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HVDO〜変態少女開発機構〜
第四部 第三話「影が像を暴露する 三」

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 美少女のおもらし。
 この甘美で淫靡な響きに、自分はこれまで幾度となく魅了され、間違った道を正しい足で歩き、多くの真理をそこに見つけてきたと自負しているのですが、最初の1歩目から同行していただいた方々には、多大なる感謝をすると共に、果たして自分の2分の1、いや、4分の1ほどの理解が現状得られているのだろうかという疑念も向けざるを得ないのですが、それでも尿はさながら誘い水のように機能し、抗う事など馬鹿らしくなるくらいに甘ったるい匂いを撒き散らし、そして必ず自分に幸福を与えてくれました。
 この性癖に関して、まるで理解できないといった声を聞く事は少なくありませんが、逆説的に、自分からすれば、何故美少女のおもらしにそそられないのか、とまったくもって理解不能な、まるでトマトを赤くないと言い張るような狂人のように思えて仕方がないのです。
 元来、用を足す行為は1人きりで、隔離され、そして秘密を伴わなければなりません。それを公の場で、しかも他人に迷惑をかけながら「意図せず」行わなければならないそのアノマリィ。神聖な儀式のようにも、とびっきり下衆な醜態のようにも捉えられる放尿という行為をこよなく愛する純粋さは、21世紀をとっくに超えても未だ市民権を得る事なく、自分のような人間は相変わらず「変態」という誇り高き烙印を押されて地下でくすぶっていたのです。
 HVDOは、そんな自分に力を与えてくれました。
 本来ならば、金銭という暴力的な背景を持つか、何でも言う事を聞いてくれる道具のような伴侶を持つ事でしか達成される事のなかった変態プレイを、ただ自分の内から発せられる力をもって相手の同意なしに実行し、しかもそれは限りなく自分の希望を叶えた、いわば理想の状態で実現する事を可能にするという、サンタの弱みを握るくらいでしか手に入らないであろうこの能力は、なんと無償で手に入れる事が出来たのです。
 同時に、他の各種変態にも同様の異能をHVDOは与えましたが、それに関して自分は、驚くほど憤りを感じていません。むしろ、様々なHVDO能力者がこの世に存在し、各々が自分の性癖が至高だと堅く信じ、自由に楽しんでいる状態は、おもらしこそが真の、最高の、究極のエロスであるという主張をするのにまさしくうってつけとも言え、それに、自分だけが特別扱いではなかった事は、自分におもらし界の未来を背負って立ち上がる勇気を与えてくれるのです。
 しかし、ああ、世界はなんと数奇で残酷な困難を、しれっと自分に与えてくれるのでしょうか。生まれた時には既に手中に勝利を収めていたような人物を、あろう事か退廃的「露出」の性癖に目覚めさせ、そしてHVDO能力者に昇華させてしまった巡り合わせ。そんな人物が自分をご主人様として慕う事。HVDOの幹部になった事。そして、自分と敵対する事。
 この運命としか例えようのない回転は次第に速度を増し、多くの物を巻き込みながら、先へと進んでいきます。自分はこれから、それに立ち向かわなければなりません。
 三枝生徒会長は言いました。
「私は、HVDOの幹部になりました」
 そしてこう続けたのです。
「崇拝者を倒すというのなら、まずはこの私を倒しなさない」


 第四部 第三話「影が像を暴露する 三」


 望月先輩がHVDOを裏切り、崇拝者を討とうと画策した夜、自分はその影響で大切な人を2人失いました。その内の1人はもちろん三枝生徒会長であり、いつかは自分専用のシンクタンク兼おしっこタンクとして、露出おもらしプレイを共に楽しもうと内心で計画していた矢先、望月先輩の代わりにHVDO幹部となり、自分をご主人様と呼ばなくなってしまいました。自分は彼女に対して、その淫乱さと豪快さからくる根元恐怖を抱いていた時期も確かにあったのですが、しかし実際に何度か施してきた調教の成果によってか、少しずつ彼女を理解し、「ああ、この淫売は性奴隷として便器のような扱いを受ける事を心の底から求めているのだな」と気づくと、その存在はかえがえのない物となり、もたもたしている内にその支配権を失ってしまった事に気づかされると、四肢を引き裂かれるような、半狂乱の気持ちになりました。
 そしてもう1人は、自分に処女をくれると約束してくれたハル先輩です。望月先輩を助ける為、などと綺麗事を言うつもりは毛頭ありませんが、しかし事実として、自分は望月先輩を死から救う為に、崇拝者にハル先輩の処女を渡してしまい、しかもハル先輩は三枝生徒会長をも軽く凌駕する渾身のビッチですので、別に初体験の相手として自分にこだわっている訳ではなく、崇拝者が相手となっても、何の躊躇いもなく股を開いたようです。
 つまり、自分が、童貞を捨てるならばこの人だ、と確信したほどのハル先輩の処女は見ず知らずの男の手に渡ってしまい、自分が味わう事は金輪際なくなってしまいました。無論、非処女相手に筆下ろしをしてもらうというシチュエーションもまた、自分は別段嫌いという訳ではないのですが、いずれにせよ自分は、ハル先輩との約束を裏切ってしまった事に変わりは無く、しかも崇拝者の能力を考えると、ここで童貞を失う訳にはいかなくなったのです。
 崇拝者。
 自分はこの男を、何としても倒さなければなりません。それは失ってしまった大事な人達の復讐の為でもありますが、同時に、安心して美少女におもらしをさせられる世界の実現の為でもあります。ハル先輩、望月先輩のような被害者をこれ以上出さない為にも、崇拝者をHVDO能力か、あるいは物理的な手段をもって再起不能にする事は必須です。
 あの夜以来、自分はほとんど毎晩同じ夢を見ています。夢の中で、自分は美少女のおしっこマーケットを掌握する大富豪で、トイレの無い自宅には「絶対に漏らさない」と意気込むメイド達で構成されたハーレムが用意され、セクハラ三昧の毎日を送りつつ、幸福に暮らしていました。そこに突如として現れた男は、顔こそぼやけていましたが、声は聞いたことのある声で、男は奴隷達を次々に犯し、自分は成す術なくそれを見て勃起するという最悪の淫夢です。
 オカルト板の夢占い師にわざわざ依頼しなくとも、この夢が一体何を示しているかは分かり易すぎます。男は間違いなく崇拝者であり、そして自分は崇拝者を恐れている。これを解決するには崇拝者を倒すか、あるいはNTR(いわゆる寝取られ。占有欲が極まりすぎて逆にM志向に入ってしまったパターンがこれだと自分は思うのですが、どうでしょう)に自ら目覚めるしか方法がありません。
 清陽高校の校舎の一部が破壊された事件は原因不明のガス爆発として処理され、それを口実として、翠郷高校との合併話は加速し、正式な合併はまだですが、あの夜の翌週から、清陽高校の全生徒、つまり自分やくりちゃんは、翠郷高校の校舎に通う事になりました。あの夜以来、一切の連絡をとっていませんが、しかしこのスピード合併の話の裏に、三枝生徒会長が存在する事は疑いようのない事実であり、また同じ学校に通える事に、様々な因果を置いても、やはり嬉しさを隠せない自分がいるのもまた事実なのでした。


「オラ、起きろ」
 何度目の説明になるかすら覚えていませんが、自分の寝起きの悪さは異常です。くりちゃんの暴力によってしか起きる事の出来ない呪いと言っても過言ではない、それはもう深い深い眠りで、例のくだらない悪夢を見ていたとしてもその深度は大して変わらず、正確に機能し続け、自分を簡単には目覚めさせないのでした。この性質せいで、自分の愚息は何度か肉体からの離脱という危機に晒されており、いい加減治さないとそのうちブチキレたくりちゃんが独断でぽろっと千切ってしまいそうで恐ろしいのですが、いかんせん手術や投薬で治癒する物でもないらしく、口を金玉にしてしょぼんと諦めるしかないのが現状です。
 首周りに感じる握力に、「お、今日は首締めか。死なない程度に頼みますよ!」と鬱血した脳内でほざきつつ、自分は爽やか過ぎて昇天しそうな朝を迎えました。ベッドの上、仰向けの自分の身体に跨る重量。
「とっとと起きろ。遅刻するぞ」
 更に強くなる圧迫に、自分はゆっくりと目を開きます。
 目の前にいたのは、くりちゃんではなく、思いもよらない人物でした。
「今日から翠郷に通うんだろ? 道順はちゃんと確認してんのか?」
「な、な、な、何でここにあなたが?」
「いちゃ悪いのか? 当たり前の事だと思うが」
 もうとっくに目覚めているというのに、一向に首にかかった指は弱まる気配を見せず、朝一生命危機はなかなか去ってくれません。自分は首の動く範囲内で部屋を見渡し、尋ねます。
「く、くりちゃんは?」
「もう随分と前に行ったよ。あたしが起こしておくって言ったからな」
 その女性は、赤のタンクトップにローライズジーンズがやけに似合うワイルド系で、茶髪の長い髪を後ろで1本に結い、いわゆるポニーテールにしているのですが、男に媚びる気配は一切なく、30越えという歳の癖に世界中を落ち着きなく飛び回り、その割に趣味はガーデニングと言い張る無謀さを持った豪傑でした。
「い、いつ日本に帰ってきていたのですか?」
「昨日。もちろん仕事でな」
 この女性の職業は、警視庁所属の国際捜査官。ICPOというと、ルパンに登場する銭形警部でお馴染みですが、「あなたの心です」といった名言を作るだけではなく、各国警察との連絡を取り合い、連携して国際犯罪者を追いかける真面目な仕事をしている歴とした機関です。
 ようやく解放された自分は、差し出された制服を受け取ります。学校は変わりましたが、とりあえず制服は以前のままです。
 何故か部屋から一向に出ていかない視線にびくびくしつつ、制服の袖を通し、自分は着替えを終えました。
「ちょっと見ない間に大きくなったな!」
 親戚のおばちゃんのような事を言っていますが、親戚のおばちゃんではありません。親等はもっと近い位置にあります。
「くりちゃんとはもう付き合ってるのか? ん~?」
 とびっきり下世話な顔で投げかけられた下世話な質問に、自分は頑なに無視を決めてみましたが、無言で銃を取り出したので「まだです!」と答えざるを得ませんでした。
「早く物にしちゃいなさいよ。あんなにかわいい子、滅多にいないんだから」
 大きなお世話、と言いたかったのですが、その返しには警告なしの発砲が五十妻家では許可されています。無論、ルールを決めたのは他でもないこの人。
「あ、そういえば、久々に母ちゃんに会えた喜びの言葉がまだだったよな?」
 とにんまりして言うこの女性は、名を五十妻鈴音(いそづま すずね)と言い、自分と血の繋がった実の母です。

     

