青春ロケット、ホームラン!(青春小説)

 思い切りバットを振る。快音が球場内に響き渡り、数秒遅れて大歓声が俺を称え、その歓声に応えるようにダイヤモンドを一周する。そして、ホームベースを踏んだ時、俺の青春は終わった――。


 ■


 去年の夏。甲子園にて、我が学園は高校野球で日本一に輝いた。自慢だけど、俺の逆転サヨナラホームランで決着したんだ。
 ――でもそこで、俺の全ては終わったような気がした。

「なぁ真島。お前、野球部に戻ってくる気は無いのか?」
 学園の屋上。ぼーっと空を眺める俺の元に、野球部時代の仲間である多田がやってきた。野球部伝統の坊主頭と、昭和のスポーツ少年っぽい濃い顔。
「んー……ないよ」
「本当かよ。監督や仲間たちだって、戻ってきて欲しがってるぞ。――今のお前は、なんつーかズレてるよ」
「ズレてるねぇ……」
「お前、ちょっと太ったし」
「五キロくらいな」
「髪伸びたし、茶髪だし」
「野球部じゃねえからな」
「いいから戻ってこいよ」
「最終的にそうなるか……」
 しかし、俺はもう野球部に戻る気はないので、多田から何を言われても首を振り続けた。


 ――あの日、ホームベースを踏んで、俺は何かを見失った。それまでは当たり前にあった何かが、ふわりと消えた。それが何かさえ、俺には思い出せない。

 多田が帰った後、俺は給水塔に隠していた金属バットを取り出し、素振りを始める。勢いよくバットが空を切り、俺にあの夏を思い出させる。しかし、肝心の無くした何かは思い出せない。いくらホームランの感触を思い出しても、虚しさが募るだけだった。
「……馬鹿らしい」
 日が落ちてきたので、俺も帰ることにした。バットはまた、給水塔に隠して。


 ■


 翌日、放課後。俺は野球部監督に呼び出された。内容はわかってるのでわざわざ行く必要もないが、野球部時代の癖なのか、屋上ではなく職員室に足を向けた。
「なぜ呼び出されたか、わかるな」
「はい……まぁ」曖昧に頷く。監督は、優しげに目を細めて言う。
「戻ってこい真島。あの夏を、もう一度再現するんだ」
「……嬉しい話ですけど、すいません。野球はもう、やらないと思います」
 監督が俺の肩を掴む。
「なぜだ真島! お前には才能がある。それに、……それに去年は、あんなに燃えていたじゃないか!」
「……きっと、燃え尽きたんだと思います。甲子園が終わってから、俺は何かを無くしたんです」
「……何かって?」
 黙って首を振る。
「わかりません。でも、それは俺が野球をしてきた理由だったと思うんです。――今はもう、野球をやる理由がないんです」
 そこまで言って、失礼しますと頭を下げ、職員室を後にした。監督が呼び止める声も聞こえたが、それを無視して屋上に向かった。


