Neetel Inside ニートノベル
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 その時、私が何と答えたかはいまいち覚えていない。驚き、慌て、戸惑った事はまず間違いないが、先輩の放った言葉の意味を、果たしてきちんと理解していたのか。していないのならば問いただしたのか。そして、一体どんな顔をして先輩のお願いに対して返事をしたのか。こればかりは、例え覚えていたとしても、覚えていない、と言わせてもらうしかない。しかし私は、先輩の言葉を理解していたからこそ、いちいち問いただす必要も無く、答える事が出来たのだろう。覚えていなくても、結果を見ればそれは分かる。
 高校1年生の私は、性に対して全く持って無関心ではいられなかった。今となっては下の名前も思い出せないが、密かに想いを寄せる男の子もいた気がする。だが、それは恋に恋しているという古めかしい表現がぴったりの感情で、その男の子とリアルな交わりを頭に思い描く事など出来なかったように思う。
 もちろん、これは私の名誉の為にも断言するが、私が最初先輩に抱いた好意の中には、ひとさじ程の肉欲も含まれてはいなかった。先輩の傍にいられるだけで幸せになれるのは今も変わっていないし、私が先輩にとってどんな人間でいられるかは、つまり、私がこれから先どんな人生を歩めるかという途方も無い問いかけと同義だった。
 先輩がもしも、「普通の人」だったのなら、私は最大の信頼をおかれる後輩かつ友人である事を理想としただろう。先輩がもしも、心の底から私を殺したいと願う「殺人者」なら、少し躊躇はするものの、最終的には命を差し出す事になっただろう。だけど先輩は、普通の人でも殺人者でもなく、私の、女としての身体を欲してくれた1人の同性愛者だったから、私は先輩の想いを受け入れる事にしたのだ。
 後日、先輩はこの時の事を、「ソフィの答えを待っている間は、神様に裁かれている気分だった」と表現した。私は神を信じていないが、先輩がその存在を示唆する時だけ、私もその神を共有し、崇敬な気分になる。妄信的、と表現するのは実に正しい。
 だがしかし、当時の私には1つの大きな悩みがあった。
 数週間前、局部に発生した異質な物。私がそれに気づいたのは、いつものようにシャワーを浴びていた時で、その時はまだ小指の爪くらいのサイズだった。デキ物にしては、皮膚とは質感が違いすぎているのに、おそるおそる触れてみると、どうやら感覚は通っている。真っ白で、体を丸めて嗅いでみると、微かにではあるが明らかに私の体臭ではない匂いもしている。それは百合の花の蕾に見えた。道端で見かけるならなんとも思わないだろうが、自分の身体に生えれば悩みでしかない。
 股間に百合が生えたなど、誰かに相談出来るはずもなかった。その内に勝手に治るだろう、という淡い期待を胸に日々を過ごしたが、気づくとそれは巨大化し、やがて性器を覆うまでになった。まだ咲いてはいないが、この様子なら時間の問題だと思った。医者に見せて相談するべきだ、と頭では分かっていても、そう簡単に踏み切れる物ではない。あまりにも馬鹿げていたし、私にも乙女としての恥じらいはある。
 問題は、先輩が「して」と言った事をするには、この謎を先輩に披露しなければならないという事だ。
 何とか誤魔化して隠し通すべきか、それともこれを好機と捉え、先輩に相談を持ちかけるべきか。今思うが、やはり「断る」という選択肢はそもそも頭に無かったように思う。命令ならまだしも、お願いされてしまっては、ますます拒否する事など出来ない。などと自分の気持ちに言い訳しつつも、先輩と別れる頃には既に、私の覚悟は決まっていた。
 なんとでも思うがいい。私はスケベだ。


 先輩と待ち合わせをした清陽高校前からバスに乗り、40分ほどで終点についた。本当に都内なのかと疑いたくなるような、色濃い自然に囲まれた場所で、人も車も少なく静かだった。バス停から道路沿いに少し歩くと、雑木林に入っていく小道がある。目印らしきものは何もなく、奥まった位置にあったので、知っていなければ見つける事さえ出来ないはずだ。おそらく、先輩はここに何度も来た事があるのだろうと思った。
