Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

 刹那。
 無に還る一瞬。
 物凄い爆風があった。
 それから、白井はその街の姿を見た。
 目の前に広がるのは、火の海。全てが破滅に追いやられた街の姿が、白井の眼前に倒れていた。形あるものは1つとしてない。
 そして、横たわる友人達……


「っ……」
 眩しい。
 朝日……ではなかった。鈴木の持っていた小型の照明が、白井を照らしていた。少し鬱陶しく思いながら体を起こす。
「起きて。時間だよ」
 壁に掛かった時計を見てみた。
 1時だ。
 照明が顔から外れると、真っ暗闇が白井を飲み込んだ。手探りで武器を手繰り寄せた頃には、大分目が慣れてきたが、それでも月明かりの陰は暗かった。
「僕がここに残ってるから、君の使用人については任せてよ」
 鈴木が見送る建物の外には、車のエンジンが静かに猛っていた。ジェイが運転するワゴン車に乗り込むと、そこにリオはいた。
「久し振り」
 リオはこちらを見るとすぐ、嬉しそうに言った。ワゴン車は狭くて息苦しかったが、その顔を見ると、白井も嬉しくなった。
「本当にそうね。でも、変わってないよ、みんな」
 相変わらず、艶のいい髪が顔を動かす度に上品に揺れる。
「ううん。ユウは変わった」
 ハッキリと言われて、白井はたじろいだ。そういう意味じゃなくってさ、と慌ててリオは続けた。
「何だか、成長してるって意味だよ」
 心を見透かすその瞳は、色んな嘘を見てきたせいか、なかなか人の目を直視しようとはしない。今も、白井をちらと見ただけで、後は顔を背けていた。その横顔を眺めていると、リオが再び白井の方をちらと見た。
「友達……ってどんな感じ?」
「え?」
「友達だよ。どんな風に過ごしてるの?」
 リオからすれば、素朴な質問だったに違いない。だが、白井は、その素朴な疑問に、ハッキリとした答えを見いだせなかった。
「あんまり変わらないよ。私達と一緒でさ、遊んだり、話したり」
「……そうなんだ」
 意外と言う風でもなく、ただ平然と頷いていた。何気ないその表情が僅かに沈んでいるのが分かり、白井は心配になった。
「どうしたの?」
「何でもない。何だか拍子抜けたなー、って……」
 リオは笑おうとしたが、すぐに悲しそうな顔になった。諦めたように、リオは重い口を開いた。
「……友達が死んだら、ユウはどう思う?」
「何て……何言ってるの?」
「答えて」
 リオの横顔に、問い質すような厳しい光があった。その光に白井は続く言葉を見失った。
「……悲しい。もしリオが死んだら、悲しいよ」
「……そうだよね」
 ゆっくり、ゆっくりとリオは頷く。ちょうど、高価な料理をじっくり噛み締めて味わう感じだった。
「だよね……今のは忘れて。私、どうかしてる」
 その面持ちに、白井は違和感を覚えたが、あまり気にしないことにした。それを知ってはいけない気がしたのだ。

 しばらく闇の中に揺られていると、車が停車した。ジェイがこちらに振り返った。
「着いたよ。ここが到着予定地だよ」
 海岸沿いの、全く車の通らない道路に停車した。荒々しく打ち付ける波の瑞々しい音が聞こえてきそうだったが、車から出ると、その音とは程遠い騒がしさがあった。音の出所を探すと、近くには石油化学工場があった。
「そろそろだ」
 その声が合図になったかのように、水を掻き分ける波が水面に出来た。それが浮かび上がって、1人のダイバーの格好をした人が水面に現れる。そしてすぐに、ジェイが電話をかけた。
「見えますか?」
『ああ、ばっちりだ。今からそっちに向かうから、潜水艇の処理を頼む』
「分かりました」
 まず、リオが海から1人入るのが精一杯の大きさの潜水艇を引き揚げる。それをジェイがワゴン車で拾い、運転して隠れ家まで運ぶ。私と河原崎は、敵を警戒しながら、あらかじめ近くの駐車場に用意しておいた車に乗り込む。そういう計画だった。
「……しばらく見ない内に、随分大きくなったな」
 そう言う2年ぶりの河原崎は、すっかり老けて見えた。白髪が増え、髭を生やし、痩せこけた顔は逃亡生活の片鱗を垣間見ている気がする。それについて言うと、時間がないからだと河原崎が言う。
「国際特殊警察がそろそろ勘づき始めている。時間稼ぎももう出来そうにない。とにかく計画を急がなければ」
 そう言えば……白井は思った。計画について、白井達は何も教えられてはいなかった。一体、どんなことを計画しているのか、白井には見当もつかない。河原崎は、深くは教えてくれないようだった。それ以降は口を閉ざし、何も言うまいと静かに歩いていた。
 車の元まで辿り着いた時、白井は1つ溜め息を吐きたくなった。ここまで一言も会話しなかった。白井にとって、空気の重力がこれ程までに重たく感じられたことは、今までなかったのだった。
「あの……」
 我慢しきれずに話し掛けた瞬間、それは起こった。白井達の回りに、あの円盤――サテライトが、たくさん浮遊しているのが分かったのだ。
「これは……!」
「よぅやく見つけたぜ……河原崎さんよぉー」
 駐車場の真ん中に人がいるのを白井は発見した。それは、ついさっき工場でみたあの銀髪の青年だった。青年は、白井に気づくとははん、と鼻を鳴らした。
「やっぱりお前ら、河原崎の仲間だったのか。予想通りだ」
 白井は銃を青年に向け、河原崎に目配せした。河原崎は理解したように身を引き、車に乗り込む。遠くに離れていく音を確かめてから、注意を彼に向けた。
「ちっ、いい判断だ。ま、時間稼ぎくらいにしかなんねぇけど」
 1つのサテライトが彼の乗る車を追い掛けた。居場所は分かる、ということか。
「っとまぁ、こんな感じで、俺は目の前の邪魔者を消して、あいつを追い掛けりゃいい訳だな」
「ただの力で、私は消せないよ。それでもやるなら、私があなたを消す」
「言うねぇ」
 青年は軽く首を回し、ボクシングのオーソドックスな構えをとった。
「じゃ、ちゃっちゃと終わらせようぜ。夜が更ける前にさ」

       

表紙
Tweet

Neetsha