Neetel Inside ニートノベル
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HVDO〜変態少女開発機構〜
第二部 第一話「重なった虚ろの咆哮」

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 突然ですが、つい先日世界中の幸運をかっさらったのは自分です。悪気はありませんでした。


 暦も終盤に差し掛かり、いよいよ来年の頭頂部が見えてきた師走、外が寒いのは至極当然の事ではありますが、心がこんなにも暖かいのは果たして一体何故なのでしょうか? いやはや、不思議で不思議でたまりません。……などと、ありとあらゆる不幸に苛まれる日々を送る諸先輩方に尋ねるのもなんとも酷な話なので、代わりに自分がお答えしましょう。
「もとくーん、ココア出来たよぉ」
 やや不安になる足取りでとてててと、お盆の上にお揃いの2つのカップを乗せた1人の小学5年生(と書いて天使と読みます)が、居間という下界に降臨なされました。ちょうど受験勉強も煮詰まって、若干疲労の色が見えてきた所でしたので、この差し入れは非常に嬉しい心遣いといえました。
 この世界に生まれたのがまるで奇跡のように思われるこの美少女と自分は、1つ屋根の下、2人っきりで暮らしています。
「えへへ、一緒に飲も」
 自分はコタツの上に広げた教科書を一旦端に寄せ、ココアが置かれるべき空間を確保すると、何も言わずにコタツから少し体を離して、深めにあぐらをかきました。するとその少女は、恋に落ちたキューピッドのごときぽわぽわとした微笑を浮かべながら、自分のふとももへと腰を下ろし、全体重を自分に預けるのです。
 そしてコップに口をつけると、「あちち」と舌を出して笑うので、自分は「ふーふーしないと駄目ですよ」と糞みたいな当たり前のアドバイスを与えてから、自分も舐める程度にココアを口に含み、「おいしく出来たかなぁ?」という幼女的ないじらしい質問に対し、一旦コップを置いて、頭を優しく優しく撫でて答えるのです。
 精神疾患から来る何らかの症状や、こじれにこじれた妄想が、いよいよ幻覚を伴って現れたようだ、と思われる方も若干名おられるかと思われますが、残念。これは紛れも無い現実なのです。ざまあ。
「くりちゃん」
 その卑猥な名前を呼ぶと、つい数日前までならば「その名前で呼ぶんじゃねえ!」と瞬間湯沸かし器のような怒り方をして、自分の肉体にただならぬ苦痛を加えてきていたあのくりちゃんが、今はただの純真無垢な1人の幼女として、「なぁに?」と甘ったるい声で返事をするので、危うく涙が零れそうになります。
 失った物はとてつもなく大きかったですが、得た物は更に大きかったという事です。
 

 
 ここ数日、生活を共にして気づいた事を報告させて下さい。自分は、人の好意については非常に敏感な男でありますから、気づかずにはいられなかったと言うべきかもしれませんが、それでも「ただの勘違いだろう。そのような事があるはずない」とくやし涙を浮かべて叫ぶ声も自分の耳に届きつつありますが、残念。くりちゃんは自分の事が大好きなのです。ざまあ。
 まあ、生卵をぶつけられる前に、証明してさしあげましょう。
「くりちゃん、今好きな人はいますか?」
 唐突にそう尋ねられたくりちゃんは、びくっ、と華奢なのに柔らかい体を震わせて、首を少し引っ込めてから、両手を胸の前で握ってぎゅっとしました。皆さんのお手元にある「恋する乙女の教科書」124ページにある「意中の人に告白するチャンスが突然きた時にすべき乙女的正しい反応の図」を参照していただければご理解いただける通り、これはまさしくそういう状況です。
 答えに困ってもじもじとするくりちゃんの背中を、自分はぽんと押してあげます。
「正直に言ってください」
 くりちゃんは、顔を旧ソ連のように真っ赤にしながら、「い、いるよ?」と言って、誤魔化すようにココアをすするので、自分は熱いココアをさますような冷たい口調で、「へえ、それは誰ですか?」と的確な一矢を放つのです。
「も、もう! 知らない!」
 ぺたぺたと足の裏を鳴らしながら、台所の方へと駆けていくくりちゃん。そのまま追いかけて、追いつめて、自分の名前を言うまでにじにじと苛めてあげるのもそれはそれでオツなのですが、今日はあえて、追いかけてきてくれない不安にかられて、こっそりと扉の隙間からこちらの様子を伺うという小動物的かわいさを堪能しつつ、しかしいよいよ寂しくなって戻ってくるのを待つ時間を有効に使って、「おい、この辺でくりちゃんのかわいさ自慢をやめて、話の本筋を進めろや。あと初見の方々にも分かりやすいようにざっくりと、邪魔にならない程度にここまでのあらすじを一応つけておけや」という方々の声にお答えするとしましょう。


 さて、まずは最重要前提として、自分は変態です。
 第一部をほんの1、2行読んでくださった方ならば、既に重々ご承知の事かと存じますが、「3度の飯よりおしっこを好み、おしっこをかけた3度の飯はもっと好む」でお馴染みの自分、名を五十妻元樹(いそづま もとき)と言い、都内の中学に通う3年生の健康的男子であると同時に、ある日超能力に目覚めた超越者でもあります。
 HVDOと名乗る謎の組織(あるいは個人や概念である可能性も未だ否定はできませんが)から与えられた超能力。それは、念じながら人に触れると、その人物の最大尿貯蔵量、つまり膀胱のマックスの3分の1を瞬時に溜めるという、分かりやすく言えば、「自分に3度触れられた人物は確実におもらしをする」まさしく値千金の代物でした。
 自分はこれを存分に悪用し、我が家の隣に住むツンギレ処女つるぺた偽ヤンキーこと木下くり(あだ名はくりちゃん)を羞恥と快楽の火炎地獄へ幾度となく叩き込むという甘美なる作業に没頭して参りましたが、その過程において、自分以外にも同じくHVDOによって超能力を与えられた超変態と遭遇し、お互いのフェチズムをかけた性癖バトルを経験し、勝利する事により、強力かつ変態的な新たな能力を得て、次の街へというかくかくしかじかの経緯がありましたが、ここはばっさりと割愛させていただき、どうしても知りたいという稀有な方には、第一部から読み直す事をおすすめしておきます。
 そして冬休みに入る直前、自分が性癖バトルにおいて初めての敗北を喫した相手は、プロのロリコン。あるいはロリマスター。あるいはロリジェネラル。あるいはロリゴッドという不名誉甚だしい名を欲しいままにする同級生、春木 虎(はるき とら)氏でした。
 今考えてみれば、あの時の自分ごときが春木氏に挑むのは、ローレシア城を出てすぐひのきの棒片手にロンダルキアの洞窟に挑むような蛮行であったと断じざるを得ません。敗北が自分にもたらした物は、それまでに得た全能力の封印という厳しすぎる罰と、完全なる勃起不全という重すぎる枷と、身も心も聖幼女と化したくりちゃんという甘美の至高たる存在だけでした。春木氏は、くりちゃんの肉体を幼女化するだけに飽き足らず、小学5年生以降の記憶を根こそぎかっさらっていったのです。
 これら諸々の事情を要約し、一言で表すとするならば、つまり今、自分は幸せだという事に他なりません。冒頭の大言も、あながち大げさに思えないくらいに、幸福の絶頂生活を自動的に送ってしまっているのです。何せ、人の事をボーナスステージに置いてある車くらいにしか思っていないらしく、ボコボコにする事に対して何の躊躇いもない凶暴極まるド貧乳S女が、あろう事か自分に対してとことん従順で、なおかつとろけるくらいに甘えてきて、しかもずっぽり惚れて信頼しきっているというこの状況! 自分の心は、ただそれだけで満たされます。
 そんな理由もあって、やや過剰気味にくりちゃんの愛くるしさを紹介してしまった訳です。


 くりちゃんを元に戻すには、春木氏に正々堂々とリベンジを仕掛けて倒すか、能力を解除してくれるように懇願するか、何か策を用意して貶める他にありませんが、あいにくどれもする気はありません。今年、中学3年生である我々の目の前には受験という関門が待ち構えており、このままではくりちゃんは高校浪人という憂き目にあってしまうのは目に見えてはいるのですが、いざくりちゃんを元に戻す為に作戦を練ろうと考え始めると、全く思考が前に進まないのですから仕方がありません。
 何せくりちゃんはかわいいのです。女の子のおもらしを見る事を生きがいにするこの自分が、おもらしを抜きにしてかわいいと断言し、仮にくりちゃんがおもらしを全くしない生物だとしても、そのかわいさは5割程度しか減る事がなく、しかもくりちゃんはいつだっておもらしをしうるのですから、何度だって繰り返して申し上げますが、つまりくりちゃんはかわいいという事で、かわいいという事です。
 ここまで盲目的な愛を語り続け、しかも同居しているとなると「もしや貴様は、くりちゃんに対して何かいやらしい事を既にしてしまったのではないか? おまわりさん、こっちです!」と通報される方も多々おられるかと思いますが、どうかご安心ください。あいにくと、自分の愚息は性癖バトルで敗北した罰によってぴくりとも勃ちませんので、いやらしい事をしようにも出来ないという事です。
 が、強いて言えば、必ずトイレに行く時は一緒についていって、用を足した後、トイレットペーパーで優しく局部を拭いてあげているという事がいやらしい事の部類に入るともしもあなたが思うのであれば、あえて否定はしません。何せくりちゃんは疑う事を知らない少女ですから、自分が「女の子は他の人におしっこをふいてもらうと、どんどん料理が上手になるし、おっぱいも大きくなるし、魅力的な女性に成長出来るんですよ」と嘘八百を言うと、それを信じて疑わないので、これも実に仕方のない事です。
 あとは一緒にお風呂に入ったり、添い寝してあげたり、軽く髪をはんでみたり、ついでに匂いを嗅いでみたり、宿題と偽ってヌードデッサンを強要してみたり、デッサンのくせにデジカメで写真を撮りまくったり、無意味にニーソを履かせてみたり、目隠しをさせてフランクフルトを食べさせたり、偶然を装って乳首を擦ってみたり、ヨーグルトの早食いにチャレンジさせたり、ノーパン健康法の大切さを幾度となく説き、家では常にノーパンでいるように躾けたりと、そのような至って普通の、すこぶる健全な生活を謹んで営んでいるので、まだ自分は決してダークサイドに堕ちてはいないはずです。
 おっと、気を抜くとまたすぐにくりちゃん自慢を始めてしまいます、反省反省。


