Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 お嬢様のご命令とあれば、俺はひもQでバンジージャンプする。
 お嬢様のご命令とあれば、俺は飢えたライオンとオクラホマミキサーを踊る。
 お嬢様のご命令とあれば、試用期間1年と平気で書かれたブラック企業にも身を投じる。信濃町で日蓮正宗の布教に努めてもいい。国会議事堂の前で増税反対の焼身自殺もして見せる。竹島も1人で奪還してくるだろう。俺を育ててくれた三枝家への恩返しはこの程度では果たされないと、俺は思っている。
 しかし、「変態になれ」というご命令に、俺は即答する事が出来なかった。
 HVDOという謎だらけの組織は、三枝家の情報網をもってしてもなかなかに捉えがたい存在らしく、目的はもちろん、どのようにして人に能力を与えているか、一体誰が組織をまとめているのかも全くの不明らしい。お嬢様は、インターネットで他人の調教記録を閲覧していた時に、突如パソコンをハッキングされたそうだが、果たしてそれが技術によるものだったのか、それとも何者かの能力だったのかも分からないという。
 とにかく、お嬢様との久々の会話の中で俺が理解したのは、HVDOは「変態」を探しだし、能力を与え、そして変態同士は性癖バトルをして勝つ事によって「新しい能力」を得られるという事だ。
 ここで最も重要なのは、お嬢様が露出狂として、「新しい能力」を欲しているという事。
 もしも宇宙船が欲しければNASAを小突いてジャンプさせてカツアゲすればいいだけだが、性的超能力が欲しいとなれば、HVDOの正体を暴き、交渉か制圧によって掌握するか、あるいはその馬鹿げたルールに従うしかない。そして前者が不可能となれば後者。
 要約すると、お嬢様は俺にこう求めているのだ。
『変態になり、能力を得て、私にそれをよこしなさい』
 お嬢様に、俺の何かを与えられる事は至上の喜びと言える。俺は喫煙もしないし酒も飲まない。いつかどうしてもお嬢様が俺の臓器を必要となされた時、ドス黒く染まった汚らしい物は渡せないからだ。
 1つ、問題がある。
 それは、俺に「変態」の素質はないという事だ。
 人間の雄であるからして、人間の雌の裸を見れば当然ある程度の興奮はする。それは大脳辺縁系に深く深く刻み付けられた本能であるのだから、否定も出来ないし恥ずかしがる事もない。しかしお嬢様の仰っている「変態」、言い換えればHVDOが対象としている「変態」というのは、一般的な性的対象ではなく、もっと奇妙な、言い方を選ばなければ狂気じみた対象に対して、尋常ならざる執着を見せる人間の事を言っている。
 何の因果かお嬢様の学校には変態が多いらしく、究極のロリコン男である春木虎、ふたなり大好き娘音羽白乃、おっぱい偏執狂等々力新、そして柚之原を単独で撃破し、知らずに俺を助けた尿マニアの五十妻元樹と、実にバラエティーにとんだ輩が異常と考えるべき密度で集まっている。
 俺には、彼らのような「これだけは譲れない」という物がないのだ。
 確かに俺は、女の子のおっぱいが好きだ。お尻も好きだ。脚も好きだ。首筋も好きだ。匂いも好きだ。声も好きだ。……こう並べてみると、逆に俺の方が変態みたいだが、つまり何でもいいという事であり、上記のいずれか1つに特化した人間には情熱という点において到底敵わない。
 俺は申し訳がない気持ちで一杯になりつつもその旨を伝えると、お嬢様はこう仰られた。
「構わないわ。これはあなたみたいな『普通の人』をどうしたら変態に目覚めさせられるかの実験も兼ねているから」
 と、俺の運命は決定付けられたのである。


