Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 日向先輩と出会い、抱いてしまった恋心。
 誘われて入った茶道部で培った先輩への信頼。
 茶道部の伝統を知り、OBに対して露にした憤慨。
 初めて体験した女性同士の行為で見つけた快感。
 今まで知りもしなかった世界に触れた時の衝撃。
 日々に高められていく性に比例して大きくなる別れの不安。
 絶対的な能力を持つ者に植えつけられた不快。
 偉大な先輩が卒業した後、受け継いだ物を守る重圧。
 方法を見つけても、それに納得する為にする葛藤。
 ハル先輩と出会い、注ぐべき対象を見つけた情熱。
 行動に移して初めて気づく己の底に渦巻く欲望。
 茶道部の部長として勤め、人に慕われて感じる好意。
 満たされないまま、溢れてくる歪んだ愛情。
 ただハル先輩の身体を手に入れたいという性愛。
 いつもハル先輩の事だけを見ていたいだけの盲愛。
 ハル先輩の為なら何でも出来るという捨て身の情愛。
 全てを犠牲にしてハル先輩の為だけに存在したい純愛。
 募りった想いで傾く危ういバランスの上に成り立つ偏愛。
 敬愛、愛惜、仁愛、慈愛、愛念、愛慕、愛欲、溺愛、愛楽、愛好、信愛、親愛、愛心、不愛、忠愛、愛重、愛恋、恩愛、渇愛、熱愛、求愛、恵愛、最愛、私愛、鍾愛、寵愛、貪愛、恋愛。
 ハル先輩に向かって進む全ての愛が、断られた時の絶望。


 やがて記憶は、五十妻元樹即ち自分が樫原先輩との戦いを終え、望月先輩がこの不毛な戦いに終止符を打つべく打倒HVDOの決意をした所で終わり、真っ黒な闇へと放り出されたかと思うと、気づけば自分は壁の前に戻っていました。
 やはり、自分の判断は間違っており、春木氏はこうなる事を直感していたのだと認めざるを得ないようです。
 死より恐ろしい事がこの世には数多くあり、それと同じく、敗北よりも酷い結果というのが、勝負には存在するのです。樫原先輩との戦いがまさにそうでしたが、望月先輩との戦いは、もっと最悪な結果になってしまうようです。
「くりちゃん、ごめんなさい」
 自分はかろうじてそれだけを口にすると、膝から力が抜け、崩れるように落ちてしまいました。勃起はしていません。むしろ、能力を発動していなくても、与えられた記憶の中に刷り込まれた数ある女性達の妖艶な場面のいずれも、自分を興奮させる事は出来なかったように思われます。そんな気分にはなれなかったのです。
「ど、どうしたんだ!? おい!」
 くりちゃんが何事かと叫び、「助けるって言っただろ!」と必死に連呼していましたが、自分は立ち上がる事が出来ませんでした。
 敗北よりも、苦い勝利よりも恐ろしい事、それは、倒すべき敵を知りすぎて、人として好きになってしまう事です。