「も、もとく~ん……」
 背後から聞こえる、弱々しいくりちゃんの声。早くも寂しさが限界に達したようで、大人しく「ちゅき」と言うきになったようです。自分はやれやれとでも言うように、わざとらしく鬱陶しそうに立ち上がって、扉を開けました。が、次の瞬間自分が目にしたのは、異様かつ威容かつ医用な光景でした。
 赤。
 予想だにしていない鮮烈な真っ赤が網膜を直撃し、自分は酷くうろたえマジェンタ。くりちゃんは泣きそうな顔で、自分の事を上目遣いに見上げ、助けを請う仕草をしています。そしてその下方、床にはぽたぽたと、重力に逆らわず紅の液体が滴り落ち、それは疑う余地などなく、くりちゃんの股間、突き詰めて言えばパンツ、ぶっちゃけて言えばパンツの中から発生している物に違いありませんでした。
 女子ならば、避けて通れぬ生理現象があります。
 男子がのんきにうんこちんこで爆笑しながら色鬼やドロケイなどに興じている最中、女子は一足お先に大人になっていて、「ふん、男子は子供ねえ」などという立場的有利を匂わせる発言をする事がありますが、その理由はこの生理現象から来る物ではないのだろうか、という考察も学界にあがっております。
 生理。と、ストレートに言うべきか、月のモノ、あるいは女の子の日などとオブラートに包んで言うか、それが問題です。いやいや、今それは問題ではありません。混乱。動転。錯乱。……ああ、くりちゃんに初潮がきてしまった!
 厳密に言えば、くりちゃんの体は一度既に初潮を迎えたはずで、それを春木氏の能力によって子供にされた後、再び生理が始まった訳ですから、「初」潮と言うべきか非常に微妙な所ですが、今はそんな事を論じている場合でもありません。
 どうしよう。どうしよう。赤飯の炊き方が分かりません。
 こんな時、男という物はなんと頼りにならない物なのでしょうか、残念。必要なのはたった1人の存在なのです。まざぁ。
 何を冗談言いよるか! そう思えば思うほど、阿呆な思考は止まらず、自分はあたふたと、ただただ手足を上下に動かして、「えらいこっちゃ」と口ずさみ、阿波踊りに良く似た踊りを踊るのです。そうしている間にも、くりちゃんは今にも消滅してしまいそうなほど恥ずかしがり、床には見ているこっちが貧血を起こしそうな光景が広がっていきます。
 かといって、くりちゃんの実母を呼ぶわけにはいきません。HVDO能力の事は最重要機密ですので(バレた瞬間に逮捕される確固たる予感があります)、くりちゃんが子供になった事はもちろん秘密です。そもそも、「おたくの娘さんに2度目の初潮がきました!」などと珍奇な事を口にする勇気が自分にはありません。
 ああ、あああ、今もくりちゃんの股間からは、尋常ではない量の血が溢れています。くりちゃんも泣いていますが、むしろこっちが泣きたい気分です。うんこおしっこで笑えた時分が、ただただひたすらに懐かしい。とにかく助けを、助けを呼ばなければ。
 1人だけ、自分の交友関係の中に、この手の、具体的に言えばくりちゃんの下半身関係の問題を共有出来る人物を記憶の中に発見しました。自分は「だ、大丈夫ですから!」と叫びながら転げ落ちるようにくりちゃんから離れて、藁をも掴む思いで受話器を握ると、その人物に電話をかけました。
「三枝委員長! 緊急事態です!」

     

 電話をかけてからわずか数分後、狂おしいほどに待ち焦がれた、たった1人のスペシャルホースこと三枝委員長が、小型ヘリで我が家に到着しました。爆竜大佐を髣髴とさせるその登場シーンに、普段ならば度肝を根こそぎ抜かれていた所でしたが、今は人体の神秘を目の前にしたその直後というだけの事があって、さほどは気にならなかったと言えば嘘になります。やはり、彼女は規格外です。
 自分が神に救いを求めるが如く扉を開けると、イカついアタッシュケースを片手に提げ、物々しい雰囲気をかもし出しながらも、「お邪魔します」と最低限の礼儀は忘れずに我が家の玄関をくぐった三枝委員長は、脱いだきちんと靴を揃えて、自分の前に立ちました。
「木下さんは?」
 一切の無駄が省かれたその質問に、自分は震えながら居間の方向を指差し、三枝委員長の淀みない足取りに引っ張られるように、その後を追いました。
 くりちゃんは先ほどの状態から一歩も動かずに、赤い水たまりの上で声を殺すようにして泣いていました。何せ完全にput my hands in The air状態でしたので、自分には何も出来なかったのです。珍しく、心に痛みを感じます。どんな変態だって人は人なのです。
 三枝委員長は一瞬、自分の方を冷ややかな視線でちらりと見て(どんな批判や叱責や罵倒の言葉よりも、自分の無力さを痛感させられた瞬間でした)、すぐに視線をくりちゃんに戻し、猫なで声で「大丈夫だからね」と雪山で遭難した時にたまたま一緒に居たイチローより頼りになる言葉をかけて、持ってきたアタッシュケースを開けました。中には、様々な種類の生理用品が満杯に詰まっていました。
 これは以前にも感じた事ですが、三枝委員長ほど「敵に回したら恐ろしいが、仲間にしたら頼もしい」という言葉の似合う人物はいないように思います。
「あ、あの、先にお風呂とかにいれなくていいんですか?」
 と自分は、保護者としての最後の意地とばかりに意見を述べてみたのですが、
「生理中はお風呂を出た後にお腹が冷えて痛くなってしまう事もあるから駄目」
 と、簡潔に否定されてしまいました。
 自分の愚かな浅知恵が何の助力にもなっていない現実に対して自己嫌悪している間に、三枝委員長はくりちゃんの血を処理し、生理用品の使い方を親切丁寧にレクチャーし、メンタルケアまでしてのけたのですから、恐ろしありがたいとはまさにこの事です。
 くりちゃんは終始泣いてばかりいて、「何も恥ずかしい事じゃないのよ。むしろおめでたい事なのだから、後で五十妻君に何か綺麗なお洋服でも買ってもらいなさい」という三枝委員長の菩薩ライクな言葉にも返事する事ままならないらしく、そして決して自分の方は見ませんでした。
 情けなし 男の出るまく まるでなし。
 幕と膜をかけたなかなか甲乙つけがたい一句が浮かび、いよいよもって自分は救いようのない馬鹿であり、変態であるなあと思いしらされたのです。


 すっかり冷めてしまったココアを正座しながら啜り、自分は三枝委員長の言葉を待ちました。「お父さん、娘さんを全員下さい」と言い放った直後のような張り詰めた緊張感に、自分はまるでここが自宅ではないかのような錯覚さえ覚えました。
 何分、初めての事で疲れてしまったのでしょう。見られたくない物を見られてしまったという喪失感もあるでしょう。くりちゃんは既に自分の部屋に戻り、ベッドでぐっすりと眠っています。つまり居間には、自分と三枝委員長の2人っきり。室内は、肌を妬くような沈黙が支配する牢獄でした。
「……あの、わざわざ休日に駆けつけていただいて、ありがとうございました。しかも、料理や洗濯までしていただいて……」
「……」
 三枝委員長は目を瞑ったまま腕を組み、堂々たる貫禄で自分を威圧し、戦々恐々自分は冷や汗を拭いました。
「くりちゃんのアレは、もしや能力者の仕業でしょうかねえ……?」
 下手に出つつ尋ねると、
「それはないわね。もしも月経フェチの能力者がいたとして、木下さんに能力を使った結果がアレならば、その人物は何を置いても最前列で見たいはず。今、ここにいるのは私と貴方だけなのだから、木下さんのアレは自然にその時を迎えてしまったというだけの事」
 一寸の穴も無い理論でした。再び、針のむしろのような沈黙の上で自分は正座を始めました。
 それから10分後。何の予備動作もなく、
「五十妻君」
「は、はい!」
 名前を呼ばれた瞬間、背中にガリガリ君を突っ込まれた時の感覚が自分を襲いましたが、次に三枝委員長の妖艶な唇から飛び出してきたのは、自分を責めるでもなく、女体の神秘について解説をしてくれるでもなく、とても意外な物でした。
「私は、あなたの奴隷になったはずよね?」
 奴隷。自分はその言葉の真意が把握できず、脳内辞書を何度か高速でひきましたが、そこに載っていた意味はたった1つでした。
 くりちゃんが、春木氏と音羽兄の策略によって誘拐されたその日、自分は自らの人生でも初となる奴隷の調教を三枝委員長に施しました。それは自分が三枝委員長に対して強要した物ではなく、むしろ三枝委員長自身がくりちゃんの居場所を教えるという交換条件を提示してきた事に起因し(というと言い訳のように聞こえるかもしれませんが、行為の最中も自分はくりちゃんを助ける気持ちが0.01%前後は残っていたと断言させていただきます)、自分は三枝委員長が露出狂として望む未来を出来る限り実現し、与えました。
「……と、言いますと?」
 自分はおっかなびっくりしながらそう尋ねましたが、三枝委員長は黙して語らず、また目を瞑って、何かを考え始めているようでした。
 そのまま10分ほど、硬直状態が続いたので、自分はいよいよ両肩にのしかかる100tの重り(合わせて200t)に耐え切れなくなって、苦し紛れにこう提案したのです。これは自分の名誉の為にも、あえて先に言っておきますが、決してそこにいやらしい下心などは微塵もなく、ただ気分を変えて、状況と関係の改善を願っての物でした。
「……あの、外へ散歩にいきませんか?」
 その言葉を聞いた瞬間、三枝委員長はカッと目を見開き、待ってましたとばかりにどこからともなくあるアイテムを取り出したのです。
 気持ち若干頬を紅く染めながら、三枝委員長が自分の目の前に啓次し運命は、黒い首輪と手綱の形をしていました。


