Neetel Inside 文芸新都
表紙

紅い紅葉の短編集
しんこんさんいらっしゃーい(新婚モノ)

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お題②:「ジーザス」「くぱぁ」「卵」


 俺の結婚式はチャペルで挙げた。イエス様に永遠の愛、その立会人になってもらった訳だが、早くもその永遠の愛が崩れようとしている。
 結婚して、大体一週間くらいだろうか。事件は唐突にやってきた。妻――頼子が、朝食を作ってくれたのだ。今にして思えば、食器を運んでいた彼女の顔は緊張していたが、その時の俺は「初めて俺に振る舞う料理だから緊張してるんだろうなぁ、可愛いなぁ」とか思っていた。これもあながちハズレではなかったらしいが。
 まあとにかく、二人で食卓につき、さあいただきますという段になって、俺は初めて彼女の料理を見た。いや、そのインパクトたるや飛び込んできたと言っても過言ではないだろう。
 朝食は代表的な和食。玉子焼きに納豆と、味噌汁に白米。それはいいが、まず玉子焼きはなんか黒かった。もちろん俺は「なにこれ」と尋ねた。頼子は申し訳なさそうに、「玉子焼き……」と言った。食べて見ると、甘過ぎて歯が溶けそうだった。
 次に味噌汁。にぼしの頭が浮いてた。怖いよ。にぼしに恨みでもあんのかよ。二つも浮かすことないだろ。飲んで見ると、味が薄かった。そのクセなんか苦い。ダシが効いてなさすぎる。
 白米なんかべちょべちょだ。水の量間違えたんだな。
 マシなのは、一切手間のないパックの納豆だけだった。
 ああ神様。ジーザスというのはこういう時に言うのでしょうか。専業主婦が料理できないというのは、小説家が文字を読めないというような物ではないでしょうか。せめて結婚式の時に言ってくれよ。なんの為に高い式場台払ったと思ってるんだ。ファッキンジーザスクライスト。
 チャペルの前で声高々と叫びたかった。金返せでもいい。
「……頼子、お前。料理できなかったんだ」
「す、すいませーん……。まさかここまで出来ないなんて思ってなくて……」
 テーブルの向かいに座る彼女は、涙目で小さくなって頭を下げた。二十三の彼女は、透明感のある顔立ちをしていて、女性というよりは少女らしさを持っている可愛らしい人だ。家事にやる気を出しているのか、紺のエプロンとポニーテールをしている。だが、今となってはそれがどこか悲しい。
「いや、まあ、玉子焼きはしょうがないにしよう焦がしてしまうことはある。甘くしすぎることもあるだろう。――けど、にぼしの頭が浮島よろしくプカプカしてるのはどうなってるんだ」
 見りゃ不気味だってのはわかるだろ。食欲失せたわ。まだ山盛りになってた方が面白――くはないか。むしろ頭を疑う。
「取ったと思ったらいつのまにか……。体が恋しかったんじゃないかな?」
「――ってことは、体が味噌汁の中にあるのか!?」
 いきなりの大声に驚いたらしく、目を見開いて頷く頼子。俺は箸で、恐る恐る味噌汁の中を探ってみた。茶碗の底で、箸の先に何かあったので拾い上げてみると、たしかに体があった。
 料理に詳しい方ではないが、ダシの元は濾して捨てるのではなかったか。というか、にぼしのダシは頭と腑取るはずだよな。だから苦かったのか。
「頼子お前なぁ。これから毎日こんな食事だと困るぞ俺。いや、困る所じゃない。ぶっちゃけ嫌だ」
「そこまで言うことなくない!?」
「いーや言わせてもらう。こういうのは気づいた時に言わないと、大変なことになる。子供が出来て、大人になって、結婚式で「母さんの料理まずかったから、料理が得意な嫁さんもらえて良かった」とか言われてみろ」
「それは……かなり嫌かも」
「だろ。だから――練習しよう」
 俺の提案に、頼子は渋々頷いた。前に進もうとはしてくれてるとわかり、嬉しくなった俺は、頼子の頭を撫でる。気持ち良さそうに目を細める彼女に満足し、俺が食卓を片付けた。