「春木氏、自分はもうこれ以上戦えそうにありません」
 瞬きも出来ない程の時間の間に、頭の中になだれ込んできた情報は、望月先輩の丸2年間という膨大な物でしたが、処理出来なくなって脳が爆発するような事はありませんでした。2年間といっても、毎日毎分毎秒の映像とかそういった物ではなく、望月先輩が出会った物、感じた事、感情の一部分が断片として与えられ、例えるならば、急に眠くなって数秒間だけ寝てしまった時に見るような一睡の夢のような物で、にも関わらずそれはさながら良質の小説や映画に触れたかのように、まるで自分自身が体験したような錯覚さえ覚えさせられる、恐ろしい能力でした。
「な、何泣いてんだ、おい! たった今約束したばかりだろ!?」
 近づいたはずなのに、声はもう遠く、くりちゃんが陥っている窮地など、望月先輩の2年間に比べれば屁のような事のように思え、処女でもなんでも引き取ってもらえばいいのに、とさえ思いつつ、自分は望月先輩を見上げました。
「1つだけ、聞かせてください」
「何だ?」
「先輩はどのようにして、HVDOのボスである崇拝者を倒そうと考えているのですか?」
 自分がたった今得た望月先輩の記憶は断片的であったので、望月先輩が既に所持しているであろう第8能力の詳細までは自分には分かりません。しかしながら、崇拝者を倒そうという決心は、第9能力であるこの立派な城と、くりちゃんを拘束した理由から考えれば明らかであり、また、未来と思考が読まれているとはいえ、それを踏まえた上での勝算が無ければ、望月先輩は動かないはずです。
「それをお前が知ってどうする?」
 協力します、と喉元まで出掛かって、前に乗り出した瞬間、胸の内ポケットにある膨らみに気がつきました。ひやりとする自分の背中に、春木氏が静かに声をかけます。
「五十妻君、まさか三枝さんを裏切る気じゃないよね?」
 出された名前は瞬時に自分の耳から侵入し、心臓を鷲づかみにしました。
 言わせてもらえれば、人を裏切る事など簡単です。また、今までの自分を裏切る事もまた同様で、何か新しい考えを取り入れるという事には、そういう側面もあります。
 しかし、「尿」だけは裏切れない。
 自分は望月先輩を倒す仕事の報酬として、3人分の尿を受け取りました。2つは使ってしまってもうありませんが、まだ最後の1つ、三枝生徒会長の分が残っています。
 契約を放棄し、尿だけを受け取るというのは、おもらしにおけるモラル、つまりオモラルに反する行為であると思われ、魂さえ失わなければ、例え刀を失ったとしても武士は武士であり続けるのと同じく、自分にとってその裏切りだけはしてはいけない行為なのです。
「正直、私の記憶に触れてもまだ性癖を消失していないのには驚いた。よっぽどおしっこと木下の事が好きなんだろう。ハルの事についての恨みは晴れないが、尊敬してもいい」
 この評価もまた、春木氏や三枝生徒会長の時々言う超絶上から目線からの褒め言葉で、諸手をあげて喜ぶほどの楽観主義に自分はなり切れません。
「未来を読む崇拝者に勝つには、まずは同じ条件に立たせる必要がある。どうなるかが分かっていても、それしかないという手を相手に打たせる。木下を人質にして『百合城』を発動させた事によって、私はそれを実行しようとしたが、この状況を見る限り失敗に終わったようだ」
 抑揚の無い、淡白な台詞でしたが、真に迫ってはいました。策略はあるが、何もかも上手く行く事は考えていない、冷静で強固な覚悟が読み取れます。
「崇拝者を倒す事は、HVDOを潰す事と同義だと私は考えている。つまり、崇拝者にとって有益な性癖バトルに終止符を打ち、これ以上能力者を増やさせない事によって、変態処女の開発を阻止する。これを実現するには、私が『世界改変態』をするしかない」
 HVDOという組織自体が、崇拝者による世界改変態による影響ならば、確かにそれを壊すのも、別の者の世界改変態でしかないという理屈は分かります。しかしながら、世界改変態は本人の意思によるコントロールが不可能で、時に破滅的な結果を出す可能性があるというのは、春木氏が10勝目を前にしてもたもたしている理由にもなっており、これは実に解決が難しい問題であると思われます。
「私が世界改変態を行う事を、崇拝者は阻止したいはずであるし、開発された木下の処女も失いたくは無いはずだ。ここに漬け込む隙があると私は見ている。第8能力については教えられないが、私になら崇拝者の能力を一時的に封印する事が出来るとだけは言っておこう」
 望月先輩の語りには確かなビジョンがありました。


