ドアを開けた先。
俺は拍子抜けすると同時に、一瞬戦慄を覚えた。
開けた先に、何か罠のようなものがあるかと身構えていたが、どうやらそんな事はないらしい。
だがその先の光景は……ただ異様としか言いようがなかった。
そこには通路が伸びているわけでもなく、部屋があるわけでもなかった。
目の前にあったのは……大きな建物、だった。
幅は50メートル程あるだろうか。
その建物は決して外にあるというわけではなく、まるで部屋の中に建てられている、といった感じで、それのすぐ横には更に大きな壁に囲まれていた。
そして……この建物は……。
「おい……何だこれは……」
光一が、静寂を打ち破るようにそう呟いた。
「……さあな……」
「これは……学校?」
村山さんは、あっけにとられながら言った。
そう……目の前にある建物は、正に学校だった。いや……学校を模して造られた建物、と言った方がいいか。最も、どの学校がモデルかは知らないが。
入り口は俺たちの真正面。
横には真っ白な床と、壁が広がっているだけ。
庭やグラウンドとかまでは用意できなかったのだろうか。
「……どうする? 引き返すか?」
「いや……行こう」
どの道、中に入らなければ何も分からない。
行くしかない。
行って、何かを探すしかない。
俺達4人は、こうしてこの、”学校”の中に足を踏み入れたのだった。
◆
ガラス張りの扉は、いともたやすく開いた。
中には、ずらりと並んだ大量の下駄箱。そして奥には、真っ黒な画面を映し出した巨大な電光掲示板が宙にぶら下がっていた。
脇には二本の通路があり、正面には階段があった。
さて……どうしたものか。
「とりあえず、こっちから行ってみようぜ」
光一は左側の通路を指差し、そして、こう言葉を繋げた。
「左手の法則って言うだろ?」
ただの余計な言葉だった。
まあ……ここがどんな所か分からない以上、どこに行こうとも同じか。
「いやあ……これ、本当の教室だろ。どんだけ金をかけているんだよ」
光一は、すぐ近くにあった部屋を、扉についたガラスから覗き見ていた。後に続いて、俺も見てみるが、そこには均等に並べられた椅子と机……それから部屋の正面には見慣れた黒板があった。黒板には何も書かれていない。
「入ってみるかい?」
村山さんは、不意にそんな事を聞いてくる。
「……大丈夫かな?」
「まあ、いきなり殺されたりはしないだろ」
光一は少し頷いて、扉に手をかけた。
そして、横にゆっくりと引いて、扉を開けた。
「何か、薄暗いな……」
部屋の中は、電灯に照らされてはいたが、どうにも薄暗いという印象を受けた。
「これは……ここから外に出る事はできないみたいだね」
「最初の部屋と同じだ……」
窓の外には、”壁”があった。
このゲームの開始地点……自分の部屋を模した、あの空間と同じように。
「別に何もないなあ」
光一は、教室の後ろにあるロッカーや、机の中を物色していた。だが、ゲームの役に立つようなものは何も見つからなかったようだ。……それも、鉛筆1本さえも。
「ここは特に関係ないのか?」
何か違和感を感じる。
これだけ学校を再現しているなんて、正直有り得ないとしか言いようがない。
一体いくらかかっているんだ?
それでいて、こんな意味のない部屋まで作って一体何になる?
そういえば、他の2つの扉の先は、どうなっていたのだろうか。
……こんな感じの施設が3方向にあるのだとしたら、一体どれだけの費用がかかるんだ……?
ここまで大掛かりな仕掛けを打つ必要がどこにある……?
そもそも、このゲームの意図は何だ?
まだ始まったばかりでこれじゃ、ただただ先が思いやられるばかりだ。
「……行こう。とにかく、あちこち見て回ろう」
どこかにあるはずだ。
ゲームの進行に当たって重要な、決定的な何かが。
「ここは音楽室か?」
次に入った部屋には、ずらりと並んだ机。机の前面には、おそらく譜面を置くのであろう台のようなものがついている。
そして、教室の前の方には黒いピアノ。
「何か仕掛けがありそうだけど……どうする?」
光一はそう聞いてきた。
確かに、何かありそうな部屋ではある。
だが……。
「いや、とりあえず学校の全体を見て回ろう。探さないと見つからないような物は後回しにした方がいいと思う」
今は全体の把握の方を優先すべきだ。
そう思いながら、俺は音楽室を後にしようとしたが……。
「……ん?」
ふと後ろを振り返ると、ずっとだんまりだった飯島が、ピアノの前で俯いている。
その雰囲気は、どこか異様だった。
しかし、一体何をしているんだ?
