Neetel Inside ニートノベル
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「時間稼ぎと思うだろうが」
 樫原先輩はくりちゃんから目を逸らさずに、しかし言葉は自分に向けて、見えているのはおそらく2、3手先の、そして本当に何かを訴えたい相手がいるとするならば、それは望月先輩であるように思えるという複雑な素振りで言いました。
「正直な話、俺にもまだ分からないんだよ。どうやって、望月が朝礼台の上で木下の口を開かせたのかが」
 十数分前、くりちゃんが自ら絞首台の床を開くボタンを押した時、自分にはそれが何故なのかが不思議で仕方ありませんでしたが、その時は目の前にぶら下がったチャンスを掴む方が重要で、思考を一旦預けました。よくよく考えてみれば実に不自然な事であり、あの宣言さえなければまだくりちゃんは「ちょっと頻尿な人」くらいの立ち位置で、クラスの中に居場所があったのではないでしょうか。
「ヒントはある。いや、というよりも公式と言った方が正しいか」
 樫原先輩の口ぶりは、まとまらない考えを表に出しつつ整理しているようにも見えましたが、それよりも自らで言ったとおり、時間稼ぎという要素の方が強いはずです。何も有益な情報を自分にわざわざ伝える必要はありません。
「木下に口を開かせる事が出来れば、とりあえずこの状況は切り抜けられる。動画に音声が乗れば、いや乗らなくても、『淫語を喋っている』という事実さえあれば、毛利がそれを見ても『おもらし+淫語』でセーフだからな」
 自分がこれからしようとしていた事もすっかりバレているようでした。
 くりちゃんが全裸で土下座した瞬間、自分は「黄命」を発動させる事により、「土下座しながらおもらしする最低女子高校生の映像」という優良コンテンツを作成し、それを毛利先輩にメール送信する事により、2人目を撃破。その後、剛毛が解除されたくりちゃんに淫語を喋らせながらのマジ泣きおもらしで最後の1人である樫原先輩を撃破、というのが描いた青写真でした。ここに来る前自分は、「プレイが始まったら自分が指図するまで絶対に喋らないでください」とくりちゃんに釘を刺して置きましたし、今のところ約束は守られているようです。
 自分が「淫語は喋りさえしなければ動画に効果を及ぼさない」という事を理解して作戦を立てていると見越した上で、ならばどこに勝負の要があるか、そしてどうすれば制する事が出来るかを瞬時に導き出した樫原先輩は、やはり熟練の変態です。が、時間稼ぎは同時に、現在樫原先輩自身が抱えている不利の証明でもあります。
「くりちゃん、近いうちに崩れる事が分かっている石橋をどうしても渡らなければならない時は、叩くよりもさっさと走り抜けた方が賢明だと思いますが?」
 ますます震えを増したくりちゃんは、巨大な何かに上から押しつぶされるように膝を折りました。地面につき、きっと冷たかったのでしょう、背中をびくん、と反応させつつも、そのまま正座に移行し、両手も下ろしました。
 何でこんな事をさせられているのだろう。あたしはそんなに悪いことをしたのだろうか。くりちゃんの考えている事は、言葉にせずともまるで背中に書いてあるようで、自分がそこに書き足せる言葉は何もありませんでした。
 携帯電話のボタンを押し、撮影開始を教える音が流れると、頭部が首にさせられているように、首が背中にさせられているように、背中が腰にさせられているように、段々とくりちゃんの上半身は高度を下げていき、やがて額から着地すると、形が完成しました。尻の穴と陰部は真っ黒な樹海に覆われ、肝心の部分は全然見えませんでしたが、この方が毛利先輩には有効でしょう。
 誠心誠意、謝罪の気持ちからくる土下座が人の同情心に訴えかけるものならば、人に無理やりさせられる土下座というのは、嗜虐心を呼び起こす物と言えるかもしれません。それは相手が惨めであればあるほど強力で、普段どんなに善人面している人でも、更なる攻撃を加えたくなる衝動が、胸のどこかに生まれてしまうのです。