 ■


「んー……、私では筋力が足りない……。これでは仲間に連絡取れないな……」
 屋上に行くと、そこには先客が居た。
 ウチの学校の女子生徒なのだろう。女子の制服を着ている。屋上は別に俺専用の場所ではないから、女子がいること自体はさして問題ない。問題は、その女子が給水塔に隠していた俺のバットを持っていることだ。
「おい、お前」
「――ん? 私か?」
 彼女はバットを肩に乗せ、長い髪を翻し、振り向いた。目は大きく、星を散りばめたようにキラキラしていて、化粧をしていないのが、その整った顔立ちの魅力をさらに引き出していた。見る者を惹き付ける、光のような美しさ。
「お前以外、ここに人間はいないだろ」
「キミがいるじゃないか」
「――そういう意味じゃなくてな」
「それに、私は人間じゃない」
「……はぁ?」
 どこからどう見ても人間ですが。
「私はこっちでいう、宇宙人だ」
「――――」
 人が予想外の出来事に出会すと止まるというのは、本当のことだった。どういう行動を取ればいいのか考えが出ず、保留という選択をしてしまうのだ。
「どうした。固まるな。私はおかしいことを言ったか?」
 言ったよ。しかし、もちろん無視だ。
「お前が宇宙人でもなんでもいいけどな、バット返せ」
「……これはキミのなのか?」
「あぁ。柄に名前書いてあるだろ」
 彼女はバットをひっくり返し柄を見る。そして納得したように、「なるほど」と言ってニヤリと笑った。
「――去年の甲子園、サヨナラホームランを打ち、この学園を日本一にした。通称、消えた幻の四番バッター、真島クンか」
「宇宙人にまで俺の名前が響いてるたぁ、感激だね」
「私は去年からこの学校にいる。知っているのは当然だ。――そしてあの時、あの球場に私はいたからな」
 彼女がバットを差し出してきたので、俺はそれを受け取る。すると彼女は、なぜだか安心したようにため息を吐いた。
「野球部を辞めたと言っても、まだ野球はやってるんだな」
「――やってるなんてもんじゃない。ただ素振りしてるだけだ」
「それでいい。――バッティングはまだできるか」
「――腐っても鯛、ってことわざ知ってるか、宇宙人」
「? それは腐っても鯛は鯛だろう。腐ったら名称も変わるのか?」
「……まぁそうだが、つまりな。野球部やめても、幻の四番バッターの通り名まで返上した覚えはないってことだ」
「よし。さすがだ真島クン」
 今度は俺がバットを肩に乗せ、「それで?」とため息混じりに言った。
「さっきも言ったが、私は宇宙人だ」
「らしいな。地球には何しに来た? 侵略か?」
「いや。旅行だ。ぶらり一人旅をしていたんだが、宇宙船が故障して帰れないんだ」
 どこかで聞いたような、ありきたりな話だった。陳腐な三文小説って感じだ。顔に出てしまっていたのか、彼女は言う。
「たしかに、こっちの文献にはありがちな話かもしれないが。私には大事な話だ」
 それもそうだと思い、「すまん」と頭を下げた。宇宙人だなんて、これっぽっち(針の穴くらい)も信じちゃいないが。
「話を戻すが。お前が帰れないのと、俺のバッティング。何か関係あるのか?」
「もちろん」
 そう言って、彼女が取り出したのは、大きさと形は野球ボールのそれだが、幾何学的なデザインのされたボールだった。
「キミのバッティングで、これを打ち上げて欲しいんだ」
「う、打ち上げ……? もしかして、宇宙にか?」
「そこまでは言わない。――だいたい、ここから百六十メートルくらいか」
「は!?」
 俺は呆れ、ゆっくり子供に言い聞かせるくらいのスピードで語ってやる。
「いいか宇宙人。俺の最大飛距離はだいたい百三十メートル。自己ベストから三十メートル伸ばすってのは、絶対無理だ」
 それと、これは宇宙人(というより野球の素人)に言ってもわからないかもしれないが。世界最長飛距離は約百七十メートル。
「――しかし、この地域で出来そうな人間といえば、キミくらいしか」
「……悪いが、無理だ。体はもうなまりきってる」
 今の俺ではホームランすら難しいだろう。それに、宇宙人とかいう戯言に付き合えるほど、非常識ではない。これで諦めるだろうと思い、俺はバットを隠すため給水塔に登ろうとするが、彼女は急に「そうだ!」と声を上げる。その声に驚き、彼女を見る。
「なら鍛えなおせばいいじゃないか!」
「……は、はぁ?」
「カンを取り戻してもらうぞ、真島クン。我が故郷へ帰るため!」
 俺をびしっと、まっすぐ指差し、胸を張りながら彼女は言った。