 自分の心は揺らいでいます。
 おもらしに対する執着から来る、尿を裏切る事の出来ない変態としての威厳と、記憶に直接触れた事によって、抱いてしまった望月先輩に対する尊厳。天秤の両極端にあって、ゆらゆらと不安定に揺れながら釣り合う、2つの譲れない物が、自分の言葉を阻んでいるのです。
 そんな自分にも、春木氏は容赦なくいつものトーンで背中を叩きます。
「五十妻君、君が三枝さんを裏切ると言っても、僕は君を止めはしないよ。ただ、アドバイスをさせてもらえるなら、自分自身の性癖を裏切ったHVDO能力者はもう長くない。だから僕はロリを裏切らない」
 対して、望月先輩。
「何か勘違いしているようだが、私はお前に協力してくれなどとは一言も言っていない。見逃してくれともな。お前達がここにいる時点で、この作戦は失敗に終わっているし、あとは報復に木下を無残に犯してから、別の手を考えるだけだ。木下を守りたいと言うのなら、どちらからでもかかってこい。勝って私は世界改変態を発動する」
 その口調には一切の迷いがなく、崇拝者を、ひいてはHVDO自体を強く憎む想いが、肌で感じるほど強烈に主張していました。
 正義。
 これが自分には未だに得体の知れない代物で、いくつになったらだとか、何らかの経験をしたら理解出来るというような物でもないように思え、人はその時々で自分に都合の良い正義を使い分けて暮らしていると納得出来れば話は早いのですが、自分は確かに煌くような正義を感じてしまった経験があるのです。
 小学生の時、くりちゃんが下校中におもらしをしてしまった事を初めて目撃した瞬間、そこには眩いばかりの正義が確かにありました。しかし同じくらいの正義が、望月先輩の記憶の中にもあったのです。
 自分はゆっくりと立ち上がると、顔を拭い、懐から最後の1本、つまり三枝生徒会長の尿の入った瓶を取り出し、強く握ると、望月先輩を見ました。
「もう望月先輩と戦う事は出来ませんが、かといって自分は尿を裏切る事も出来ません」
 先ほど、自分は三枝生徒会長に、望月先輩討伐の理由を尋ねました。答えは「ムカつくから」というなんとも意外な物でしたが、冗談を言っている風でもなく、正直な感情なのだろうと思われました。
「ですから、今の自分にはこんな方法しか取れないという事をどうか重々ご理解ください。これは三枝生徒会長の代理として、自分が出来る最大限の行動あり、この場を平和的に収める唯一の手段です」
 瓶の蓋を開きながら、壁に1歩を踏み入れました。そして不審そうな目をする望月先輩の顔に向けて、瓶の中身をぶちまけました。
 ぴしゃ。
 と、気持ちの良い音がして、望月先輩の美しい長髪が、ついさっき三枝生徒会長の出した尿で濡れ、顔も汚れました。ぶっかけた際、僅かに飛沫がくりちゃんの方にも行ったらしく、「汚っ!!」という声が拘束椅子の方から聞こえた気がしましたが、自分は気にしませんでした。反射的に閉じた目をゆっくりと開け、じっと睨む望月先輩に背を向け、自分は引き下がろうとしました。
「待て」
 感情の震動を抑えたような、静かに通る声。
「ここまでの屈辱は初めてだ」
 仰っている意味は分かりますが、何せ自分の意思ではありません。自分は心から、人間としての望月先輩を尊敬していますし、戦いたくないのですが、かといって三枝生徒会長から受け取った尿を持ち帰って1人で楽しむ事は尿道に反し(この場合は、尿を愛して極める道の事)ますので、あくまでも仕方なくの行為なのです。
「戦えないなどと都合の良い事を言うな。ただでさえお前には、ハルの事と、樫原の事とで恨みがある。……考えが変わった。崇拝者の前に、まずはお前だ。勝負しろ」
「……勝負というのは、性癖バトルですか?」
「それ以外、私達に何がある」
「でも、くりちゃんの拘束は解かないんですよね? 解いたらこの貧乳は全力で大暴れして逃げ出しますよ」
 余計な事を言いやがって、という表情のくりちゃん。
「ああ、その通りだ。木下の解放は肉体が壊れるまでありえない」
「ならば、誰がおもらしをしてくれるというのですか?」
「春木の召喚しているそいつでいいだろう」
 すかさず自分。
「了承しかねます。偽くりちゃんがおもらしをして、仮に望月先輩が興奮しても、それはロリ+おもらしという事になって敗北条件は成立しません。つまり勝負にならないという事です。それに、春木氏が貸してくれるとも限りません」
「そうだね」既に自分が何を言いたいのかを理解した様子の春木氏。「このくりちゃんは貸せないなぁ」
「……何が言いたい?」
 自分は少し考える素振りを見せて、それからほとんど自動的に出てくる台詞を口にしました。
「今は直接関係ない話かもしれませんが、『ああ、どこかにおもらし姿のとんでもなく似合う金髪でハーフの百合系美少女がいたらなぁ』と、自分は常日頃から思っています」
 望月先輩は軽蔑のたっぷりこもった視線を自分にぶつけて、吐き捨てるように言いました。
「この変態が」

       

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