目をさますきっかけになったのは、聞き覚えのない不快な電子音だった。
連続して鳴り響くそれは、まるで安物の目覚まし時計のようだ。
数回なった後、それはぴたりと止んでしまった。
意識が覚醒してからというもの、俺は目を開ける事ができなかった。
直前まで自分が何をされていたか、自分の身に何が起こったかということを、鮮明に覚えていたからだ。
こういうのは、下手に動くべきではない。
例えば映画やドラマなんかでは、目が覚めて動いた瞬間に仕掛けが作動したり、目覚めたばかりでまどろみの中の尋問が始まったりとろくな事がない。
落ちついて目を瞑ったまま状況を探るんだ。
まずは周りから聞こえてくる音。これは何もない。俺の耳が潰されたわけでなければ、周りからは何の音も聞こえない。
同時に、人の気配もしないが油断はできない。
次に、自分の状態だ。
おそらく、俺は今仰向けで寝かされている。少しだけ手足を動かしてみるが、拘束はされていないようだ。
健康状態に関しては、少し頭が痛い。それと、腹もキリキリと痛む。
長く寝過ぎた時の延長線上、と言ったところか。多分、かなり長い時間。それこそ丸一日以上眠っていたのだろう。
しばらくして、喉が異常に渇いている事に気づく。休日の朝など、寝過ぎたせいで頭が痛い時は大抵喉が渇いているものだ。
大体、どうしてこんな事になってしまったのだろうか。どうして俺がこんな目にあっているのだろうか。
いったん、思考がそちらへ行くと他の事が考えられなくなる。
分かっていてはいても、思考を止められない。
ただ気分が悪くなってくるだけだ、と分かっていても、だ。
俺は、借金のせいであんないかにも怪しい黒服共に追われる事になってしまった。
その額は約5000万。
普通の人間、そして普通の方法では到底返せる額ではないだろう。
何故だ。
俺はただ、予備自とバイトをやりながら、ただ普通に大学生をやっていたかっただけなのに。
どうして俺に何の相談も話もせず、借金があった事実さえも俺に教えず姿をくらましたんだ?
何か言ってくれれば、もしかしたら何か解決策もあったかもしれない。
そして仮にも家族だ。深刻な顔して、こんな借金ができてしまったんだ、などと言われれば息子として放って置けるわけがない。
少し悩むかもしれないが、マグロ漁船にだって乗ってやったかもしれない。
ともかく、こんな拉致のような事をされるよりは自分の意思でやる分遥かにマシな結末にはなったはずだ。
特に、精神的には。
なあ、母さん、父さんよ……。
自分の苦境を呪えるだけ呪った後、再び思考は現状の把握のためにと戻ってくる。
気持ちが悪すぎて吐きそうなのは変わらないが。
さて、どうしたものか……。
周りから人の気配はしない。
少しずつ、本当にゆっくりと、俺は瞼を開いた。
薄く開いた目には、何も写らなかった。
もう少し大きく開いてみる。
そして徐々に大きくしていくにつれて、俺は普通に目を開ききってしまった。
何も、見えない。
視界は闇に包まれていた。
「誰か、いるか?」
俺はつぶやくように言った。
闇の中からは、返事一つ帰って来ない。
本当に誰もいないのだろうか。
そんな疑問は、徐々に恐怖へと変わってくる。
ともかく、こう真っ暗では何も分からない。
俺は体を起こそうと力を入れる。
頭が持ち上がる。
どうやら、ベッドの上にでも寝かされていた、というので間違いないようだ。
右手を横に伸ばしてみる。そこには、何もない。
左手を横に伸ばしてみる。そこには、ざらざらとした壁があった。
右側が降りるところだな、と納得すると、俺は足をベッドから下ろした。
床はちゃんとあるようだ。
そこで気づくが、どうやら俺は靴下を履いている。服も感触からして、多分あの日のままだ。
まあいい、とにかく今必要なのは、電気だ。
俺は足元に注意しながら少しずつ歩きだす。するとすぐに、降りた方向から見て左側の壁へとたどり着いた。
壁をまさぐりながら歩を進めていくと、1本の溝、それから素材が違う壁の存在を確認した。
「ドアか……?」
もうこれはドアだ。ドアしかないと判断し、その壁を探っていると、ドアノブらしきもの大きな塊に触れる。丁度手元のあたりにあるし、ドアノブ以外に有り得ないだろう。だが、左に回そうとも右に回そうともダメだった。
回らない。
鍵でもかかっているかのようだ。まあ、そう簡単に出られるとも思っていない。この分だと、この部屋はおそらく密室なのだろう。
とりあえず、このドアは後回しだ。
俺は再び闇の中の模索を始める。
そろそろ目が慣れてきてもいい頃のはずだが、未だ部屋は完全に真っ暗だ。
おかしい。もしかすると、光など一切差し込まない地下深くだという事もありえる。
そんな所に連れてきて、一体何をするつもりだ? 怪しい事件のモルモットにでもされるのだろうか。
恐ろしい。
考えれば考えるほど、自分にとって都合のいい未来はかき消されていく。
駄目だ。
今はそんな事を考えるのはやめよう。というよりも、やめたい。
「……これか?」
ドアのすぐ横の壁。
そこに、何か突起のような物があった。
部屋の電気のスイッチ。
直感的にそう思った。
迷うことなく俺は、それを押す。
瞬間、目を襲ってくる眩しい光。
やはり、電気だったのか。
ひとまず、これで第一歩が進んだ。
この部屋は一体なんなんだ?
