Neetel Inside ニートノベル
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 誤解されないように申し上げておかなければならない事は、自分の中には策略や謀略の類は一切無く、「ほとんど自動的に」という表現が、自ら言っておいて実に正しいと思えるくらい当たり前に、気づけば自分は望月先輩におもらしを要求していたのです。
 初めて出会った時からそうでした、などと言えば、いかにも嘘くさく、冷めた目で見られるのは果たして本意ではないのですが、自分は世の中のあらゆる女子に対して、「この人のおもらしはどうか」という角度でしか接する事が出来ず、人柄だとか家柄だとか、そういった事よりもむしろ、顔の皮1枚を剥いだ時に見える秘密の始まりに、ただならぬ興味を抱き、人間としての評価をつけている訳ですから、「初めて出会った時から」というのも、あながち嘘ではないのです。
「……完全な解放は出来ないが、手錠と足錠は用意してある。木下を自由に使えばいいだろう」
 世にも珍しい望月先輩の譲歩にも、自分は一瞥をくれず、きっぱりと否定します。
「それは駄目でしょう。ただでさえ、望月先輩は1度くりちゃんの死ぬほど情けないおもらし姿を見ていますから、もし仮にもう1度くりちゃんを使うなら、手錠のような制限があっては全力が出せません。かといってここでくりちゃんを自由にする気は無いんですよね? でしたら、もう望月先輩自身がおもらしをしていただくしか勝負は成り立ちません」
 ふと気づけば完全に人権の剥奪されていたくりちゃんが、何やら自分の言葉にいちいち噛み付いてきましたが、当然スルーしました。
「私は絶対におもらしなどしない。ましてや人前でなどもっての他だ」
 口調は強めでしたが、逆にそれが自分自身に言い聞かせているようでもあり、ついでに、今朝全校生徒の前で盛大に漏らしたくりちゃんにとっては実に耳の痛い話でした。
「大いに結構です。先ほども申し上げた通り、自分はもう望月先輩と戦うつもりはありません」
 嘘はありません。事実今でも、部屋の隅で体育座りを決め込んで、後は春木氏に全てお任せしたいくらいの気分なのです。
「この百合城においての主導権は私にある。これから木下を相手に行為をしても、お前はそれを見る気はないというのだな? ……ならば勝手に始めさせてもらう」
 そう言って、望月先輩は拘束椅子の上に覆いかぶさり、きゃんきゃんと吼えるくりちゃんの唇に、その端正な顔を急接近させていきました。
 瞬間、自分は背を向け、目を伏せます。
「ちょ……んぷ……ぷはっ……!」
 舌で悲鳴を捻こまれるが如く、めくるめく濃厚な女子同士の接吻行為が目の前で繰り広げられているというのに、それを「見ない」というこの勇気。根は淫乱なくりちゃんは、さながらゴリラに渡された知恵の輪のように簡単に開かれ、実に淫靡な声を上げ始めましたので、合わせて自分は耳も塞ぎました。
「んっ……はっ……はっ……ぷむ……!」
「ちゅぷ……んぐっ……はむ……はふ……!」
 かなり遠くで聞こえる、とんでもなく卑猥な会話に、自分は渾身の「渇ッ!!!」を叩き精神統一すると、あらゆる邪心を振り払うべく空虚自身と向き合いました。
「どうして見ない!?」
 と望月先輩が怒りに満ちた声を上げ、自分が驚いて目を開いたのはそれから5分後の事で、すっかり愛撫され尽くしたくりちゃんの目は、涙を溜めて呆然と天井を見上げていました。