 変態になる為の訓練。
 という物が存在するのかどうかは分からないが、もしも存在するのだとしたら、それからの一週間で俺が受けた物がおそらくそうと言える。
 俺はようやく地下から開放され、日常生活を取り戻したが、お嬢様の支配はむしろ強まった形となった。執事としての仕事をこなし、一刻も早く周囲の信用を取り戻そうと張りきる所をちょうど捕獲され、お嬢様は自室に俺を拉致した。
 初日。
 まずは質問攻めから訓練はスタートした。性に目覚めたきっかけは何か。性的経験をどこまでした事があるか。異性のどんな所に強く興味を惹かれるか。いやらしい夢を見た事があるか。それはどんな夢だったか。夢精はした事があるか。どの程度の頻度でマスターベーションをしているか。また、その際には何を使うか。質問の総数は500を越え、その全てが性的な物だった。
 問題なのは、これらの質問を誰あろうお嬢様ご自身が俺にしてきたという事だ。冬休みを利用し、丸一日、付きっきりで、エロ質問とエロ回答をひたすらに繰り返したのである。お嬢様の口から卑猥な単語が飛び出す度、俺の愚かなる部位は微妙に反応し、立ち上がって存在を主張した。お嬢様も当然それには気づいているようだったが、あえて何も言われなかったのはまさしく恐怖といえる。好きとか嫌いとか、主従関係には必要ない物だと心得ているが、「……週に3、4回ほどです。主に漫画とか、画像とか、DVDを使います」とか正直に答える度に、自尊心が焼きたてクッキーのようにぼろぼろ崩れ落ちていくのをはっきりと感じた。
 男の羞恥など何の価値も無い事は重々承知ではあるが、とりあえず大声で言わせてほしい。
 恥ずかしすぎる!
 2日目。
 この日は、初日にした質問を元に、曖昧だった部分を確かめてみようという話だった。それはまあ、納得出来る。初日、確かに俺はいくつかの質問に対して「分からない」や「そうと言われればそうだと思う」といった曖昧な返事をしていたので、その辺の事をきちんと確認しなければならないのは、道理として分かる。しかし用いられた方法に関しては、甚だ納得のいくものではなかった。
「……納得できません」
 どうやらそれは俺だけではなかったらしい。「服を脱いで下着姿になりなさい」とお嬢様に命令された柚之原は、毅然とした態度で答えた。
「柚之原が私の命令に逆らうなんて、珍しい事もあったものね」
 微笑みながらそう言うお嬢様の横顔が、俺には一瞬だけ悪魔というか淫魔に見えた。サキュバスは涼しげに続ける。
「仕方がないじゃない。私が脱ぐのは別に構わないけど、どうやら友貴は私に『特別な感情』を持っているようだし、それだと正確なデータがとれない。例えばお尻を出しても、私に対して興奮しているのか、お尻に対して興奮しているのかが分からないでしょう」
「……それは、私も同じ事ではないですか」
 確かに、柚之原は俺を丸々1ヶ月の間幽閉し、「放置」という極上の拷問を施したいわば敵である。お嬢様に対する感情とは別でも、それも「特別な感情」と分類できなくもない。
「でも、柚之原がそうしたのは、罪を罰する為だというのを友貴は知っている。恨みはしてないんじゃない? そうよね?」
 俺は2人の顔色を伺いつつも、ゆっくりと頷いた。繰り返しになるが、俺のした事はそう簡単に許される物ではない。HVDO関係の事以外では、やはり柚之原は従順で優秀なメイドであるし、お嬢様に対する忠誠は、言葉にせずともひしひしと伝わってくる。正義のない怒りが意味を持たない事を俺は例の1ヶ月の間に悟っていた。
「柚之原、返事は?」
「……はい」
 結局の所、お嬢様の決定を覆す事など、出来る訳がないのだ。