 私を調教して。
 と男子に堂々と依頼する女子が、果たして日本国内に何人いるか、という問題がまずあり、その中でも類稀なる容姿と、家柄と、能力と、性癖を兼ね揃えた人物が果たして存在するかどうか、となってくると、これは最早天文学的な確率をはじき出し、下手をするとこの宇宙が誕生した奇跡を楽に越える偶然が発生しつつも、自分のすぐ近くに転がっていたという事になります。
 草木もうつらうつらときているであろう深夜の2時。自分は覚悟を決めて、大きな大きな第一歩を踏み出しました。もっと強い覚悟を決めなくてはならない三枝委員長は四つんばいで自分の前をいき、しかも当然のように全裸でしたので、はっきり述べて陰部は自分に対して丸見えの状態でした。
 月の明かりが照らした彼女の卑猥装置は、前から見るとかわいげのある毛が生えているはずなのですが、後ろからですと完全なる無毛とほぼ変わらず、周りの暗さがその猥褻さを引きたてつつ、なおかつ前後に動く両足によって、くにくにと動く柔肉が、まるで艶美な食虫植物のように自分を誘惑しています。
 自分はしっかりと手に持った手綱を握り締め、辺りを警戒しつつも、脳に打ち込まれる情報を整理して、今自分が何をすれば良いのかを改めて考え始めました。
 聴覚がとらえたのは、三枝委員長の荒い吐息と、どこからともなく聞こえる犬の遠吠え。発情しているという点ではどちらも似たような物です。そして嗅覚で感じる冬、匂い。自分はしっかり服を着込んでいますから、そう寒くはありません。……とは口が裂けても言えない程に激寒いのですが、では全裸のこの人はどうなのかというと、湯気が出るほどにお熱いようなのです。
 自分に敗北する前まで三枝委員長が持っていた能力「影暴」は、発動すると全裸になり、2秒経過すると元々着ていた服に戻るという物でしたが、今は正真正銘、何のトリックもギミックもない全裸であり(首輪だけはしていますが)、そもそもあの勝負の時も、結局三枝委員長は能力をほとんど使わずに、自分で服を脱いで放課後の教室でプレイを大いに楽しんだ訳ですから、真に常軌を逸した変態は彼女であるのではないか、という説もまことしやかに囁かれております。
 自分が口にした「散歩」という言葉を、曲げて曲げて曲げて解釈した結果がこの有様。まったくもって、変態の思考回路という物は訳が分かりかねます。先ほどまで、うちの台所で鉄人ばりの料理の腕を披露していた完璧超人が今は全裸で地面に這いつくばっている。なんという事でしょうか。
 無言のまま、自宅から出て20mほどを歩いていると、急に不安になってきたのか、三枝委員長がこう尋ねてきました。
「あの……五十妻君。どこまで行くの?」
「犬は喋りませんよね? 何て鳴くんでしたっけ?」
「わ……わん!」
 気づくと自分はノリノリでした。


 どうにか無事に、いえ、三枝委員長にとっては「残念ながら」と言うべきなのでしょうか、途中ニアミスは何度かあったものの、目的地まで、誰にも通報されずに来る事が出来ました。
 1周が約400mほどあり、中心に遊具があるこの時田公園は、昼は小さな子供を連れた奥様方や、お年寄りの散歩コースとして多く利用されており、12時を過ぎる前までなら、日々のトレーニングに励む方の姿も見られるのですが、流石に夜半を越えると人の姿はありません。
「さて、まずは何から躾けていきましょうかねえ……」
 などと余裕の発言をかましてはいますが、内心では必死です。どうすれば三枝委員長は満足してくれるのか、どうすればもっとエロくなるのか、過去、自分が読んできたありとあらゆる成年漫画、官能小説という重要資料を紐解いた結果、出たきた言葉はこれでした。
「おすわり」
 命令を下すと、三枝委員長は「わ、わん!」と返事をした後、四つんばいの状態から腰を下ろし、両手を地面につけて自分を見上げました。ちょうどその豊満な胸の頂点と、股間が隠れるような腕の配置で、そこに自分はラストやまとなでしこ的恥じらいを感じ取りました。
 三枝委員長の表情には既にいつものキリッとした面影はどこにもなく、だらしなく舌を出して鼻息荒く、もはや野生の雌に堕落しながらも、従順な飼い犬としての性質は失わずに、命令に答えたという訳です。
「お手」
 次に、自分は腰を落とし、手綱を持っていない方の手をそっと差し伸べました。三枝委員長は躊躇いながらも、軽く握った手を置きましたので、摘みやすそうな乳首がこんにちはしていました。
 すっかり調教の行き届いている事は重々分かってはいましたが、確認の為に自分は、この項最後にして最高に屈辱的な命令をする事にしました。
「ちんちん」
「……わ、わふん」
 自信なさげな返事をしつつもゆっくりと、三枝委員長は股を広げていきました。武道における「蹲踞」に良く似たその体勢は、しかしながらそこに見られるような神聖さは一切無く、この上なく卑猥かつ猥褻なポーズであり、犬のように曲げた手首を首輪の近くまで持ってくると、いよいよもって変態の極みへと到達したかのように思われました。
「無様ですね」
 と忌憚無き感想を述べると、三枝委員長は頬を真っ赤にしたので、自分は悪戯心から視線を遠くに向け、わざとらしく「あ! あそこに誰か!」と言うと、三枝委員長は体をびくんびくんさせながら後ろを振り向いて、誰も居ない事を確認し、くやしそうに自分を見上げるのです。
 快感。で、あるにも関わらず、ああ、なんという事か。エロス神の与えたもうこのシチュエーションに、我が愚息はこれっぽっちも反応せずに、ぶらりだらしなく股間で眠っているのです。もしも自分が春木氏に負けていなければ、爆発寸前まで勃起させた後、そのまま勢いでこの雌犬に肉棒制裁を加えて然るべき場面なのですが、ちんこが勃たないというただそれだけの事で、To Loveるばりの超おあずけを読者の皆様に課してしまう事になろうとは。
 改めて思い知らされた敗北の重さに自分がたじろいでいると、三枝委員長も自分の放蕩息子に気づいたらしく、残念そうな、あるいは物欲しそうな表情を一瞬見せました。
「くぅ~ん」
 すっかり犬になりきった三枝委員長は、せつなげにそう鳴くと、自分の上着のボタンの下だけ開けて、履いているジーンズのベルトに手をかけました。当然自分はうろたえ、「待て! ステイ!」と命令しましたが、聞く耳を持たず、もはや犬ではなく狼と化した彼女は、自分のパンツに手をかけました。
 勃たぬなら勃たせてしまえという事でしょうか。その豪快な考え方には賛同しかねますが、いや、しかし自分も、全力で抵抗する事は出来なかったのです。
 ここまで来てもまだ勃たない、むしろ寒さで縮んでいるくらいのマイサンが外部に露出しました。それを見た三枝委員長は驚きながらも興奮しつつ、唇の先端を尖らせて、その端正な顔をゆっくりと、この世で一番汚くて神々しい物に近づけていったのです。

     