 ■


 別に彼女の要求に応える必要性はまったくないが、こういう輩には口で言うより、不可能だと実践したほうが早い。
「あ、私のことはステラでいい」
 と、腕を引かれながら言われた。片手にバットを握り、もう片方はステラに握られ、俺たちは学校近くの河原へとやってきた。
「まずは、とにかくひたすら真上に打ち上げる特訓をしよう。でなくば、目標までは夢のまた夢になってしまう」
「打ち上げるって……」
 なんかロケットみたいだな。たしかにバッティングミスしたことを打ち上げる、なんて言うが。
「じゃあ、まずはこれを打ち上げてみよう」
 ステラが取り出したるは、そこらに落ちてた小石だった。
「悪いが、さっきの緊急サインボールは一つしかないんだ。だから、練習はこれでやってくれ」
「……俺はやるなんざ言ってないがな」
「キミはやるさ。こっちで言う、星の導きだな」
 俺が宇宙人のために、わざわざミスバッティングの練習をするのが、星の導きだと? 失笑――もしくは苦笑モンの話だ。
「ほら行くぞ!」
 下手投げで小石を投げてきたので、俺は反射的に「うわっ」と言いながら、持っていたバットで小石をカチ上げる。金属バットなので、カキンと甲高くいい音がして、小石は音に比例するよう高く高く飛んで言った。
「五十メートル――って所か」
「は? わかんのかよ」
「キミにはわからないのか?」
「いや、そりゃ見えりゃ目測でなんとなくわかるが……。五十メートル先の小石なんて見えねーよ」
 普通見えない。さすが宇宙人。――いや、もちろんまだ信じちゃいないが。
「てかな、ワザと上にカチ上げるのは簡単だが、それで自己ベスト更新しろってのは無理な話だぞ」
「キミの筋力なら行けるだろう」
「そりゃ、バッティングってのは筋力も必要だけどな。一番大事なのはフォームだよ。自分にあった一番の形が大事なんだ」
「ふぉーむ? 仮面ライダーの第二形態か!」
「まぁ綴りは一緒だが……」
 仮面ライダー見てんのか宇宙人。宇宙要素なんてなかったろ。
「フォームってのは、構えって意味だ。最高の手応えでボールを叩けるモーションに移るための構え」
 こういう風にな。と、構えてやる。かつて、俺を四番バッターに導いたフォームである。ステラは目を細め、卒業アルバムでも見るかのような優しい顔をする。
「それ、キミがホームランを打ったやつだな」
 ステラも同じことを考えていたらしい。「ああ」と応える。
「別にホームランだけ打ってきたわけじゃねぇが……。今となっては、あの一回しか思い出せないな」
 バットを何千、何万と振ってきたし、その中には最後のバッティングに負けないピンチもあったが、何故か最後のバッティングしか思い出せない。
「――無駄なことを話したな。宇宙人、石放ってくれ」
「……ん、そうか」
 彼女は、また手頃な石を掴み、それを俺に向かって放る。アッパースイングで石をカチ上げ、ステラの「八十メートルだな」という言葉にがっかりした。人の夢と書いて、儚いとは本当かもしれない。いや、宇宙人の夢と書いて。かな。





 しかし宇宙人というのは、人間より諦めが悪いものらしい。一日くらいバッティングを見せただけでは、諦めてくれない。「キミのバッティングを信じている。明日もやるぞ!」という熱血コーチっぷりを見せつけ、俺をどん引きさせた。
 ――だから、そういうのはもういいんだってば。面倒くせえ。

 ――そんなことを言いながら、ステラが帰った後、俺は河原に居た。ワザと小石をカチ上げる感覚が病みつきになったのか、俺は一人黙々と、ステラを宇宙に帰すための特訓を続けた。





