電車の最後尾にあった車両が大爆発を起こしていた。
「分かったかな?」
「なっ……!?」
日向は燃え盛る列車を見て絶句した。もちろん、それを陰から目撃した俺もだ。
「我々の計画は、この世界の粛清。その為に5年前からこれを計画していたのだよ」
そんな事を言う河原崎の顔は悦に浸っている様でも、況してや、してやったという風でもなく、ただ淡白な笑みを浮かべながら淡々と話すだけだった。何の感情も表に出さない様に見えるのが、不気味だった。
「世界に対して……まさか、ここだけではないと……!」
「その通り、今年、各地に同じような爆弾を仕掛けさせてもらった。それも先程よりも威力が大きなやつをね」
聞いていて俺はぞっとした。そんなものが一斉に爆発すれば、この国そのものが無くなりかねない。
「……見つけようとしても無駄だ。君達にそんな時間はない」
日向が悔しそうに上げた手を握り締めた。
「君達に言っているんじゃない。この様子は電波ジャックによって全国のテレビで生中継中だ」
「何!?」
見てみると、部下の1人は、ゴツいカメラを担いでいた。
河原崎はカメラに振り返った。
「テレビの向こうのお偉いさん方、我々の要求はこうだ。午後6時半迄に、まず国会を明け渡すこと……さもなくば、まず都心から爆弾を次々に爆破していく」
沈黙が流れた。河原崎はさらにカメラに向かって笑いかけた。
「1つ言っておくが、これはフィクションではない。その証拠に、今から東京ディズニーランドを爆破する」
河原崎が「やれ」と部下に目配せすると、その部下はまた、無線で何やら話し始めた。
その様子を確認すると、河原崎は再びカメラに向かった。
「どうかな、分かったかな」
部下の1人がラジオを取り出した。
「たった今、予告通り、東京ディズニーランドのアトラクション全てが爆発しました!!」
興奮気味の女の人の声が聞こえた。
「き……貴様……」
「それでは、いい返事を期待しているよ」
河原崎は銃を取り出し、それをカメラに突き付けて、言った。
「ごきげんよう」
銃声。
カメラのレンズが粉々になった。
そのカメラを置き去りにして、河原崎達は電車から姿を消した。
騒がしさが一瞬でかき消され、怖いぐらいの静けさの中で、列車の燃える音が聞こえた。
その時、日向がおもむろに話し出した。
「……早くここを出るぞ」
日向が女刑事に言った。
「どうして?」
縛られて動きの取れないまま、女刑事はどうにか顔を日向に向けた。
「ここにカメラを置いたのは、どうしてだと思う?」
「……」
「列車ごと吹き飛ばす為だ……ついでに俺達もな。テレビ放映の役割を果たした以上、持っていても邪魔なだけだからな」
マジかよ。
日向は続けた。
「あいつらはカメラに映る映像を元に現在地を割り出されるリスクを知っていたのさ。そして、人質などとる必要もなかったのさ」
女刑事はすぐに理解した。
「急ぎましょう」
そう言って、不自由な手足を使って脱出を試みるが、2人の手足が縄で繋がっている為、思うように動くことができない。
「くそっ、逃げ出すことも想定済みってことか」
「縛られた時点で察してくださいよ。日向さん、こっちに動いてくださいよ。手も足も同じ方向に動かさないと動けません」
「分かった、そっちだな……いだだ、足を曲げるなよ!!」
もがく2人を影から見る俺。
――何をやっているんだ、助けてやるか、それとも逃げるかしろよ。
頭の中でよぎった言葉に俺はハッとして、俺はヒーローのする選択を敢えて選んだ。もしかしたら、まだテンションがおかしかったのかもしれない。
猛烈に走ってくる俺の顔を見るなり、日向の顔に驚きの色が浮かんだ。
「……お前は!!」
その言葉に目もくれず、俺は乱暴に2人を掴むと、それを力任せに引っ張った。二人分の重さはかなりの力を必要とした。
「ぐあああ、腕があああ!!」
日向が呻く。
「我慢して!!」
俺は叫んだ。
「……日向さん、手が当たってます。現行犯逮……」
「うるせぇ!! お前だって、どこ触ってんだよ!! 俺だって……」
「お前らちょっとは緊張感持てよ!!」
俺は2人を叱った。
次の瞬間、2人の体が電車を離れ、俺と一緒に近くの田んぼまで転がり落ちた。
そして、後ろで炎が吹き出し、大爆発が起こった。
「……助かったか」
泥だらけの体で、日向は言った。
「まだですよ。縄はまだ切れてませんから」
女刑事も言う。
「おい、佐藤だっけか。俺のポケットからナイフを取り出してくれ」
「……だったら、2人とも俺の上から退いてくれよ」
2人よりもさらに深く泥に浸かっている俺はどうにか頭を出して言った。
「ふぅ、助かったぜ佐藤さんよ」
「あなたがいなかったら、今頃死んでましたね」
黒焦げの電車の傍で一息ついている2人。その中で俺一人だけが焦っていた。
「いや、まだ終わってないでしょ。いま何時ですか?」
その言葉と共に、日向が腕時計を見た。
「4時25分だな」
「6時半まで、あと2時間しかないんですよ。それまでにどうにかしなきゃいけないんですよ?」
「分かってるさ」
そう言うと、日向は携帯を取り出した。
「あーもしもし。発信器AG23996の信号分かるか? よーし、じゃ送ってくれ」
携帯を閉じた日向は、女刑事に言った。
「相川、頼んだ」
女刑事――もとい相川は携帯よりも一回りくらい大きなノートパソコンのようなものを取り出した。
「分かりました。ここから西に行ってます……恐らく、発信器自体は途中で落ちたものと」
「上出来だ……相川、佐藤、行くぞ」
当然のように俺の名前が呼ばれ、それを一瞬まともに受け止めたが、すぐにその意味が分かると、俺は目を丸くした。
「え、俺も?」
「当たり前だろ。俺を投げたあれは、凄かったからな」
見よう見まねだったんだけど。
その戸惑いをすぐに読み取った日向は、ニヤリとした。
「俺の目に間違いはない。お前は絶対に役に立つ」
…………本当に?
「急いでください。時間はそんなにありません」
「分かってる。ほら、佐藤」
そう言って、日向は拳銃を取り出して、俺に投げた。
「……マジかよ」
苦い顔で受け取った俺だが、ちょっと嬉しかったのは言うまでもない。
おかしな緊張と共に、俺は日向を追って走り出した。
――現時刻、4時27分。