 朝、母親に起こされる。という一般的なイベントを、自分は今まで余りにも経験してこなさすぎて、今朝の事は並々ならぬ衝撃を自分に与え、やはり多少暴力的とはいえ、おしっこの味を良く知っている幼馴染に起こしてもらうという事は、無い姉ねだり(姉のいない者が姉のいる者をうらやましがるのに対し、姉のいる者は期待している事なんか無いと反論する一方、下心を抜きにしてもやはり年頃の女子が1つ屋根の下にいる生活の価値は計り知れないという論拠を元にした僻み)にも似た、月並みな表現ですが、失って気づく幸福であるのだろう、と再確認しました。
 かくして自分は目覚め、焼きたてのパンを口にねじ込まれて、紙パック牛乳を持たされて家を出たのですが、翠郷高校への道順は、くりちゃんが知っているからわざわざ調べる必要はないだろうと高を括っていた事が災いし、本来電車と徒歩で30分ほどの道のりを、乗り過ごしたり駅の出口を間違えたりで1時間を軽くオーバーし、完全に遅刻確定でした。
 しかしくりちゃんも酷い人です。母親がいたからといって、幼馴染を平気で見捨てて先に学校に行ってしまうとは、これはまた性的な罰則を与える必要性があるように思われ、新しく同学年となる方々にもくりちゃんの放尿ショーをお見せしてさしあげたいので、ロングランやむなし、と思われました。
 一時は望月先輩に捕らえられ、処女喪失の窮地に陥ったくりちゃんでしたが、そこを助ける形となった自分に対しては、あれ以来これっぽっちの感謝も見せず、また例の被害者面をしながらのうのうと暮らしています。望月先輩のおかげもあって、学校内での一定の地位は取り戻したようですが、この調子だとまた似たような事が起きる事は必定この上なく、また、そのような事態に陥っても今度こそ助け船を出さないぞ、という気構えも、自分は用意しているのです。
 望月先輩は、あれ以降会っていませんが、再び自殺を試みたという話も聞かず、三枝生徒会長が保護したか、あるいはハル先輩と会って、気を持ち直したのか、とにかく無事ではあるようなので、後は時間が彼女の心の傷を癒すか、ハル先輩に代わる新しい恋人を見つける事を心から祈っておきましょう。
 望月先輩の計略に巻き込まれた100人の生徒達も、操られていた時の記憶は無いようで、三枝生徒会長もといHVDOによるもみ消しもあってか、大きな事件には発展していませんし、その日起こった表向きのガス爆発事故との関連性も証明されていないので、HVDOの存在は未だ公にはならず、HVDO能力者同士の戦いも、自分の知らぬどこかでは行われているのではないでしょうか。
 熱々の鉄板の上に置かれた氷細工のような日常は、不思議と溶ける事はなく、今日も目の前に存在しました。自分はそれを、退屈にも思いましたが、しかしこれがあってこそ、「おもらし」という非日常が輝くのだなとも思い、愛しくもあったのです。


 なんだかんだあって(道中、近くの公園のトイレを偵察しておいたり、コンビニにきちんとパンツの替えがあるかを確認したり)1時間半の遅れで到着した学校は、既に授業が始まっているのか、当然今更登校する生徒も自分以外におらず、なんとも静かでした。
 あ、いや、そういえば、かすかに残った記憶によると、仮合併初日である今日は、全校オリエンテーションが体育館で行われるので、くれぐれも遅れたり欠席しないように、と全員出席が義務づけられていたのをたった今思い出しました。手遅れとはまさにこの事です。
 過ぎてしまった事と、満タンまで貯まってしまった膀胱は、もうどうしようもありません。とにかく出来る限り急いで体育館に向かうとしましょう。と、早足で校門に飛び込み、見慣れない校舎を眺めながら5、6メートル歩くと、
「おい、そこのお前!」
 呼び止められました。
「その制服、清陽高校の生徒だな? 初日から遅刻とは良い度胸じゃないか」
 野太い声に、ねちっとした口調。聞き覚えはないですが、言っている内容からして、これはおそらくですが、男性体育教師あたりではないでしょうか。遅刻してきた生徒を見張って叱る為に、校門近くで待機していた、と見るのが妥当でしょう。
 幸いまだ顔は見られてないと思われるので、このままダッシュで逃げるという選択もありですが、しかしこの校舎の構造をよく知らない自分が、しかも推定体育教師から逃げきる事は難しいように思えます。とはいえ朝からいきなり、しかも男の先生に怒られるのは精神衛生上よろしくなく、美人女教師にチェンジで、という注文もおそらく聞いてくれなさそうです。さて、どうしたものか、と迷っている間にも、背後の男教師は続けます。
「おっと、逃げようとしたって無駄だぞ。体育館内で既に出席はとってあるからな、お前が誰だかはすぐに分かる。今日のオリエンテーションは必ず全員出席と通達があったはずだ。覚悟はできてるんだろうな?」
 ああ、もう面倒くせえや、という投げやりな気分になり、自分は思い切って後ろを振り向きました。たかだか内申点の1つや2つ下がった所で、どうってことはありません。どうせ自分はハーレムを築くのです。
 しかし目の前にあったのは、成績がどうとか怒られるのが嫌だとか、そういったレベルを遥かに越えた、超常現象、言い換えれば、HVDO現象でした。
 色黒で、がっしりした体つきの、予想通り想像通りのいかにもな体育教師。人の事をいえた義理ではありませんが、顔面の造形も粗く、神様は適当に鼻くそほじりながらこの人を作ったのだろうな、と思わしき、一言で表せば「雑」な人物。
 そんなどうでもいい男の股間には、いわゆる「いちもつ」がだらりとぶら下がり、そして極自然に、一糸纏わぬ姿で自分の前に立っていました。


 勃ってはいませんでした。が、もちろんそういう問題ではありません。
 一瞬、自分は生命の危機を感じ、その危機感が正確には尻の穴に対する物だと認識し、にわかに戦慄はより酷いものとなりましたが、しかし待てよ、この男教師はもしかすると、HVDO能力者である可能性が高く、ならば朝っぱらから全裸なのは納得がいく。となると、必然的にこれから起こるであろう性癖バトルに備えなければ、と思考は高速回転し、自分は周囲に美少女の姿を求めました。
「何をきょろきょろしてる。お前だお前」
 男は相変わらず、高圧的な口調で自分を見上げています。背丈こそ自分に若干の利がありますが、この筋肉の付き方からして、物理的には勝てそうもありません。いや、そもそもそんな低次元の勝負を仕掛けてくるはずもありませんが。
「HVDO能力者の方と見てもよろしいですか?」
 自分は確認の意で尋ねると、男教師はきょとんとした顔で「あ? 何だそれは?」と聞き返してきました。
 あれ?
 自分は投げかけられた疑問符をそのまま返し、男教師はますます首を傾げ、疑問符ラリーが始まりました。
「えっと、HVDOをご存じないんですか?」
「聞いた事もない。なんだそれは?」
 ははぁ、これはハル先輩のパターンだな、と自分は読み、
「最近何らかの超能力者と接触した覚えはありますか?」
「超能力者だと? そんなものがいるはずないだろうが」
 自分はなんとも言えない、くしゃっとした表情になり、
「では、基礎的な質問で申し訳ないのですが、どうして全裸なんですか?」
「当たり前だろう。全裸はこの学校の『校則』だぞ。お前は馬鹿か?」
 と、もっとも屈辱的な、絶対こっちが正しいのに馬鹿にされるという、綺麗にラッピングされた「負けた気分」を進呈する質問が飛び出してきたので、その股間でぶらぶらしてるフリーターを蹴っとばしたろかい、とよほど思いました。
「……では、最後の質問です。全裸が校則だと言うのならば、どうして自分は服を着ていていいのですか? 先生は遅刻の事に対して怒っているだけで、服を着ている事に対しては怒っていませんよね?」
 それは、今手にいれたばかりのおかしな論理を逆手にとった、言わば理力の一撃でした。男教師は、口をぽかんと開けて、これこそ馬鹿みたいな表情になり、首を俯くように傾げて、「うーむ」と唸り始めました。
 なんだ、この人はただの、純粋な意味での「変態」か。白昼堂々学校内で全裸になって、禁断の興奮を得るタイプの、逮捕直前の犯罪者か。と、自分は大いに納得し、男教師が困っている隙に、そそくさとその場を後にしました。
 そして体育館へと直で移動し、綺麗に並んだ生徒の群れを見て、考えを改めさせられました。
 粗チン男教師の言っていた事はどうやら正しい。全裸は校則、でしたか、この光景は、まさしくそうでなくては実現しえない状況でした。

     

 翠郷高校は、有名大学への進学校であると同時に、スポーツにも手を抜かない文武両道を推奨する立派な校風を誇り、体育館は一般的な学校の倍ほどもあり、また、それに伴って設備も充実し、ステージは劇団四季がライオンキングを演じられるほどに広く、全体的に室内でありながらも窮屈さを感じさせないデザインでした。
 そこに並ぶ、翠郷高校と清陽高校を足した、全校生徒約500人強は、皆が、「生まれたのでここまで来ました」のフルモンティスタイルで、各々割と自由な形で座りながら、静粛にステージの上に目を向けていました。ステージには背後に大型モニターが設置されており、音響も整っているので最後尾でも問題なく話を聞けるようです。
 望月先輩とのバトルの際、自分は100人あまりの全裸女子の大群を相手に戦いましたが、これはいわばその5倍の規模であり、誰得とも表現すべき全裸男子も半分混ざっている訳で、その騒然たる光景たるや筆舌に尽くし難く、日常的な静かさがまた異常でした。
 1000個の乳首に500個のアナル。250個の男性器に250個の女性器。こう表現すると、何やら猥褻めいた事が今にもおっぱじまってしまいそうですが、全裸であるという事、それ以外を除いて、この空間はあくまでも「正常」であり、ただ遅刻してきただけの自分のほうが、むしろ異常極まる、常識のない人種のように錯覚されました。
 自分に気づき、担任の男性教師(全裸)が近寄ってきました。人間、見たくないものは見ないように出来ているらしく、反射的に目を背けましたが、その先には教頭(全裸)の姿もあり、せめて女子を視界に収めつつ話がしたい、と次に目についたのは体重100kgは軽くオーバーの通称ピザ子さん(全裸)でした。
 自分はいよいよ諦め、担任に向き直ります。
「五十妻君、遅刻はだめだよ」
 死ぬほど普通の事を言うので、全裸の癖に、とは思いつつも、軽く顎だけで謝罪します。
「とりあえず、最後尾に並んでくださいね。あとこれプリントですどうぞ」
 やはり全裸の事には触れません。このタイミングでちんこタッチしたらどういうリアクションをとるのだろうか、と気になりましたが、不浄のものに触れるのはイスラム教徒でなくとも喜ばしくないので、やめておきました。
 おとなしく最後尾に座り、偶然隣になった女子が思いがけずにかわいかったので、観察もとい視姦オペレーションをすぐさま開始します。
 足を開く体育座りをしているので、前からのアングルで見ると大事な所が思いっきり見えそうで、少し寒いのか、乳首もやや上向きに立っている全裸、とはいえ、靴下と靴、それから制服のリボンはきちんと着用しています。そっちの方がエロい、という意見にはすこぶる同意ですが、その漂うフェチズムは、背景にいる人物の存在を同時に匂わせています。
 自分も馬鹿ではありません。この現象が、「あの人」の手によって引き起こされている事くらい、なんとなく察しがついていますし、全裸といえば、露出といえば、そしてこの高校の支配者といえば、そう、あの人しかあり得ないのです。


 自分は壇上に注目しました。遅刻している間に長い挨拶を終えたのであろう新校長(全裸)や、PTAの会長(全裸)や、なんか偉そうな人(全裸)がパイプ椅子に座って待機し、中心ではマイクを持った中年教師が、合併に関する各種問題について説明していました。彼らは皆全裸でありつつもネクタイを締め、ソックスは忘れない変態紳士達であり、その堂々とした立ち居振る舞いには感服さえ覚えましたが、改めて朝っぱらからくっそ汚い物がずらりと陳列された光景を眺めると、いい加減にしてくれ、としか言えませんでした。
 間もなくして配られたプリントを追いかける説明は最後まで終わり、中年教師(全裸)が司会の教師(全裸)にマイクを渡し、ステージから降りました。
 そして入れ替わりに壇上に上がったのは、やはり、予想通りの人物でした。
 三枝生徒会長。
 実質的に翠郷高校の権力を握り、おそらく校内でなら人を殺しても許されるであろうという噂も聞きましたが、あながちそれも嘘ではないようで、三枝生徒会長の姿が見えた途端、今まで俯きながら座っていた元翠郷高校の生徒たちが、何の号令もなしに一斉に立ち上がりました。それは今にも敬礼しそうな程に一糸乱れぬ動きで、事情を知らない元清陽高校の生徒たちも、思わずつられて立ち上がりました。
 万雷の拍手で迎えられた三枝生徒会長は、ステージの中心までゆっくりと歩き、教壇の前に立ちました。その姿は、驚くべき事に、しっかりと制服を身に纏っていたのです。
 服を着ていた事が驚愕に値するのは、全世界を探してもこの人くらいです。
 恥を承知で言えば、自分はてっきり三枝生徒会長が、自分自身の全裸をこれみよがしに見せつける為に、この学校全体を対象に何らかのHVDO能力を発動し、この馬鹿げた状況を作り上げたのだと思いこんでいました。よって、生徒会長として壇上にあがるとすれば、それはもちろん全裸であり、公開オナニーの1発や2発、お得意のうずらの卵もぽぽぽんとひり出してくれるものかと密かに期待していたのですが、繰り返し言います。三枝生徒会長は服を着ていたのです。
 これまで密かにしていた自分の戦闘の算段は、この時点でご破算となりました。周囲の綺麗どころの全裸が目に入り、勃起しそうになったら男の股間を凝視して萎えを維持、その後、片っ端からおもらしさせて伝説のおしっこTSUNAMIを起こし、一気に攻める。といった孔明も笑顔で親指を立てる良策が、灰燼と帰したのです。
 三枝生徒会長(着衣)の隣には、自分の天敵、柚之原知恵様が相変わらず氷を液体窒素にぶち込んだような表情で同行しており、更にその後ろには、見た事のないイケメンがいました。どちらも服を着ており、そういう意味でも別の生徒とは一線を画していました。
 自分もそれなりの戦闘経験を積み、これまで幾度となくHVDO能力を因果とする不可思議な現象に立ち向かい、攻略してきましたから、三枝生徒会長が服を着ていた事こそ意外過ぎて予想を外しましたが、今度の予想には自信があります。
 全裸に違和感を持たない人間と、全裸に違和感を持ち、服を着ていても許される人間。
 その違いは、ずばりHVDO能力者であるか否かです。三枝生徒会長の第三能力は、「絶頂に達した時、周囲にいるHVDO能力者以外の人物の記憶と記録を吹き飛ばす能力」これはその変化形と見てまず間違いないでしょう。
 この全裸化現象は、HVDO能力者以外を対象に起こっている。