 両手をつき、頭を垂れて、背中を丸める、くりちゃんの全裸土下座。
 自分は音をたてずに近づくと樫原先輩側に移動し、嘗め回すように土下座の全体図を収録した後、再び背後をとり、うっすらと毛の生えたくりちゃんの背中にそっと触れました。ぷしっと勢い良く陰毛の間から飛び出した液体をまずはアップでレンズに捉え、その後徐々に引いていき、この異様な光景を余すことなく撮影しました。五十妻紀信、ここにあり。ことくりちゃんの性的魅力を引き出す事にかけてならば、いくら手練の樫原先輩が相手であろうと勝負にはなりません。ちらりと樫原先輩の方を見ると、勃起率97%の数字。勝った、と確信した自分の勃起率は98%でした。


 いや、大丈夫です。
 放尿と既得権益にはいつか終わりがくるものと相場が決まっていますし、放尿フィーバーさえ最後を迎えていただければ、半自動的に自分の息子は大人しくなっていくはずです。
 そんな自分の予想も虚しく、いざくりちゃんの泉が途切れると、今度は絡み合った濃い陰毛に今まで放出していた液体が聖なる湿気を与えて、ところどころぺたんと肌に張り付いたり、雫をぶらさげてみたりして、ぬらぬらと妖しく光っていやがるのです。エロ汚いとはまさにこの事。思わぬ伏兵の存在に、どうにか上昇は堪えたものの、下降はいかんせん絶望的でした。
 しかしこの問題は、たった今保存したムービーをメールに添付し、毛利先輩の携帯電話に送ればすぐ様解決するはずの問題です。能力解除による遠距離剃毛さえ成功すれば、そこからくりちゃんの淫語ラッシュを解禁し、更なるおもらしを加算して、あとはガチ勝負。勃つか勃たせるかの我慢比べです。
「ヒントではなく公式、というのは」
 と、突然に樫原先輩。あえて何もなかったかのように話を続けてクールダウンを図る戦術と見ます。
「俺の能力には発動条件があるって事だ」
 自分は無視してメールの準備を進めます。ただでさえ携帯電話を使い慣れていないので、スピーディーな操作は出来ませんでしたが、ここは焦ってミスをしてもつまらない場面です。
「何せ相手に触れる必要もなく射程距離30mだからな。効果のある相手が限られる。どんな条件か分かるか?」
 問いかけに、「さあ?」と釣れない返事をしてみても、樫原先輩は構わず続けます。
「俺は差別主義者でな。女に言葉は不要だと思っている。女は心から言葉を扱えない」
 随分と乱暴な、主観100%の意見ですし、当然同意は出来ませんが、確かに今くりちゃんを襲っている状況は樫原先輩の言う理想に近い物なのかもしれません。
「淫語は女の精神の破壊だ。女は快感によってしか本性を曝け出さない。だから俺の能力『葉君』は、対象に『嘘』を要求する。本心を喋る事が出来ないのなら、その言葉を取り上げるだけだ」
 納得は出来なくてもかろうじて理解は出来ました。「三人寄れば姦しい」「舌が最後に死ぬのが女」「女が秘密に出来るのは知らない事だけ」確かに女性の扱う言葉が男性のそれよりも軽いとすることわざは世界中に存在します。平成以降のオタク文化に見られる、無口系女子を良しとする流れも、ひょっとしたら言葉を巧みに操る女性に対する不信感から来ているのかもしれません。
 普通の言葉を奪い、代わりに淫語を喋らせるというのは、沈黙の強制から一歩進んだ言論弾圧といえるでしょう。樫原先輩の性癖は、その性格や主義と深くリンクしているようです。
「条件というのは、対象が『自分自身に嘘をついている事』だ」
 くりちゃんはまだ土下座の姿勢を続けています。
 何か……やばい。
 ぬるりとした嫌な予感が首筋を這い、自分は完成したメールの送信ボタンを押せなくなりました。
「木下が己に嘘をつくことをやめれば、すぐに能力は解除される。こんなに無様な姿をしなくても、俺の攻撃は失敗に終わる。だが、問題はどうやって望月が木下の背中を押したのか、だ」
