Neetel Inside ニートノベル
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 開いた口が塞がらないとはまさにこの事だった。私の身に起きた事は、それ単品でも十分に不自然で不思議な現象であったというのに、先輩の身にも全く同じ変化が起きていたとは夢にも思っていなかった。口をぱくぱくさせて、声になってない問いを投げかける私に、先輩はこう切り出す。
「あたしはね、変態なのよ」
 変態という言葉を一般的に捉えるならば、ここは「そんな事ないです」とでも否定すべき場面だっただろう。しかしこの時の状況において、それは非常に危うい意見になる。少なくとも、布幕の向こう側から見ている方達は、変態と呼んで差し支えない異常さを持っている。
「どれくらい変態かというと、超能力に目覚めてしまうくらい。ソフィの事が好きで好きで、あなたに百合を咲かせてしまう程に変態なの」
 謎の現象が、先輩の仕業によるものである事が確定した。普段なら全然信じていなかったはずの超能力という言葉も、その時ばかりは強烈な信憑性を持った。何せ私と先輩の身体は、魔法か超能力か未来技術でしか説明出来ない状態にある。
「あたしのここに咲いた花は、ソフィがあたしを思ってくれた証拠。心の底から両思いじゃないと、こうはならないように出来てるの。分かる?」
 かろうじて私は頷く。先輩の言葉が本当で、そんな変態専用の超能力が存在し、先輩がその使い手であるというのならば、先輩に百合が咲いていない方が逆におかしいという事になる。私の気持ちは誰よりも強い。
「この百合はね、こうしてあげると……」
 説明しながら、先輩は指で私の花びらをなぞった。蕾の時に自分で弄った時も、むずむずする中に少しだけ気持ちいいという感覚はあったが、先輩の指は段違いだった。満開になった百合を、大好きな先輩に弄ってもらっているのだ。何もかもを知った今思えば、感じないはずがない。
「とっても気持ちいい。って、言わなくても分かってるみたいね」
 乳首を弄られた時とは比較にならないほどの盛大な声を私はあげた。それはもう囁いた、だとか呟いた、では誤魔化せないほどはっきりとした、誰が聞いても分かるあえぎ声だった。
「その声。もっと聞かせて」
 先輩は私の身体を布団に押し倒し、片手で乳首を、片手で百合を、まるでお琴でも弾くように鳴らしていった。私は否応なしにいやらしい声を発し、しかもそんな痴態を、今日出会ったばかりの人達に見る羽目になっている。そんな事実に耐えられなくなって、私はいよいよ泣き出してしまった。
 それでも先輩は手を止めず、私の身体は、私の意思を無視してどんどん勝手に気持ちよくなっていった。顔を両手で隠しても、ぽろぽろと涙が零れる。先輩は私の涙を舐めながら、愛撫は更に激しくなった。
「うう……先輩、酷いです……あぁっ!」
「ごめんね。でも、ソフィがかわいすぎるのがいけないの」
 そんな事を言われても、喜べるはずがない。
 快感がどんどんと積み重なっていき、その天辺が見えた。あそこまで辿り着いてしまったら、私は私でいられなくなってしまう。恐怖と好奇と執着と情熱がせめぎ合い、その全てを先輩の手は飲み込んでいった。光。音。匂い。全てが一瞬消し飛んで、後に残されたのは甘い痺れだけだった。
 イく。というものを私はその日初めて経験した。