 何故三枝生徒会長は、この能力を使用しているのか?
 これは一見奇妙で無意味な問いかけのようにも見えますが、順を追って整理していけば、この疑問の噴出にも納得してくれるはずです。まず、この状況(登校したら生徒が全員全裸だった)をごくごく普通に解釈すると、三枝生徒会長は、自分を倒し、新しい能力を得る為にこの能力を使い、攻撃を仕掛けてきた、という所ですが、ここに状況の要素が加わってきます。
 三枝生徒会長は、HVDOの「幹部」です。そしてこの幹部という概念には、2通りの立場がある事に気づきます。
 1つは、HVDOに所属しつつも、あくまでも個人で動き、他の一般的なHVDO能力者同様に、世界を自分の性癖の意のままにする「世界改変態」を狙う立場。
 もう1つは、HVDOという機関内で役割を与えられ、また、その役割を全うしなければならない何らかの事情を背負い、「世界改変態」は度外視にして、任務を全うする立場。
 望月先輩は、どちらかというと後者のようでした。彼女は世界全体をアマゾネスにする野望を持っていた訳ではなく、ただ「受け継いだ物を次に伝える為に」HVDO幹部になり、実働部隊として働いていました。最後には崇拝者を裏切る形になりましたが、幹部に任命された当初は、そういった野望はなかったはずです。
 こうなってくると気になるのは、HVDO幹部となる為の「条件」です。等々力氏のような無能がなれないのは当然のことですが、果たしてどのような条件が整えば、幹部という事になるのか。
 様々な可能性が考えられますが、前提条件として、「HVDO」と「幹部」の関係は必ずwin-winでなくてはならないはずです。何らかの秘密を握られて脅されたり、あるいは圧倒的な力によってねじ伏せられて従っている場合も考えられなくはないですが、こと三枝生徒会長においては、例えば恥ずかしい写真や映像を入手し、それを脅迫材料にしようとしても、それをばら撒く事はただただ彼女自身が得をするだけですし、三枝家という世界でも有数の資本を力で圧倒するというのもやはり不自然です。よって、三枝生徒会長はHVDOより何らかの恩恵を受け、その代わりにHVDOから何らかの仕事を受けている。そしてその恩恵は、場合によっては世界改変態に勝るほどのものであり、そしてそれを与えるのに十分なほどの仕事を、三枝生徒会長はこれから、あるいは進行形で行っている。
 三枝生徒会長の第一声を聞いて、これら考察のパズルピースはぱちぱちと音をたてて正しくはまり、脳裏に浮かんだのは三枝生徒会長と崇拝者が相対し、握手をする絶望のワンシーンでした。
 全校生徒、教師達、そしてここにいるHVDO能力者全員に向け、三枝生徒会長はこう宣誓しました。
「これより、我が『変態少女開発高校』は、『変態少女開発機構』通称HVDOの支配下に入り、全校生徒及び各教職員は、HVDO能力者の命令に絶対服従とします」


 DLサイトで売っている同人CG集のような台詞をいとも容易く言ってのけた事はただただ恐ろしくありましたが、それ以上に、HVDOという存在をこうも公に、あけっぴろげに口にした事に自分は冷や汗を流さざるを得ず、言ってみればこれは、ウルトラマンが近所のコンビニに行くのに2、3歩でいけるからという理由でいちいち変身するような物であり、確かに、これだけの規模の生徒達を自由自在に操れるというのは爽快で、支配願望を究極的に満たす効果がありそうでしたが、HVDOと、それに伴うHVDO能力の存在を公開する事のリスクは、計り知れないように思いました。
 自分は焦りつつ周囲を見渡しましたが、しかし誰一人として「HVDO」という単語に違和感や疑問を覚える人間はいないらしく、すんなりと受け入れ、110番通報しようとする者も見あたりません。
「HVDO能力者の命令は、我が校の校則及び一般常識より優先されます。例えば、我が校では生徒及び教員は皆全裸が義務付けられていますが、HVDO能力者が着衣を命令した場合、服を着る事は強制です」
 カードはルールに勝つという奴でしょうか。「排泄をトイレで行わなければならない」という常識はつまり、自分の命令一つで「授業中に教壇で行う」という風に書き換える事も出来る訳です。あら、素晴らしい。
「全裸である事を除き、羞恥心や日本の法律はこの校則外のままです。つい先ほど、突然女子生徒の胸を揉んで指導室に連行となった生徒もいましたので、お分かりかと思いますが」
 誰とは言わなくても分かってしまう所が悲しいですが、おかげで自分も早とちりをせずに済みました。ちょうど喉が渇いていた所だったので。
「ちなみに、この校則及びHVDOに関するすべての情報は、私のHVDO能力『影像』によって『保護』されています。つまり、これは世界改変態ではなく、あくまで能力の一部という事です」
 保護、という言葉が具体的に何を指すのかが分かりませんでしたが、三枝生徒会長の事ですから、万が一にも世界がパニックになって、最終的にHVDO能力者達全員が不利益を被るような事はしないはずで、それはこの異常な状況においてこそ光る信頼でした。そもそも、この説明自体、明らかに自分に向けてなされているのですし、それはつまり、無駄な気を使って余計な事をするな、と釘を刺している事を意味しています。
「最後に、私は今日をもって元翠郷高校、現変体少女開発高校の生徒会長を辞職し、新しい役職につきます」
 さらりと置かれるように発せられた言葉。そこに続いたのは、更なる展開の火種でした。
「では、改めて自己紹介をしましょう。私、「HVDO変態トーナメント実行委員長」、三枝瑞樹です。よろしくお願いします」

     

 変態トーナメント。
 こうなってくると、字面的に「変態」よりも「トーナメント」の方がなんだか卑猥な響きに見えてきましたが、実際にこれから行われるであろうその内容は、思っているよりも何倍も卑猥なはずで、恐ろしさもある一方、SMAPが6人だった頃よりも夢がMORIMORIしてくるのでした。
 三枝生徒会長、改め、三枝委員長に原点回帰した自分の元雌奴隷は、凛とした面もちでその概要を発表しました。
 変態トーナメントは、24時間いつでも、対戦カードが決まり次第行われ、1日で複数試合を行う事もある。対戦者はどちらも選ぶ事が出来ず、能力の所持数が同じHVDO能力者が揃った時点で、実行委員会の立ち会いの元で開始する。つまり、最初から参加者全員が揃っている訳ではなく、低レベルは低レベルと。高レベルは高レベルと公平な状態で順次マッチングされ、HVDO能力の性質上、勝負が決する度にレベルの変動があるので、特に低~中レベル域においては、延々誰とも対戦が成り立たないという可能性も低いという事です。変態トーナメントはつまり変則トーナメントであると言い換える事が出来ます。1度敗北しても、能力が復活すれば再度参加する事も可能だそうです。
 そして肝心の出場者ですが、HVDO能力者全員を対象とし、参加自由。ただし一度参加登録をすれば棄権は不可。トーナメントからの脱落は、性癖の消失、つまり完全敗北か、戦意喪失のみが認められ、その場合は当然再度の参加登録が出来ません。そして対戦の拒否はHVDOへの反逆行為と見なし、厳しく取り締まるとの事。過去、性癖バトルにおいて勝敗が決し、未だリベンジの成立していない対戦についてもそれは同じで、自分の立場に置き換えると、実入りのない等々力氏との対戦を自分は拒否出来ず、また、春木氏も自分との対戦を拒否出来ないという事です。
 HVDO能力者である事。それ以外を除いて、この変態トーナメントへの参加条件は存在せず、この高校の関係者でなくともHVDO能力者は敷地内への出入り自由。これはつまり、どこかの変態おじさんが、常に校内をうろうろして、いやらしい目で生徒達を見るのが日常化する事を意味します。
 そして校内で行われる性癖バトルには、正確なルールが定義付けされています。
 まず、対戦カードが決まり次第、先手と後手をランダムに決定します。これはじゃんけんでもダイスでも相談でも何でも、両者が納得する方法ならば、実行委員会の人間が最低1人でも立会えば認められるそうです。後手となった者は、次にシチュエーションと、能力の対象になる生徒、つまり素材を選択します。シチュエーションは、例えば授業中だとか、昼食の最中だとか、放課後だとか、校内で実現しうる範囲ならば自由で、必然的に対戦もその時間に決行されます。能力の対象となる生徒は、この学校に所属している人物ならば誰でもよく、1人を選び、その人物に拒否権はありません。
 先手は、後手の選んだシチュエーション及び人物でHVDO能力を駆使し、相手を興奮させます。制限時間は10分が与えられ、これを後手が耐えきれば、同じシチュエーション、同じ人物で、次は後手が10分間の攻撃を行います。それでも決着がつかない場合、今度は先手と後手を入れ替え、新たにシチュエーション及び対象人物を決定し、同じ課程を決着がつくまで繰り返します。ちなみに制限時間の10分はパスも可能。
 一見、後手にはシチュエーション及び素材の決定という2つのメリットがあり、先手よりも有利なように見えますが、例えばここで興奮しにくいシチュエーションや素材を選択してしまうと、必然的に返しのターンにおける自身の攻撃力も低くなるはずです。逆に、素晴らしいシチュエーション及び素材を選びすぎると、先手番だけで勝負が終わってしまう可能性がある、と。なるほどよく出来たルールだと関心しましたが、自分はすぐにこのルールにある欠陥とも言うべき有利不利に気づきましたが、それは後ほど述べるとしましょう。
 また、性癖バトル外においても、校内におけるHVDO能力者の命令は絶対なので、例えばバトル前に調整(この場合、非常に下衆な意味)を行う事は自由ですし、どのような命令でも生徒教師達は絶対服従ですが、ただし別のHVDO能力者がそれを拒否する事は「1人に対してだけ」出来ます。このルールがどういう意味を持ち、どう機能するかというと、性癖によっては、特定の人物や役職を用いなければ最大限の威力を発揮する事が出来ない物があり(極端な例をあげると、眼鏡フェチの能力者がいたとして、それを事前に知った別の能力者が、学校中の眼鏡を叩き割った場合、眼鏡が存在しない以上何も出来なくなるなど)、どんな場合でも少なくとも1人は自分の性癖を発揮出来る人物をキープ出来るという、最低保障(ダブルミーニング)という訳です。また、当然ですがHVDO能力者同士での命令は不可能です(命令しない事を命令できてしまう為)。
 そしてある意味最も重要な事、というより、やはり三枝委員長に信頼があるとはいえ、何だかんだいって気になって仕方がなかった事についても、彼女は壇上で包み隠さず公表しました。
 まとめると、全校生徒が全裸で、HVDO能力者は絶対で、性癖バトルが管理され、そして促される。この状況を、一体一般人はどう解釈し、どう対処するのか。生徒たちが全裸で外を歩けば、普通ならば即通報される事は当たり前で、また、このような校則も、元来認められるはずなどありませんし、頭おかしいとしか表現出来ないのですが、これを可能にしたのは、三枝委員長自身のHVDO能力「3つ」の組み合わせ、つまり「コンボ」なのだそうです。
 まずコンボの土台となる1つ目の能力は、「全裸に情報を付加する能力」これは「全裸」を対象に発動する能力で、情報の付加された全裸を見た非HVDO能力者の認識を、付加された情報に上書きする事が出来るという恐ろしい物。おそらく三枝委員長が実際にしたであろう活用例は、自身が全裸になり「この人は全裸で街を歩いていても許される」という情報を付加すれば、通報される事なく露出行為を行う事が出来、しかもこれは写真や映像にも適応され、全裸を見た瞬間に即発動するとの事です。
 2つ目のパーツは、「全裸の義務化」で、これはそのまま、他人に対して全裸を強要する事が出来る、いわば自分の黄命「触れた相手が漏らす」という第一能力の変形型とも言える能力ですが、発動に必要な条件と、効果範囲が違います。この能力が十分に活用された最大の理由として、「露出」の性癖を持つHVDO能力者がたまたま三枝委員長であった事があげられると個人的には思われます。というのも、この能力の発動条件及び対象は、「自身に服従を誓う者が過半数以上を占める団体」であり、例えばずズッコケ三人組に対して能力を使いたい場合、博士とデブが三枝委員長に服従を誓っていれば、残り1人もまとめて全裸に出来ますが、博士が裏切った場合は発動しないという非常に厳しい条件なのです。この学校における三枝委員長の地位や権力については何をか言わんやといった所でしょうか。
 そして最後のパーツは、「自然か文明か」という能力で、これは「服を着ている事」の定義を、半径1km以内で1日だけ可変させる事の出来る能力です。
 具体的に言うと、「服を着ている事」は元来「普通の事」ですが、これを「卑怯な事」にも、「誉められる事」にも、「馬鹿馬鹿しい事」にも、そして、「偉い事」にも変えられる事が出来るというとんでもない代物です。HVDO能力者には影響が出ませんが、これにより、一部地域を非常に面白い状態に陥らせる事が出来ます。しかしこの能力の厄介な所は、その認識が完全に「ランダム」であり、能力の発生源本人である三枝委員長自身にも全くコントロールが出来ないという所です。


