Neetel Inside ニートノベル
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 勝負。
 そう聞いて、男同士でお互いにおもらしをしあう壮絶な光景を想像してしまった自分は、今すぐレーザー光線でその部分の記憶を削ぎ落としてしまいたい衝動に駆られました。
 おそらくそんな思いが表情に出ていたのでしょう。
「なんだ、性癖バトルは初めてか」少し驚いたように、「なら、俺が教えてやるよ」と、等々力氏。
 性癖バトル、その言葉の響きに抱いた自分の感情は、とても一言では言い表せません。馬鹿馬鹿しい、と思う反面、可憐な少女のおもらしを見た時に得られるあの感動は、この世からありとあらゆる戦争や貧困を無くすのではないかと八割方本気で確信している自分のこの救いようの無い性癖は、もしも他人のそれと戦ったとしても負けるはずがない、むしろ、戦った相手もこの感動を深く理解してくれるはずだとすら思えてしまって、陶酔に浸るのはやはり心地良く、「性癖バトル」是非とも受けて立ちたいとすら覚悟しましたが、同時に多々の疑問も浮かびました。
「いいか? 時間が無いから一度しか説明しないぜ? まずはだな、先攻後攻を決めるんだ。当然後攻の奴が不利だから、後攻は能力の対象にする女を選ぶ権利がある。分かりやすく言うと、あれだ。屋外でドッチボールやる時に、後攻チームが陣地を選べるのと同じ理屈だな」
 自分は頷き、注意深く等々力氏の言葉に耳を傾けます。
「それで先攻後攻が決まって、女が決まったら、先行から能力を女に使う。その様子を後攻側が見て、勃起したら負け。耐えきったら攻守交替って訳。これをどちらかが負けを認めるまで繰り返す。簡単だろ?」
 勃起したら負け。確かに、これ以上分かりやすい「興奮」のパラメーターは無いはずです。しかし気になる点が一つ。
「下品にも程があるという事は一旦置いて、各々の『勃起』はどうやって調べるのですか? 単純に見た目という事であれば、一物を股の間に挟むという技を使ってもいいのですか?」
 等々力氏は、ふふんと笑って、得意げに言いました。
「それをこれから教えてやる。五十妻、自分の性癖を言ってみろ」


「自分はおもらしが大好きです」
 聞かれるがまま、即答しました。元々隠している物ではないでしたし、実際、くりちゃんら昔からの知人は良く知っています。あまりにも呆気なく言ったのが意外だったのか、等々力氏は少し面食らったようでした。
「そ、そうか。分かった。今度は俺の番だ。俺は、おっぱいが好きだ。おっぱいと共に風の谷で暮らしたい」
 言い切った後、等々力氏が指差したのは、自身の頭上。空中に赤いマジックで描かれたように、数字と記号が描かれてありました。反射的に読み上げます。
「10パーセント」
「そう。これが今の俺の勃起率だ。つまりだな、能力者同士は、お互いに相手の性癖を知っていれば、勃起率が分かる。これで勃起を隠すという方法は使えない訳だ。ちなみに手でここを隠しても、ほら」
 数字は手の甲に映りました。自分の頭上を見上げると、等々力氏と同じように、赤い数字が表示されていました。0パーセント。
 自分が気になったのは、無駄に思えるくらい用意周到に準備されたこのシステムよりも、目の前にいる男が今うっすらと勃起している事よりも、というかこの数字があれば勃起云々はそもそも必要ないのではという疑問よりも、等々力氏の口にした「おっぱい」という物体についてでした。
「一つ、言ってもいいですか」
「ん? なんだ?」
「おっぱいは赤ちゃんの物ですよ」
 バン、と音をたてて等々力氏がトイレのドアを叩きました。
「……言ってくれるじゃねえか」
 つい先ほどまでの、無骨ながら親切な物言いとは打って変わって、他者を排除する時の鋭い言葉尻に、若干ではありますが、自分は確かにまごつきました。
「それを言うなら、おしっこは便所の物だ。違うか?」
「いえ、自分の物です」
「ならおっぱいも俺の物だ。……まあいい、勝負すればはっきりする」
 その時、改めて自分は明確に理解する事が出来ました。
 この人も、自分と同じように変態なのだ、と。