 翌日。筋肉痛になった。筋肉痛なんて本当に久しぶりで、起きてすぐなんで体が痛いのかわからなかったくらいだ。おかげで学校にいくのも一苦労だ。
 その疲労の所為で授業も全部寝てしまい。あっと言う間に放課後、屋上にて。俺は給水塔の根元に座っていると、パンツが見えそうになるのも恐れず、ステラが目の前に仁王立ち。
「さぁ! 今日もやるぞ真島クン!」
「わりぃ、今日は筋肉痛だから休む」
「おぉ。じゃあ背が伸びるんだな!」
「それは成長痛だな……」
 日本語が不自由すぎる。
「筋肉が成長するんだよ。筋肉ってのは使うと繊維が千切れて、その回復に一日かかるんだよ」
「だがバッティングの特訓はできるだろう?」
「筋肉痛になったら一日休むのが一番いい。超回復って言ってな。回復した筋肉は以前より膨らむんだよ」
「む? しかし筋力は大事じゃないのではないのか?」
「別に大事じゃないとは言ってない。筋力があれば遠くに飛ぶのは常識だろ。フォームはバットをボールへ導く軌道。筋力はボールをどれだけ強く叩けるかってことだ。どっちも大事なの」
「じゃあ今日は休みだな」
 ため息混じりにつぶやいて、俺の隣に座った。
「――休みならここにいる理由なんてないだろ」
「なんだ、キミと話すにはバッティング練習の理由がないとダメなのか」
 目を丸くしなから言うので、どうやら皮肉として言っているわけではないらしい。俺はちょっと困りながら、「何を話すんだよ」と訊いてみる。
「あれだ、世間話だ」
「じゃあしてみ、世間話」
「――そうだな。じゃあキミは、裁判員制度についてどう思う」
「たしかに世間話だが、それはちょっと高度すぎる」
 俺たち高校生だろうが。
「ん? しかし世間話というのはこういうものなんだろう?」
「――いや、まぁ世間話だが。もっと若者らしい話をだな」
「若者とは、こっちでいういくつのことなんだ?」
「……まぁ、大体二十歳くらいまでか」
「なら私は若くない。実は二十八だからな」
「なんだとぉッ!?」
「おぉ……びっくりした」
 驚いて立ち上がってしまった。しかし立ち上がった所で、いや、嘘に決まってるじゃねえかと思い至る。こいつは変なんキャラ付けしてるだけなんだって。
「あぶねぇあぶねぇ。いつの間にか宇宙人設定を信じてる自分がいたぜ」
「私はキミに嘘をついたことなんてないぞ」
「その言葉が嘘クセェ」
「本当さ。ほら」
 ステラはポケットから財布を取り出し、そこからさらにカードを取り出して俺に投げる。それを危なげに受け取ると、それは車の運転免許だった。ステラの顔写真が写っていて、生年が二十八年前だった。
「こ、こんなもん信じられるか。宇宙パワーで偽造したのかもしれねえだろ」
「宇宙パワーが何をさすかわからないが、私にそんな技術はない。私にあるのは運転技術だけだ」
「うまくねぇよ。――じゃあなんか、免許持ってるやつにしかわからないクイズ出してみ。答えられなきゃ信じてやる」
 腕を組んで空を見上げ、宇宙からの電波でも受信するかのように考えるステラ。数秒ほどで「よしわかった」と言って胸を張る。
「曲がり角を曲がる際にウインカーを照らすのは知ってるな?」
 あぁ、あの後ろのランプか。
「あのウインカー、曲がり角の何メートル先で照らさないといけないか答えろ」
「……五メートルくらいか?」
「三十メートルだ」
「ウソォ!?」
 事の審議を確かめるべく、ケータイを取り出し、ネットに繋いでググる(グーグル検索って意味ね)。
「うわっ……マジだ」
 そんな距離から照らす必要がどこにあるんだ。五メートルくらいでいいだろマジで。
「じゃあこれで、私が宇宙人であることと私の年齢を信じてくれるな?」
「わか――りましたよ……」
 まぁ一応、年上らしいし。同い年に見えるけど敬語使わなきゃ。……野球部の時のクセだな。
「敬語じゃなくていい。そのために年齢をバラしたわけじゃない」
「……そうなると、今度はこっちが困るんだよなぁ」
 年上に敬語じゃないとか、めちゃくちゃ落ち着かない。元野球部の礼儀正しさをナメるな。
「本当に気にしなくていい。私はキミの、そういうぶっきらぼうな口調が好きなんだ」
 ステラは目を細め、子供を見るような優しい眼差しを俺に向けた。それに俺は、顔を真っ赤にしてしまった。宇宙人の美しさは、まさしく夜空に煌めく星のごとし。
「じ、じゃあしょうがねえ。この口調のままでいてやるよ」
「あぁ。そっちの方がいいぞ」
「ちなみに――二十八歳なら、高校じゃなくて就職すりゃよかったんじゃね?」
「おお、そういえば」
 そんなわけで、この日を境に、俺と宇宙人は少し仲良くなった。異星間交流ならぬ、異性間交流である。