 これら3つの能力の組み合わせは、まず2番目のパーツを「学校全体」を対象に発動し、全裸化。そしてその「全裸」を対象に、最初のパーツで「校則だから仕方がない。HVDOという信頼ある団体が仕切っているから大丈夫」というような情報を付加し、正当化。そして最後のパーツにより、服を着る事が出来るHVDO能力者の存在を「絶対権力者」とし、生徒及び教師を命令に服従させる。……非常にややこしいので、理解できなくても構いませんが、とにかく三枝委員長は、「HVDO能力コンボ」により、このエロゲのような世界を現実にしたという訳です。
 ここまでの説明を聞いて、いや、ちょっと待てよ、となった人は非常に賢い方です(若干の自画自賛を含みます)。三番目のパーツによる絶対服従は、完全ランダムで、しかも1日限定ならば、仮に今日一日がそうだとしても、明日がどうなるか分からないではないか。という疑問が浮かんできますが、これにも三枝委員長は対応しています。
 登場した時から気になっていたイケメン、名前を三枝友貴といい、彼はどうやら、「ラッキースケベ」の能力を持つ、平たく言えば最強の、歯に衣着せずに更に申し上げれば、超絶うらやましすぎる天然のHVDO能力者なのだそうです。彼は三枝家の養子であると同時に執事で、元より三枝委員長に絶対服従を誓う立場。つまりは弾避けにさえ喜んでなる狂信者らしく、その能力の使用は三枝委員長によって管理され、つまり、三枝委員長は自由に彼の能力を使える立場にあるといいます。
 整理すると、「ラッキースケベ」の能力を使う事により、ランダムの中から必要な「服を着ている者は絶対権力者」という認識のみを毎朝更新し、維持するという形で、成立させる。なんという抜け目のない構築。
 それと、三枝委員長は、トーナメント参加者が三枝委員長自身を狙い、トーナメントその物を破壊する可能性を示唆した上で、それに対する防御手段があるという事もはっきり明言しました。これに関しては、能力の解説はありませんでしたが、隣に毅然として立つ知恵様が防御を担当している事は自分からすれば明白で、三枝委員長自身も、「私も出来るなら、これ以上人が壊れるのは見たくありませんから」と小さく足していたように、まあ逆らえば酷い目を見るであろう事は明らかでした。
 3つの能力と、2つの補助が合わさり、最強の布陣を完成させた三枝委員長の狙いは、まだこの時点においても謎でした。が、しかし、挨拶の最後をもってそれは明らかになり、自分の身は引き締まり、次第に覚悟が固まっていくのを感じたのです。
「このトーナメントは、HVDO能力者のいずれか1人が『世界改変態』の条件、つまり10個目の能力入手を満たすまで続けられます。条件を満たした人物には、HVDOの最高管理人である崇拝者様と戦う権利が与えられます」
 その名前を聞いた瞬間、自分の内なる炎はゆっくりと、しかし際限なく熱く、全身を満たしていくように燃えていました。

     

 変態トーナメントの開催宣言、そしてそのルールの発表と、大会実行委員長としての所信表明を終えた三枝委員長は、再び耳鳴りがするほどの拍手の中、壇上から下り、深々とお辞儀をする司会の教師にマイクを渡していました。
 という事は、既に変態少女開発高校略して変高は、その公序良俗を何とも思わない犯罪じみた狂気の校則を開始しているという訳です。教師が、それぞれのクラスの列を整理しつつ体育館から教室への誘導を始めたので、とりあえず隣にいた名も知らぬ美少女に、挨拶がてら、自分は軽く声をかけてみました。
「あの、もしもあなたが良ければ、でいいんですが、ここでおしっこしてもらっても良いですか?」
 我ながら、大抵どんな初対面の人でも、十中八九は好感を持っていただけるであろう口調で、丁寧に、腰低く頼んでみますと、その女子は顔を赤くして、
「ど、どうしてですか?」
 と、尋ねてきました。
 かわいいは正義、と偉い人(うろ覚えですが、確か国連の初代事務総長でしたか)は言いましたが、確かにその真理は今も朽ちる事なくここにあるようです。
「おしっこを漏らすのに理由が必要ですか?」
 自分は今、凄く良い事を言いました。誰かコトノハに登録しておいてください。
 女子は手を股間のあたり、大人しめな顔に似合わず意外と濃い陰毛の上で交差し、もじもじと恥ずかしがっています。おしっこをするのにパンツを脱ぐ必要がないとは、なんと機能的な事か。
「尿、我慢していますよね? 自分には分かるんです。だから我慢しているそれを、出来れば自分の目の前で出していただきたいな、と思うんですが」
「で、でも、掃除とか……大変じゃ……」
「あなたのおしっこの後始末なら、自分は喜んでします」
 仏頂面で大真面目にそう言う自分を見て、いよいよ女子も観念してくれたようです。
「服を着ているのは、HVDO能力者さんで……HVDO能力者さんの命令は、『絶対』なんですよね」
「ええ、そのはずです」
「う、うう……わ、分かりました」
 自分はその女子と共に、雑談でざわめく体育館の脇に移動し、しゃがみこませ、近くにたまたまいた男子生徒に出来るだけ新しい雑巾とバケツを用意するように命じ、それから、体育館の床に頬を擦りつけつつ、その女子の放尿を至近距離で鑑賞しました。
 体育館内で、他の生徒の視線もある中でするおしっこは、いくら全裸だらけの学校といえどもやはり異常で、その存在は際立ちます。名も知らぬ女子の、今後の人生において、この行為は果たしてトラウマとなるのか、それとも新たな性癖となるのか、願わくば後者である事を祈りつつも、自分はちょろちょろと流れる小川のせせらぎに耳を澄まし、恥ずかしさ極まる至高の表情を眺めながら、考察を開始しました。
 おっと、何か誤解していませんでしたか? 自分はあくまで、落ち着いてじっくりと考えるのに女子のおもらしが必要だっただけであり、断言しますが、何も個人的な欲望の為におもらしを鑑賞したかったのではありません。


「嘘つけ」
 と、自分の背中に声をかけたのは、つんつん頭のクソ雑魚HVDO能力者、つい先ほど連行されたという第一報を聞いたばかりの等々力氏、その人でした。
 人の脳内に勝手に突っ込みをいれるのはやめてもらえませんか、と言ったのですが「いや、口に出てたぞ」と指摘され、閉口しました。
「いやいや凄い事になったな五十妻。いいんちょは神か?」
 限りなく近い存在であるとは思います。
「今まで辛い事は何度かあったけどよ、HVDO能力者になって良かったとこれほど思った日はないね。だっておっぱいが揉みたけりゃ、お願いすりゃいいだけだからな」
 世間話をしつつ、自分の指示によっておもらしをする女子に近づき、目線を落とし、「乳揉むぜ?」と死ぬ程格好悪い同意の得方をした後、やや小ぶりな生乳を鷲掴みにしました。とびっきりのゲスい笑顔を浮かべて、心底嫌がる女子の両おっぱいを揉みまくる等々力氏。ちんこはビンビンですが、三枝委員長との性癖バトルが開始されていない為か、どうやら爆発は起きないようです。
「……等々力氏はトーナメントに参加されるのですか?」
 自分の質問に、等々力氏はにやにやしつつ手を休めずに答えました。
「当たり前だろ。このチャンスを逃したら、俺は一生世界一のおっぱいに出会えねえ。逃げる訳にはいかねえよ」
 やたらとかっこいい台詞でしたが、こいつは自分の実力を分かっているのだろうか、と自分は疑問に思いました。
「なんだ五十妻、お前はトーナメントに参加しないのか?」
 逆に問われ、自分は少し考えました。
 闘う理由はいくらでもあります。HVDO能力者として実力を極め、自由自在に女子の膀胱を支配出来るようになりたいだとか、ハル先輩と望月先輩の復讐に、崇拝者を倒すだとか、三枝委員長を再び雌奴隷として取り戻すだとか、世界改変態を成し、通貨をペットボトルに入れた美少女のおしっこに統一して自分は造幣局の局長に就任するだとか。
 いずれも自分の人生にとっては非常に重要な目標ですが、それなのに、いや、それだけに、妙に気乗りしない自分がいるのです。


 繰り広げられるであろう戦いにビビっているのか? 否定はしません。
 HVDO能力者無敵のこの状況に満足しているのか? あるかもしれません。
 乳を揉む等々力氏の醜悪な姿を見て、賢者タイムに入ったのか? 可能性は高いです。
 しかし、今の自分には、それらの理由を越えた、何というか、詩人ならフラージャイルとでも表現するのでしょうか、理屈抜きの躊躇があり、それに戸惑っているのです。自分は、女子のおもらしをこよなく愛する変態であるという自信が、無意識に揺らいでいるような気もしています。
「……まだ、分かりません」
 絞り出すように口にした自分の返事を、等々力氏は鼻で笑いました。
「へっ、お前さんのおもらしへのこだわりはその程度だったのかよ。……こんな奴に負けたとはな、俺も昔は弱かったぜ」
 今でもだろ、と思いつつも、等々力氏の表情には、今の自分には無い自信が漲っています。
「ま、そんな中途半端な気持ちなら、参加しないほうが賢明だろうな。リベンジ出来なくなるのは残念だが、今のままじゃ参加しても俺とやる前に負けちまうだろうし」
 言いたい放題の等々力氏でしたが、自分にも特に反論はありません。くやしくもなく、ただ事実を眺めるだけです。
「じゃあな五十妻。水と太陽光とおっぱいが無料の時代はもうすぐそこだぜ」
 揉み終えて、等々力氏はいかにも満足したような足取りで自分の前から去っていきました。
 これまで、自分は彼について色々と言ってきましたが、何だかんだいって等々力氏は友達想いの人です。きっと今の言葉も、自分を奮い立たせる為に、憎まれ役になるのも覚悟で言ってくれた事でしょうし、実際、等々力氏はおっぱいは揉んでいても乳首はこねていきませんでした。つまりそれだけ自分に気を使ってくれていたという事です(え? どういう意味ですか?)。唯一の問題は、自分は等々力氏の事を友達と思っていないという事ですが。
 いずれにせよ、自分は何かをきっかけに、今一度、崇拝者を討つ覚悟を固めなければならないという事です。それなくして変態トーナメントに身を投じる事は危険極まりなく、等々力氏の言う通り、おそらく自分は負けるでしょう。
「あ、あの……終わりましたけど……?」
 気づくと女子のおもらしが終了していたので、
「ありがとうございました。素晴らしいおもらしでしたので、またお願いします」
 と声をかけて立たせると、女子は複雑な表情をしていました。