 散々くりちゃんの事を生意気な処女呼ばわりしてきた自分が、今更こんな事を言うというのはなんとも気恥ずかしく、出来ればあえて明言せずに話を進めていきたかったのですが、まあとっくにバレているとは思いますし、今自分が抱いている感情を理論的に説明するには、この事実をはっきりとここに明言しておき、同情か、あるいは協調を得る事によってしか成しえないと判断しましたので、言います。
 自分は童貞です。
 あ、それは別にどうでもいい情報です。と思われる方が大半であると推察されますが、しかしそこをどうにか堪えて、是非とも1つ想像してみてください。同じ童貞の方は立場を置き換え、非童貞の方は昔を思い出して、女性ならば性転換した気分になって、中学生の男子が、初めて女子との性行為に挑む瞬間の緊張と高揚を、ありったけの想像力でもって瞼の内側スクリーンに映し出してみてください。
 それは即ち、並々ならぬ事です。男というのは、ミルクにつけたビスケットのように脆弱なメンタリティーを持っている生き物でありますから、初めての時に逆に興奮しすぎて勃たなかった、という人もいれば、一生取り除かれる事のないであろうトラウマを女子の手によって植えつけられた方も多々いると聞きます。初体験というのはまさに、一生一度一世一代一期一会一喜一憂の大舞台であり、そこでトチ踏もうものならば、その後の人生ひたすら下を向き歩かなければならない程の大いなる挑戦なのです。
 であるからして、三枝委員長の取ったその行動は当初、自分に混乱以外の何物ももたらしませんでした。自分は先ほど、肉棒制裁も辞さない構えであると生意気な事を口にしましたが、この鉄壁の如きリアルを前に、情けなくも足が立ちすくんでしまっている事に気づいたという訳です。それでもなお自分の事を指さして笑う人は、おそらく長い人生の過程において、童心をどこかで失ってしまった方であると反論させていただきます。
「三枝委員長! ちょっと待ってください! 脱がすのをやめなさい! 言う事を聞かないペットにはきついお仕置きをしすよ!?」
 などと脅してみても、ますます三枝委員長は宴たけなわになるのみで、血走り見開いた双眸を決しておちんぽから離さず、自分が両手を使って彼女の顔を押さえつけて引き離そうとしても、重戦車のようにじりじりと強引に顔を進めてきて、表情は今にも「ん゛ほぉ゛ぉ゛」とか言ってアヘ顔しそうな領域に迫ってきていたので、「あえて拒否をしなかった」というよりも、拒否する事が阿呆らしくなったと言った方がやや正しいかったかもしれません。つまり、自分は開き直りました。
 フェラチオ。大いに結構ではありませんか。
 今現在、自分の駄ペニスは、ありとあらゆるエロに対して完全無反応主義を決め込むという篭城体勢に入っているのは紛れも無い事実であり、例えば美少女の生放尿や失禁といった極上の爆弾でもって爆撃してもびくともしない防御力を誇っています。
 無論、自分は童貞ですので、これまでの人生経験上フェラされた事は1度もありませんが、果たしてそれがなんぼのもんじゃい、と。たかだか人間の口に陰茎が収まったからといって、どれほどのエロスをたたき出すというのでしょうか。ちゃんちゃらおかしいとはこの事です。
 ……まあ、もしも三枝委員長のフェラで自分のマグナムのトリガーが引かれてしまったとしたら、それはそれ。据え膳喰わねばなんとやらと昔のエロい人も仰っている事ですし、ごにょごにょむにゃむにゃ致してしまうというのもやむ無しと、自分が不埒な覚悟を決めた瞬間に、まるで計ったように邪魔者は現れました。ファーーーック!


 頭部から背中にかけてを少し汚れた砂茶色の毛が覆い、尻尾はくるんと丸まって、触ればおそらく湿っているであろう黒くて大きな鼻の下、開けた口からはピンク色の健康な舌が垂れ、三枝委員長と同じく4足歩行で歩くその姿。
 18禁ゲームで言えば、エロCGが表示される一歩手前のテキストが流れているような状況をひっくり返してフラグを叩き折ったのは、たった1匹の「犬」でした。当然、自分も三枝委員長も周りは警戒していましたので(今やっている事を真面目に解釈すると犯罪の部類に入っているのは重々分かっていますが、情熱の前には法律など何の拘束力も持たないといいつつもお縄になるのはやはり御免です)、目の前に現れるまでその存在にすら気づかなかった事から、この犬は相当な訓練をつんだ忍者犬である可能性もにわかに浮上してきましたが、見た目はただの柴犬に近い雑種です。
「ちょ、な、何!?」
 この突然の乱入には流石の三枝委員長も驚いたらしく、似つかわしくない声をあげました。犬は、自分に向かって何度か吼えた後、低い声でうなりながらぐるぐると周りを回って、自分と三枝委員長を交互に見ました。「お前ら人間の癖に外でやるんじゃねえ! ホテルへ行きやがれ!」とでも言いたいのでしょうか。露出プレイ初心者の自分には、こんな時どう対処するのが正しいのか分かりません。いえ、例え上級者でも分からないのでは? それとも、上級者は皆ポケットにほねっこを忍ばせているのでしょうか。とにかく、まずは落ち着く事です。
「野良犬のようですね」
 もしも噛まれてしまったら冗談ではすみませんので、自分はそそくさと陰茎をしまい、三枝委員長に「場所を変えましょう」と言って、手綱をひきましたが、それでも犬はついてきてワンワンと吼えました。人懐っこいのか、それとも警戒しているのか。当然、本気モードで言う事をきかない犬を連れた状態では、非常に目立ってしまいます。
 犬は三枝委員長の尻穴の臭いをくんくんと嗅いだり、舌でその肌を舐めたりしており、もしも懐いているのだとしたら三枝委員長に対してで、自分の事はむしろ敵視している様子でした。
「困った事になりましたね」
「ええ……そうね」
「いつ日本語を喋っていいって言いましたっけ? あなたもこの犬と同じケダモノの一種ですよね?」
 と、こんな時でも忘れずに自分がご主人様に徹すると、三枝委員長は取り繕うような情け無い笑顔で「わ……わん!」と答えました。
「しかし本当に困った」
「くぅ~ん」
 2匹の犬を連れて散歩、という訳にもいきません。なぜならば、本物の犬を連れていると心がほのぼのとしてしまうからです。これではどうにもエッチい気分になりません。仕方なく、しっしっ、と自分は手で犬を払ってみました。
「あ痛っ!」
 すると犬が噛み付いてきた訳です。野良犬の牙は雑菌の巣窟です。幸い、噛んだといっても甘噛みだったようで、切り傷にはなっていませんが、犬はなおもマズルの奥の鋭くも愛らしい眼光で自分を睨んできました。


 痛みと共に、自分はある事に気が付きました。
「もしかしてこの犬、三枝委員長とヤりたいのではないですか?」
 三枝委員長はぽかんと口を開けて自分の顔を見ました。や、り、た、い? 何を? 無論、ナニをです。
「そ、そん……わ、わわん!」
 三枝委員長は出かけた人間の言葉を飲み込んで、犬としての矜持を守りつつも反論しました。すがるように自分のジーンズを両手で掴んで、「くぅ~ん」とまた例の甘えた声で鳴くので、自分のS心にいよいよ火の手があがりました。こうなれば、火付け盗賊改方が駆けつけて来るその前に、さっさと行為に及ぶとしましょう。
「犬同士、良いんじゃないですか。とてもお似合いですよ」
「わふん!? わ、わんわん! わん!」
 クラス、ひいては我が校の最高責任者と言っても過言ではないほどの優等生、歩く人望発生装置、才能のオーバードーズ、成功する為だけに生まれてきたようなミスパーフェクトが、犬畜生に限りなく近い扱いを受け、あわや獣姦までさせられそうになっている。
 なんたる奸濫。なんたる淫靡。
「わわわん! わん! わあん!」
「そんなにうるさく吼えると、誰か人が来てしまいますよ」
 と宥めながら、自分はしゃがんで、本物の方の犬の下を覗き込みました。オーケー? オーライ! 立派なペニスをぶら下げた雄のようです。
「わんわんわんわん! それだけは許してわん!」
 なりふり構わぬマジ懇願に対し、自分は冷ややかに言い放ちました。
「何故そんなに拒否するんですか? 貴方は自他共に認めるアブノーマル。変態プレイヤーのはず。犬とのセックスくらい、朝飯前にこなすくらいでないといけませんよね。それにどうやら、彼の方は準備万端のようですよ」
 指差すと同時、犬は大きく体を開いて三枝委員長の背中に飛び乗りました。犬のペニスは細長くピンク色で、人間の物とは随分と違いましたが、興奮しているのは明白でした。自分が幼少の時、親戚の叔母さんの家に行った際に、そこの飼い犬ラッキーが、はぁはぁと息を吐きながら、叔母さんのふとももにナニをこすりつけて性欲を発散させていた場面がありありとフラッシュバックしました。今目の前にいる犬は、まさにあの時のラッキーの姿であり、叔母さん役は全裸の美少女です。アーーーッウト!