俺は一体どこにいるんだ?
おそらくは、それが少しでも分かるんじゃないかという期待があったのだが。
目の中に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。
「な、何だ、ここは……?」
そこは、見知らぬ部屋。
ではなかった。
誰よりも自分が知っている部屋。
俺が、10年以上も前から使っている、紛れもない、俺自身の部屋だった。
白い壁に、一人用のベッド。
それから大きな本棚に、テレビとテレビゲーム。
机の上にあるパソコン。
家具の配置からしても間違いなく、俺の部屋だった。
「何だ……、これは」
もはや逆に何が何だか分からない。
もしかすると、全てが夢だったのか。借金も、黒服も、両親の失踪も、夢だったんじゃないか。
いや、そんなのはただの願望にすぎない。
まだだ。何か、見落としがある。
まず、何故俺が俺の部屋にいるのかを考えよう。
夢、というのは一つの希望として残しておく。
黒服に捕まって、意識を失った所までは覚えている。
そこが、最後だ。
その後どうなった。
誰かが駆けつけて、俺を助けてくれた……というのも考え辛い。
しかし、他に何も思いつかない。
ぼーっとした頭をフル回転させ、思考を張り巡らせながら部屋をぐるぐるしていると、ある事に気づく。いや、気づいてしまった、というべきか。
本棚に入っていた俺の本。漫画ばかりなのだが、それがおかしかった。
中身が、無い。
手にとってみると、本だと思っていたそれは、ただのコピーされたカバーケースみたいな物だった。重量感の無いそれが、俺の恐怖心を再び掘り起こす。
俺はすぐに窓に向かった。
カーテンでさえぎられた外の世界を確認すれば、間違いなく分かる。
これが異常か、それとも……。
カーテンを一気に開けると、一瞬で俺の心は絶望に支配された。
「何……だ、これ……」
カーテンの先には、ガラス張りの窓。そしてその向こうには、灰色の”壁”が広がっていた。
次に俺が向かったのは、机だ。その上のパソコンに用がある。恐らくは電源などつかない、とは分かっていたが。
しかし、スイッチを押すと、低い音を響かせながらそれは起動した。
一瞬俺は喜んでしまった。
だが、それはすぐに疑問へと変わる。
ディスプレイには文字が表示されていた。真っ黒な画面に、白い小さな文字が綴られている。
そこには、こう書かれてあった。
『沢渡一真様へ。
あなたには5024万6030円の債務が架せられております。
我々としては、この額を返すのには並大抵の方法では不可能と思われます。
そこで、我々は勝手ながら便宜を図らせていただきました。
あなたには、ゲームをしてもらいます。
ゲームのクリア条件は二つ。
この施設からの脱出と、30日間の生存です。
尚ゲームの進行に当たって、あなたの借金は減っていきます。
その条件に関しては、後々お知らせ致します。
また、ベッドの下に我々から支給品を与えさせていただきました。
これがあなたの役に立つ事を祈っております。
それでは、ご健闘を心からお祈り申し上げます。』
意味が分からない。
理解するよりも先に体が動いていた。
ベッドの下の支給品。
俺のベッドの下のは手が入る隙間は無い。ベッドの下というと、とりあえずベッドを裏返す必要がある。
こんなところを動かすのは年に一度の大掃除の時くらいだ。
毎度毎度いつの間に落としたのか分からない小物や、ゴミがたまりにたまっている。
力を込めてベッドを裏返すと、そこには両手で抱えるくらいの箱があった。他には塵一つない。あまりにも清潔感が漂い過ぎている空間だ。
やはり、ここは俺の部屋ではないのか? 俺の部屋の外に壁を作った、というよりも俺の部屋を模した地下室を作った、という方が考えやすい。
そんな事を思いながら、俺は箱を持ち上げ、中を大して警戒もせずに開けた。
中に入っていたのは、ディスプレイのついた、何かよく分からない物。黒い腕時計。それから一枚のカード。そして銀色の小さな鍵。それと、恐らく目を覚ますきっかけになった目覚まし時計らしき物。まあ、時刻88:88と滅茶苦茶な表示である以上、時計としては使えそうにないが。
