Neetel Inside ニートノベル
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 後悔もありませんでした。
 瞼を開くと、自分は校庭の真ん中に座っていて、まるで今までにあった何もかもが嘘だったように、目の前には見慣れた校舎があり、しかし嘘ではなかった事を証明するように、壁には大きな穴があき、一部が瓦礫と化していました。三枝艦長の戦艦マジックミラー号は既にそこにはありません。あるいは、見えていないだけかもしれませんが。
 自分は立ち上がり、周囲を見渡しました。まず目に飛び込んできたのは、春木氏の笑顔。それを無視し、全裸で放り出され、グラウンドに寝転がったくりちゃんを見つけ、それも無視し、校舎の割と無傷な部分の教室についた明かりと、その中で意識を取り戻したであろう茶道部の部員達の数多の影を確認し、やはりそれも無視しました。
「どうやら、終わったようだね」
 春木氏は馴れ馴れしく、いつもの調子で声をかけてきました。
 自分は反射的に、再び胸倉を掴んでやるか、あるいはその爽やかな美形に一念の鉄拳を叩き込んでやりたい衝動に駆られましたが、ぐっと堪えて飲み込みました。
 まず、言えた義理ではないのです。苦情、叱咤、嫌味、その他あらゆる文句の矛先は全て、ぐるりと回って自分に返ってくる事が見え透いています。何故なら、望月先輩に尿をぶっかけ挑発し(当初、断じてそのつもりはありませんでしたが客観的に見れば間違いなくそうです)、放尿する流れに誘導したのは他ならぬ自分であり、結局は崇拝者の策略とはいえ、ハル先輩の目の前で渾身の赤っ恥をかかせた場面をきっかけに急展開は始まったのですから、責任問題の追及は、自分の足元に行き着きます。
 無論、望月先輩に三枝生徒会長の尿をぶっかけたのは、自分の持つ人間性と変態性の衝突した地点で生まれた妥協案だったのですが、それが許されるのならば春木氏が望月先輩を言葉責めにした事を「正当防衛」と言い訳した事も許される理屈になります。自分には自分のピスマニアとしての矜持があるように、春木氏には春木氏のロリコンとしての矜持があった。そういう問題です。
 誰も責める事など出来ません。死という逃げを選択した望月先輩も、幼女だけを愛す人生を歩む春木氏も、一糸纏わぬアホ丸出しでひっくり返ってるくりちゃんも、責めるに足る理由を持っていないのです。
 変態。
 詰まる所、全てはこの言葉の中に集約されています。
「1つ、僕から質問がある。五十妻君の気持ちを尋ねておこうか」
 春木氏は手のひらを広げ、そして、
「今、君の敵は誰だい?」
 考えるのではなく、かといって用意していた訳でもなく、自然と自分の口から毀れた名前はこれでした。
「崇拝者です」


 春木氏は瞬きを2つして、それから自分の目を覗き込むと、何かを納得したらしく宣言しました。
「僕は君の仲間になったつもりはない。だけど、敵の敵は味方と言うし、またいつか今日みたいに協力する日が来るかもしれないね。それも、近い内に」
「今日の事は協力とは呼べません」
「いや、協力で合っているよ。ただ、崇拝者の方が1枚上手だっただけさ」
 同意はしかねましたが、言っても通じなさそうだと感じ、自分が引きました。
「崇拝者を倒すには、何が必要だと思う?」
 1つ、という質問の縛りを軽く飛び越えているのに気づかない自分ではありませんでしたが、頭を整理する為にも、それに春木氏のこのにやけ具合からして、まだ自分の知らない情報を握っているのは明らかだったので、あえて答える事にしました。
「まず、崇拝者を倒すまで初体験は出来ないでしょう。望月先輩の敗因はやはりここです。思考、未来、全てを読まれる非童貞非処女では太刀打ちできない。となれば、童貞はなんとしてでも守らなければなりません」
 苦渋の決断ですが、意思は少しも揺るぎません。崇拝者を倒した後、腹上死する勢いでやりまくる事を目標にすれば、兜の緒も固く締まるという物です。
 春木氏は一旦頷き、次に首を捻りました。
「だけど、それは弱みでもあるんじゃないかな? 君が何が何でも童貞を失わないとなると、望月ソフィアのとった処女を人質にして崇拝者を誘き出す作戦は使えない事になる。もちろん、これは失敗した作戦だから利用価値は無いかもしれないが、崇拝者は徹底的に自分の事を隠しているのだから、通常の手段では会う事さえ困難だ」
 もっともな意見です。が、これには対案があります。
「望月先輩のHVDO幹部としての役割は『実働部隊』でした。危険な性癖を持つHVDO能力者が現れた時、成長する前に叩いて芽を摘む係です。望月先輩が仕事を果たせないとなれば、崇拝者は代わりの幹部を見つけるか、あるいは自分で動くしかなくなるはずですし、処女厨の弱点は処女の不可逆性にあり、有力な処女を一定数確保するにはこの実働部隊の存在は必要不可欠です」
「つまり、組織に属するHVDO能力者を片っ端から倒し、崇拝者自身が動かざるを得ない状況を作る。その上で危険な性癖を持つ能力者を崇拝者よりも先に見つけ、接触を持つ。と、そういう事かい?」
「はい」
 どの道、崇拝者と対等にやりあうにはまだまだ新しい能力が必要です。世界改変態も視野に入れると、自分はやはり戦い続けなければなりません。
「単純だけど、それしかないね」
 と、春木氏はますます糞爽やかに微笑みました。
 その視線が、頬を掠めて通り越し、背後にいる何かを見ていた事に気づいた後、釣られて自分が振り向くと、そこに立っていたのは珍しく服を着た三枝生徒会長でした。