「い、いくらなんでも……こんなの……こんなの……!」
 犬は自らのペニスが収まるべきエルドラドを探すように、三枝委員長の肉体を四肢でまさぐり、やがて人の嗅覚の100万倍とも言われる鼻(100倍強く臭いを感じる訳ではなく、空気中に漂う臭い分子が100万分の1以下でも嗅ぎ取れるという意味での100万倍だそうですが)を、親の敵とばかりに三枝委員長の秘所に何度も押し当てていましたので、その度に彼女はいやらしい悲鳴をあげました。
 とはいえ、流石に犬と人間。三枝委員長は股間を片手でぎゅっと押さえて防衛しながら、両足を使って犬の猛攻に対し本格的に抗い始めていましたので、犬自力での挿入は困難なように見えました。よって、横で傍観を決め込んでいた自分は助け舟を出しました。もちろん犬に。
「おい雌豚、これは命令です。股を大きく開けて犬を受け入れてください」
「いあぁ! たすけて! ご主人様! 他の事なら何でもしますから!」
「駄目です。犬とセックスしてください」
 その言葉を自分で言った瞬間、勃起するはずのないちんこがぴくりと反応しました。もしや、これは、復活……と思った矢先、三枝委員長が叫びました。
「は、初めては! ご主人様にもらってもらわないと……! 駄目なんです……!」
 万年閉じ気味の自分の眼が、大きく開いていくのを感じました。
 変態開眼。
 三枝委員長は仰向けのまま、犬にペニスを押し付けられながら、足を体育座りのように曲げて、文字通り目と鼻の先まで迫った犬の頭から顔を背け、まっすぐに自分を見つめています。
 この状況は、一体何なのでしょうか。一部始終を見ていたはずの自分が、誰かに詳しい事情説明を求めたいくらいです。そもそも深夜の全裸散歩を自ら希望した時点で異常だというのに、突然割り込んできた犬にレイプされそうになる女子なんて、この世にいるはずがない。でもいるのです。目の前に。
 いやいやいや、そんな事よりも、今自分が考えるべき事は、三枝委員長が口にした台詞についてです。「初めてをもらって欲しい」おそらく、初夏の初鰹的な意味でもなければ、解体癖のある異常殺人者が順番に被害者の体を切り刻む際に被害者がもっと異常だった場面に発せられた台詞的な意味もそこにはありません。三枝委員長の言う「初めて」とは即ち、つまり、あの、「初めて」の事であり、多分、きっと、「初めて」の事であるに違いありません、おそらく。


 そこからの記憶が、自分にはどうも曖昧なのです。
 何か声をかけたような気もしますし、それか無言で手をひいたような気もします。とにかく自分は三枝委員長を犬の魔の手から助け出し、走って逃げたのです。あの犬は、動物の癖にあまり体力が無かったらしく、公園を出る頃には姿が見えなくなっていました。
 そしてそのまま我が家に帰ってきて、三枝委員長はちゃんと服を着て、帰宅しました。
 どんな会話を交わしたかも覚えていませんが、結局の所、自分は三枝委員長と事を致す事も、勃起が復活する事も無かったという訳です。果たして自分は、チャンスを逃したのか。それともピンチを切り抜けたのか。奴隷モードから支配者モードに戻った時の三枝委員長の切なげな横顔だけが、どうにも頭から離れないのです。
 後日、年が明け、三箇日も過ぎて冬休みの終わりが見えた頃、三枝委員長から自分宛に、1通の手紙が届きました。

     

 その巨大な門の前で、自分は両手を大きく広げて、少なく見積もっても3年分くらいは唖然としましたので、これから先当分の間、驚く事はないだろうと踏んだのですが、それが大きな間違いだったのです。
「……もとくん、本当にここで合ってるの?」
 手を繋ぎ、この茫漠なる唖然を共有するくりちゃんにそう尋ねられても、自分はすぐに答える事が出来ませんでした。住所は手紙に書かれてあった物と一致しているはずですし、三枝委員長がなかなかのお金持ちである事は噂に聞いていましたが、まさかここまでとは。あまりに現実感が無くて、3D立体映像に見えるくらいの光景が、自分の前には広がっていたのです。
 両開きの格子門は、自分の背丈をゆうに超えて、軽く3mほどはあるでしょうか。門の両側には、おそらく大理石で出来ているであろう塀が寿限無のようにどこまでも広がり、それを見ていると、社会に蔓延るあらゆる小競り合いが馬鹿らしく思えました。圧倒的格差。資本主義という不平等。このままここに佇んでいると、妙な悟りを開いて八甲田山で仙人のような隠遁生活を送ってしまいそうになって危険です。
「ねえねえもとくん、こんな場所、絶対現実にありえないよ。帰ろうよー」
 自分の上着の裾をくりちゃんが引っ張るので、その意見には同意せざるを得ず、自分は深く頷いて踵を返し、帰る事にしました。
「『しました。』じゃないでしょう」
 振り向くと、門の向こう側には、三枝委員長が立っていました。ただの真白色なのに、なぜか気品溢れ、ゴージャスささえ感じられるブラウスと、首元にはこれまた高級そうなストール。自分と比べても、到底同じ中学生とは思えないのですから、今のくりちゃんと比べればアルファケンタウリとミトコンドリアくらいの差がありました。
 自分は、たまたま手にとったものを相手に向かって投げるように、言い訳をします。
「いや、その、まさかここまでスケールの違うお金持ちだとは思ってもみなかったもので、少し動揺してしまいました。あ、招待の方は喜んで受けさせてもらうつもりで、今日はここまで来たんですけれども……」
 三枝委員長は三ツ矢サイダーのCMにそのまま出演できそうな爽やかな微笑みを浮かべ、耳にかかった髪をかきあげ、暖かい毛布をそっと肩にかけるように言うのです。
「そう。とにかく入って」
 巨大な門はほとんど音をたてずに、自動で開きました。本当に自分みたいな平民が入っても良いのでしょうか。一歩踏み込んだ瞬間に防犯用に設置されたセントリーガンで利き腕を撃ちぬかれてしまわないだろうかと懸念していると、三枝委員長が自分の手を取りました。
「待っていたわ」そしてそっと近づいて、くりちゃんに聞こえないように耳元で「ご主人様」と自分を呼びました。


 我々は手紙で招待されて、ここにやってきたのですし、相手は中学校の同級生で、ましてや自分の奴隷となった雌豚なのですから、緊張する要素など微塵もないはずなのですが、やはりここまで別世界を見せ付けられると、たじろいでしまうのは仕方の無い事です。
 家、というよりは屋敷、というよりは城に近い三枝家本宅と門の間は大庭園になっており、野球でもサッカーでもセパタクローでも出来そうな広さでしたが、しかしもしも本当にしたら専属の庭師が号泣するであろう美しく手入れされた植物達が設置されていました。
 本宅に入り客室に案内され、そこのふっかふかの椅子に腰掛けると、三枝委員長は向かい側に座りました。正座した方がいいのかな? と思いつつ背筋をピンと張ると三枝委員長はまた聖母のような笑顔を見せて、
「そんなに気張らなくていいわ。今日は両親もいないし、執事やメイド達にもほとんど休暇を出したから」
 自分が来るからそうした、と思うのは、果たしてうぬぼれなのでしょうか。
「ほとんど、というと?」
「1人だけ、残ってもらったのよ。あなたの後ろに立ってるわ」
 言われて、振り向くと、そこには白い肌が印象的なメイド服を着た女の子が立っていたので、「ははは、なんだか怪談みたいな言い方ですね。でも三枝委員長、自分はその手には乗りませんよ」と言って正面を向き直り、「それにしても大きなお家ですねえ」と言った後、超高速で首を曲げて、そこに確かに立っていたメイドを二度見しました。
「お、おじゃましています」と自分が言って、隣に座ったくりちゃんもぺこりと頭を下げると、そのメイドは「紅茶です」と最低限の説明をして、テーブルにティーセットを広げていきました。
 全くもって、三枝委員長に言われるまで、その存在にすら気づかず、言われてからも最初は嘘だと思った訳ですから、その存在感の無さは色鉛筆の白並で、霊的な印象さえ受けます。
「うちのメイド、兼、来年からは私達の先輩になる柚之原よ」
「柚之原知恵(ゆのはらともえ)です。よろしく」
 ざっくばらんな言い口とは対照的に、深々と頭を下げられたので、自分は滅相もなくなって、いえいえこちらこそ、と名刺があったらケースごと差し出す気分になりました。
 改めて見てみれば、柚之原さんは三枝委員長に比べても負けずとも劣らぬ美しい女性でした。搾りたてミルクのような白い肌には一切の汚れが無く、メイドとしてはどうかと思える、眠そうな眼。背丈は三枝委員長と同じくらいですが、メイド服を着ているだけあって少し大人な印象がありました。何より言葉を発する時に独特の静寂があり、しん、という日本語特有の無音を示す擬音が良く似合うような、静音系女子でした。もしもこの人がおしっこを漏らしたとしたら、その白い頬を真っ赤に染め上げるのでしょうか。それとも淡々と、静かに静かに垂れ流すのでしょうか。それを想像すると、心の下にある油圧ジャッキがギコギコと音を鳴らして気分を持ち上げていきます。


