輩が新たなおもちゃとなるのは確かに魅力的ではありますが、正直避けたい所です。
 というよりも、上記の2つ以外に最も単純で簡単な方法を自分は思いついてしまったのです。くりちゃんには恥をかいてもらう他ありませんが、合意は先ほど取り付けましたし、遠慮する必要性はありません。ただ、やるのみです。
 身を乗り出し、連れて行かれるくりちゃんに向かって大きく口を開くと、思い切り息を吸い込みました。鼻を通していないのに鼻腔を強烈に貫く腐乱臭。本当に最低な女だな、と心の中で罵りつつ、自分はそのまま呼吸を止めます。
 やがて壇上にあがったくりちゃんは、望月先輩から拍手で迎えられ、栄誉を称えられ、謝罪を受け、そしてナイフで脅されました。マイクという名の、鋭いナイフです。


 何か一言。
 これに苦しめられるのは、ヒーローインタビュを受ける口ベタなスポーツ選手だけではありません。口を開けば、卑猥な言葉がぽろぽろと零れ落ちる今のくりちゃんに対して、この言葉は残酷な殺傷力を持っています。全校生徒の目と耳が向かっているこの状況が、更にくりちゃんを追い詰めます。
 しかし自分はこう思っていたのです。いくら臭くて毛だらけで馬鹿で処女なくりちゃんだとしても、置かれている状況は理解しているのだから、わざわざ自ら前に出て恥ずかしい思いをするはずがないで、樫原先輩がもしも無理やりに対象を喋らせる能力を持っているのだとしたら、道中で既に使っているはず。よって、くりちゃんが自分の意思で喋ろうとするはずがない事から、沈黙はいつまでも続くはずだ、と。
 それが勘違いで、本当はくりちゃんがとんでもないドMだったという可能性もあります。ですがもっと自然なのは、自分の知らないルールが樫原先輩の能力には存在していて、それを望月先輩によって上手く利用されたと考える事です。
 ほんの2秒ほど、望月先輩がくりちゃんの耳に向かってぼそぼそっと喋ったように見えました。事情を知らない自分以外の人には、マイクを受け取っても何も喋らず、ただ背筋をピンと伸ばしてうろたえているくりちゃんをそっと勇気付けたように見えたかもしれません。しかしその直後だったのです。くりちゃんが、口を開いたのは。
「あたしのいやらしくて恥ずかしい姿を皆さんに見ていただきたいんです!」
 静寂。
 それは炎も凍るような沈黙でした。つい先程友情の崩壊しかけていたくりちゃんの友達もまず耳を疑い、性に貪欲な高校男子達もあまりの唐突さに盛り上がる所かドン引きし、教師達は内申を下げる方向に計算をし始めました。
 当然自分も、不可解だ。と、首を捻りましたが、今が最大の「チャンス」である事に違いありませんでした。
 自分のHVDO能力「黄命」は、対象に触れなければ発動出来ないのが弱点です。例えば今この状況で前に飛び出せば、すかさず朝礼台の後ろに控える茶道部の方々に取り押さえられる事が目に見えており、それでは攻撃は成功しません。
 しかし自分は既に、敵のHVDO能力を逆に利用し、弱点を補う戦略をたてていました。
 呼吸。
 吸い込んだくりちゃんの「匂い」は、長々と語った自分の推理が正しければ、織部先輩の「肉体」と捉える事が出来るはずです。男を対象にしてHVDO能力を発動する事は、なるべくならばしたくない事でしたが、背に腹は代えられませんし、結局「全校生徒の目の前でおしっこを漏らす」という大恥をかくのがくりちゃんである事は間違いないのですから、我慢して実行する価値はあります。
 自分は「匂い」となった織部先輩に対して「黄命」を発動させました。3度に分けて息を吐き出し、その「空気」に手で触れる。周囲の人からしてみれば何をしているのか分からない行動だったでしょうが、すぐにそんな事は気にならなくなるほどの衝撃が、朝礼台の上では起きました。
 くりちゃんの股間から滴り落ちる、黄色い液体。
 それが男である織部先輩の物である事を知っている自分にとっては、そこまで興奮出来る代物ではありませんでした……と言いたい所なんですが、先程のくりちゃんが言った台詞も相まって、衆人監視の中で漏らすおしっこは、はっきり言って「最高」の一言に尽きました。豪快なおもらし。20年先も30年先も同窓会で語られるであろう、人生を棒に振る恥辱。
 99%まで急上昇した勃起率でしたが、何とか堪えます。いえ、堪えなければなりません。ここで100%を突破してしまう事は、刺し違えを意味し、相打ちは完全なる勝利とは呼べません。
 鼓膜を揺さぶる爆発音が、校舎の2階から聞こえてきました。くりちゃんに釘付けだった者達も一斉に同じ方向に振り向き、喧騒と共に混乱がやってきました。自分は少しだけ、匂いとなった織部先輩が敗北によってHVDO能力を失ったとき、ばらばらの肉片になってその辺に転がってしまうのではないか、という心配を抱いていたのですが、流石にそんなグロい事にはならなかったようで、おそらくは能力を発動した地点まで強制的に戻されるのでしょう。2階は2年生の教室があるフロアであり、爆発が起きたのは樫原先輩達のクラスです。
 織部先輩が戦死した理由は実に単純です。「黄命」の発動により決壊した膀胱は、あくまでも織部先輩のであってくりちゃんのではなく、そして織部先輩を対象に発動している能力も、「黄命」のみ。織部先輩が100%勃起するくらい興奮したのであれば、結果は見ての通りの必然です。
 ようやく1人。
 朝礼台の上から睨んできた望月先輩に、自分は似合わないウィンクを返しました。

       

表紙
Tweet

Neetsha