 望月先輩とくりちゃんの、いわば横綱同士の大取組を見もせず聞きもせず背を向けて念仏を唱えるというのは、思うにとんでもない快挙でした。
 自分は悟りを半開きにして、落ち着きはらった口調で告げます。
「ですから、望月先輩がどうしても自分と勝負がしたいというのなら、こちらの条件も呑んでもらわなければならないと最初から言っているではないですか」
「私は木下とは違う。おもらしなど絶対にしない」
「そういう人が漏らすのが素晴らしいのです。どうして分からないのですか」
「私の事をそういった目で見るな。寒気がする」
「ひょっとして、その寒気は尿意ではありませんか?」
 自分のふざけた方便に、望月先輩はますます怒りを溜めて、鋭さを増した目線で自分を貫きました。ですが、ここで動じてしまうような自分ではありません。望月先輩への同情はあれど、おもらしを拝ませてもらえるのならば是が非でも拝みたい。
「……よし、分かった。いいだろう。1度だけ。1度だけだ。おもらしをしてやる」
 いただきました。
「だが、木下には私の味わった屈辱と同じ屈辱を味合わせてやる」
 純度100%の決定的な台詞でしたが、くりちゃんはまだ自らの首にロープが巻きついている事に気づいてすらいません。完全なる放心状態で、おそらく唇ごと魂も奪われてしまったのでしょう。ああ、そういえばファーストキスかもしれません。
 望月先輩が拘束椅子の高さを下げ(なんという多機能)、くりちゃんのド正面に仁王立ちで構えてからようやく、くりちゃんも今まで以上にただならぬ事情を感じ取ったようでした。
「な、何すんだ! やめろ!」
 語気を強めつつも、先ほどよりもこめる力の明らかに落ちてしまった悲鳴を振り回し、受け入れるという事を知らない拒否一辺倒を繰り返しました。背を向けた望月先輩は凶悪ディルドを外して(望月先輩側はむしろ小さめの径だったのは苦笑いしました)、小脇に抱えました。
「……早くやれ」
 言われなくても。
 自分は、望月先輩の肩に触れました。
 1度では決壊しませんでしたが、どうやら影響は確実に出ているようで、身体を縮こませていました。
「覚悟は出来ましたか?」
 猫なで声で尋ねると、「いいから早くしろ!」と怒られたので、8秒ほど焦らしてから、「あれ、来ないのかな?」と思ったタイミングを見計らって、「黄命」を発動しました。
 間抜けなくりちゃんは、放出が行われる寸前までやめろやめろと訴えていたので、望月先輩を起点とした虹が放物線を描き、くりちゃんの真っ平な大平原に着地した時、僅かに飛び跳ねた液体が口の中に入ってしまったようで、慌てて口を閉じると、とめどない屈辱に顔を歪ませつつ、歯軋りをしながら耐えていました。
 望月先輩の、腰を突き出す立ちション姿と、その尿を全身で受け、怒りと悲しみを究極まで味わうくりちゃんの、実に猥褻な景色を自分は楽しみました。もしも絵画にしたらルーブル美術館でモナリザの隣に設置される事は確実と思われるこの1枚は、その芸術性も去る事ながら凄まじくフェティズムに溢れ、自分の興奮を駆り立てました。
 今はこれを脳裏に焼き付ける事が最重要であり、春木氏の方に気をかける事も出来ませんが、生粋のロリコンといえども、おそらくは相当なダメージを受けているのは確実で、いつ爆発音が起きても驚きはしません。事実、望月先輩の頭上に表示された興奮率は既に90%を超え、あと少しの所に勝利がぶら下がっていました。
 望月先輩の味わっている開放感と、くりちゃんの味わっている屈辱感。2つの味が織り成すハーモニーは絶大で、自分はこのまま爆発しても良いとさえ思えたのです。
 しかしその時、この場で聞いてはならない声が聞こえ、振り向くと、いてはならない人がいたのです。
 とかくこの世は不条理で、幸福は一時の安らぎでしかありません。
 望月先輩、くりちゃん、春木氏と偽くりちゃん、自分。
 そして最後の1人が舞台に現れ、物語は結末へと加速していきました。


「あの……」
 躊躇いを持った、真っ白い声。当然自分には聞き覚えがありましたが、おそらく望月先輩の方が強く覚えているはずです。
「おしっこしてるですか?」
 怪しい敬語に、引っ込み思案を思わせるこの口調。しかしその実、「思い込んだら」の精神から処女を捨てる事を心から願っているビッチで、生粋のおっぱい好きも思わず唸る良い乳の持ち主。
「気持ちよさそうですけど、木下さん少しかわいそうに見えますです」
 救いようの無い貧乳にも気をかけるこの心遣い。
 間違いありません。
「ハル先輩!」
 自分が名を呼ぶと、ハル先輩はうれしそうに駆け寄ってきて、ぎゅっと手を握りました。この凄惨な空間において突如として発生した青春ラブコメ時空に危うく足を取られそうになりましたが、ハル先輩は見事に引き戻してくれました。
「おまんこが元に戻りましたです!」
 字面だけ見れば新手の性病かと思われますが、例の百合の件である事はいちいち聞きたださなくても分かる事であり、それが意味する事は、ハル先輩にとっては1つでした。
「これでセックス出来ますです!」
 やはりビッチ。とことんビッチ。とにかくビッチ。それがハル先輩です。
 初めての性交渉とは、確かに男子高校生にとっては世界平和よりも優先すべき問題ですが、今はその前に解決しなくてはならない問題がいくつかあります。自分は抱きついてきたハル先輩の身体を優しく離し、冷静に質問します。
「ハル先輩、どうしてここに?」
「昼休みの後、望月先輩についていろいろと調べていたら、『ある人』に会いましたです。それから色々と話をしていて、気づいたら夜になっていて、その人がここを教えてくれましたです」
 全体的にふんわりとした話でしたが、1番気になるのは「ある人」という存在です。
「『ある人』とは?」
「確か……『崇拝者』と名乗っていましたです」
 崇拝者。
 ついさっき、望月先輩の記憶を介して知った存在でしたが、能力の強力さ、どうにもならなさは、むしろ実際に出会うよりも身に染みて理解したつもりで、その分、疑問も続けざまにいくらでも湧いてきました。
 HVDOのボスが、何故ハル先輩とコンタクトを取ったのか。そしてここに誘導して何をさせたいのか。ハル先輩の百合が消えた意味と理由は何なのか。初体験をするとしたら自宅よりもラブホの方がいいのか。それとも背伸びして少し高めのホテルを予約すべきか。でもおしっこで部屋を汚したら怒られてしまうのか。
 高速回転する本能に理性が追いつく前に、それらの疑問を吹き飛ばすような一声が天守閣に響きました。
「うわあああああん!!」
 子供のような泣き声を聞いて、最初それはおしっこをかけらて散々に汚されたくりちゃんの物であると判断しかけましたが、それなら頻繁に聞くはずだというのに、声には聞き覚えがありませんでした。不思議に思いつつ振り向くと、膝を畳んでケツ丸出しで女の子座りしながらわんわん泣いていたのは、むしろ立場的には加害者の方でした。
「見られちゃったよう……」
 そこにいたのは、全校生徒の前で華やかに振舞う、茶道部部長としての望月先輩でも、裏で樫原先輩に指示を飛ばし、毅然とした態度で敵に臨むHVDO幹部としての望月先輩でもなく、たった1人の、「少女」としての望月先輩でした。
「1番見られたくない所、1番見られたくない人に見られちゃったよう……!」
 ギャップ萌え。という言葉の意味を、自分は初めて理解しました。

       

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