「ん? ちょっと待って下さい」
 自分はある事に気づきました。それは、三枝委員長が先ほど口にした、「来年から私達の先輩になる」という言葉です。
「三枝委員長は、翠郷高校へ進学するんですよね?」
「ええ」
 翠郷高校はこの一帯では最高レベルの進学校であり、卒業生の2人に1人が旧帝大に進学しているという男塾レベルに無茶な学校であり、通うのはまさに将来を約束されたエリート、つまり三枝委員長のような人物だけです。
「柚之原は今、翠郷高校の1年生だから、私達が入ったら先輩になるという事よ」
 今度ははっきりと聞きましたので、はっきりと否定させてもらいます。
「三枝委員長、あいにくですが自分に翠郷高校は無理ですよ。学力が足りなすぎますし、既に清陽高校へ進学する旨も担任に伝えてあります」
「ええ、知ってるわ」
 と言って、三枝委員長は紅茶のカップに口をつけて言葉を終わらせます。
「……えっとつまり、先ほどから三枝委員長が仰ってる『私達』というのはどういう事ですか、と自分は尋ねているんですが」
「普通に考えて、私と貴方は、春から同じ学校に通うという意味しかないわね」
 煙を殴る、このむなしさよ。
 自分は清陽高校に通う。三枝委員長は翠郷高校に通う。2つの学校は地図上でも偏差値でも全く違う位置におり、法律上、1人の人間が2つの高校を掛け持ちして通う事は不可能なはずなので、三枝委員長が清陽高校に通う事はありません。と、ここまで考えて自分は閃きました。
「なるほど、分かりました。自分にカンニングをして翠郷高校に入れという事ですか? もしくは裏口入学か何かですか?」
「どっちでもないわ」
 三枝委員長はそう否定し、まるで「この前学校の帰りに道端で猫を見たの」とでも言うような普通さで続けました。
「翠郷高校と清陽高校を合併させる事にしたの」
 そもそも自分は、ここに到るまでの過程で、もっと驚いておくべきだったのです。まず家にメイドがいるという時点で自分のような庶民からしたらあり得ないですし、そのメイドが美少女でしかも年も近く、ついでに頭がすこぶる良く、国内有数の進学校に通っているという事実。加えて重要なのは、三枝委員長が自分と同じ学校に通いたいと希望している事(まあこれは、学校内での調教行為の甘受を想定しての事だと推察できますが)。あと、柚之原さんのいれた紅茶は舌がびっくりする程に美味しいという事。感覚が麻痺して、それら全てに驚く事を忘れていました。
 しかし、本物の金持ちが持つ巨大すぎる発想の前に、自分の驚愕などは、小指の先でぷちんと潰されるような小さな物だったという訳です。


「が、合併って、学校側は納得しているんですか? いや、そもそも学校側が納得した所で、教育委員会やら何やらの偉い人とか、あと在校生はどうなるんですか。いくら三枝委員長が神と同じ権力を持っていたからといって……」
 三枝委員長の、まっすぐに立てた人さし指が唇の前に添えられると、自分の疑問は音を失いました。
「そんな事はどうにかなるわ。それよりまず、木下さんの事について話をしましょう」
 隣を向くと、いつの間にか柚之原さんに絶品紅茶を返却して、代わりにもらったいちご牛乳をくぴくぴと飲んでいたくりちゃんが、白熊の赤ちゃんのようなきょとんとした瞳で三枝委員長を見ていました。
「記憶が無いのにこんな事を言っても仕方ないかもしれないけれど、あなたは今、本当は中学3年生なのよ。それは分かっている?」
「うん……」
 くりちゃんは怒られたみたいにしゅんとなって、頷きました。くりちゃん幼女化現象に関しては、何度か自分の口から本人に説明してはいるのですが、やはり「記憶がない」というのは大きく、完璧には理解など出来ないようです。「とにかく、もとくんと暮らせるならいい」と、本人は言っていましたし、天使のようなくりちゃんと過ごす日々がかけがえなさすぎて、自分もあえてシリアスに考えませんでしたが、このままでいいはずがありません。
 まずは大きな問題として、受験があります。こうして小学生になる前までは、くりちゃんも自分と同じ清陽高校への進学を希望していて、成績的にも問題ありませんでしたが、こうなってしまってからには、いくら勉強を教えてもそれは時間の無駄という物です。小学校2年間分と中学3年間分をまとめて教えるとなれば、暗記パンの必要性が出てきます。
 それから、くりちゃんの両親問題もあります。今はなんとか誤魔化していますが(電話やメールでのやりとり、2階の窓から顔だけ出して会話させたりなど、全体像を見せずにコミュニケーションをとる手段をこれまでは駆使してきました)、いくらなんでもずっとこのまま押し通すのは不可能です(今日までなんとかなってきたのがむしろ奇跡的な事です)。
 三枝委員長はいつになく真面目な顔で、自分に向かって尋ねました。
「どうすべきか、分かってる?」
「はい」
 自分は唾をゴクリと飲み込んで、こう答えました。
「これからは一生、自分がくりちゃんを養っていくつもりです」
「違うでしょ! 春木を倒さないと!」
 三枝委員長の「コテコテのツッコミ」を初めて見た自分は、その意外なかわいさに、むしろ一生養ってもらうパターンもありだな、とそこはかとなく思いました。

     

 春木氏を倒す。
 言葉にしてたった6文字の事が、自分には到底達成不可能な目標のように思え、ただでさえ縮こまった股間のいちぢくが、より一層小さく萎縮するのです。
 そもそも、ロリコンの能力者というのが卑怯極まりない。
 物言いがつくかもしれませんが、恐れずに意見を申し上げさせていただきますと、「男は皆ロリコン」なのです。姉好きや人妻好きや老婆好きの方々を真っ向から否定し、年上好きは人に非ずと攻撃する訳では断じてありませんが、生物学的に見て、身体さえ完成していれば、若ければ若いほど安全に子供を出産出来るというのは確固たる事実なのですから、2人の女性を並べた時、男がより強く欲情するのは、若い方であるはずなのです。しかしながら現状は、倫理的問題や経済的問題や物理的問題は枚挙にいとまがなく、むしろそれらあらゆる問題が存在する事によって社会の平穏は守られている訳です。
 ……ですが、これだけは断言させてください。言った後は、缶でも生卵でもトマトでも好きなだけぶつけてくださって構いません。しかしこれは、男、ひいてはペニスの総意と見てもらって一向に構いません。
 ババアはお呼びじゃねえんだよ!
 以上をもって、「ロリコン友の会講演」閉会の挨拶とさせていただきます。ご清聴ありがとうございました(拍手喝采)。
 とそんな具合に、春木氏の持つロリコンという能力は、ただそれだけでもあらゆる男に対する圧倒的攻撃力を誇っている訳ですが、加えて、彼は高レベルHVDO能力者。自分とのバトルが始まったその時には、既に7つの能力を操る怪物だった訳で、今は少なくとも9個以上の能力を持っています。つまり、勝てる訳がない。
 自分は、勝算の無い戦いを好むタイプではありません。ましてや男にとって最も大事な物がかかっている勝負。最低でも7割、いえ、8割程度勝てる自信がなければ、自分から挑む事などもっての他です。
「ずいぶんと怖気づいてるのね」
 三枝委員長がからかうように言うので、Twitterが重い時に表示されるクジラより温厚と言われている自分も、流石に少しは言い返しました。
「三枝委員長は春木氏の恐ろしさを知らないだけです」
「ほら、怖いだけじゃない」
「彼は年端も行かない子供に欲情出来る変態ですよ!?」
「あなたも似たようなものだと思うけれど」
「男は皆ロリコンなのです」
「軽蔑に値するわ」
 三枝委員長の方こそ軽蔑されるべきド変態ではないですか! と、言いかけた時、くりちゃんが「あ!」と大声をあげました。


「かわいーーー!」
 見ると、くりちゃんの手には小さなハムスターが乗っかっていました。小さなくりちゃんの小さな手の平に乗るくらいのハムスターですから、それは小さな小さなハムスターです。
 ハムスターなど、一体どこから? 自分が疑問符を浮かべると、白い手がすっと、くりちゃんに向かって伸び、その瞬間、自分はハッと気づいたのです。メイドの柚之原さんの存在に。訂正すると、この人の存在感の無さは、色えんぴつの白を越えて透明並です。
 柚之原さんの手にはひまわりの種が握られており、くりちゃんはハムスターをテーブルの上に置いて、ひまわりの種をエサとして与えて喜んでいました。ハムスターはくりちゃんからもらったひまわりの種をかじかじしながら、きょろきょろと自分と三枝委員長を交互に見ていました。
 しかし危ない所です。間一髪で飲み込んだ、三枝委員長に対する罵倒を口にしていたら、何らかの追及は免れなかった事でしょう。三枝委員長は、学校でも自宅でも超一流のお嬢様で通っているはずですし、変態としての顔を知っているのは、自分を含むごくごく一部の人間だけであり、露出癖を持つ彼女にとってみると、それが「良い」という訳で、もしも彼女に「変態露出マゾ雌ビッチ!」などと挨拶代わりの軽い罵倒をしていたら、それを叩き壊してしまう所でした。
「柚之原」
 名前を呼ばれた柚之原さんは、ほとんど表情を変えずに立ち上がると、三枝委員長に向き直りました。その所作の中には一切の音が無く、居合いの達人の抜刀を彷彿とさせました。
「木下さんと一緒に別の部屋で遊んできてくれる? 私は彼と、少し話があるから」
「かしこまりました」
 柚之原さんはハムスターをメイドエプロンのポケットに仕舞うと(突如として現れたハムスターの出所が分かった瞬間でした)、くりちゃんの頭を撫でて、また音をたてずにすすす、と移動しました。くりちゃんは少し困った様子で、自分に視線を送ってきましたので、「行ってきていいですよ」と答えると、くりちゃんは嬉しそうに、飛び跳ねるようにして柚之原さんの後についていきました。
 2人の姿が見えなくなった後、三枝委員長はため息をつき、自分の顔を不思議そうに見つめました。自分は手持無沙汰に呟きます。
「2人っきりですね」
「そうね」
 血液中に確かに含まれる、妙な緊張に自分は気づきました。それは先ほどまでの、豪華な邸宅に呼ばれたという事に対する緊張ではなく、おそらくはもっと深い場所から流れ出していて、あっという間に頭を支配してしまう類の成分である事に気づきましたが、かといって有効な対抗策などなく、ただ自分は「緊張している」という事実を受け入れるしかなかったのです。
「私の部屋に来ない?」
 自宅へ来ませんか、という招待の手紙が三枝委員長から届いて、まず自分の頭をよぎったのは、深夜の公園での、三枝委員長の痴態でした。その柔らかい唇が自分の陰茎に近づいていき、徐々に昂ぶっていく欲求。結果、野良犬に邪魔されて行為は未遂に終わってしまった訳ですが、もしもあのまま続けていたら、自分のEDは治り、能力が戻っていたかもしれません。
 あの時の続きを、今、これから。
 緊張の原因に気づき、それは精神的陰茎の怒張へとすぐに形を変えました。