「あの……」
 その日何度目かの質問を、私は先輩にぶつける。
「そろそろ、どこへ行くのか教えてもらえませんか?」
「うーん……茶道部の本当の部室かな」
 先輩は笑みを浮かべてそうかわす。いつもは頼れる表情なのに、こういう時はむしろ不安を煽られる。告白を受けてもなお、先輩が何を考えているのかは分からなかった。
「道が少し不安定だから、気をつけて」
 差し出された手を握る。土に直接石を埋め込んだような、なだらかで低い階段を100歩ほど上り、私達が辿り着いたのは、純和風のお屋敷だった。背の高いカエデの中から何の前触れもなく目に飛び込んできたそのお屋敷は、お茶会を開くにはうってつけだとは思うけれど、これから私と先輩が何かを行うには、いささか上品過ぎるように思えた。私は尋ねる。
「ここでその……するんですか?」
「何を?」
 あっけらかんと先輩は訊き返してきた。騙されたのかも、と一瞬思ったが、昨日聞いた言葉は確かに耳に残っていた。私はそっぽを向いて呟く。
「……先輩って、意地悪ですね」
「あはは、そうよ。今気づいたの?」
 と先輩は笑って、結局真面目に答えてくれなかった。
 屋根付きの正面玄関をくぐると、女の人が私達を出迎えてくれた。歳は30半ばくらい。値の張りそうな紬の着物を見事に着こなして、薄化粧だが少しきつい印象を受けるその顔は、デレビで何度か見た事があった。週に必ず1回は何かしらのドラマで見かける、名前を聞けば大抵の人が分かる女優だ。清陽高校茶道部のOBだというのは知っていたが、こんなに気軽に玄関口で会う事になるとは思っていなかった。
「いらっしゃい麻紀乃ちゃん。来てくれて嬉しいわ」
 張り付いたような笑顔を前に、先輩がお辞儀をする。私もそれに倣い頭を下げる。
「お久しぶりです先輩。今日は後輩を連れてきました」 
「あら、外国人さん?」
「いえ……ソフィ、自己紹介を」
 先輩に促され、1歩前に出てまごまごとする私を、その人は値踏みするように眺めた。嫌いな視線だったが、腹が立つほどでもない。けれど、いくら有名人で大先輩が相手だとしても、初対面で軽んじられるのは嫌だった。
「茶道部1年、望月ソフィアです。こんなナリですが、あいにくと日本語しか喋れませんので、日本人と思っていただいて結構です」
 私の生意気な言い方に、目をぱちくりとさせたその人は、一瞬の間の後、口角を緩めて、先輩の方に向かって言った。
「麻紀乃ちゃん、よりにもよって面白い子を選んだわね。とっても楽しめそうだわ」
 選ぶ? 楽しめる? 何の事だろう、と疑問に思ったが、尋ねられる雰囲気ではなかった。先輩はというと、否定でも肯定でもない微笑みを見せて黙っているだけだったので、私はますます分からなくなった。
「さ、あがって。離れでは今お茶会の真っ最中よ」
「先輩は参加しなくても良いんですか?」と、先輩。
「私、あの空気苦手なのよ。参加したければどうぞ」
「いえ、今日は顔を見せにきただけですので、遠慮しておきます」
 他の人たちもいる、という事から、これはおそらく茶道部OBの集まりなのだろうと予測出来た。これだけの有名人が易々と玄関に出てくるくらいなのだから、きっと今お茶会をしている人達は、もっと大物なのだろう。先輩の言った「本当の部室」という意味も、それなら分からなくは無い。茶道部OBが現役の茶道部をかわいがっていて、横の繋がりも凄く強いという噂は、どうやら間違ってはいなかったようだ。


 お茶会を終えて戻ってきたのは、6人の女の人達だった。全員が着物を着ていたので、普段着の私と先輩が浮く形になったが、仮に着物を着ていたとしても、その会話には到底参加出来そうになかった。見た事もない知り合いの話。政治に関しての深い話。現役時代の思い出話。どれ1つとして気軽に乗れる話題は無く、当たり障りのない自己紹介を済ませてからは、私は口を開く事が無かった。先輩はというと、時折「今の茶道部はどう?」という具合に話を振られて、流暢に受け答えをしていたが、自ら会話の切欠を提供する事はなかった。6人はいずれもやはり経済界、政界などに所属する人物で、茶道部出身という事以外に私や先輩との共通点はなく、年齢差もあるだろうけれど、どれだけ一緒にいても打ち解けられそうにはないな、と思った。
