Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

 黒柳がよく図書室に来ているのは、菅原からよく聞かされていた。その情報の示す所は、目当ては図書室の中にあると考えていいだろう。黒柳が一体何を知ったのか、白井には分からない。知らないかもしれない。だが、もし知っているなら、何か手掛かりを残しているはずだ。
 学校はまだ開いていた。グラウンドから、元気のいい叫びが打ち上げ花火みたいに上がっていく。玄関の下駄箱を調べると、下駄箱の天井に紙がテープで貼り付けられていた。
『東京タワーに見る文化と思想』
 手書きで、そんな字があった。
 一瞬、何のことかと頭を捻らせたが、すぐにその意味が分かった。私は、その紙を引き剥がすと、ポケットにしまっておいた。

 図書室には相変わらず人気は少ないが、いくらかの生徒は勉強に勤しみ、本を読み耽る人もいた。そのそびえる本棚の奥に、その本はあった。
『東京タワーに見る文化と思想』
 手に取り、パラパラとめくっただけで、それは姿を現した。几帳面過ぎるくらいに綺麗に折り畳まれたノートの切れ端だった。それを恐る恐る広げて、中の文字を確認する。
『事件の事実』
 白井の背筋に冷たいものが走り抜ける。同時に、紙を持つ手が震えた。震えが治まってから、その続きを読んだ。
『変死した21人は、約半数が身元不明。戸籍に名前のない人間だった。残りは特に問題ないが、その中に警察官が数名いることも考察の価値がある』
 偉く学者ぶった文体が連なっていた。お前は何様なんだと言いたくなったが、もうこの世にはいない。観念して続きを読むと、その後に予想だにしないことが書かれていた。
『これを書く2日前、とある人と接触した。その人はその次の日に殺されたが、私に、死ぬ前に誰かに伝えておきたいと言い、その内容をここに記す事にする』
 そこから少し空白があった。私は息を軽く吸い込んでから、その内容を目で追い始めた。
『曰く、ここにテロリストが潜伏していると。さらに、詳しいことは分からないが、近い内にこの街は消し去られる、と。この街にいるテロリストが不特定多数であるからという理由らしい。過去に家畜にウイルス性の感染症が蔓延した時、周りの家畜もろとも殺処分されたが、あれに近い感覚だ。この殺人事件も、このことを広めれば確実に混乱が起こるとの配慮にもならない配慮からのようだ』
 自分の心が冷たい刃で貫かれた気分だった。胸の内からドクドクと流れ出るものが、白井の胃を締め付けた。
 テロリスト……。
 私?
 私がいたから?
 私がいたから、人が死ぬの?
「…………」
 ここが図書室だということを忘れていたなら、白井は躊躇いなく泣いていただろう。すでに目頭が熱く、つんとした感覚が彼女から何かを押し出そうとしていた。
『いくらなんでもやり過ぎだと思うが、それほどのテロリストがこの街に潜んでいると言うことのようだ。ここからは個人の推察だが、身元不明の約10名は、恐らくそのテロリストの一味であろうと考えられる』
 自分の頬を伝う何かにすら、気付くのに時間が要った。
 バカだね。あなたのすぐ近くにいたんだよ。そのテロリストが。
 黒柳に、それが届くわけがない。最後にはこうあった。
『もしかしたら、私も近い内に死ぬ。これを誰かが見つけられるように、学校の至るところにヒントを隠しておいた。我ながらこんな事をするのは恥ずかしいが、これを読んでくれている人には噂としてこっそりと広めてくれればありがたい』
 白井は涙を悟られない様に、そっと図書室を後にした。しかし、他の人がもしかしたら読むかもしれないその紙を、もとの場所に戻すことはしなかった。
 知っていれば、いずれは殺される。なら、知っているのは自分だけで十分だ、と白井は思った。


 家に帰ると、いつになくひっそりと静まり返っていた。使用人の姿が見えないのだ。食卓のテーブルには、ラップを掛けられた皿。
 そして『外出しています』と書かれた紙。
 ハッとした。
 彼女は事件について調べようとしている。
 殺される。
 連想がそこで切れた。
 白井は、自分の武器を掴んで外に飛び出した。
 どこにいるのか、当てはない。だけど、助けたい。
「お困りのようですね」
 敬語を使い慣れていないような、ぎこちない声が聞こえてきた。
「やあ、また会ったね」
 鈴木だった。まだいたのか、などと言ってはいられない。彼の力は、自分にとってはこの上ない程頼りになるのだ。
「私の使用人、どこか行っちゃって……殺されるかも」
 鈴木は、白井の言った内容を噛み砕く必要があったが、割りとすぐに分かったようだった。
「うん、調べてみるよ」
 白井は頭の中で、黒柳の書き付けた言葉が、本人の声で再生されるのを聞いた。
『身元不明の約10名は、恐らくそのテロリストの一味であろうと考えられる』
 つまりはそういうことだ。この事件を知った白井の組織の1人が死んだ。それは民間人をも巻き込んで大量殺人事件に発展した。真相を知って生きてはいけないだろうが、死んでもいいから何らかの情報を残したいと白井の使用人は出ていったのだろう。
 知るために、自分の命すら投げ出す。それが彼女の使命とでも映ったのか。
 それは、間違っている。
 偽装家族だったとしても、彼女は白井の唯一の家族。
 失いたくない。
 それがただの我が儘だと言うことは分かりきっている。だけど、我が儘でも、いなくなるのは耐えられないことだった。
「君の使用人の居場所、分かったよ」
 鈴木が言った。
「彼女はきっと……」

       

表紙
Tweet

Neetsha