 その後、全裸で下校する女子生徒達を観賞しつつ帰宅しました。全校オリエンテーリングもとい変態トーナメント開会式の後、新しい教室に案内されたのですが、クラス分けは清陽高校の時と変わらず、単純に、翠郷高校のクラスと同じフロアになっただけだったので、くりちゃんや等々力氏と同じ教室でまだ当分の間は授業を受けられる訳で、という事はくりちゃんの全裸を常に視界に入れたまま学業に一所懸命励む事が出来るのだな、と若干嬉しくもあったのですが、その肝心のくりちゃんがいなかったのです。
 自分を置き去りにしてまで先に来た学校にいないとは何事か、と担任に問い詰めてみた所、何やら「体調不良」で帰宅したらしく、ついでに小耳に挟んだ情報を添えると、この学校は「生理休暇」が認められているらしいです(まあ、全裸だし当然といえば当然かもしれません。突然なった場合はどう対応するんでしょうか。よく分かりませんが、ちょっと楽しみです)。
 と、そういう訳で、くりちゃんが全裸で授業を受ける姿は見逃してしまった訳ですが、帰宅後、自分を待ち受けていたのは、くりちゃんのもっともっとあられもない姿でした。
 玄関のドアを開けようと手をつけた瞬間、中から飛び出してきたのは母でした。自宅から母親が出てくる事など普通といえば普通なのですが、普段見慣れないというのもあって驚く自分に構わず、叩きつけるような調子で母は言います。
「お、良い所に帰ってきたな。晩飯は外で食ってくるからあんたも適当に済ませな」
「これから仕事ですか?」
「そう。今日は休めると思ったんだけどねえ」
 あまり残念そうにも見えない母の表情は若干紅潮し、口からはアルコールの匂いがほんのりと漂っています。
「酔ってるんですか!?」
「あはは、こんなの酔ってるうちに入ららいしょ」
 と、若干もつれ気味の舌に、自分は辟易します。これから仕事だというのに、仮にも警察官の癖に、こんな状態で大丈夫なのか。国家権力と家内安全への信頼が同時に減退していきます。
 自分の不審な眼差しに気づいたのか、母はプロレスラーのような力強さで自分の肩を抱き寄せ、耳元に酒臭い口で囁きました。
「隣の木下とあたしが子供の頃からの幼なじみなのは知ってるよな?」
 自分は軽く頷きます。確かに、くりちゃんの父親とこの人は同級生で、「昔は相当いじめられたなぁ」と語っていました。くりちゃんの父が。
「あいつ、昔から滅法酒に弱くてな。こういうのって遺伝もあるし、もしかしたら、なんて思って、ちょっとやりすぎちまった。介抱のほう、よろしくな」
 何を言っているのか分からず、自分は混乱しましたが、追及しても豪快に笑うだけで、母はそのまま若千鳥足気味に出勤していきました。
 そして自分は家に入り、居間で泥酔状態のくりちゃんを発見したのです。
「とぅわれ!」
 自分の顔を見るなり叫んだくりちゃんの手には、一升瓶が握られていました。

     

「ちょ、くりちゃ」
「いいからとぅわれ!」
 猫又になる直前の猫のように据わりきった目と、回る気配すらない呂律、やけに乱れた衣服に、耳まで真っ赤になった顔。酩酊、とはまさしくこの事を指すのでしょう。初めて見るくりちゃんの狂態に、自分は戸惑い狼狽えつつも、指示されたように、少し距離をあけて正座でとぅわり(座り)ました。
「お前はクズら! 正真正銘のクズ野郎ら!」
 開幕罵倒ぶっぱを喰らった自分は、「は、はぁ」と平社員10年目のような反応しか出来ず、更にくりちゃんを調子づかせてしまいました。
「いっつもいっつもおしっこの事ばっか考えて、恥ずかしくないのかぁ!? 大体なんで女が小便する所にそんなに興奮するんら……お前ら男と大して変わらねえだろ! 何が黄金水だ、何が聖水だ……アンモニアという現実から目をそらすな馬鹿野郎ぅ!」
 このやたらとソウルフルな叫びは、確かに普段のくりちゃんからは決して発せられない物であり、口にしている理屈はおかしいと自分は思いますが、一切の反論を許さない制圧力がありました。
「そもそもな、三枝委員長といい、何であたしの周りには変態ばっか集まりやがるんら! どうして茶道部が変態どもの巣窟なんら! 意味が分からんぞちくしょー!」
 酔っ払いにも、泣き上戸や笑い上戸など色々と種類がありますが、どうやらくりちゃんはキレ上戸のようでした。普段からその片鱗は見せていますが、ここまで極端に発現するというのはやはり、酒は人を変えるのだな、という小学生並の感想を自分に持たせました。
 というか、おい、母よ。隣の家に住む息子の幼馴染の未成年女子に、しこたま酒を呑ませて泥酔させるなど、アウトというよりむしろ1つとしてセーフな行為がないではないですか。と、胸中叫んでみた所で、くりちゃんの酔いはますます酷くなるばかりでした。
「おい! 聞いてんのかぁ!?」
「は、はい。聞いています」
「あややれ!(謝れ!) あちしの人生を滅茶苦茶にしてごめんなさいってあややれ!」
「……くりちゃんの人生を滅茶苦茶にしてしまって、申し訳ございませんでした」
「それれいいんだよ、ぶぁーか!」
 暴君くりちゃんは、満足げにけたけたと笑うと、一升瓶に直接口をつけて呑み、その後かくんと何かが離れたように首を落とし、俯きました。眠ったのかな? と表情を覗き込むと、目から溢れ出していたのは、大粒の涙でした。
「もう恥ずかしいのはやらよ……放っておいてくでよ……あたしは普通の人生が送りたいだけなんら……」
 前言撤回。くりちゃんはキレ上戸でも何でもなく、ただただひたすらに酒癖が悪いだけの大トラのようで、今は完全に泣き上戸と化していますが、この調子だといつゲロしてもおかしくなく、突如として意識を失うのも時間の問題のように思えました。一体どれだけ呑ませたのか。テーブルの上に並べられた氷結やら何やらの空き缶を横目に見つつ、とりあえず、母より授けられた命令を実行する事にしました。
「もう寝ましょうよくりちゃん。過ぎてしまった事は仕方ないんですから。ね?」
 赤子を扱うように優しく優しく声をかけ、ジェントリータッチで肩に触れましたが、それをくりちゃんは乱暴に振り払いました。
「あたしに触るら! また変な事しようとしれるんらろ!!」
 本当にしちゃいますよ? と耳元で囁きたくなりましたが、単純に気持ち悪いのと、こうまでなってしまったくりちゃんがかわいそうなのもあってやめておきました。酒に酔った女子は確かに無防備で、今ならスーパーフリー的な事も簡単に出来そうな状態でしたが、どうもいまいちその気になれません。無論それは、自分が人より性的好奇心が薄いという意味ではなく、くりちゃんにはちゃんとした意識の中で、最大限の恥辱を味わって欲しいからであり、記録に残っても記憶に残らないおもらしは、おもらしではないのです。
 そんな自分の純なる想いを他所に、くりちゃんは呟きます。
「なんであたしなんら……」


 しかしね、くりちゃん。と、自分は心の中、こくりこくりと揺れる座らぬ首で、今にも寝てしまいそうな目の前の酒乱にゆっくりと話しかけます。確かにくりちゃんの言い分も分かるけれどね、それもこれも、くりちゃんがかわいいのがいけないのですよ。
 これまで自分は、沢山の美少女のおもらしを見てきましたし、おもらし以外にも、他HVDO能力者の関係するあらゆる痴態を記憶に焼き付けてきましたが、やはり、くりちゃんが恥ずかしがる姿は、得も言えず最高なのです。これだけは分かっていただきたい。
 根っから恥ずかしがり屋のくりちゃんは、きっとそういう、自分のような変態を、何もせずとも寄せ付けてしまう才能のような物を持っているのに違いないのです。それは性別を軽く超えて、音羽君、三枝委員長、ハル先輩、望月先輩などの女性に対しても、「この娘の恥ずかしがる姿が是非見たい」と心のどこかで思わせてしまう、特別な何かなのです。だから例えば、もしも仮にこの世に自分がいなかったとしても、くりちゃんは必ずHVDO関連の何やかんやに巻き込まれていたでしょうし、恩を着せる訳ではありませんが、今よりももっと酷い目に合っていた可能性すらあるのです。事実、自分にとって現状最強のライバルである春木氏も、くりちゃんという幻影に悩まされて一歩を踏み込めずにいました。
 酒の匂いにあてられてか、自分も少し酔ってきた気がします。これはいけません。
「くりちゃん、寝るなら布団で寝ましょうよ」
 駄目もとで声をかけてみましたが、やはり駄目でした。
「うるへー!」
 と叫び、暴れようとするも、なんだか阿波踊りみたいになって後ろにぶっ倒れるくりちゃんでしたが、その動きすら実にゆっくりでしたので、なんとか近くにあったクッションを滑り込ませる事には成功しました。
「ちくしょー! あたしに何をした! 世界が回ってるろ~」
 蟹のように両手足をしゃかしゃかと動かしながら、何かと必死に格闘するくりちゃんを見ていると、最早「あーあ……」という感想しか出てこない自分に気づきました。人間、度を越して呆れると、欲望だとか都合だとか忘れて、心の底からの「あーあ……」しかでないものだな、と感心しました。
「あたしは普通に! 普通にくらしらいらっららけ……」
 こときれたように意識の堕ちるくりちゃん。運ぼうか、とも思いましたし、くりちゃんと自分の体格差なら物理的な問題は何らありませんでしたが、差しあたって重要な問題は、この酔っ払いをどこに運ぶか、という所でした。くりちゃんの家まで? 答えはNoです。未成年の娘を泥酔させた挙句に意識混濁状態で運ぶ男は、世間一般的に信頼されませんし、例えそれが幼馴染で過去に同棲経験ありとしても、白眼視は必至です。では自分の部屋に? と、これも同じく答えはNo。くりちゃんがいざ目覚め、自分の部屋で眠っていた事を知ったら、烈火のごとくぶちキレるのは目に見えています。その時、論理は無力になります。
 とはいえ、いかなる健康優良わがまま娘といえど、おへそ丸出しで寝ていれ体調を崩すのは目に見えていますので、仕方なく、自分は2階から客人用の毛布を持ってきて、起こさぬようにそっと、車に轢かれたカエルのごとくぐっすりと眠るくりちゃんの身体にかけ、我ながらいつになく紳士過ぎるな、と自覚しながらも一息ついた時、不意の悪魔はぐいと自分の裾を掴んだのです。
 いつものくりくりした目ではなく、完全に酒に呑まれた、いよいよ猫又と化した据わりきった目で自分を見つめるくりちゃんは、焦る自分に冷や水を浴びせるように、こんな質問を投げかけたのです。
「お前……あたしの事、どう思ってるんだ?」