 ふっと会話が途切れた時、先輩は音も無く立ち上がって、私の肩に軽く手を乗せた。
「私達、そろそろ失礼します」
 先輩がそう断りを入れると、引き止める人は誰もいなかった。私は先輩につられて立ち上がり、内心でため息を漏らした。昨日の先輩の言葉は、どうやら聞き間違いか何かだったようだ。ただ、私の事をOBの方達に紹介したかっただけで、それ以上の事など最初から無い。肩の荷が下りたような、期待が外れて残念なような、むしろ期待していた事自体が恥ずかしく思えるような、そんな複雑なため息だった。
 しかし先輩は玄関に向かわず、来た方とは反対の方を目指す。「あの」と声をかけると、先輩は人さし指を唇の前に立てて、慣れた様子で屋敷の奥に私を連れて行った。
 私を誘った時の、先輩の表情を思い出す。聞き間違えであるはずがない。
 八畳ほどの和室だった。中央には敷布団だけが1枚敷いてあって、障子を締め切っているので昼間なのに薄暗い。布団の隣には行灯が1つだけ、先輩がそれを点すとふんわりとした明りで部屋が満たされた。良く見ると、部屋の壁の1枚は、ただの薄い生地で出来た布幕であり、私達の影が映っていた。
 その瞬間に私は察する。
 おそらく、この布幕はマジックミラーのような働きをして、向こう側からはこちらを見る事が出来るが、こちら側からは向こうを見る事が出来ないようになっているのだろう。私と先輩がこれからする行為は、向こう側にいる人達にとっては見世物でしかない。確かに、若い女2人がお互いを慰めあう姿などそうそう見られるものではない。さぞかし愉快な光景だろう。
 悪趣味だ! 私ははっきりとそう思った。表情にも出てしまっていたようだ。
「ソフィ、座って」
「先輩……でも」
 私は布幕をじっと睨み、向こう側にいるであろう方達の事も一緒に睨んだ。
「分かって、ソフィ」
 掠れた声に振り向くと、先輩は足を崩して座って、布団の上で俯いていた。
 私はその時ようやく、茶道部OBが茶道部をかわいがる理由を理解したのだ。いくら出身校の、思い出がある部活動といえども、多額の寄付、それから卒業生の進路の世話など、自らの社会的立場をわざわざ使ってまで、無償でする訳がない。それなりの愉しみが見込めるからこそと考えれば自然だ。茶道部に入りさえすれば欲しいコネが手に入る。入学当初に私が抱いていたそんな考えは、飴細工のように甘く、脆い物だった。
「こっちに来て」
 先輩が呼びかける。私は思わず、何もかも忘れて逃げ出したくなったが、先輩を置いてそんな事は出来ない。ここで私が逃げ出せば、きっと先輩は、この悪趣味な先輩達から、何を言われるか、何をされるか分かったものではない。
 かといって、見られるのも嫌だ。
 先輩と関係を持つ事。それ自体の覚悟は昨日、私の中で定まった。いわゆる「普通」からは少し外れた道なのかもしれないけれど、先輩が一緒に歩んでくれるというのなら、それでも良いと思えたのだ。だけど、私達の関係を興味本位で覗いて、ましてや笑ってやろうとする人達の視線に晒されるくらいなら、死んだ方がマシだと真剣に思った。
「……駄目みたいね、ソフィ」
 先輩の言葉は、少し残念そうだったが、納得もしているようで、僅かに自分自身を戒めるような意味合いも含まれていた。
「帰ってもいいわ。あたしの心配はしないで」
 先輩は、いつもの笑顔で私を見る。いたたまれなくなる。何か言葉をかけたいが、何とかけていいのか分からなくて、ただひたすらにもどかしい。
「でも、これだけは信じて欲しいな」
 思わず伸ばした手が空を切る。
「ソフィ、愛してる」


 何も掴まなかったはずの手の中に、気づくと先輩の手があった。