「ソフィ、凄くかわいかった」
 まだ痺れの残った身体を抱き起こされた私は、あっという間に絶頂へと導かれてしまった事を恥じる心の余裕さえ無かった。何も考えられず、先輩が褒めているのか、からかっているのかも分からなかった。いや、これは今でも分からないか。
「もう1度、して欲しい?」
 だが、その問いかけにはすぐ答えられた。
「も、もう駄目です!」
 内心は違ったかもしれない。
「そう。まあ、今日はこれくらいにしておきましょうか」
 ひきつりながら私は尋ねる。
「……『今日は』ってどういう意味ですか?」
 先輩は太陽のような笑みを見せて、
「ソフィはこれから、一緒に毎週ここに来て、私に開発されていくの」
 当時の私は、この場面で指す「開発」という言葉の意味を正確には理解していなかった。にも関わらず、先輩の笑顔に含まれるただならぬ不吉な予感ははっきりと感じられた。走った悪寒は恐怖によるもだったか、それとも期待によるものだったか、今でも判断に困る。
「来週は何をしましょうか。いきなりお尻の穴は大変だから……まずは上手なキスの仕方から? ソフィの百合に合うバイブも探さなきゃね。あ、縛ってみるのもいいかも。ソフィは拘束具も凄く似合いそう」
 にこにこと楽しそうに、平気で卑猥な事を語る先輩は、確かに自らで仰った通りの変態だと言えた。そしてすっかりその変態に魅了された私は、逃げる事の出来ない1匹の羊だった。
 それから毎週、先輩は本当に私を「開発」していった。最初に言った事は全てやったし、私はその度に性懲りも無く卑猥なあえぎ声をあげてよがった。「ソフィが本当に嫌がる事はやらない」と先輩は約束してくれたが、一旦行為を始められたら、快感に抗う術はない。先輩は私の性感帯を正確に知り尽くしていたし、日常生活と同じように上手く私を手なずけた。やられっぱなしに我慢出来なくなった私はある日先輩に逆襲を試みたが、まるで歯が立たない。ようやく1度だけイカせる事が出来たのは、半年ほど経ってすっかり先輩の蜜の味を覚えた頃だった。
 当時の茶道部員の中で、茶道部の影の部分を知っているのは、私と先輩の2人だけだったようだ。「別の部員を連れていかないんですか?」と尋ねた事もあったが、先輩は「連れて行ってはいけない決まりがある訳ではないけど、私は好きな人としかしたくない」と、耳まで真っ赤になるような答えをくれた。
 どうやらこの、行為というか習慣は、清陽高校茶道部の伝統らしく、誰がどういうきっかけで始めたのかは先輩すら知らないようだった。OBの方々に聞けば少しは分かるのかもしれないが、1年生の頃に表で言葉をかわす事は結局最後まで無かったし、また、そこまで興味がある訳でもなかった。
 しかし、先輩には好きな先輩がいて、その先輩にも好きな先輩がいた。相手を絶頂まで導く為のテクニックはそうして継承されていっているらしく、私は、先輩を私のようなおもちゃとして遊んだであろう知らない先輩に対して強い嫉妬を覚えたし、これから先、私が後輩に対して同じように出来るのだろうかという不安も覚えた。一時期は、この卑猥で最低な伝統を私で終わらせる事ばかりを考えていた事もあったが、それは他ならぬ先輩に対しての侮辱になると考え直した。先輩は、私と行為をする事を望み、そして私にならこの現実に耐える事が出来ると信頼してくれたからこそ私を誘ったのだ。その想いを裏切るというのなら、私は最初から先輩を逃げるべきだろう。
 行為を見に屋敷に訪れる観客は毎週代わる代わるで、中には茶道部OB以外の人もいたが、男が来たのはたったの1回だけだった。それも、行為を見られた訳ではなく、全てが終わった後にその男はやってきた。私が先輩と最初に出会ってから、10ヶ月。先輩は進路をとっくに決めて、後は卒業式を残すだけとなった、ある日の日曜日の事だった。


「今日は2人きりよ」
 と、先輩が言う。普段は、多い時は10人近く、少ない時でも3人は、私と先輩の、主に私の痴態を見物に来ていたから、2人っきりでコトが出来ると聞いた瞬間、舞い上がるような気分になった反面、真っ逆さまに落ちていくような気分にもなった。卒業式を迎えれば、先輩は大学に行く。当然、今までのように一緒にはいられない。2人きりというのは、別れを告げられるタイミングとしてはベストなように思えた。
「……先輩が卒業したら、私はどうしたらいいんですか?」
「したいようにしなさい。としか、言えないかな」
「で、でも、私、先輩のようにはなれません」
「ならなくてもいい。というか、むしろならないで。最近のソフィは上手過ぎて、あたしすぐイカされちゃうんだから。私みたいに意地悪になったら、手がつけられない」
 くすくすと笑う先輩に、私は噛み付く。
「そういう事を言っているんじゃありません。私には先輩みたいな能力が無いし……それに、好きな後輩が出来るかも分かりません。私に、部長としての役目を果たせるか……」
 事実、少なくとも同級生には「この娘としたい」と思わせる人物はいなかった。先輩に一途だった、とも言える。
 落ち込む私に向かって、あっさりと先輩。
「能力の事なら心配いらない。今日、私のをあなたにあげるから」
「え!?」
 私は驚嘆の声をあげたが、バスの中にいる事を思い出して潜める。
「あげたりもらったり出来る物なんですか……?」
 先輩はまたくすくすと笑って、
「当たり前じゃない。私のだって、先輩からもらったものよ」
「そうなんですか……」
 衝撃的な事実ではあったが、ある意味安心した。いや、嬉しくさえあった。かなり異質な形ではあるが、先輩後輩というのはこういうものなのかもしれないと思ったからだ。先輩達が代々受け継いできたものを、後輩である私が受け取り、そして新たな後輩に渡していく。茶道部に限らず、部活というのはそういう役割を担っている。
「そう。だから今日は、例の能力の事についても教えなくちゃ。イキ過ぎて気絶したら駄目だから気をつけてね」
「わ、分かりました」
「と言っても、身構える必要もないけどね。最初に使えるのは、好きな人に花が咲いて、両思いなら自分の花も咲く能力だけだから」
 最初に行為をした日からずっと、私と先輩の百合は満開のままだった。
「あ、それと、2人きりは2人きりなんだけど、終わったら1人ゲストが来る」
「ゲスト、ですか?」
「そう、男の人」
「……裸とか、見られませんよね?」
「え? 見て欲しいの?」
 必死で首を振る私を散々にからかった後、先輩は物憂げに言う。
「HVDOって言う、私みたいな変態能力を持っている人を束ねる組織があってね。今日来るのは、そこのボスみたいなもん」