 それは禁忌の質問でした。怪物を閉じ込めて、確かに封蝋をして机の引き出しにしまっておいたはずのが手紙が、自分の気づかぬ間に何者かの手によって開けられていて、それを発見した瞬間、背後に怪物の気配を感じたのです。もちろんこれは例えですが、恐怖と表現して差し支えない程度の緊張に、自分は不意に襲われたのです。
 以前、樫原先輩のHVDO能力により、「気持ちに嘘をついている事」をくりちゃんが暴露された事がありました。樫原先輩はその嘘を、「くりちゃんが自分を本当は好いている事」だと指摘しましたが、それを認めてしまうと、性癖バトルに負けると咄嗟に判断した自分は、この件を遥か遠方に投げ飛ばし、そのまま知らんぷりを決め込みました。
 くりちゃんは自分を心の底から嫌っていてでも自分はくりちゃんの痴態が好きだ。
 たった1行の単純な答えに瞬間梱包し、それによって自分はどうにか樫原先輩に勝利を収める事が出来たのです。
 ああ、そうか。と、自分は今更になって思います。
『お前、あたしの事どう思ってるんだ?』
 この質問に対して自分は、「性的な対象として見ています」と即答するべきだったのです。いや、それしか無かった!
 顕微鏡と化したくりちゃんの瞳に見つめられた自分は、更に追い詰められていきます。時間にすれば、質問が放たれてからほんの3、4秒でしたが、その僅かな沈黙は既に意味を持ってしまいました。性的な目で見ている、などとこのタイミングで言っても、それは完全に説得力を失い、むしろ更に自分を窮地へと追い込むはずです。
「じ、自分は……」
 とにかく主語を置き、くりちゃんの出方を待ちましたが、ここにきて寝る気配も吐く気配もなく、唇を尖らせながら、視線は決して外してくれません。
 この質問の怪物じみた所は、裏を返せば、返答次第でくりちゃんと自分の今までの関係が、全て御破算になってしまうという所です。いかにそれが理想的な物であったか知らない自分ではありませんし、失ったとして、取り返すことが不可能である事も自分は知ってしまっているのです。
「くりちゃん!!」
 自分は前のめりに、くりちゃんの両肩を掴みました。殴ってくれればそれでよかった。でもくりちゃんは子供のような無垢で呆けて、その背後にはラブコメという名の怪物が、殺すような視線で自分を睨んでいたのです。
「自分は勝ちます! 崇拝者を倒さなければならないのです!」
 口から飛び出した言葉に、自分は思わず目を閉じます。
「それにはくりちゃんの存在は必要不可欠です! くりちゃん! この質問の答えは、全てが終わった後にきちんとしますから、今はとにかく、自分の為にもっと恥ずかしい目にあってくれませんか!?」
 怖くて目が開けられませんでしたが、くりちゃんからは反論も鉄拳も飛んできません。自分は三枝委員長のトーナメントのルール説明を思い出しつつ、それに頼ります。
「……1人だけ、性癖バトルを行う上でのパートナーを選べるんです」
 このルールを、こういう理由で使うのはきっと正しくない事だと思うのですが、しかし背に腹は代えられませんでした。
「自分は、くりちゃんを選びます。最初からそう決めていました」
 嘘ではありませんでした。もしも1人を選ぶなら、くりちゃんしかいません。もちろん他にも魅力的な女子はいくらでもいますが、ことおもらしに関して、くりちゃんのは極上です。
「どうか……今はそれで許してください」
 くりちゃんの質問は、解釈によってはただただ何て事のない、日常的な会話に分類される物だったと、普通の人なら思われるかもしれません。しかし幼馴染という間柄、いえ、そんな風に形のせいにする事をやめて、もっと率直に言うならば、自分とくりちゃんの間においては、してはならない、されてはならない質問であったのです。
 自分はこれを丁重に扱い、どうにか無事に、安全な方法で処理出来たと自負しましたが、果たしてくりちゃんの方が納得したかどうか……。ゆっくりと瞼を持ち上げ、まずは薄目でくりちゃんの表情を確認してみると、待っていたのは「お約束」という安心感でした。
 すぴー……と鼻から音をたてて寝るくりちゃん。
 なんだか蓋を開けてみると、自分ひとりで右往左往していた気もしましたが、まあ、いいか、とぼんやりくりちゃんの寝顔を眺めつつ、変態トーナメントの事を考えながら、おねしょするのを待ちました。

     

 翌日。
「はぁ~~……あったま痛い……」
 酔いつぶれた後、15時間ほど爆睡したくりちゃんは、自分が寝ている間に一旦自宅に戻って支度をして、不機嫌オーラ全開に自分をつねり起こし、2、3発の不必要な平手打ちの後、二日酔いか寝過ぎかの頭痛に悩まされながらも家を出発しました。母は仕事が忙しいのか、あれ以来家に連絡もなく、帰っても来ず、くりちゃんの尿道も意外としっかり者でおもらしもせず、期待は裏切られたまま朝を迎えることになりました。
 その上、くりちゃんは前後の記憶をすっかり吹き飛ばされていたらしく、「どういう経緯で母にお酒を呑まされたのですか?」「昨日、自分が言った事を覚えていますか?」等と尋ねてみたのですが、「あ?」とか「は?」とか5バイト以上の解答をしてくれないので、幸か不幸か、酒の弱さは筋金入りと見え、まったくもって完全に、綺麗さっぱり覚えていないようなのです。あの質問に思わず抱いてしまった自分のどぎまぎときめきを今すぐに返却して欲しいくらいでしたが、自分も自分なのでこれは良しとします。
「なんか……凄い事があったような気がするんだよなぁ……」
 と、ひとりごとを言うので、ぴらっとスカートをめくって下着の色を確認しておきますと、日常という名の鉄拳が飛んできたので、自分は心の底から安心しました。
 くりちゃんも、変態少女開発高校の生徒であるはずですから、全裸登校を強制されるのかな、と思っていたのですが、どうやら昨日の発言、自分がくりちゃんをパートナー(管理下の素材)として選んだ事は例え記憶に残っていなくても有効だったらしく、生意気にも服を着て登校していやがりました。
「それにしてもくりちゃん。よく登校する気になりますね。自分のパートナーになったとはいえ、いつエッチな目に合うかも分からないのに」
「あ?」
「何せ学校名からして『変態少女開発高校』ですからね。昨日もくりちゃんが寝ていた時、夕方のニュースでちょっと取り上げられていたんですよ」
「は?」
「三枝委員長も大胆な事をしますね。よっぽどご自身の能力に自信があると見えます。きっと今日は、全国各地から変態達がやってきますよ」
 無視。
 いい加減、まともな反応をしないとヒロイン降板もあり得るのではないか、と自分は心の中で心配したのですが、くりちゃんは変わらず不機嫌に、「頭痛ぇ~」と愚痴るだけで、一向に仕事をしてくれませんでした。
 やがて電車が止まり、変高の生徒達が同じ駅にて降りると、くりちゃんは「はぁ!?」と大きな声をあげて驚いていました。
「な、なんであいつら裸なんだ!?」
「どぇ!? 今更ですか!?」
 という自分の驚愕も虚しく空回りし、くりちゃんはがくがくと膝にダメージを受けながら、何事もなく全裸で登校する生徒達の群れを唖然としながら見ていました。


 どうやらくりちゃんは、昨日学校に到着した後、すぐに例の「体調不良」で帰宅する事になり、そこを自分の母に捕獲され、しこたま呑まされた挙句に記憶を失ったようなのです。そして今日には自分の保護下に置かれたので、服を着て登校出来る事により、認識の上書きが解除された、あるいは更に上書きされたという解釈でしょうか。その辺の能力の処理については、後ほど三枝委員長に詳細を尋ねてみる必要がありますがとにかく、くりちゃんはこの全裸世界において、今のところおそらく唯一の服を着ていていい一般人であり、常識を備えた存在となりました。これがプラスになるかマイナスになるかは分かりませんが、とりあえず素材として活躍してもらう事には間違いなく、そこの所の同意を得ようとすると、「ふざけんな死ね!」というありがたい言葉をいただきましたが、生徒手帳を確認し、HVDO能力者の命令に背いた場合強制退学になる事を確認させると、青ざめて押し黙りました。
「くりちゃん。服を着ていて良いだけ他の生徒よりマシだと思いませんか」
「お前ら絶対狂ってる……」
 と、自分だけではなく三枝委員長すら貶し始めたので、なかなかの勇気の持ち主だな、と見直しました。
「……て事は、さっきお前が言ってた変態トーナメントやら何やらも本当の事なのか!?」
「当たり前ではないですか。いつもの妄言だと思っていたのですか」
「何でそんな訳の分からない事をするんだ!?」
「変態の頂点を決める為でしょう」
 それ以外にも、崇拝者の思惑もあるのでしょうが、そんな事を言ってもくりちゃんの小さめの脳では理解してくれないと踏んで省略しました。
「うぅ……」
 くりちゃんは涙目になりながら視線を落とし、何やら考えていました。おそらく、自主退学も視野に入れているのでしょうが、流石にこのご時勢、女子で高校中退は厳しいのではないか、とか色々計算しているのでしょう。まあ確かに、今まで散々変態的な目にあってきたくりちゃんですが、今度ばかりはこれまでにない危機を感じているのでしょう。
「……その変態トーナメントって、いつ終わるんだ?」
「さあ? 勝者が決定されたらか、あるいは崇拝者が誰かに負けたら終わるとは思われますが」
「……終わったら、この高校も元に戻るのか?」
「知りませんよ。三枝委員長に聞いてください」と、答えたい所でしたが、気の毒なので希望を持たせる言い方に変えます。「きっと戻るでしょう。何やら三枝委員長にも狙いがあるようで、その目的が達成されれば、この状態を維持する理由もなくなるはずです」
「……お前、勝てるのか?」
 これはなかなか予想外の質問でした。しかし自分は昨日の件で学習していたので、ここは即答します。
「勝てます」
「その崇拝者ってのにもだぞ?」
「ええ、勝つでしょう。くりちゃんがいれば」
 くりちゃんは複雑な表情を浮かべました。幼馴染特権でその顔色を分析してみるに、自身にそんなに魅力があるとは到底思えないが、目の前にいる男の変態性とその実力は渋々ながらも認めざるを得ず、そいつがこれだけ自信たっぷりに言い切っているのだから、意外と勝つ事は容易いのかもしれない。というあたりの、自己評価と他己評価で揺れ動く心理状態のようです。自分はそんなくりちゃんの背中を一押します。
「大丈夫。くりちゃんのおもらし姿は最強です」
「なんにも嬉しくねーぞ!」
 まあ確かに、嬉しそうには見えませんでした。


 全体的に肌色である事を除き、午前中の授業風景は何事もなく目の前を通り過ぎていきました。合併の影響で、授業のレベルが上がってついていけなくなるのではないか、という心配は杞憂に終わり、優秀な教師達の下、三角関数の理解はすこぶる進み、しかし女子生徒が黒板の前に出て何かを書く度に自分のコサインがタンジェントしてサインになるのでそこそこの集中力は必要不可欠でした。
 引き続き、貧乳ばかりを寄せ集めたクラスなのは変わりませんでしたので、その途方もない状況に戸惑っていたくりちゃんでしたが、やはり自身は脱がなくてもいいというのは大きいらしく、他女子生徒のおっぱいを横目でちらちらと気にしながらも、自分が1番小さい事に気づき、突如として暴れだすという事はしませんでした。冷静です。
 無論、このおっぱいフリーダムで等々力氏が大人しくしているはずがなく、貧乳1-Aには早々に見切りをつけ、授業をサボり、他クラス他学年へと不純な旅に出ました。これはあくまで想像ですが、授業中にいきなり等々力氏が教室に乱入してきて、女子のおっぱいを揉んで回るという光景は実に終末的だと思われました。
 授業と授業の間の中休みに、くりちゃんから実に珍しい言葉をいただきました。
「……ずっとあんたが1番の変態だと思っていたけど、委員長や等々力の方が酷いかもしれない」
 高校を丸ごと1つ全裸にするという三枝委員長の発想のスケールは、確かに敵わないかもしれません。しかし侮ってもらっては困ります。くりちゃんの発言は、自分が等々力氏等に比べて冷静なように見られていたからかもしれませんが、その実、戦いに向けてイメージトレーニングを繰り返していたのです。この角度で、このポーズをつけてこう漏らす。こういう展開になったら、こういう理由で漏らす。漏らした上に、こうしてああして結局また漏らす。自分はこと女子の尿関係にかけては達人です。脳内で限りなく実戦に近い組み手を行う事など容易く、ただ単に自分の場合、等々力氏のように目先の欲に囚われない性格であり、三枝委員長のように何やら重大な責任を負っていないだけです(昨日の体育館で見知らぬ女子にした行為についてもきちんと理由がありましたよね)。
 それと、5、6人ほどでしょうか、ニュースを知って駆けつけてきた思わしき外部のHVDO能力者が、校内をうろうろしている所を見ました。しかし派手に能力を使ったり、ガチレイプを行う者は不思議とおらず、お互いに牽制しあっているのか、視姦による生徒達の身体の吟味と、各教室の立地や、シチュエーションの把握に専念しているようで、なるほど手強い者達が揃っているな、と再度認識しました。
 昼休みになると、くりちゃんも大分この状況に慣れてきたようで、「……何か、命令してみようかな」などと言い出しました。くりちゃんはHVDO能力者ではないですが、自分の専用素材となった事により服を着る事が許されているので、他の生徒達の「服を着ている人は偉い」という認識に含まれます。その可能性を示唆した所、最初は全く興味を示さなかった癖に、しばらく悩んだ挙句の果てにこんな命令を発行したのです。
「あ、あたしを様付けで呼びなさい!」
 普段ゴミカスのような扱いを受けている人間ほど、こういう願望があるのでしょうか。1-A生徒達は深く頷き、口々にくりちゃんを呼び始めました。
『くり様!』『くり様万歳!』『くり様最高!』
「なんで名前の方だちくしょー!!」
 と、コントをしている間に、変態トーナメント第一回戦のマッチングが発表されました。
 校内アナウンスで聞く、三枝委員長のアルファ波全開の落ち着いた声。
「変態トーナメント第一試合は、『おっぱい』vs『デブ』となりました。この試合は観戦が可能です。観戦希望のHVDO能力者は観戦ルームにお集まりください」
 等々力氏の邪な笑顔が思い浮かびました。