「ご苦労様、五十妻君」
 何と答えていいやら分からずへどもどしていると、三枝生徒会長は構わず続けました。
「あなたの選択が正しいのか間違っていたのかは、私には分からない」
「自分にだって、そんな事は分かりません」
「でも、後悔は無いのよね?」
「はい。ありません」
 三枝生徒会長は思わず触れたくなるような優しい顔をして自分を見つめ、言いました。
「望月ソフィアは無事に保護されたわ」
 命か、処女か。
 土壇場で突きつけられた究極の選択において、自分は前者を選びました。
 確かに、自分にとっての望月先輩は、敵か味方かで言えば敵でした。崇拝者の「望月ソフィアは自らの意思でこの選択をした」という言葉も、人間的とは言えませんが一理あります。この意思表示を一時の同情によって無視する権利など自分は持っていませんし、また、ハル先輩の処女を崇拝者に捧げるという事は、ハル先輩に対するこの上ない裏切りになります。
 それでも、自分は望月先輩に感謝をしたかったのです。
 記憶に触れて見ることが出来た、めくるめく百合の世界は筆舌に尽くしがたい程にに素晴らしく、同時に望月先輩のHVDO能力者としての、いえ、変態としての才能を強く感じさせられました。例え性癖を喪失したとしても、命さえあれば、再び望月先輩と誰かのまぐわいを見られる可能性は残されます。
 その点、ハル先輩はビッチです。自分はハル先輩の実直で、一途で、そして自由なその性格に惚れていました。でなければ1ヶ月も共に生活したりはしません。しかしそれでもハル先輩は、自分をただの性対象、歯に衣着せぬ言い方をすれば、「チンポ」としてしか見ていなかったようです。思い返せばきっかけは等々力氏のクラス内での変態発言で、自分はただ幸運に恵まれただけの立場にあります。
 ハル先輩の処女が惜しくないはずはありません。ですが、天秤は釣り合う事なく、迷いもせずに片方に傾いたのです。
 何より、望月先輩の美しいおもらし姿が見られないとなれば、それは世界にとって多大なる損失に他なりません。今更ですが、出会った時から既に、五十妻ハーレム計画には望月先輩の名が刻まれてあったのです。今、その名を失う事は耐え難い苦難です。
「それと、蕪野ハルも既に崇拝者を受け入れたそうよ」
 とは、もちろん三枝生徒会長の言葉。安心すると同時に、新たな不安が訪れました。
「……何故、三枝生徒会長がそれを?」
 望月先輩が保護された。という情報を知っているのは、まあ分かります。
 ですが、崇拝者のHVDO能力によって奪われたハル先輩の意思など、一体どうやったら知り得るのでしょう。これは情報収集能力の限界を超えています。
 考えられる可能性は、1つ。
「三枝さん、そろそろ言いなよ。五十妻君がかわいそうだ」
 春木氏の言葉は、更に自分の鼓動を早めます。
「ええ、そうね」
 三枝生徒会長は自分に向かって1歩進み、そしてまた1歩、1歩、1歩、と近づいてきて、やがてキスも避けられない距離まで詰めてきました。
「五十妻君、いえ、ご主人様」
「……何ですか?」
「今日限りで、ご主人様の奴隷をやめさせていただきます」
「……どうして?」
「私は、HVDOの幹部になりました」
 その台詞は、三枝生徒会長が望月先輩を倒さなければならなかった本当の理由を示し、同時に自分の新たな敵を知らせ、そしてとてつもなく大切な物を失ってしまった事を実感させる真髄の一撃でした。

       

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