 ■


 異性間交流(異星間交流)から数日。そろそろ高校野球選手権の予選が始まろうとする中、俺は川原で、宇宙人とバッティング練習をしていた。ただ上にカチ上げるだけの、言うなればバッティングごっこである。
 ステラが放る小石を、金属バットで黙々とカチ上げる。そしてステラが言う記録に、一喜一憂するのだ。
「今のは九十八メートルだな」
「最初に比べりゃ、だいぶ伸びたな」
 それでも、全盛期の平均値なのは多少悔しい。どうやらよほど、俺の体は鈍っているようだ。
「伸びたは伸びたが、まだ私の発信機を打ち上げるわけにはいかないな」
「発信機って一個しかねえのか?」
「あぁ。一個だけ、チャンスは一回」
「キツいな……」
 そうは言ったが、口元は笑みを浮かべていた。今、最高に楽しい気がする。
「どうした。バッターズハイか?」
「勝手な造語を作るな。――でもまぁ、そんなもんだ」
「ほうほう。じゃあ、もうちょっとやるか」
「あぁ」
 頷き、バットを構える。そして、ステラが放る石をカチ上げようとバットを引いた瞬間、「真島?」と声がしたので、空振りしてしまった。いいところだったのに、誰だよ。
 声がした方を見れば、そこには多田が居た。野球部のユニフォームを着ているあたり、どうやらランニングでもしていたらしい。
「なにやってんだ真島。こんなところで」
「――見てわかるだろ」
 もう辞めたとはいえ、俺も元野球部員である。バッティング練習していてもおかしくは無いが、元であるためやはりバツが悪い。
「そりゃわかるけど、一人でやるくらいなら、野球部に――」
 そこまで言ったところで、俺の後ろに目線が行く。ステラに気づいたらしい。
「――誰だその子?」
「私はステラ。こっちで言う、うちゅ――」俺はステラの口を押さえる。見た目通り柔らかな唇が手の平を押し、少し幸せな気分になった。目を白黒させるステラを放り、俺はさっさと「同級生だ。ちょっとバッティングを見たいって言うから、見せてたんだ」と言い訳をする。そして、耳元で余計なことは言うなよと呟いてから手を離す。
「バッティングって……。お前、バッティング下手になってないか? 全部真上に打ち上げちゃってるじゃないか」
 バットと俺の顔を交互に見ながら、心配そうに言う多田。
まあ、わざと真上にカチ上げるなんて練習しなかったし、その結論は当たり前か。
「違うぞ。真島クンは私のリクエストに応えてくれているんだ」
「リクエストって……」多田は苛立ったのか、顔をしかめた。
「いいか、こいつはな、うちの宝なんだよ。あんたみたいな素人にはわからないかもしれないが、そんなことやってたらフォームが崩れちまうかもしれないだろ」
 わかるよな、と俺の顔を見る多田。まあ確かに、そういうのは理解してるが。
「別にいいだろ。俺はもう野球部じゃねえし」
「……本当にお前、戻ってくる気ねえんだな」
「――あぁ」一瞬、そう言ったら二度と戻れなくなるんじゃないか、そう思ってしまった。
 でも、俺にもう、野球部への未練はない。だから、培ったバッティングフォームを崩してまで、ステラに付き合っているのだ。
「そうかよ……。監督から聞いちゃいたけど、――本当に野球への情熱失ってんだな」
 多田は拳を震わせ、失望したように俯いた。
 そして、一歩踏み込み、腰を回して、思い切り俺の頬に右ストレートを叩き込む。
 多田の野球への情熱が、俺の頬へ置き去りにされた様に頬が熱かった。
「悪かったな。やる気もないのに、野球部に戻ってこい、なんて言って」
 踵を返した多田は、そのまま川原から走り去ってしまった。
「ふう……」
 多田の気持ちもうれしいが、もうそういう、暑苦しいのは卒業したのだ。
「さぁ、やろうぜステラ。早く帰るために」
 これは俺が早く家に帰りたいという意味と、ステラが早く母星に帰れるようにという二つの意味が込められている。
 しかしステラは、そんな俺の言葉が嬉しくないのか、つらそうな表情をしていた。
「どうした。早く帰りたいんだろ? だったら石を放れよ」
「……やっぱり、やめよう」
 今にも泣き出しそうな、大切な友達が遠くに越してしまうような寂しそうな表情で、ステラは呟いた。
 俺がそれに納得できるはずもなく、「どういうことだよ」とステラに詰め寄る。理由はなんとなくわかってるけれど、聞かずにはいられなかった。
「私の所為で、キミのフォームが乱れるかもしれないのだろ……? キミは言ったな、フォームはバッティングで重要なことだと」
「気にするこたぁねえよ。俺はもう野球やらねえし」
「それでは困るっ!!」