 好きでもない男の前で、1枚1枚服を脱いでいく気分というのは一体どのような物なのだろうか。しかもその男を変態にする為に。男の興奮するポイントを調べるという性的にも歪んだ目的の為に、である。俺にはまるで想像もつかない。
 こんな時でも柚之原は、眉一つ動かさず、鋼鉄の仮面を被ったままで、一定の速度を保ち、服を脱ぐという作業を進めた。1度は命令を拒否した事から考えると、内心ははらわたの煮えくり返るような思いなのかもしれないが、それを表面にはおくびも出さない。というより、くやしがったり恥ずかしがったりする事によって、それを見た俺が愉しむのが許せないのかもしれない。とにかく柚之原は至って静かに、学校の制服より着慣れているであろうメイド服を脱ぎ終えた。
「これでよろしいでしょうか?」
 下着姿になった柚之原の姿を、お嬢様と眺める。
 まず最初に目に飛び込んできたのは、傷だった。
 柚之原の性癖が「拷問」である事は既に知っていたが、まさか自分の肉体さえもその対象であるとは、正直思ってもみなかった。どうやら柚之原の性癖は、単純に、人を傷つけるのが好きというだけではないらしい。「拷問」という行為その物に対するこだわり。変態には変態の美学があるのだろう。まだらの痣と、塞がったばかりの切り傷は、「変態とは……」と言葉より強く俺に教えてくれた。
 柚之原は、上下薄い水色の飾り気のない下着を着ていた。名状しがたい先入観から、てっきり黒一色だと思いこんでいた俺は、そのあどけないとも言うべき柚之原のセンスと普段のイメージとのギャップに衝撃を覚える。
 しかしあどけないといっても、それはあくまで下着の選択であり、その下にある肉体は十分に大人だった。
 同僚兼幼馴染み兼同じ人物に忠誠を誓う者同士として、柚之原の身体をそういった目で見る事は非常に辛く、気まずい事なのだが、悲しいかな俺の息子は正直で、そして柚之原は美しかった。
 見慣れない柚之原の素肌は、その顔や手と同じく新雪のように真っ白で、どこかに色素を置き忘れてきたのではないかと心配になるほどに薄かった。それ故に、傷が目立つ。
 同年代の女子の生下着姿など、そう多く見た事はないので断定は出来ないが、おそらく柚之原はかなりの痩せ型であるように思われた。両手の指を腰のあたりで組んで立っているが、腹筋の上にはあばら骨が浮いて見えた。鎖骨もはっきりと存在を主張しているし、恥骨のでっぱりも簡単に確認出来る。だからこそ、乳児なら万歳三唱レベルの胸の大きさがより際立ち、股の間からほんの少し覗く尻肉のボリュームに、なんだかよく分からないお得感を覚えた。


「その目、やめて」
 柚之原の台詞が俺に向けられている物だと気づくまでに、少しの時間がかかった。
「い、いや、俺は……」
 と何か言い訳をしたかったが、柚之原の肢体に俺が欲情していたのは揺るがせない事実だし、それを否定するのは今更天動説を唱えるようなものだった。何も言えず、目も逸らせずにいう俺に向けて、お嬢様は冷静に尋ねる。
「柚之原が服を脱いだ時、まずどこが目に入ったのか教えてくれる?」
 俺は少し迷ったが、正直に答える。
「……傷です」
「そう。私も同じよ」
 答えた後、何かを思うお嬢様の横顔を見て、俺はほんの一さじの安心感を覚えたが、次の質問がそれを見事に吹き飛ばした。
「興奮した?」
 俺はすぐ様否定をした。愚息とも意見は一致している。傷を見て、興奮する。確かにそれも変態の一種と言えなくないが、俺にその気はないらしい。
 なおも追撃は続く。
「そう。じゃあ次に気になったのはどの部分?」
 俺はこれにも正直に答える。
「……胸です」
 柚之原が、駐車場で干上がったミミズを見るような視線で俺を見る。精神の弱い人物ならこの時点で即死だが、なおもお嬢様からの厳しい質問は続く。
「胸を見て、どう思った?」
「……大きいな……と」
「それだけ?」
「……良いな……とも、思いました」
「どうしたいと思ったの?」
「えっ?」
「具体的に、柚之原の胸を見てどうしたいと思ったのか訊いてるのよ」
「……あの、揉んでみたいな、と……」
 何なんだこの状況は!
 俺は思わず叫びそうになった。
 メイドの下着姿を鑑賞しながら、お嬢様にその感想を求められ、それにひたすら答える。文章にしても全くの意味不明であり、マヤの遺跡からこんな文章の書かれた石碑が見つかったら、学会は休みにして教授みんなでハワイでバカンスするしかない。
「とりあえず、誰でもおっぱいは揉みたい物なのね」
 俺は嘘をついていた。実は生で見たい。とも、吸いつきたいとも思っていた。これは男の最後のプライドとして口にする事は無かったが、人類の半数の同意は確実に得られると思う。
「ふーん……それなら、柚之原か私のを試しに揉んでみる?」
「瑞樹様」
 お嬢様のまさかの提案に対し、1Fの間も置かずに待ったが入った。

       

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