 三枝委員長の私室は、これまた液晶の向こう側でしか見た事のないような、異次元の異世界の異国の部屋であり、天蓋とカーテン付きのベッドなど、自分は生まれて初めて見ましたし、これからもこの場所以外で見る事はまずないでしょう。整理整頓された本棚には、ソシュール、ヘーゲル、マキャベリ、ブルトン、パスカルといった堂々かつ雑食な名前が並び、そのどれか1つでもうかつに開いてしまったならば、たちまち知識の大洪水に襲われ溺死してしまうであろう事は安易に予想がつきました。
 落として割ったら一生地下暮らしを余儀なくされるであろうアンティークの数々。踏む事さえ躊躇われる絨毯。迷宮のようなクローゼットへと続く扉の隣には、中学生の部屋にまず置いてない物ランキング3位「業務用金庫」が鎮座しています。
 そして評価されるべきは、それら1つ1つのアイテムが、見事複合し調和のとれた色調を奏でている所でしょう。この部屋に匠を呼んだら裸足で逃げ出すであろうこのセンス。あっぱれとしか言いようがありません
「あっぱれ」
「え? 何?」
 好意を持つ相手との夜伽時に、女子が最も優先する物、それは昔も今も変わらず「ムード」です。間接照明、落ち着いた音楽、イランイランのほのかの香り、心を溶かす熱い言葉。ましてやそれが初体験であるならば、思い出す度に夢心地になれるような、素敵な1ページの演出が必須となります。ムードすら満足に作れずにただただ肉にがっつく男など、女子から見れば猿同然です。
 が、単刀直入に申し上げますと、そんな物、糞くらえでございます。
 何せ相手は希代のド淫乱。雌豚と謗られると心の中で喜び、自分の肉体を公然に晒す事を何よりの快感とし、破滅へ下るスリルを楽しむ痴女です。ムード? 雰囲気? だから何。その汚らわしいおまんこに一物をぶち込んでしまえばよかろうなのです。
 自分は不意をついて三枝委員長をベッドに押し倒しました。悲鳴をあげつつも抵抗はせずに仰向けに寝転がり、視線を逸らすその仕草。危うく犬に処女を食われそうになった時、三枝委員長が言ったあの台詞を反芻します。
『初めては、ご主人様に』
 一本勝負。
 性欲の権化と化した自分は、強引に三枝委員長の服を剥ぎ取りました。ブラウスのボタンが弾け飛びます。自分から脱ぐ事には慣れている癖に、他人から脱がされるのは初めての経験と見え、見る見る頬が夕焼け色に染まっていきました。
「……やめ、ちょっと……! 落ち着いて……!」
 言いながら、自分を止めようとする腕には力が入っておらず、それはいとも容易く振りほどけました。
 2つの身体はベッドの中へ泥沼のように沈んでいき、発情しきって沸点に達した意識が、少しずつ頭の天辺から抜けていくのが分かりました。
 最早見慣れたその白い乳房が、ブラジャーから解き放たれた時、自分は股間に違和感を感じました。
 勃起。
 日本の夜明けは、自分の股の下から始まっていました。


 五十妻元樹復ッ活! 五十妻元樹復ッ活! と、もしも中国人の格闘家が隣に居たらまず間違いなくやかましく言われていたと思われるのですが、今この部屋には2人っきりです。野外で行為に及んだ時のように、野犬に邪魔される心配はありません。
 三枝委員長の体を押さえつけたまま、あいた左手で彼女の股間、白布の上から手をあてて、そこにあざとい湿り気を覚えると、ふいに葛藤が巻き上がりました。
 このまま今日ここで童貞を捨てても良いのだろうか?
 無論、童貞は処女ほど貴重視されてはおらず、喪失に何か痛みを伴う訳でもなければ、通説上名誉とされている訳でもなく、税金が安くなる訳でもありません。しからば、中学生最後の年、えいやと放り投げてしまう事にはメリット以外の何物も無いはずです。ならば、このとめどない問いかけは一体何処から来るのでしょうか。
 このまま、この淫乱雌奴隷を快楽の名の下に使役し、めくるめく数々の変態調教を施す。「全男子の夢」とあえて題名させていただきますが、果たしてそれは嘘ではないでしょう。
 うるせえ! やるならとっととやりやがれ! というありがたい激も背中にひしひしと感じてはいるのですが、しかしながら、人の心とは色々と面倒くさい物なのです。失う事は恐ろしい事です。例えそれが童貞であっても。
 しかしここで身を翻し、「やっぱり今日はやめます」とでも言おうものなら、ご主人様としての威厳はがた落ちどころか地下に沈んでブラジルまで到達しサンバを踊るであろう事は確実です。両親不在の家で(こんなに広いと、もし居たとしてもあまり変わりはないかもしれませんが)、互いの性癖を深く理解している男女が密室に2人っきりになり、性器の準備も万端に整って、ついでに「露出プレイの幅を広げる為」というセックス大義名分すらある。
 これでやらずして何がやれるか!
 意を決し、唾を飲み込み、三枝委員長の放り出した乳房に優しく触れそうになった自分を戒め、向かって左側を、乳首を含めて乱暴に鷲掴みにすると、心臓が逆についているのではないかと思えるくらいにドキドキしていました。それに連鎖して、吐息の混ざった「あ……っ」という声が零れたので、「三枝委員長は救いようの無い淫乱ですね」と罵ると、自分は少しだけ冷静を取り戻しましたので、すっかり女の顔になった彼女に対して、手を乳に置いたままこう尋ねました。
「どうして欲しいですか?」
 もじもじとしながら、丸めた指の先を唇に寄せて、目を瞑る三枝委員長。
「……す、好きなように……」
「具体的に言ってもらわなくては、何をしていいのやら分かりません」
 冷たく言い放つと、顔を真っ赤にしながら「……触ってください」と頼んできたので、「どこをですか? 分かりやすく言ってください」と追い詰めます。
「お……お……おまん……」
 言いかけた時、扉をぶち破ってゴリラが出てきました。
「んほっ! んほっ! んほっ!」
 とそのゴリラはこちらに向かってドラミングした後、唖然とする自分を凄まじい腕力で弾き飛ばし、同じく唖然とする半裸の三枝委員長を肩に抱えて部屋から出て行ってしまいました。


 ええ!?

     

 質問:いざ初めてのセックスという時、突然現れたゴリラに彼女を強奪されてしまいました。一体どうすれば良いのでしょうか?

 発言小町でも教えてgooでもOKWebでもはてなでも、こんな質問をすれば無視されるのは自然の摂理であり、唯一答えてくれたYahoo知恵袋の解答者の中身はVIPPERで、当然真面目に考えてくれた訳ではありません。救いようの無い世界です。
 この問題は、人に尋ねて解決する範疇をとっくに通り越していますし、「あ、それ私も似たような経験ある」と話に乗ってくる人は詐欺師の類ですので騙されないように気をつけましょう。つまり今この問題を解決出来るのは自分以外に居る訳が無く、いつまでも唖然としてばかりもいられませんし、HVDO能力も復活したようなので、いよいよ本腰を入れて、主人公らしく振舞っていくとしましょう。
 まずは追跡です。謎のゴリラに突き飛ばされた時、軽く脳震盪を起こしていた頭を引きずって立ち上がると、自分の身体が自分の物じゃないように感ぜられ、何歩かよろめきました。ゴリラは三枝委員長を片手で軽々と抱えて、ぶち破られたドアからうっほうっほと出て行きました。ドアの破片が自分の未来を暗示しているようで、なんとも不吉な予感。
 三枝委員長の部屋の位置は、屋敷を東西に見たてた時のちょうど真ん中で、来る時に階段を3つ上りましたので、ここは4階のはず。部屋を1歩出ると左右に廊下が広がっています。いくらゴリラが霊長類でも無類のタフネスを備えているといえども、4階の高さからはそう軽々とは飛び降りないはずですし、実際、部屋を出てすぐの窓も割れてはいませんので、ゴリラは東西どちらかに向かって進んだという事になりますが、流石に起き上がるのが遅れた上に、生ゴリラの移動速度は半端じゃなく、既にどちらにも姿は見えません。
 ほんの3秒ほど考え、自分は迷わずに右に進路をとりました。この道は必ずゴリラに通じている道です。
 何故自分には、ゴリラの取った進路が分かったのか?
 この答え、実は凄く簡単な事でして、分かれば「なんだそんな事か」と思われるでしょうが、脳を動かす練習がてらに、皆様是非とも少し考えてみてください。答えは、次の段落の最初に発表します。
 その時間を使って自分は、ゴリラ対策について考えていきたいと思います。
 何せ相手はゴリラですから、力で勝つ事は不可能です。両手を互いに握り合って力比べの状態となった途端、自分はただの肉塊へと成り果てるでしょうし、自分にはくりちゃんのようなマーシャルアーツの心得もありませんので、勝てる見込みは完全に0です。
 ならば頭では勝てるのかというと、まあ多分勝てます。しかし、足し算早解き対決をゴリラに申し込んだ所で、何の事やら分からず解答用紙をむしゃむしゃ食べられるのは容易に想像がつきますし、そもそも申し込みに応じて大人しく机に座ってくれるとも思えません。もしもあのゴリラが、本物のゴリラならば。
 ではいかにしてゴリラから三枝委員長を奪還するのか。という話になりますが、自分は既にこれにも答えを出しています。この答えも、並行して考えてみてください。