最後に、コンビニで売っているようなおかか入りのオニギリと250ミリリットルのコーヒーだった。
「朝飯にしては、あまりにも質素だな」
一人でジョークを呟きながら、カードや鍵を手にとって色々な角度から見てみる。
ともかく、これらは重要な物であるのは明白だとして、それよりも食い物だ。
朝飯……いや、もはや昼だか夜だかは分からないが、俺はコンビニのオニギリを手に取った。
おかかは嫌いではないが、どうせなら明太子にしてくれよ、とかどうでもいい事を思っていると、一瞬で食事は終わってしまった。
明らかに足りない。
債務者にはまともに飯も与えられない、という意図だろうか?
まあ、そんな事はどうでもいい。
さて、これらは一体何だ?
まずはこの良く分からない電子機器からだ。
まるで最近主流の携帯電話のようだ。
そして次に腕時計。
とりあえず腕にはめてみると、中々良いフィット感である。重さもほとんど気にならない。
右横には少し大きめのボタンがついていた。
多分、これが電源だろう。
そしてそれを押すと、真っ暗な画面に光が灯り、起動画面が開かれた。
表示された時間は、8時13分。
丁度良い時間に目覚めたようだ。
気分は相変わらず最悪だったが。
今にも、さっき食べたオニギリを吐き出してしまいそうだ。
何とかそれをこらえ、もう一度さっきの電子機器を手に取る。
薄さは1cm程度。画面の大きさは縦8cm、横5cmといった所か。
表面に携帯やパソコンのようなボタンはない。今流行のタッチパネルなのだろうか。画面に触れてみても何も起こらない。
やがて、横についてある小さなボタンに俺は気づいた。
それを押すと、画面はオレンジ色に包まれた。そこには一文字”Trance”と書かれてあった。
トランス? 超越? それがこの電子機器の名前なのだろうか。意味が分からない。
やがて画面は変わり、メニュー画面のような物が開かれる。
メニュー画面には、”借金”、”ルール”、”ヒント”それから???と書かれた項目が3つ。
まず俺は、借金の部分に触れてみる。
一瞬で画面は切り替わり、そこに表示されたのは、太い白文字で描かれた50,246,030という数字だった。
これが、今俺が持っている借金。
そして、この”ゲーム”で返済しなければならない借金。
一体何だというんだ?
ゲームとは一体何なんだ?
クリア条件はここからの脱出と30日間の生存。
それをすれば借金が消えるのか?
そもそも、生存、とは穏やかな話じゃない。
死ぬ可能性があるという事を告げているじゃないか。
狂っている。
もしかすると、俺は今何かのショーにでも出されているんじゃないか?
今のこの俺の様子を見て、楽しんでいる奴らがいるんじゃないか?
まず、間違いない。今もこうして、戸惑う俺を見て喜んでいるんだ。
俺は部屋中を見渡す。そして、睨みつける。僅かばかりの抵抗だ。
そして再び手元に視線を戻す。
次は、ルールだ。
しかし、ルールを押して表示された画面はこうだ。『まだ、ルールが読み込まれていません』と。
ふざけている。
ルールを見るには、何か条件が必要なようだ。
何を考えているんだ。
ルールを最初に教えるのは常識だろう。
まあいい、次だ。
次の、ヒント。ヒントを押してみても、予想はしていたが『まだ、ヒントが読み込まれていません』だった。
まるで役に立たない。
俺は一体どうすればいいんだ。
ともかく、俺はカードを胸ポケットに、トランスを左のズボンのポケットに突っ込み、銀色の鍵を手に持った。
恐らくは、これでドアが開く。内側に鍵穴があるのは不自然だとは思ったが、もはやそんな事は気にならなかった。
鍵はすっぽりとはまり、右に回すと小さな金属音が響いてきた。
ドアノブを手に取ると、今度はしっかりと回った。
恐る恐る覗きこむようにしてドアの向こうを見る。
そこには、一本の通路があった。3メートル程向こう側にはドアが見える。
本当にただの通路だ。
ゆっくりとその通路に足を踏み入れ、ゆっくりとドアに近づこうとした。
「……何だ?」
足が何かにぶつかった。
見ると、それは俺の履いていた靴だった。
何でこんな所に?