 その叫びに、俺の意識は一瞬真っ白になってしまった。
 ステラが叫ぶということが、俺の中でありえないとカテゴライズされていたのか。
「私は、キミのファンなのだ」
「あぁ。そう言ってくる連中は結構居たな」
 野球部辞めた途端、手の平返してきやがったけど。
「で、それが? なんかの慰め?」
「違う。事実だ。私は、キミが最後にホームランを打った球場に居たと言っただろ。――これが、その証拠だ」
 彼女が制服のスカートから取り出したそれは、野球の硬球ボールだった。うっすらと泥に汚れたそれに、俺は見覚えを感じた。
「キミがホームランを打った時のボールだ」
 ――それを聞いた瞬間、泥で汚れたボールが、俺達野球部の汗や涙で、キラキラと宝石のように輝いて見えた。
 俺があの夏、置き去りにした物が、ボールと一緒にかっ飛ばした物が、そこにある気がした。
「キミが失った情熱は、ここにある」
 彼女は、その豊かな胸にボールを抱きしめる。俺達の青春を宝物のように扱ってくれている様で、胸が暖かくなった。
「私はあの頃、帰る気力を無くしていた。宇宙船も無ければ、発信機を打ち上げることもできない。帰るのはもう、絶望的だった」
「……そんな中で、よく野球観に行ったな」
「一応私も高校生だ。友人の一人くらいはいるさ。その子に連れてこられたんだ。……正直、野球は知らなかったが、それでも試合が後半になるにつれて、どんどん盛り上がってきて、最後に出てきたバッターのプレイに、魅せられた」
 ステラの顔は、その時の臨場感を表すように震え、瞳は潤んでいる。今にも星屑が零れ落ちそうだ。
「最後、ツーアウト満塁。ホームランで勝ちという時、その試合最大の正念場。並大抵のプレッシャーではないであろうその中で、キミはホームランを打った。その打球は真っ直ぐ、私の元に降ってきた」
 ……だからステラが、俺のホームランボール持ってるのか。
「そのホームランボールが、私に故郷へ帰る努力を――情熱を思い出させた。だから、あのホームランでキミが失った情熱は、私の中にある。キミの情熱が、私の胸に飛び火したんだ」
 俺には、その差し出された言葉が酷くもったいないような気がした。身に余る光栄――だろうか。そんなバカな。
「……あっ、そ。だから俺が、発信機打ち上げてやるって言って――」
「ただ打ち上げるだけでは意味がない」
 俺の言葉を遮り、ステラの言葉はとめどなく溢れてくる。
「私はキミに、この胸の情熱を返したい。私が好きになった、あのバッティングをもう一度見せて欲しい。あのバッティングで、私の発信機をあの空に飛ばして欲しい。私が帰ったあとも、野球を続けて欲しい」
「……だから俺は、野球続ける気はねえって何度言えば」
「嘘だな」
 その決めつけるような口調に、俺は腹が立った。全部、そっちの都合じゃねえか。多田も監督も、ステラだって。俺の意見は、意志は、どこへ行ったんだよ。
「……確かに、今私が言っていることは、単なるワガママだ。宇宙人にも、心を読む力はない」
「だったら――」
「しかし、私にもわかる。キミはまだ、野球をやりたがっていることくらい」
「それが勝手だって言ってんだッ!!」
 精一杯の叫びを放った。ステラの体がビクッと跳ねる。
「俺は――俺はもういいんだ。野球に飽きたから辞めただけだろうが。――なのになんで、みんなつきまとってくんだよ……いい加減にしてくれ、俺はもう、野球とかウンザリだ」
「しかしキミは――」
 ステラの言葉を最後まで待たず、俺はバットを地面に落とし、身を翻す。
「――私が宇宙人だと信じなくても、バッティングに付き合ってくれたじゃないか……!」
 思わず、足が止まった。
 違う、という言葉が出なかった。
 脳が認めろと言っているかのように、ただただ静寂が脳を覆っていた。
「普通、地球人はあっさり宇宙人を信じないんだろう? 私が最初、クラスメートに宇宙人だと言ったら、タチの悪い冗談だと思われたぞ。キミも最初はそんな感じだったが、野球の話をした時、目の輝きが変わった。『コイツのことはどうでもいい』そう言っているようにも見えた。キミは、新しい理由を欲しがっていたんだ。野球をする、新しい理由を」
 的外れだ、違う、俺はそんなごと考えちゃいない。そう言ってやればいいのだ。そうすれば、コイツは諦めるはずだ。
 俺に野球をやらせようなんて、もう思わないはずだ。
「――」
 それでも、言葉が出なかった。彼女の言葉を止めてしまえば、それこそ俺は、二度と野球への情熱を取り戻せないような気がして。
「行こう」
「……え?」
「屋上に、行こう」