 HVDO。
 初めて聞いた名前だった。いやそもそも、先輩のような能力を持った人が他にもいる事自体が初耳だった。
「まあ、詳しい事は今日会うボスに聞きなさいな。アドバイスが欲しかったら、その後にしてあげるから」
 そうして言いくるめられた私は、いつものように屋敷へとやってきた。今日は出迎える者もいなかったし、OB主催によるお茶会や生け花教室などの前座もなかった。着いてすぐに例の部屋に向かい、私は裸になる。何度やっても恥ずかしいが、これからもっと恥ずかしい事をされると思うと身体がどんどん敏感になっていくのを感じる。先輩も服を脱ぎ、対面して座り、私に真顔でこう尋ねた。
「これはイエスと言ってくれるのを信じて、あえて質問するのだけれど……あたしにソフィの処女をくれない?」
 それは思いもよらない質問だった。能力により、性器が花となった私には、当然処女膜を破る方法が無い。処女膜の有無に関わらない精神的な意味での処女性は、10ヶ月の間に他ならぬ先輩に根こそぎ奪われていたし、どういう意味で言ったのかさえ分からない質問だった。
 いや、そもそも、女同士で処女は奪えないのではないだろうか。張り型を性器に突っ込まれる行為も処女喪失に含むというのであればこの限りではないが、その場合、処女を奪ったのはその張り型という事になるのではないだろうか。そんな思いを見透かして、先輩は言った。
「女同士では処女は奪えない。そう思っているみたいね。その通りだと思うけど、あたし達は特別じゃない?」
 先輩のにやけた表情が、「ある行為」を指しているというのはすぐに分かった。可能性についてはずっと考えてきたし、きっと気持ち良いだろうな、とは漠然と予想していたが、自分から提案するのはいかにもはしたないように思い、あえてずっと黙ってきた。それこそ色々な事を試したが、全て愛撫による絶頂で行為は止まり、肉体としての交わりは、キスと、お尻の穴と、皮膚の接触と、百合の花を愛でる行為だけに留めてきたのだ。
「お花ってさ、百合に限らず、言ってみれば性器みたいなものじゃない?」
 飛躍した発想だが、あながち間違ってはいないように思える。花びらが包んでいるのはおしべとめしべであり、受粉して種が出来る事によって、次の個体は生まれる。性器という直接的過ぎる表現はどうかと思うが、仮に人間の部位に当てはめるならそうかもしれない。
「百合同士を重ね合わせて2人で絶頂を迎えれば、中で根が伸びて処女膜が破れるようになってる。そして別の能力が発動する事によって、あたしの能力がソフィに移動する仕組みなの」
 女同士の交わりに、「貝合わせ」という行為があるが、それをこの百合でやればどうなるかは想像しやすいだろう。互いの花びらが密着し、おしべとめしべが交差する。そして百合の根が伸びて中を掻くというのだから、必然、普段とは比較にならない程の凄まじい快感になる。
「あたしの処女は、先輩にあげちゃったから無いけれど、ソフィにその覚悟があるのなら、あたしに処女をちょうだい」
 覚悟があるか、なんて質問、今更だ。と、私は思う。
 それから、2人で愛し合ったたったの1時間は、私の中で今も永遠になっている。
 少しの痛みの後、気づくとずっと咲いていた百合が跡形もなく無くなっていた。もちろん、私が先輩の事を好きじゃなくなった訳でも、その逆でもない。先輩はこう表現した。
「神様が創りかけて、やめてしまった気持ちを、あたし達は完成させた」

       

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Neetsha