     

 観戦ルームと銘打たれた元空き教室には、自分を含めて4人のHVDO能力者が集まりました。1人は背が低く鼻の大きな男で、それ以外にこれといった特徴はなく、見た目だけで性癖を判断するのは無理である、という一例。もう1人は、口角のつりあがったギョロ目の男で、服の上から自分自身の胴体を縄で縛っていたので、一目で分かる性癖の人もいる、という一例でした。そして最後の1人は三枝委員長、ではなく、その右腕であり、拷問のHVDO能力者、知恵様でした。内心ビビりつつも、沈黙の空気に耐えられず、自分から話しかけてみます。
「三枝委員長は観戦しに来られないのですか?」
「あなたが知る必要はない」
 ますます悪くなった空気の中、2人の男はにやにやと知恵様を見ていました。殺されますよ、と忠告しようかとも思いましたが、まあ彼らが間違いを犯さない限りは平気なので何も言いませんでした。おそらく、三枝委員長はこことは別の部屋で試合を観戦しているでしょうし、知恵様がここに来たのは、自分達HVDO能力者が勝手に戦いを始めないように監視する為でしょう。
 教室内は、机が全て片付けられ、椅子だけが余裕をもって等間隔に置かれており、中心にプロジェクターが設置され、黒板を覆うようにスクリーンが張られていました。状況から見て、そこに対戦の様子が映る事は確実と思われましたが、問題は映像の出所です。駄目もとで尋ねてみます。
「あの、これから観戦する試合の映像はどうやって撮影されるのですか?」
 ここは意外とすんなり答えてくれる知恵様。
「校内にある大量の隠しカメラで撮影されている」
 なるほど、まあ三枝家の財力を使えば、何て事はないでしょう。答えてくれたついでに、少し気になった事も勢いで訊いてみます。
「先ほどのアナウンスで、「この試合は観戦が許可されている」と三枝委員長が言っていましたが、許可されない試合もあるのですか?」
「ある」
「どういう基準で決められているのですか?」
「実行委員長の権限で決められる。参加者に拒否権はない」
「つまり、三枝委員長の気分ですか?」
「あなたが知る必要はない」
 どうやら三枝委員長関連の質問にだけ、知恵様は答えてくれないようです。逆に、それ以外の事については、きちんと答えるように命令されているのでしょうか、機嫌は良くなさそうですが、とりあえず無視されないだけマシなので、これを機にいくつか質問を……と考えていると、プロジェクターから光が発せられました。
 変態トーナメント、その第一試合が始まったようです。


 映像内の場所は、体育館でした。授業中ではないようで、中心にいる3人以外に生徒はいません。別のアングルのカメラが3、4回変わり、設置台数の多さを示しつつ、最終的には対峙する2人の表情が見える、おそらくバスケットゴールあたりに仕掛けられているであろうカメラに落ち着きました。
 余裕たっぷりの憎たらしい笑顔で相手を見下ろす等々力氏。
 対する男は痩身の黒縁眼鏡で、顔立ちからして明らかに年上(若いのにちょっと疲れた感じは20後半くらいと思われます)ですが、自信無さげな雰囲気は思わずため口で呼んでしまいそうになる性質を持っていました。
 2人の中心にいるのは女子生徒。元翠郷高校の生徒だと思われ、その根拠は、1度見たらおそらく忘れないであろう容姿の良さでした。アイドル系、とでも表現するのでしょうか。今は状況に戸惑っていて、決して笑顔を浮かべている訳ではないのですが、おそらく一旦笑えばクラス中の男子の人気をがっさりと総取りする事は請け合いでした。そんなレベルの人間が、しかも全裸でいる訳ですから、同じクラスの男子はきっと授業中大変だろう、と無駄な心配まで生まれました。
 HVDO能力者の2人は、しばらく中心にいる女子生徒を眺めていましたが、等々力氏は勝ち誇ったような顔で口を開きました。
「俺の性癖はおっぱいだ」
 性癖の宣言。どうやらカメラだけではなく、レコーダーもセットされているらしく、2人の会話も鮮明に聞こえてきました。
「……僕の性癖はデブです」
 男も答えます。やはり声の感じからしても結構な年上なのですが、等々力氏とは別の意味で頼りなく、勝負にかける熱も伝わってきませんでした。
 2人の宣言が終わり、試合開始を告げるチャイムが鳴りました。
「へっ、デブのどこがいいんだ?」と、等々力氏の先制パンチ。「女ってのは、出る所が出て引っ込む所が引っ込んでるのが良いんだろうが。デブってのはた、だだらしないだけだ」
 それは明確な挑発でしたが、痩男はそれに乗りません。というよりむしろ、それが挑発である事すら認識していない様子で、酷く落ち着いたトーンで丁寧に答えます。
「そうでしょうか? おっぱいも脂肪である事に変わりはないかと……」
 これを受けて等々力氏、まるで動じず、
「おっぱいは正義の脂肪。贅肉は悪の脂肪だ」
 と言い切り、女子に近づいていきます。
「現に後手であるお前は選んでいるじゃねえか。こんなナイスバディーちゃんをよぉ」
 等々力氏の汚らしい手が女子の肩に乗り、びくんと身体が跳ねます。確かに、顔の良さにまず目がいきましたが、そのボディーラインは、全裸であるという事を除いても評価されるべき芸術品でした。
 諸手を挙げて等々力氏の意見に賛成する事は躊躇われますが、出る所は出て、引っ込む所は引っ込む。それこそが女性の魅力であるという解釈は、この女子生徒という現物例を見れば明らかで、そして後手である痩男自身が彼女を選んだ事は、「おっぱいも同じ脂肪である」という主張と矛盾する事になるという等々力氏の指摘は、一見正しいように見えました。
「まあいい。この娘ならわざわざ俺の能力を使う必要もねえ。俺が今からお前に、おっぱいの魅力を教えてやる。先手を俺に渡した事を後悔するぜ?」
 その台詞の後、ただ外野で聞いていただけの自分の方が後悔する程に長く、そしてくだらないおっぱい講義が等々力氏によってぶち上げられました。


 丸ごとすっぱり割愛するのは流石にかわいそうなので要点をまとめますと、まずはおっぱい全体の造形の深さ、及びその柔らかいという価値についての話が、実物の掲示を伴いつつ延々と続き、次に実演、つまり等々力氏が揉んだり、顔を埋めたり、乳首をつまんだり、口に含めたりの、私欲丸出しの行為が堂々と行われ、等々力氏はその10分間のサービスタイムを存分に堪能しているようでした。
 対戦相手である痩男は、等々力氏の戯言に対して怒る様子も呆れる様子もなく、ただただ傍観するのみでしたが、時々等々力氏から「お前も揉んでみるか?」などとの誘いが入っても、困ったような顔で遠慮するのみで、その目は冷め切っていました。
 しかし、等々力氏の講義のくだらなさを考えると、黙って訊いていてくれただけでもかなり人が出来ていると言えますし、自分からでは興奮度の表示がないので確たる事も言えないのですが、若干、下半身の方が反応しているように見えました(というより、等々力氏の講義など無く、ただ無言でおっぱいを押し付けた方が効果があったのではないか、という疑惑もあります)。半勃起程度でしょうか。この女子の魅力を考えると、これでも驚異的な耐久と言えますが、もちろん敗北に至るほどではないらしく、やがて等々力氏の攻撃終了を知らせる鐘が鳴ると、痩男は軽く胸を撫で下ろした様子でした。
 等々力氏は一瞬だけ残念そうな表情を浮かべましたが、すぐにいつもの雰囲気に戻り、痩男に告げます。
「よりにもよって『デブ』なんて性癖に負ける事はねえと思うが、全力は尽くさせてもらうぜ」
 見ると、等々力氏のちんこはバッキバキに勃起していました。
 自分が指摘したかったルール上の「穴」とは、まさにこの、等々力氏のちんこの事なのです(ちんこなのに穴とはこれいかに)。先手は無論、先に攻撃を繰り出す訳ですが、後手は先手の攻撃の後に攻撃する。何を当たり前の事を言っているのか? と思われる方は、等々力氏の股間に今一度注目してください。
 そう。この変態トーナメントのルールには、勃起を収める為の時間、つまり「クールダウン」が無いのです。先手の攻撃の終わり、それは後手の攻撃開始を意味し、先手後手合わせて20分間の試合時間は、きっちり半分ずつで分けられます。
 性癖バトルにおける勝利、言い換えれば、「相手を興奮させる事」は、興奮率99%以下だったブツに、100%を超えさせる事です。先手の「先に攻撃出来る」という利点は、そのまま攻撃的な意味合いだけではなく、「次の後手の攻撃をしばらくの間防ぐ」という防御的な意味合いも含んでいるのです。
 後手がこれに対応するには、相手の勃起が収まるまで大人しく待ち、少ない時間でカウンターを決めるか、あるいは相手を萎えさせる手段をあらかじめ用意しておくしかありませんが、前者の場合、最悪相手が後手の10分間勃起し続け、全く攻撃が出来ない事も想定されます(というより、前者が防御的な意味合いでひたすら自分を鼓舞し続けた場合、ちょうど勃起が収まった所を狙われると脆いはずなので、基本は10分間の勃起維持にかける事になりますが)し、後者の場合も、相手の精神力が強ければ強い程不利になります。あるいは別の勝利手段として、相手の性癖が上だと認め、HVDO能力を失う「完全敗北」がありますが、並大抵の攻撃力では達成出来ません。
 つまり、後手は「相手の興奮をまず収め」その後、「再度相手を興奮させる」という2つの条件を達成しなければならないのです。
 思うに、等々力氏のような、性癖の受けも攻めも幅広い人間ほど、この利点は生かせると思われます。今まで等々力氏は色んなHVDO能力者に会う度にあっという間に勃起させられて敗北してきましたが、その猿のような性癖がそのまま防御力として換算される訳ですから、なるほどこのルールにおいて先手の等々力氏は相当な戦闘力を持っていると考えられます。
「こうなった俺の息子は、手が付けられねえぜ……?」
 放っておいても爆発するのではないか、と心配になる程にフル勃起状態の等々力氏。その手にはまだ生おっぱいの感触が残っているはずで、これは10分勃起し続ける事はほぼ確実かと思ったのですが、痩男はやけに冷静でした。
「おっぱい談義、ありがとうございました。参考になりました」
 そしておもむろに近づき、許可も得ずにぐっっっと、等々力氏の股間の鬼武者を鷲掴みにしたのです。
「おぅふっ!」
 その手があったか、と自分は納得しました。男に一物を掴まれ興奮するのはおそらくホモのHVDO能力者だけです。一時的に反応してしまうのは仕方ないとして、大きく気分を害する事は請け合いで、時間経過と共に勃起も収まるはずです。が、相手の股間を掴むという行為それ自体も自身の気分を大きく害するという事は否定出来ません。
 しかしそんな自分の予想は、大きく外れる事となりました。
「てめえ、何しやがる!」
 等々力氏の剣幕に全く動じない痩男は、そのまま空いている方の手を女子生徒の肩に乗せます
「……あなたに先手を譲ったのは、後手がもらいたかったからです」
 痩男が自信無さげに言った言葉は小さく、聞き取るのがやっとでしたが、その効果は絶大でした。
 等々力氏の股間から解き放たれた性欲は、黄色いエネルギー体となって痩男を伝わり、やがて女子へと注がれました。その瞬間、女子の肉体はだらしない風船のように膨らんでいき、見る見る内に巨大化すると、やがて体育館全体に敷き詰められるほどの肉塊へと変化したのです。