 先輩を見捨てる事など、私には出来なかった。例え恥を晒す事になろうとも、思いとは逆の事をしようとも、先輩を犠牲にして前に進む事など到底出来やしなかったのだ。私は先輩の崇拝者になり、良き後輩であるように心がけ、そして恋人になりたかった。
「どうか、そんな顔をなさらないでください」
「ソフィ……」
「先輩の為なら、私……」
 私は息を飲み込み、服を脱ぎ始めた。しかし指が震えて、ボタンすら満足に外せない。視界も霞む。それを堪える。すっと指し伸ばされた細い指が、私の手にぴったりと覆いかぶさり、勇気を添えてくれた。
「せめて先輩らしくさせて」
 ボタンを1つ1つ外していく。スカートも脱ぎ、脇にどける。下着姿になると、いよいよ心もとなくなった。もしも先輩が先輩でなかったのなら、私はきっともう挫けていただろう。布幕の向こう側からは相変わらず強烈な視線を感じる。
「安心して。見ているだけだから」
 先輩の言葉は気休めに過ぎなかったが、しかし楽になったのも確かだった。見られているという事を考えなければ、今この部屋は先輩と私の2人の世界である事は間違いない。ならば全てを先輩に任せよう。信じよう。
「……外すね」
 私の首肯を待って、先輩がブラのホックに手をかけた。隠されていた肌が空気に触れた瞬間、「恥ずかしい」と小さく呟いてしまったが、先輩にだけ聞こえた事を祈る。心臓まで見透かしそうな熱い視線で、先輩が私の胸をじっと見る。手で隠そうとしたが、先輩の妨害の方が早かった。
「ソフィの胸はとても綺麗ね」
 同年齢の女子よりはやや大きめなので、少しコンプレックスに感じていた胸だったが、先輩に褒められた瞬間それが誇りに変わった。と思った矢先、悪戯っぽく笑ってこう言う。
「径が大きいのに形が良いし、ここがとてもかわいい色してる」
「い、言わないでください」
「触ってもいい?」
「……はい」
 先輩の人差し指が先端に触れる。決して声は出すまい、と身構えていたのに、反応というのはそう簡単に消せるものではないらしく、「あっ」と漏らすと、先輩を調子に乗らせてしまった。
「もしかして、感じやすいタイプ?」
「そ、そんな事ありません」
「本当かなぁ」
 先輩はにやにやしながら私の先端を嘗め回すように見て、再び触れた。今度は親指と人差し指で、しかも両方を同時に摘まれた。
「ああっ……!」
 思わず身体を少し逸らして先輩の手から離れたが、先輩はむしろ楽しそうに、今度は手のひらを使って、私の胸全体を掴みにきた。
「ソフィったら、かわいいんだからもう」
 冗談っぽく言いながら、先輩は私の胸を揉む。
「お、親指……やめてください、こねこねするの……だめ……!」
「ソフィは乳首が弱いみたいね」
 先輩は見事に強弱をつけて私の胸を揉みしだく。自分でするのとは大違いなその感触に、身体は石炭を放り込まれたように熱くなる。気持ちいい、と思い始めている自分を戒めるように唇を噛み、目を瞑る。
 ひとしきり私の胸で遊んだ先輩は、次に下に手をかけた。自分でも信じられないくらいぐっしょりと濡れていて、生地が肌に張り付いているのが分かる。先輩の腕が私を抱え込むようにして腰に回った時、私は思い出した。悩みの種、というより、もう蕾まで成長していたが、私の性器は、普通の状態ではない。
「せ、先輩、私のその、そこは今、あの……」
 口ごもる。いや、何と表現した良いのか分からずに困ったと言うべきか。必死の抵抗を見せる私を諭すように先輩は言う。
「分かってるから、安心して」
 その意味を尋ねる暇もなく、ショーツは引き剥がされてしまった。
 文字通りの花園が露になった瞬間、先輩はそれを見てこう言ったのだ。
「良かった。綺麗に咲いているわ」
 私は思わず閉じた目をゆっくりと開いていき、満開になった百合を見た。
「せ、先輩、なんで知っているんですか?」
「うふふ」
 いつの間にか下を脱いでいた先輩は、スカートをたくしあげてこちらに見せた。
 先輩にも、私と同じ百合が咲いていた。

       

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