 ゴリラを追いかけて自分が辿りついたのは、最初に案内された応接室のすぐ隣、舞踏場でした。そもそも自宅に踊りを踊る為の空間がある事自体が奇妙極まり無いのですが、ゴリラがここを目指したのはそれ以上に奇妙です。バロック調とでも言うのでしょうか、高い天井からはシャンデリアが、中二階には高そうな絵画が飾られていて、カーテンはそのまま船のマストに使えそうな程に長く大きい。気を抜いたら貴族が出てきそうな雰囲気さえありますが、そこに佇んでいたのはたった1人の女性でした。
 あ、その前に、どうして自分がこの場所にたどり着けたかの答えあわせをしましょう。
 まだ分からない方の為に、ヒントをいくつか用意しました。ここは隅々まで手入れの行き届いた、素晴らしい屋敷であるという事。三枝委員長を攫って行ったのは動物園でも滅多に見られないような大きなゴリラであり、彼女を肩に抱えて走って出て行ったという事。あと必要なのは想像力だけです。お分かりいただけたでしょうか?
 自分が追いかけてきたのは、ゴリラの「抜け毛」でした。何せ廊下まで完璧に掃除されていたので、ゴリラの黒くて太い毛は非常に目立ちましたし、それを辿るのはいとも容易い作業でした。ね? 簡単でしょう。
 では、話を戻します。
 舞踏場にて、自分が対峙した1人の人間とは、三枝家専属メイドの柚之原さんでした。
「ここにゴリラが来ませんでしたか?」
 1生で1度言うか言わないかの台詞を自分が放つと、柚之原さんはじっと自分を見つめて、首を横に振りました。
「おや、おかしいですね。これを辿ってここまで来たんですが」
 と、道中で拾ったゴリラの毛を1本差し出すと、柚之原さんは表情を変えずに、それを注視しました。
 ゴリラを追いかけてここまできたのに、肝心のゴリラも、三枝委員長もいない。
 1歩1歩柚之原さんに近づきつつ、自分は周りを見渡しました。舞踏場の1階には扉が3つあり、中二階に通じる階段もあり、そこからは更に別の部屋に続く扉があるので、ゴリラと三枝委員長ががここまで来た事が確実だったとしても、毛がこの部屋で途絶えているとなれば、追跡は失敗してしまったのではないか。と思われる方もいるかもしれませんが、それは間違いです。自分の追跡に間違いはありません。
 自分は春木氏よろしくにっこりと笑って、柚之原さんにこう告げました。
「自分はこれでも紳士ですので、乱暴な事はしたくないのです。そのエプロンのポケットの中から三枝委員長を出してください」


「首を傾げるという事は、ここまで来てまだシラを切り通すつもりですか? あいにくですが、それは無理という物です。けれどまあ、時間には余裕がある事ですし、自分の推理を披露してさしあげる事にしましょう。回りくどいのは苦手なので、まず結果から言わせてもらいます。
 柚之原さん、あなたはHVDO能力者ですね? そして、三枝委員長の事を愛している。
 おや、驚いて声も出ませんか? ならば、しかも自分は、あなたの性癖と、おおよその能力まで見当がついていて、おまけに勝算まで見出していると知ったら、もっと驚くでしょうね。嘘だとお思いですか? 残念ですが、これは真実なのです。
 ずばり、あなたの持つ変態性癖は『獣姦』ですね?
 これでも表情1つ変えないとは、筋金入りの冷静さですね。自分もそうありたいものですが、そのポーカーフェイスの裏の動揺は、手に取るように分かりますよ。
 獣姦。女性にとって最もポピュラーなのは、『バター犬』でしょうか。足だろうが胸だろうが股間だろうが、バターを塗った場所ならば、彼らはひたすら従順にペロペロします。最初は男性の代用品として扱われるバター犬ですが、考えてみると、ある種女性にとっては人間の男よりも遥かにメリットがあるのかもしれませんね。何せ文句は言いませんし、浮気はしませんし、満足いくまでして欲しい事をしてくれます。とはいえ、現実的には感染症の問題があったりで危険らしいですがね、柚之原さんはした事があるんですか?
 おっと失敬、愚問でした。あなたはむしろ、『それ以上』の変態でしたね。
 そもそも自分が疑いを持ったのは、あの公園での犬乱入事件からでした。いくら深夜といえども、公園の周辺は住宅街ですし、野良犬なんてそう多くはいません。三枝委員長がフェラをしようとした瞬間、まるで計ったように現れたのも今考えみればいかにも怪しい。いくら追い払ってもついてきて吼えてきたというのもね。三枝委員長の処女を犬に捧げようと自分が提案した途端、急に大人しくなって協力的になったのも変です。あの時の犬の不自然な態度は、つまりこう考えれば納得がいきます。
 あの犬は、柚之原さん、あなただったのです。
 もちろん、犬の件だけならばここまで推理する事は出来ませんでした。しかしさっきのゴリラがあった。柚之原さん、あれはまずかったです。『夜の公園に野良犬』ならばまだ現実世界のお話ですが、『豪邸に野生ゴリラ』ではファンタジーになってしまいます。愛ゆえに、三枝委員長の処女を何が何でも守る為、仕方なく取った行動だったのでしょうが、自分があなたと同じくHVDO能力者である事を知らなかったのが運の尽きでしたね。
 もしも自分が一般人ならば、ゴリラを追いかけて倒そうなどとは決して思わないはずです。しかしその中身がHVDO能力者であると知っているならば、勝利する方法がある。そろそろ性癖バトルといきましょうか、柚之原さん。


 これでもまだ白状しないのですか? 意外と強情な方ですね。良いでしょう。自分も気分が高ぶってきたので、あなたの能力を言い当ててさしあげます。何、ほんのサービスですから、決してあなたの動揺を引き出そうとしている訳ではありませんのでご安心ください。
 あなたが持っている獣姦の能力は2つ。1つ目は、『動物に変身する能力』。公園で犬になったのと、先ほどゴリラになった時に使ったのがこの能力です。獣姦の難しさは、動物との意思疎通が非常に厳しい事と、仮にそれが出来たとしても動物が人間に対し欲情するかどうかという2つの問題に収束されます。その点、この能力を使ってあなた自身が動物になれば、2つの問題を同時に解決する事が出来ます。それに、自分には獣姦の趣味は無いですから分かりませんが、動物側になって人間と交尾するというシチュエーションも、そっちの人にとっては好ましい物なのではないでしょうか。世界は広いので、馬とやってる人も羊とやってる人も魚とやってる人もいますから、犬からゴリラまで、ひょっとしたら、あなたは微生物の類にも変身する事が可能なのかもしれませんね。
 しかし獣姦の本流は何といっても、動物になって行為をするのではなく、動物と行為をする事のはずです。
 そこで、第二の能力『対象の人間を動物に変身させる能力』の存在が暗示されます。これは、第一の能力が存在する事、そして獣姦という性癖の答えから導き出された、必然的な能力であると同時に、そこに強力な根拠を持たせたのは、先ほどのあなたとくりちゃんとのやり取りでした。
 あなたはポケットからハムスターを出してくりちゃんと遊ばせていました。あの時はただ、『この人は動物が好きなのかな』くらいに思っていましたが、どうやら『好き』の意味が違ったようですね。思い返せばあの時のハムスターは、自分と三枝委員長を意識的に見ていた気がします。ひょっとしたら、助けを求めていたのかも? あなたの能力によって変身させられた、どなたかは存知ませんが、全くかわいそうな人です。
 正直に言いますと、まだどちらの能力も発動条件までは分かりません。しかし、第一の能力はまだしも、第二の能力については、HVDO能力の傾向からして、発動条件や制約がかなり厳しいはず。既にあなたの性癖に気づいている自分に対して使うのはかなり難しいんじゃないでしょうか?
 そして、あなたが第一の能力だけを使って戦うのであれば、自分には勝利する自信があります。断言しますと、動物に欲情する事なんてあり得ませんから。
 ……さあ、そろそろ認めるしかありません。 そのポケットに、何らかの動物に変身させた三枝委員長がいるという事はもうとっくに分かっているんですよ。真実は、いつも1つなのです」
 名探偵よろしくビシっと突きつけると、それまでずっと無言で、自分の超絶長台詞を聞いていた柚之原さんは、たった3文字。こう答えました。
「はずれ」
「……え?」
 柚之原さんは無言のまま、ポケットからある物を取り出しました。
「鞭?」
 それはまさにSMプレイに使うような、上級者向けの黒い1本鞭でした。呆気にとられる自分に向かって、柚之原さんは鞭を振り上げてこう言ったのです。
「……お仕置きです」
「うぎゃあああああああお!」
 鞭がふとももに命中し、目玉が5、6個飛び出るくらいの激痛に自分が絶叫し、重力に逆らえずに倒れこんだ瞬間、自分は本物の悪魔の存在を確信しました。

       

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