 ■


 まるで子供のように、ステラに手を引かれ、俺達が初めて出会った学校の屋上にやってきた。
「そこに立て」
 言われるがままにそこへ立ち、ステラが俺から離れていく。そして、屋上の柵ギリギリまで離れた。
「だいたい、マウンドからバッターボックスまで、十八メートル」
「おい、ステラ……」
 俺の言葉なんて聞かず、ステラはポケットから、野球のボール大の発信機を取り出す。
「これを投げるから、ホームランにしてみろ」
「いや、俺はまだ全盛期を取り戻してないんだぞ……。そんなのに、最後のチャンスを使うなよ! 帰りたくないのか!?」
「帰りたくないものか」
 俺の発した声より全然小さかったはずなのに、彼女の声は俺の耳元で発せられたようにはっきりと聞こえた。
「帰りたいさ。私は……帰ることだけ考えて、この一年を過ごしてきた」
 でも、と言葉を区切る。
 ――そして、気づいた。
 ステラの顔が真っ赤になって、瞳からはポロポロと、流れ星のように涙が溢れ出ていた。
「でも私は、私の心に火を点けてくれた人を見捨ててまで、故郷に帰ろうとは思わない! ――今キミに火を点けないと、キミは野球ができなくなるから……」
 ステラは見よう見真似か、去年決勝で戦ったピッチャーのオーバーハンドで構えた。
 俺も、ついバットを構えてしまう。
 本当にステラを故郷の星に帰したいなら、もうちょっとカンを取り戻してからにすべきだ。
 頭ではわかっているが、体は、本能は、そんなの関係ないと言わんばかりに震える。
「行くぞ」
 涙でくしゃくしゃになった声で言うと、ステラは思い切り振りかぶり――投げた。

 それはとんでもないスローボールだったが、一応ストライクゾーンに向かって真っ直ぐ飛んでくる、ある意味で力強いボールだった。

ステラがしたように、俺はただベストなフォームで最短距離を行き、思い切りバットを振った。

 ふと目の前に、去年の映像がフラッシュバックする。
 そして、なぜだろう。体の奥から、熱い物が込み上げてきた。
 ――俺は、この熱の正体を知っている。去年の夏、俺は最高に燃えていた。生きてる、活きてると毎日実感していた。
「おめでとう、……目標達成だ」
 ステラの声が聞こえる。
 どうやら俺が打ち上げた発信機は、うまく飛んで行ったらしい。
「私とキミはここでお別れだ」
 そう、だ……。
 俺がホームラン打ったら、ステラとはお別れなんだ。
 それを考えたら、熱い胸の端っこが、ちくちくと痛んだ。
「キミのファンとして、私の球をホームランにしてくれたのは、嬉しかった。――ありがとう」
「……だったら、次はお前のために、ホームラン打ってやる。来年の大会の、決勝戦でな」
 泣きそうな自分が嫌だった。
 本当は笑顔で、彼女みたいに、太陽のように笑いたかった。
「ああ、楽しみにしてる」
 