疑問を抱きながらも俺はそれを履き、ドアへと向かった。
ノブを回し、開いた先には、俺の部屋と同じくらいの大きさの部屋があった。
部屋の中には机が二つ。二つの机は大きな本棚で阻まれており、その上には電気スタンドとノートが全く同じ配置で置かれてあった。
かなり不気味だ。
まずは向かって右側の机へと向かう。
机の上には、閉じられたノートが一冊と、赤いペン。それからシャープペンシルだ。ノートをぱらぱらとめくってみるが、まるで新品のようだ。何も書かれていない。
引き出しを開けてみるが、何も入ってはいない。
次に左側の机を見るが、赤ペンが青ペンに変わっていただけで、それ以外は全く同じだった。
続いて、二つの机を正面に見据えて左側。
そこには金属的な扉があった。その横には、電卓のような物が。
「パスワード式のロックか……?」
適当に数字を入れてみるが、6個入れたところで、クイズの不正解のような音が鳴り、扉は開かなかった。
6けたのパスを探せ、ということか?
しかし、それは一体どこに?
この部屋にあるのだろうか。
だとすると、この二つの机と本棚が怪しい。といよりも、それしかないわけだが。
机は固定されており、どんなに力をこめようとも動かない。本棚は少し押すと大きく揺れたので、慌てて元に戻した。
机の上には、相変わらずノートとペンがあるだけ。まずはノートをまんべんなく1ページずつ見る事から始めた。
すると、丁度真ん中の当たりに何か文字が書かれてあった。適当に開いただけじゃダメだったようだ。あやうく見落とす所だった。
そこに書かれてあった内容は、こうだった。
『固い発想が一番の敵』
ただそう書かれていただけだった。
何かのヒントだろうか。
その後、もう一冊のノートも調べて見たが同じく真ん中の当たりに同じ文字が同じように書かれているだけだった。
次に本棚を調べてみるが、なかには何も入っていない。しかし変な形の本棚だ。両側に本を入れるスペースがあるせいか、かなり分厚い。一つで二人分の本棚など、初めて見た。
「……さて、どうするか……」
見当もつかない。
一体何をすればいいのだろうか。
考えても考えてもよく分からない。
たまに、発狂しそうな感覚に包まれるが、どうにかこうにかそれを堪える。
気分が悪い。もうマジで吐きそうだ。
そういえば、トイレもシャワーもないが、大丈夫なのか?
ここはそんなに長くいるべき場所ではないということか?
こんな所を一瞬で突破できないような奴にはトイレも与えられないという意図か?
思考はいつしか、ドアを開けるという事から少しずつ離れていった。
しばらく顔を机に伏せって、俺は沈黙した。
そして、ある事に気づいた。
今この部屋は天井につけられた蛍光灯で照らされている。結構な明るさだ。
なら何故、電気スタンドの電気がついている?
「まてまて待て、これはかなりのヒントだ。まて、落ち着け、ともかくここから考えるんだ」
電気スタンドをよく見ると、何かの模様だと思っていたそれは内側に浅く付いた傷のようだった。傷というより、カバーが少し薄くなっている、といった感じか。
もしかすると、と思いもう片方の電気スタンドも見てみる。
その模様のようなものは少し形が違っていた。
そして、二つの電気スタンドには、電気を消したりつけたりするスイッチらしきものは見当たらなかった。
「そうか、そういう事か!」
俺は上着を脱いだ。そして机の上にあったペンを三本束ね、手の中にぎゅっと握り締める。最後に、脱いだ上着をおもむろに腕に巻いた。
「こんなもんで大丈夫か?」
そして机に上に乗り、天井の蛍光灯を見据える。
「どこにもスイッチが見当たらない……こうするしか、ないよな?」
しかし、いいのだろうか。
この蛍光灯から発せられている光を消せば、この電気スタンドの意味も分かるはずだ。
だが、スイッチがどこにもない以上これは壊すか取り外すしかないだろう。
取り外そうにも、蛍光灯は壁のなかに埋め込まれている形で、指一本入る隙間がない。何か特殊な器材が必要のようだ。そんな物何も思いつかないが
こいつを消すには、壊すしかないんだ。
だが、本当にいいのか?