「どうかした?」
俺は歩み寄ってそう聞いてみた。
「……いえ、別に……。行きましょう」
そう言って、飯島は出口へ向かって歩いていく。
その反応に、つい少し驚いてしまった。
てっきり、俺の中での彼女の印象からして、何も言わずにピアノを見つめっぱなしか、それとも何も言わずに部屋から出ていくかのニ択だと思っていたからだ。
まあ、この人だって人間だからな。勝手に第一印象で決め込んではいけないな。
「なあ、さっきのピアノ、どうかしたのか?」
そして俺は調子にのってそんな事を聞いてしまった。
「……」
反応は無かった。
……難しい人だ。
「お、おい……何かここ、違くないか?」
光一が指差した扉。
そう、それは何かが違った。
機械的だ。
学校、というイメージが一気に払われるような、機械的な扉だった。
例えるなら、エレベータの入口みたいなものか。
そしてその横には、カードリーダーのようなものがついている。
カードを読み込ませる部分の上には緑色のランプが光っていた。
「これで開くかな?」
光一は、ポケットからカードを取り出した。
それは、俺達が最初に手に入れたカードだった。
「……やってみてくれ」
「オッケー」
一気にカードをスライドさせると、上部のランプが、唐突に青く点滅し始めた。
そして……扉は難なく開かれた。
「おお、開いたぞ……な、何だここは!?」
光一はそう叫ぶと、中に意気揚々と入っていった。
「どうかしたかい?」
村山さんがそれに続き、その後に俺と飯島も続いていった。
そしてその先にあったのは……。
「ここは……」
今までの光景とは、また一風変わった場所。
それこそ、まるでどこかのホテルの一室にでも迷い込んだかのようだった。
モダン風な内装。
いかにも、くつろげそうな……癒しの間のようだった。
「見ろよこれ、ベッドがあるぜ?」
部屋の中には真っ白で大きなベッドが三つ。ベッドの横には、パソコンのような物が。そして……。
「皆、こっちに食べ物があるよ」
村山さんがそう言いながら手招きする。
側には、冷蔵庫のような白い物があった。
「本当だ! 助かったぁ、最初に渡されたあれだけじゃ全然足りなかったからなあ」
光一は真っ先にそれに飛びついて行った。
飯島はベッドの上でうずくまるようにして座っている。
そして俺は……。
「まあ待てよ。そんなものより、まずはこれだろ」
俺は、パソコンを指差した。
パソコンは、いわゆるデスクトップ型で、ディスプレイが小さな机の上に乗っており、その真下に本体が無造作に置かれてあった。
「何だよそれ、パソコンか?」
「さあな……。電源を入れるぞ?」
本体を確認し、電源らしきボタンを押した。電源ボタンの横についてあるランプが緑色に光り出し、低い音を響かせながらそれは起動した。
しばらくして画面には、2つの項目が映し出された。
「トランス……。カメラ……?」
「トランスって、この機械の名前じゃないか?」
そう言って、光一はポケットからあの電子機器を取り出した。
あのハテナの項目が多すぎて使い物にならなかった奴だ。
まったく使っていなかったから、正直存在を忘れるところだった。
「多分、な……」
とりあえず俺は、トランスの部分をクリックしてみた。
すると画面には、『トランスを接続してください』という警告文が出てき、数秒すると最初の画面に戻ってしまった。
「このケーブルでつなぐのか?」
ディスプレイの横には、一本の黒いケーブルがあった。
多分、これでこのトランスと呼ばれる電子機器を繋ぐということじゃないか?
「ちょっと待ってくれ。とりあえず、このカメラって奴が何なのか確認したい」
トランスに関しては、少し面倒そうだ。
それよりも、俺はこのカメラが気になって仕方がなかった。
多分、予想通りなのだろうが、もしそれだとしたら、余計に不安が強まる事になるだろう。
俺は、不安を抱えつつもカメラの項目をクリックした。
画面は一瞬暗転し、何かの映像が映し出された。画面は三つに別れており、それぞれ違う景色を映し出している。
そこに映っていた場所は、見覚えのある所だった。
「これ……この部屋の外か?」
「多分な……」
どうやら、部屋の外を監視するシステムらしい。
予想は当たったが、一体何のために……?
監視しなければならない何かがあるというのか……?
「……お、おい! 見ろ!」
光一が唐突に叫び、画面を指差した。
再びディスプレイに目を向けると、画面の左側の映像に、変化があった。
「何だ……? 一体どうしたんだ!?」
画面には、一人の少女の姿があった。
少女は腕を押さえ、足を引きずっている。
別ルートを行った人だ……。
……何かがあったんだ……?
一体……何が……?