それでも、彼女の燦々とした声が、胸に響いて嬉しかった。


 ■


目を覚ませば、すでにステラは居なかった。
しかし俺の胸には、確かにステラから返してもらった情熱が熱巻いていて、俺はすぐに野球部へダッシュで向かった。監督や多田に今までのことを詫び、もう一回野球部に入部した。もちろん、丸々一年サボっていたのだ。すぐにレギュラー入りできるはずもなく、その一年はとにかく練習三昧だった。ステラとやっていたのはバッティングだけだったので、守備はザルもいいとこだった(ちなみに、俺のポジションはサード)。
とにかく一年ベンチで頑張り、俺が三年生になった夏。なんとかレギュラーに戻れた。

『四番、サード、真島くん――』
 
 ウグイス嬢の声が俺を呼ぶ。ベンチから出て、メットを被ってバットを持ち、バッターボックスまでゆっくりと歩く。一昨年と同じシチュエーション。九回裏ツーアウト満塁、俺のホームランが勝利の条件。
 ピッチャーが振りかぶる。その瞬間、球場の空気がピリッと張り詰めた。懐かしい、この感じ。確か、一昨年もそうだった。緊張はまったくない。思い出すのはステラの笑顔。
 ピッチャーがボールを投げ、それはまっすぐキャッチャーミットまで吸い込まれていく。確かに速いボールだった。初球は見逃し。相手の球速を測るため。
 キャッチャーがピッチャーにボールを返し、サイン交換をする。
 そして、第二球を、投げた。手元で変化が起こるが、それは予測済みだった。

 次の瞬間、俺のバットは快音を鳴らし、球場が沸いた。
 ステラとの約束を果たしたのだ。きっとあいつも、どこかで見ているだろう。


 ■


 試合が終わり、俺は学校が決めた民宿に泊まっていたのだが、なんとなく落ち着かず、夜中の散歩に出ていた。見知らぬ土地(二回目)なので、あまり遠くにはいけないが、それでも気晴らし程度にはなるものだ。
「すいませーん。光源学園の真島クンですよね」
 後ろから声がした。その、可愛らしくデコレーションされた声に、俺はつい笑ってしまう。
「そうですよー。あの、奇跡の満塁逆転サヨナラホームランを打った、真島クンですよー」
 くるりと振り向く。そこには、予想通りの姿があった。
「久しぶり、真島クン。見事なホームランだった」
 制服姿のステラは、ポケットからボールを取り出し、去年、屋上でやったように振りかぶって、俺に向かって投げる。去年に比べ球威はあがっており、キャッチしたらそれなりに手が痺れた。
「練習したのか」
「ああ。向こうには野球の文化がないから、キャッチボールするのにも苦労した。しかし、教えたらみんなハマってくれたよ」
「そうか。いつかそっちでチームできたら連れてこい。うちの学校と試合やろうぜ」
 それはいいな、とステラが笑う。俺はボールをステラに投げ返し、ステラは少し危なっかしくそれをキャッチする。
「去年はバッティングしかやらなかったしなあ……。よし、キャッチボールやろうぜ」
「しかしグローブは?」
「メンバーのヤツ借りるさ。行こうぜ、ステラ」
「ああ、やろうやろう」
 俺たちは並んで歩き、民宿に向かって歩きだす。
 とりあえず、グローブがあれば、それでいいか。
 俺たちはゆっくり、星が消えるその時まで、星の導くままに異星間交流を繰り返すのだ。
 宇宙人代表のステラと、地球人代表の俺で。
 

 だってそうだろ? キャッチボールは、コミュニケーションの基本だからな。
青春ロケット、ホームラン!

確かこれは、どこかのサイトの人外企画に出したはず。
総評としては『設定をもっと練れば、さらに上位が狙えた作品』というものでした。
青春と言えば野球。これにどうやって人外を絡ませるか、と考えていたときにロケット打ち上げをテレビで見て、「これや!」と思いつきで書いた作品でした。当時の自分が何をしたかったのかよく分からないのですが、なんとなく好きな作品です。過去篇をもっと詳しく書けばなあ、と思わなくもないです。テーマとしては、やる気の回復。燃え尽き症候群を、宇宙人に治してもらうという言い方で大体あってます。もっとステラに宇宙人要素だしてもよかったね! でも見たまま人外にすると、萌えられなくなるからそのまま人っぽくしたよ!
多分、アメーバでもイケる、な人もいるかもしれないけど。書いててこっちがモチベ上がらないので、それは多分一生やらない。
sage