 樫原先輩は訝しげに視線を宙に迷わせました。まずい、しかし、でも、いや、そんなはずは、違う、もしも、それなら……ですが! 自分は既にくりちゃんを見る事が出来ていませんでした。迂闊に見たら死んでしまう。張り付いた恐怖に、奥歯が凍るのを感じ、1歩も動けなくなりました。
「木下、お前ひょっとして、望月にこう言われたのか?」
 永遠拍。
『本当は五十妻の事が好きなくせに』


 これ以上の思考は敗北を意味します。より深く考え、先を読んだ方が勝利を収めるという鉄則からは大きく外れた、見えざる法を自分は認識しました。理性を突き放した指が、仕掛けた爆弾を起動するように送信ボタンを押しました。
「あたしのはしたないおまんこもう限界!」
 土下座の姿勢を崩すと同時に立ち上がり、激昂するくりちゃん。
「それだ。ムキになって何かを言おうとする。だが、心に嘘をついているから真実が言えない」
 落とし穴に見事かかった相手に熱湯を注ぎこむ樫原先輩に、ぐぎぎぎ、と歯軋りで精一杯の反骨を示すくりちゃんを見て、勝手に転がり始めた思考の岩石を、自分は全力でもって止めにかかります。
 HVDOに接する前、自分は、くりちゃんが自分に気があるのではないか、とちょっとした期待を抱いていましたし、記憶と肉体を幼少期に戻されたくりちゃんは確かに自分を好いてくれていました。しかしそれとこれとは別物です。
 恨まれこそすれ、嫌われこそすれ、自分が好かれるはずがない。
 これはただ単に自分の考えというだけではなく、客席から見ても明らかな戦況であると思われます。何せ自分はくりちゃんに、小じゃれたプレゼントも、気の効いた会話も、端的に言えば陵辱以外の何物も与えていませんし、くりちゃんはそれも全力で拒否し、1ヶ月前には絶交宣言をするほど、幼馴染としての愛想も完全に尽かしていたはずです。
 お前、○○の事好きなんじゃーねーのー? と、からかわれた小学生男子みたいな反応をくりちゃんが今しているのは、信じられない、というより信じてはいけない事なのです。もしもくりちゃんの本心が、樫原先輩の指摘した通りだとするならば、これから自分はくりちゃんに何を与えていくべきなのでしょうか。いえ、このまま何も与えないべきなのでしょうか。
 したくない葛藤が溢れ出している最中も、くりちゃんは淫語を駆使して樫原先輩に抗議していましたが、それは屋上から今にも飛び降りそうな人に、自らの首を絞めながら説得を試みるような行為と言えるでしょう。くりちゃんがムキになればなるほど樫原先輩の言葉の信憑性は増し、そして自分はどうしていいか分からなくなり、論理も戦略も感情も破綻し、とりあえず勃起しておくしかなくなるのです。
「く、くりちゃん。分かっています。自分の事が好きな訳ありませんよね?」
 かろうじて捻り出した台詞でしたが、果たして良い効果があるのかどうか。くりちゃんは烈火の如くおまんこを連打し、今とんでもない格好をしている事も気にせずに、全身で自分が嫌いである事を地団駄踏んでアピールしていました。
 そう、なんて事はありません。そもそも樫原先輩の言っている「能力の条件」というのが本当かどうか疑わしいですし、仮に本当だったとしても、その嘘とやらが「自分を好きなのに嫌いと言う」事だとも限りません。
 タコ糸を頼りに、突風に吹かれて流されかけた冷静さを手元に引き寄せていきます。自分はくりちゃんが好きですが、くりちゃんは自分の事が大嫌い。これがベストな関係ですし、だから自分は遠慮を持たずにくりちゃんを辱める事が出来るのです。
 やがてくりちゃんの剛毛が引っこみ、2人目の撃破が確認出来ると、自分はスイッチを切り替えました。
 ラブコメなんて糞くらえの精神で、好きだ嫌いだ悩むのはどこぞの乙女に丸投げし、自分は今、目の前の敵を倒す事に集中します。
「くりちゃん! おしっこを自分に!」
 一足早く、祝杯を。勝利は決定されました。

       

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