 そんな訳で。
 俺達は二人で台所に立った。男子台所に入らず、なんて昔は言われていたが、我が家では俺の方が料理できるんだとわかった今、俺も入らないことには仕方ない。
「さっきの朝食のリベンジをしようか」
「おーっ」
 頼子は腕を天井に向かって突き上げた。やる気なようで良かった。心なしか楽しそうだし。
「味噌汁なんて、実際目分量でいいんだよ。鍋に水を、『二人分かな?』くらい入れてさ。それを沸騰させるわけ」
 俺は宣言通り、鍋に水を入れる。小さい鍋なので、大体半分ほど入れて、コンロに置いて沸騰させる。
「んで、味噌をお玉で取って、溶かして、ほんだしちょっと多めに入れるだけ」
「うわ、簡単だね」
「具なんかもこん時に入れちゃって、中火でひと煮立ちさせたらいい感じになるだろ」
「よっ、料理の天才!」
「よせやい」
 一人暮らし時代の賜物だ。どうせ客に食わせる訳でなし、これくらいでいいんだ。普通に美味いしな。
「んで、玉子焼きなんだけど。これは実際にやってみよう」
「えー……。できるかなぁ」
「横で指示するから大丈夫だろ」
 本当は「大丈夫だよね?」って訊きたいくらいなんだが。まあ無駄に不安を煽っても仕方ない。やらせてみるしかないんだから。
 頼子にボールを用意させ、卵を割ってもらうことに。なぜか神妙な面持ちで卵を持って、ボールの縁にぶつけた。すると、力が強すぎたらしく、ぐしゃっと潰れた。黄身と白身が混ざり合った中途半端な卵が台所へ滴り落ちる。
「あちゃ」
「もうちょっと力は弱くていいんだよ」
「自分……不器用ですから」
「わかったわかった」
 なんで日本人なら八割方言いそうな返しで、どや顔してるんだろう。いいからこぼした卵片付けろ。これくらい語尾を強めても良かったのだが、自分からすぐに片付けたのでこの言葉が飛び出すことはなかった。
「……仕方ない。手本を見せるよ」
「はーい」
 位置を入れ替わってもらい、俺は冷蔵庫から卵を取り出し、綺麗に割って見せた。頼子は目を輝かせてその様を観察している。まあさっきよりはマシになっているはずだし、俺は頼子と位置を交代して、彼女に卵を持たせた。
 先ほどと同じように、ボールの縁にぶつけると、綺麗に割って中身をボールへと落とす。少しカラが入っているが、まあ箸で取り除けばいいし、合格点だろう。
「きれいにできた!」
 褒めてほしいです、と子供の様に目で訴えてくるので、俺はしかたなく偉いぞーと適当に頭を撫でてやった。言っちゃ悪いけど、もっと早く習得しとくべき技術だったよ。言っちゃ悪いから言わないけどさ。
「……っていうか、昔から思ってたんだけどさ」
「んー?」
「卵割る時の音――っていうか、効果音っていうの? 「くぱぁ」だと思うんだよね」
「くぱぁ?」
 いや、これマジで。「かぱっ」か「くぱぁ」だと思うわけよ。
「えー。でもさあ、「くぱぁ」はあっち開く時の――」
「はいストップ!」
 それ以上言わせない為に、より大きな声で頼子の声をかき消す。
「お前そんなこと知ってるんだ……」
「えっ! 常識じゃないの!?」
 それが常識だという世間は嫌だ。いろんな意味で終わりを感じる。
「お互いにちょいオタが入ってるって露呈しちゃったねえ」
「ああ、そうねえ……」
 趣味が合うのはいいことだ(合わない可能性もあるが無視)。夫婦生活をしていく上で励みができた気がする。というか、なんか頼子馬鹿になってないか。
「んじゃ、砂糖適量に――と思ったけど、不安だから俺がやる」
 なんかどばっと入れそうな感じがしたので。本来ウチは砂糖を入れる食べ方はしないのだが、まあこういうところは譲り合いなりローテーションなりしていけばいい。味なんて、よっぽどでない限り大差はないのだ。
「それで、砂糖は焦げやすいから、ここも俺がやるから」
「はーい」
 油を敷いたフライパンに、かき混ぜた卵を流し込み、じわじわと焼いていく。ほんのり甘い匂いがしてきた。フライ返しでひっくり返し、皿に盛り付ける。ちょっと不恰好だが、一応丸太になってるからいいだろ。


  ■


 そんなこんなで、ご飯も炊き直し、改めて朝食をとることになった。――つーか
「ほとんど俺がやってねえかな?」
「えー? 気のせいだよー」
 そんなことを言って、口に米を運ぶ頼子。あー、可愛いなー。
 とか思ってる自分がスンゴイ腹立つ。なにこれ? 惚れた弱みか。
「明日はしっかり練習してくれよな」
「んー……そのことなんだけど」
 彼女は、にっこりと笑って、口の中の物を味噌汁で流し込む。そして、ほっと一息。
「さっき言ったじゃない? 「子供ができて、料理まずいって言われるの嫌だろ?」って」
 言ったよ、確かに。
「でも、私まだ妊娠すらしてない訳じゃない? だからー、料理の練習は子供ができてからでいいかなー、って」
 照れくさそうに歯を見せて笑う彼女に、俺はなんとも馬鹿らしい気分になって、「そうだなあ」となんとなく口走ってしまった。しかし、後悔とかそういう感情はなく、むしろこのままでもいいんじゃないか、とさえ思えてくる。俺が料理ちょこちょこ見せて、いやむしろ一緒に上手くなっていくくらいでいいんじゃないだろうか。
「料理――趣味にしようかな」
「だったら、私にも教えて」
「もちろん」
 俺は、自分で作った味噌汁を啜る。単純で飲むに困らない味。次はもっと、深みのある味が出せるようになりたいね。――もちろん、それが頼子の作った物だったら、なお嬉しいんだけど。
「料理作る前に子供作りたいね」
 俺は、頼子の額にデコピンをかました。涙目で不満を訴えてくる。
 そういうことはあけすけと言うな。

     

新婚さんいらっしゃーい

秋の三題噺企画にて、『たまご』『くぱぁ』『ジーザス』のお題で書きました。二人のモチーフはクレヨンしんちゃんの『ミッチー&ヨシリン』です。三題噺企画に何を書こうか考えている時にクレヨンしんちゃんを見てまして、「夫婦モノ書きたい」と思って、どうせなら読んだ人がメシマズすればいいなーとか思って書きました(メシマズどころか『きゅんとした』『かわいい』『見てて幸せ』『こんな細かい男いやwww』とか概ね好評だったので意外。嬉しい)。
タイトルはドクター伊良部一郎が患者を迎える時に言う「いらっしゃーい」から。当時ドクター伊良部一郎シリーズにハマっていたので。
こちらも、彼女達で長編書きたいと思っていますが、すでに橘圭郎先生の『安田清美の優雅でひそやかな生活』があるので、今のところは見送り。
でも夫婦とかカップルの日常モノはいつか書きたいので、彼女達の結婚前でも書くかなー、とか思ってます。

       

表紙

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