Neetel Inside ニートノベル
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act!on -Ragnarok-
Act2:追憶

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 起立。礼。着席。
 機械みたいに体が動く。教室にいる全員がロボットで、先生もただ与えられた任務を機械的にこなしているみたいだ。
「じゃあねー」
「またね」
 分かれ道。別れ際の挨拶。
 飽きもせずに全く同じような話をして、同じ場所を往復している。そんな風に、ひねくれた人間は思うだろうか。
 細長い通路を通って、団地の中にある自宅に帰って、自分の部屋に入って、ノートを広げる。今日の仕事。
 大人になった人ってのは、これの延長でしかない。
 馬鹿げてる。
 友人はそう言った。確かに、同じ所を行ったり来たりして、仕事と名前の付いた作業を淡々と済まして、疲れた顔で眠りに就いて、朝起きればまた行ったり来たり。

 それでも満足だった。
 何もない部屋の中に居るような、殺風景な程何のへんてつもない、普通という言葉で一蹴されそうな高校生。不完全燃焼気味の日常を消化するのに精一杯。
「つまんないなー」
 口ではそう呟いても、心の中は深い霧の中に似て、本当にそう思っているのか、いないのか。
 けれど、それは表面。
 引っくり返せば、彼女は機械そのものだ。
 機械みたいに、任務をこなす毎日。何も、特別も、普通すら、何もない。

 ただ、戦う。
 彼女は、そんな「9」の数字でしかないのだ。
 名前は、白井優実。

「今日は、何なの?」
 白井優実は目の前の女子生徒に聞いた。手には卵焼きを挟んだ箸が握られている。
「へへーん、聞いて驚かないでよ。ほらっ!」
 『UFOあらわる』という新聞の切り抜きを見て白井は、吹き出しそうになる。
 バカじゃないんだから、と溢すと、その女子生徒はムッとした。
「世の中にはまだ解らないことは沢山あってさ、UFOだって、ないはずなのに目撃者がいっぱいいるんだ」
 確かにね。
 白井は写真に顔を近付けた。
 空中に円盤が飛んでいる。ラジコンに見えなくもないが、彼女の言う通りUFOはそこにあった。白井は、それをラジコンと言う人間はどれだけいるだろう、と思った。
「ねぇ。これが何処に現れたか知ってる?」
「?」
「それがね、この辺りなんだ」
 言葉を失わざるを得ない。白井は口に運びかけたウインナーをピタリと止めた。
「すごいでしょ? もしかしたら、ユウがUFOに出会えるかもよ?」
「ないない。そんなの」
 ウインナーを口に放り込み、白井は少し上気しかけた心をなだめた。いきなり連れ去られたりしたらどうしようと、少し過ってしまったからだ。白井は、元より怪談が苦手な方だった。
 そんな事もいざ知らず、やっぱユウもそう思うかー、と向こうで相槌を打つ声があった。
 その子の名前は、倉内。

 その日の帰り道。白井の隣では、菅原がぶつくさと言葉を白井にぶつけていた。
「でさ、思うんだよね、ウチは」
 愚痴っぽい事の内容は、先生が面白くないだとか、最近新しく出てきたカフェのデザートが美味しかったとか、たわいもない事が並ぶ。
「でもさ、やっぱりあれはないわ、て思うわけ」
 先生の恒例となったお説教の話である。毎日毎日、飽きもしないで自分の言いたいことばかり言っている先生は、皆からの嫌われ者だった。
「毎日、ご苦労様だよね。誰も聞かないのに」
「そうだよね。やっぱりさ、勉強なんてやる意味が解らないんだよね。意味なんて考えるなって言うけど、それじゃウチらは奴隷ですか、って話なのよ」
 そういう話にも一理ある。意味も分からないままに押し付けられた『仕事』を、理由もなく繰り返す事に意義もやり甲斐も感じないと言うのは、当たり前で同情するのも簡単だった。
「確かに、そうだよね」
「でしょ? ウチらは機械じゃないし、奴隷でもないんだからさ。もっと自由にさせてくれても良いと思わない?」
 彼女の見た目はしっかり者に見える。清楚の文字を表したようなその出で立ちは、実は周りの期待に縛り付けられたものだという事は、白井はつい最近知ったのだった。彼女は、最後にはこうも言った。
「皆、いちいち過保護すぎるんだよ」

「騒がしい」
 黒柳は辺りを見回した。生真面目な堅物学級委員はむっつり顔でノートと格闘していた。そんな彼に、歩み寄る影があった。
「アンタも物好きだね。そんなことばっかで楽しいの?」
 菅原は半分茶化すつもりで聞いた。すると、冗談も分からないように黒柳はこう言った。
「楽しくないと言えば、楽しくない。だけど……やっていないと、無性に落ち着かないんだ」
 菅原は調子の狂う思いだった。どんなに変化球を投げても、直球で返ってくる、そんな感じだ。絶対に「からかわないでよ」とは言わない気がした。
「ま……いいんだけど」
「……菅原さん」
「何?」
 さん付けに戸惑う菅原だが、振り向くだけの余裕はあった。
「最近、変死体が立て続けに発見されてるよな」
「うん、まあ、そうよね」
 その事件は、マスコミでも物凄い話題を呼んだ。外傷も痕跡も、全く何もない死体である。死因が解らないのだ。犠牲者が多数出ているので、事件として警察も躍起になっているが、首を捻る以外に何も出来ないのが現状だ。
「あれ、僕達の近くで起きてるんだろ」
「…………」
 ふと菅原の頭を過ったのは、近頃話題のUFOの記事だった。もしかしたら、宇宙人の仕業かも知れない。
「話題のあのUFOと関係あるのかもよ」
「そうかな」
 黒柳はそう相槌を打つと、再びノートに向かい合った。
「……まさか。UFOはどうやって人を殺すんだい?」
「……それもそうね」
 黒柳は糞が付くほどに真面目で通っているが、最近おかしな行動に出るようになった。図書室に籠って哲学の本を読み漁ったり、寝不足で学校に来たり、かと思えばよく分からない言葉を紙に書いていたり。菅原はよく思春期で片付けているが、どうも変だ。
「……よし」
 黒柳はさっきまで計算式を書き連ねたノートを閉じ、それを持って教室を出ていった。
「何なんだか」
 呆れている調子で、菅原は肩をすくめた。

       

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