     

 観戦ルームにいる自分が完全に状況を把握したのは、正確に言うと、痩男の能力が発動してから約1分後の事でした。自分が見ていた映像は、女子の膨張と共に次々と肉に包まれて暗転し、その度に別のカメラに切り替わりましたが、太る速度の方が遥かに上でした。各カメラの映像が途切れる寸前に見えたのは、津波のようになって押し寄せる肌色の弾力、そしてスピーカーからは3人分の悲鳴。痩男の性癖が「デブ」であるという事前情報が無ければ、おそらく何が起こっているのかさえ把握出来なかったでしょうし、把握した今でもその効果の大きさと派手さとあまりの乱暴さに戸惑っているのです。
 体育館内のカメラは全滅。しばらく映像が途切れましたが、すぐに体育館外へと視点は移動しました。こんな事もあろうかと、という台詞をむしろ誰かに言って欲しい程の準備の良さで、体育館全体を捉える望遠のカメラが、おそらく校舎の屋上あたりから仕掛けられており、更に近いアングルとして、体育館横のプールから見上げるカメラもありました。
 窓から覗くは肉、肉、肉。体育館いっぱいに敷き詰められた物は、既にかわいい女子がどうとか全裸だからどうだとかを遥かに超えて、既に一種のバイオ生物テロと化し、最早完全にエロとは無縁の存在と化しました。
 何せこれは、ただの超常現象です。HVDO能力という物は元よりそうっちゃそうなのですが、これほどまでにぶっ飛んだ、そしてここまで何もそそらない性癖バトルは聞いた事も見た事もなく、観客という立場を抜きにして、実際に自分がその場で戦っていたとしてもただただ唖然とするのみであろうと思いました。
 現状、さしあたっての問題は、2人のバトルの行方、というよりも生死の行方です。脂肪に押しつぶされて逝去するなら、2人とも本望だと思いますし、女子の肉体に包まれて亡くなる訳ですから、広義では男の夢である所の「腹上死」に分類出来なくもありません。等々力氏の一応知人である自分としてもここは笑顔で見送ってやるのが最大の優しさなのではないだろうか、と思った矢先、あの声が聞こえてきました。
「殺す気か!!」
 映像は相変わらず、異様な雰囲気となった体育館の外観を映していますが、音声の方は無事だったらしく、等々力氏の元気な声が伝わってきました。その明瞭さと大きさからして、おそらく性癖バトルが始まる前にピンマイクでもつけられていたのでしょう。これまた用意周到なことです。
「おいおい……どうするんだこれ。脱出すら出来ねえぞ……」
 等々力氏の状況が把握できないので何とも言えませんが、果たして脱出とかそういう問題なのでしょうか。窒息したり圧死したりしないのでしょうか。いや、別に心配という訳ではないのですが、これはちょっと不自然な現象です。
 そう思っていると、無機質な電子音が鳴りました。携帯の着信音。誰の物かと辺りを見渡すと、知恵様が灰色のそっけないガラケーを耳に当てていました。
「……はい。……はい。かしこまりました」
 口調からして、相手が三枝委員長である事は明白でした。それから更に二言三言「はい」と返事をしていましたから、絶対服従の相手しかありえません。
 電話を切り、前に出て、自分を決して視界に入れずに、そう人も多くない教室全体に告げる知恵様。
「両選手の無事が確認されたそうなので、このまま試合は続行されます。音響は無事でしたので、両選手のピンマイクをそのまま体育館内のスピーカーに繋ぎ、その音声をこちらにも回します」
 このまま続けるのか、という驚きで後半の説明にあまり集中出来ませんでしたが、すぐに状況は理解出来ました。
「ちっくしょう、どうなってやがる!」
 と、等々力氏が叫ぶと、その声は体育館内でも聞こえているらしく、
「す、すいません。ここまで肥大化したのは初めてで……わざとではないんです」
 と、痩男の返事は先ほどまでの達観したような落ち着きとは違い、明らかに焦っています。
「僕の第一能力は発動対象2つに両手で触れで『片方の性欲をもう片方の脂肪に変換する』という物なんです。これを使えば、あなたが高めた興奮度を逆に理由して、女子を太らせる事が出来ます。だからバトルが始まる前に後手を希望した訳でして……つまり、その」
 言い淀む痩男。何も遠慮する事などないとアドバイスしたい所です、そうつまり、
「俺の性欲が凄すぎるって事か!?」
 はい、その通りです。
 前から分かっていた事ですが、等々力氏の節操無さは人外の領域で、その異常な性欲を具体的に換算すると、ちょうど体育館一杯分という事実が判明しました。
「で、ですが安心してください。僕の能力で作った脂肪が何かを破壊する事はありませんので、能力の対象になった女子が死ぬ事もありませんし、僕達が窒息する心配もありません。手足を動かしてみてください。脂肪の中を泳げるはずです」
「うわっなんだこりゃ。やわらけえ!」
「でしょう。おっぱいも贅肉も同じですよ」
「それはちげえっつってんだろ」
 問題はない、というよりむしろちょっと楽しそうなくらいです。1人を除いて。
「い゛い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
 それは明らかな地鳴りで、思わず自分は次に来るであろう大きな揺れに備えて身構えたくらいでしたが、その正体は声でした。
「あ、゛あ゛た゛し゛ど゛う゛な゛っ゛て゛る゛の゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛」
 以前の声をきちんと確認した訳ではないので確固たる事は言えないのですが、あのかわいらしいお顔でこんな声だったのだとしたら、誰かしらが泣きながら土下座して喋るのを止めているはずで、声量的にも音圧的にもこれは肥大化、というより巨大化による影響の一部だと簡単に推察されました。
「や゛だ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
 映像と合わせて見ると、体育館全体が喋っているようにも見え、物凄くシュールでした。
 おそらく彼女は、変わりきった自分の肉体に気づいたのでしょう。それはおっぱいが大きくなった時や、ちんこが生えた時のくりちゃんの心境に近いようにも思えますが、それらよりもいくらか絶望的です。なぜなら、おっぱいやちんこは言ってみれば武器のような物であり、くりちゃんの例で言えば、「内心ちょっと喜んでいたんじゃねえの」という疑いを持てる程度の余裕がありますが、ただの脂肪では全く話は別です。怪しいダイエットフードやぺらぺらのダイエット本が飛ぶように売れる昨今、肥満は女性にとっての大敵、死活問題です。
「安心してください。命に別状はありません。僕の能力でどれだけ太っても身体は動かるんです。あ……でも体育館を破壊する事は出来ないので、出られませんけど……いや……それにしても、素晴らしい!!!」
 と、突如歓喜に満ちた声をあげたのは痩男でした。
「これはちょっと規模が大きすぎるかと思いましたが、僕が好きなのは肉感や重量感だけではなく、むしろこういった女性の心理なのですよ! 元々美しかった女性の肉体が、脂肪という名の鎖を持って堕落していく様! これが『デブ』の醍醐味であり、そこには大きな恥がある! おっぱいのような表面的な魅力ではないのです。もっともっと深い、女性の美と人間の欲という反するテーマを持っているのです!」
 痩男の言葉は次第に熱を帯び、先ほどまでの大人しさとは打って変わって、自我の炸裂する強い言葉尻になってきました。
「分かるでしょう!? ジャパニーズエロスベーシックスタイル恥の文化! 醜く、だらしなくなると共に崩壊していく自尊心と、退廃の美! ただ太っているだけの女性が良いのではなく、太りつつもそれを恥じる女性が素晴らしいのです!!!」
 凄まじく熱いご高説でしたが、正直どうなんだろう、という気持ちで自分は聞いていました。いや、一理あるという所もあるにはあるんですが、流石は超能力に目覚める程の変態ともあって、そのフェチズムの複雑さは瞬時には理解し難く、とはいえ他人から見れば、おしっこを漏らしている女子に感じる劣情も同じように理解されないのかもしれない、と少しの不安も思い出しました。
「こ゛の゛人゛頭゛が゛お゛か゛し゛い゛よ゛お゛お゛お゛お゛」
 ごもっとも。
 低く唸るような嗚咽はしばらく続き、それが収まってきた頃、沈黙を守っていた等々力氏が口を開きました。
「……俺は馬鹿だからよ……そこまで深く考えた事はなかったぜ」
 おや、痩男の意見に感銘を受けたのかな、とそんな訳あるはずがなく、
「だからよ、シンプルにやる事にしたぜ」
 意味深な言葉を残し、等々力氏のマイクから音が消えました。おそらく手で覆っているのか、それとも外してポケットにしまったのか、とにかく戦況は変化を見せました。等々力氏がどういった意図でマイクを封印したのかはまだ不明ですが、何かある、と見て間違いはないはずです。
 1分ほど、痩男は一方的に話をしつつ、肉の海を楽しんでいるようでした。今あえて客観的な立場に立って見てみると、裸の女子に包まれつつ、好き勝手に暴れられる訳ですから、これはこれで確かにちょっとうらやましい物があるかもしれ……まあ明言は避けますが、とにかく痩男本人はすこぶる楽しそうでした。体育館の窓からはみ出る肉はぐにょぐにょと動き、女子はようやく泣くのをやめたようです。
「おい」
 突然、等々力氏の声が戻りました。
「認めてやるよ。あんたのデブにかける情熱と、俺の性欲の凄さは認めてやる」
 後者は元々ある程度自覚してない方が。
「だけどよ、結局お前はデブのどこの部位が1番好きなんだ? 俺は現実主義だからな、心理だとか文化だとかは分からねえ。教えてくれよ。どこが1番良いんだ?」
 怪しい、と思ったのですが、昂ぶったせいもあってか痩男は等々力氏の急変した振る舞い疑いを持たず、「なるほど、分かりました。教えてあげます」と承諾して、また泳ぎ始めました。それからしばらくして、
「ここです! ここの肉はが最も素晴らしい! さあ、こっちにきて全身で味わってみてください!」
 嬉しそうな痩男。自分は、この時点で、勝負の決着を見ました。
「ふーん。確かに、ここの肉は良いよなぁ……?」
 等々力氏の邪悪な声。
「ま、まさか……」
 痩男もようやく等々力氏の意図に気づきます。
「ここの肉は……いわゆる『おっぱい』だぜ……?」
 瞬間、「ボン!」という爆発音と共に映像が乱れ、元の体育館が戻ってきました。全裸で倒れる女子と、股間を抱えて蹲る痩男、そして拳を天に高く突き上げ、勝ち誇る等々力氏。
「お前さんの敗因は、女心を理解していなかった事だな。マイクを切っている間、俺は女子にこうアドバイスしたんだ。『身体が動くなら、あいつに向かってパイズリしてやれ。そうしたら、きっとあいつは興奮するだろうぜ』ってな。太っても女子は女子だぜ?」
 うぜえええええ。
「見てたか五十妻ぁ!? これが成長した俺の戦い方だぜ!」
 うっぜえええええええええ。

       

表紙

和田 駄々 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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