これを壊す事によって、この先に進行するのが不可になる……。そしてやり直し、なんてのは脱出ゲームでよくあるパターンだ。
そう考えると、壊していい物とは思えなくなる。
そもそも、こんな強引なやり方でいいのだろうか。
……だが、何もしなければ、ここから出られない。
他に何も思いつかないんだ、やるしかない。
俺は右腕を大きく後ろに振りかぶり、そして。
思い切り蛍光灯に叩きつけた。
凄まじい音が部屋中に響き、結果には粉のようなものとガラスがまき散らされた。
「っと、かなり危ないなこれは。まあいい、それよりも……」
俺は部屋中を見渡した。すると、電気スタンドから発せられた光がなにか線のような物を壁に映し出している。
……だから、どうした?
「待て待て待て、まだ何かが足りないのか?」
俺はひとまず床に降りた。
割れたガラスがまるで砂利道のように絨毯の床を変貌させてしまっている。
靴がなかったら大変だったろう。
足元に気をつけながら、とりあえず金属のドアのところによる。
壁に映し出された模様は、横線がいくつか、だった。
続いて右側のスタンドから映し出された模様を見ると、そちらは縦線のみだった。
そして俺はピンときた。
「そうか、こいつのせいか」
俺は、本棚を掴み、引っ張ってみた。
少し力は必要だったが、何とか動いた。
「よし、とりあえずこれは外だな……」
俺が入ってきたドアを開け、本棚を通路へと引っ張って行った。
さて、邪魔物はこれでなくなった。
俺は再び壁に映し出された模様を見る。
左のスタンドから映し出された横線と、右のスタンドから映し出された縦線が、パスワードでも映し出すのではないか、と思っていたのだ。
だが、甘かった。
そこに映し出されていたのは、意味不明の落書きのようなものだった。
お世辞にも文字として読めるものではない。
おそらく、固い発想を破るというのはこういう事じゃないか? と思って行動した俺がバカみたいだ。
「待てよ、固い発想?」
俺は今度は机の上の電気スタンドに注目した。固定されて動かない、と思っていたがもしかすると。
ちょっと力を入れただけでは確かに動かない。俺は少しずつ力を加えていき、無理やりそれを動かそうとしてみた。
すると、思っていたよりも少ない力で、それは机から離れた。接着剤か何かで固定されていたかのようだ。
「そうか……じゃあ、とりあえずは反対にしてみるか……」
まずは、スタンドを反対の向きに回してに置いてみた。
横線がずれているのが分かる。
「やっぱりこれか……!?」
もう片方も動かした所、壁に映し出された模様が、少しは見れたものになってきた。
ニ、三、十、五、ニ。
少し無理やりだったが、そう読めた。恐らくはスタンドの位置をもう少しずらせばいいんだろうが、もう十分だ。
俺はすぐに、231052、と6桁のパスを打ち込んでみた。
打ち終えた瞬間、扉は上へとスライドし、あっさりと開かれた。
「やった……!」
俺は素直に喜んでしまった。
一瞬でも嬉しくなるのは仕方がない。
その感覚は、謎解きゲームで先に進んだ時に似ていた。
「しかし……固い発想、か」
これは、何かの警告なのでないか。
この先、一筋縄ではいかないような展開が待っているのかもしれない。
しかし、こんな意地悪クイズのようなモノがどんどん出てくるのだろうか。
そう考えると、嫌で嫌で仕方なくなってくる。
脱出ゲームのような物をやり直しのきかない現実でやらせるなんて狂っている。
そんな事を思いながら、開かれた扉の向こうへと俺は足を踏み入れた。
さっきと同じような、無機質な通路だ。
その向こうには、また金属的な扉があった。
その横には、こんどはカードリーダーのようなものがある。
「これは……こいつの出番か?」
胸ポケットから、俺はさっき手に入れたカードを取り出す。
それを勢い良く、まるで怒りをぶつけるかのようにリーダーに読ませた。
扉はいともあっさりと開いた。外からの光が差し込んでくる。
そして、俺が外に足を踏み入れようとした瞬間。
「おい、お前!! そこを動くな!」
誰かが、遠くで叫んだような声が響き渡ったのだった。