 勝負の形式についてはあっさりと決まりました。先攻は等々力氏。後攻である自分が選んだ女の子は、くりちゃん。理由は、一度自分の能力を試しているので、得られるリアクションが安定している事と、眉目秀麗の度合で言えば、学年でも三枝委員長に次ぐ実力であると判断した事、それに彼女の謙虚で控えめな胸ならば、等々力氏に味方する事は無いだろうという判断。
 そして肝心の勝負の時間は、四時限目の体育の時に、という事で合意しました。体育の授業では、現在マラソンを行っています。近所の広い公園に行って、男子は三周、女子は二周、距離にして、約六kmと四kmを強制的に走らせる、誰もが嫌がる科目ですが、自分と等々力氏の利点は一致しました。
 公園には生憎トイレが一箇所しかなく、例えば突然に急激な尿意を催した場合、それに堪えて走るか、あるいは人目のつかない場所に移動して野外放尿をしなければならず、どちらに転んだとしても「おいしい」シチュエーションになります。また、等々力氏にとってみれば、女子が走るというただそれだけで、おっぱいが揺れるという物理現象を引き起こす事が出来(くりちゃんの胸が揺れるかどうかは甚だ疑問ではあります)、自分を勃起させるに足る出力が見込めると見込んだのだと思います。
 いずれにせよ、くりちゃんに安息など与えません。
 授業が始まり、公園まで移動する最中、聞き忘れた事が一つあったので、等々力氏に尋ねてみました。
「この勝負、負けたらどうなるんですか?」
「ん? いや、特に何も起きないが」にやりと笑って、「今から負けた時の心配するなんて、自信が無くなったか?」
 挑発を混ぜる事で誤魔化そうとしましたが、自分はなんとなく、等々力氏が嘘をついているのではないか、と感じ、しかしだからといって、執拗に負けた時に背負うリスクを追求すると、等々力氏の指摘した通り、心配をしているようではないかという妙なプライドに駆られ、喋るのをやめたのです。
 それに、目の前でくりちゃんがおしっこを漏らして、それを見て勃起しない男など、想像すら出来なかったのもまた、事実でした。


 マラソンの授業が始まりました。
 女子は大抵、グループごとに固まって走るのですが、くりちゃんは前にも述べた通りクラスから孤立気味なので、一人で黙々と走っています。総勢三十八人のクラスも、それぞれに走るペースが違うので、次第に差は開き、バラバラになっていきますが、自分と等々力氏は示し合わせて同じ速度を保ち、そして一人で走るくりちゃんの背後に位置し続け、しばらくの時間が過ぎました。
「よし、そろそろいいだろう。俺から行くぞ」
 等々力氏が行動に移りました。後ろから来ている生徒とは適度に距離が取れ、前を行く生徒はそもそも後ろを気にしてません。等々力氏は、両手の人差し指と親指を使って「円」を作り、ちょうど窓を覗き込むようにして、くりちゃんの姿をそこに捉えたようです。
「俺はここから『おっぱいの素』を送り込む。良ーく見てろよ」
 はぁぁぁ……と自分の口で効果音を出しつつ、走りながらポーズを取る等々力氏は、傍目から見ると狂人の類にしか見えず、自分も同類なんだなと思うと少し悲しい気持ちになりましたが、能力の方はやはり本物でした。
 くりちゃんは一瞬、びくっと体を震わせて、自分の胸に触れました。立ち止まり、キョロキョロと周りを見回したその瞬間、等々力氏の「おっぱいの素」という言葉の意味が自分にも理解できました。
 くりちゃんの胸は、明らかに膨らんでいたのです。今までは、せいぜい仙台銘菓「萩の月」くらいのサイズしか無かったあのかわいそうな胸が、夕張メロンのように膨らんで、体操着に帆を張り、今にもはち切れそうになっていたのが瞬時に確認出来ました。
「はぁはぁ……どうだ、素晴らしい能力だろ」
 等々力氏の息遣いの荒さは、マラソンによる疲労のものとは明らかに違い、頭の上に表示された勃起率は、見まごう事無き100%を表示していました。自分の方はというと……20%。まだ余裕で耐えられる範囲ですが、愚息が反応してしまったという事実自体、変態とはいえあくまでも中学生である自分に、僅かばかりの自信の喪失を覚えたのは確かです。
「ふはは……だが、俺の攻撃はまだ終わりじゃないぜ」
 等々力氏が不敵に笑いました。

       

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