Neetel Inside ニートノベル
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「は? 核?」
 日向の声が裏返る。
 ここは山の中だった。あまりにも大きな声が出て、もしかしたら山彦が聞こえてきそうだった。
「河原崎と言えば、それとホワイトハウスの事件。ちゃんと覚えといて下さいよ」
 相川が呆れているといった風に言う。
 5年前、ホワイトハウスで爆弾テロ未遂があったという話だ。その事件は、新聞にデカデカと記事が載っていたため、あまり世の中に関心の無い俺でも分かる。その首謀者が今回の爆弾事件を起こしたという事だ。
「……そう言う諸々を覚えるのは嫌いなんだ」
「しっかりしてください。それでも特殊捜査局諜報科長ですか」
「細かすぎなんだよ。相川は」
「捜査局としては常識です」
「いや、俺達はただ単に、日本が核を保有しているかの調査をしに来たんだ……あ」
 日向の口が開いたまま戻らなくなった。
「でしょ?」
「……核反応検出器、バッテリー充電できてるか?」
「勿論」
「……何の話をしてるんですか」
 話が全く掴めない俺は、観念して質問することにした。
 その言葉に、日向はふふんと笑い出す。
「分からないのか、佐藤。捜査局としては常識だぞ」
「いや、俺、別に捜査局じゃないから」
「まあ、いいや。相川、頼んだ」
 説明を丸投げした日向に、相川は非難の目を向けるも、日向はあっさり無視。
「……分かりましたよ。私達は、日本に核爆弾があるらしいという情報を得て、ここに来たんです。試しに核反応を測定してみたら、日本の数ヶ所に反応があったんです」
「来てみたらここには原発しかなかったがな」
「そう、で、残りは東京になったんです。そして、私達が東京へ向かっている途中……」
「河原崎に出くわした、と言うわけだ」
「そして、さっきのあの発言」
「……東京にほぼ確実に爆弾がある」
「そして、日本は核に屈するか、それとも悲劇を繰り返すか……のどちらかなんです」
「政府は多分、俺達がいることを知っているだろうから、多分要求は呑まれない」
 2人が交互に話すので、首が痛い。
「早く捕まえないと、最悪の事態になりますよ」
「……どんな?」
 俺が聞くと、日向が驚いた顔をした。
「お前、河原崎の話聞いてなかったのか? 国会を明け渡せって言ってたんだぞ」
「早い話が独裁政治でしょう。河原崎はそのために、様々な策を講じているはず」
「注意しろよ。核以外にも、何かあるかもしれ」
 空気を裂く鋭い音がした。
 それが木に突き刺さる。
 間一髪命中を免れた日向は、それを見て叫んだ。
「……クナイだ!!」
 続けて5本のクナイが、どこからともなく投げられた。
 2人が跳ぶと、その間にある大木にクナイが突き刺さる。
 俺の目の前をその内の1本がかすめ、体も心も一瞬凍った。
「くっ……どこだ!!」
 クナイは次々に投げられていく。
「佐藤! 後ろ!」
 言われて直ぐに銃を構えようとしたが、鋭い殺気に気圧され、俺は前に跳んだ。
 切れ味のいい音が、後ろで空気を斬る。
 同時に、俺は空中で体を反転させ、銃の照準を合わせようとした途端、影は一瞬にして木の茂みへと消え、クナイが再び飛んできた。
「くそぉっ」
 耳を澄まそうとしても、クナイから逃げるのが精一杯だった。
 すぐ側の木や地面にクナイが突き刺さっていく。
 やばい。体力的にやばい。
 次の瞬間、足の踏ん張りが効かなくなり、一瞬バランスを崩してしまった。
「佐藤!」
 後ろからまた殺気が放たれる。
 やばい。
 逃げられない。
 諦めかけた目が、クナイを捉える。
 そうだ、クナイ!!
 すぐさま近くの木に刺さっているクナイを引き抜き、それをナイフのように握り、片足を軸に振り向き相手の小刀を凌いだ。身体は無意識に動いている。自分の制御下にない身体は全く無駄のない動きをして、それは快感とも取れる程だ。そして、研ぎ澄まされた目はその影を捉えた。
「……え」
「くっ……」
 女の子!?
 中学生位だろうか。
 にしても、かなりの力だ。
 大学生の男と張り合う、いや、それ以上の力だ。
「……!」
 思いがけず、目が合ってしまう。
 ……可愛い。
 俺は一瞬、そんな事を思ってしまったが、すぐに考え直し、空いている手で銃を構えた。少女は再び飛び、森の中に隠れた。
「大丈夫か!?」
 日向が声を掛ける。
「はい、大丈夫です!」
「本当ですか? 何か様子が変でしたよ?」と相川。
 女の勘は怖い。
 日向が側に寄ってきた。
「……それより、クナイは数に限りがあるぞ」
「……分かってますよ。でも、底が見えないです」
「それは分かってない証拠だ。刺さったクナイ、綺麗さっぱり無くなってるだろ」
 言われて、俺は辺りを見回した。
 ホントだ。
 木に何本も突き刺さっているはずのクナイが、一本もない。
「つまり、ここに敵は2人。分かったか」
 クナイが飛んでくる。
 二手に別れてそれをかわし、同時に俺の頭はフルスロットルで回転した。
 回収は片方が行う。
 回収している間、もう片方が小刀で注意を引く。
 ロジックは非常に簡単で分かりやすい。完璧なチームワークと、確かな技が成せる技だ。
 この戦法に穴があるとすれば……どうだろう。
「佐藤さん」
 気付くと、相川が隣にいた。
「合図をしたら、あの木に向かって銃を打ってください」
 クナイが次から次へと飛んでくるなか、俺はそのクナイが2本刺さった木に注意を払って、機会を伺うと、すぐさま相川の声が飛んでくる。
「今です!」
 俺は振り向き様に銃を撃った。
 銃声の次に、ドサッという、一定の重量感のある音。
 いや、これは……
 人じゃない。岩だ。
 それが木にロープでくくりつけた岩だと分かった一瞬には、もう勝負が付いていた。
 相川の消音器の付いた銃から放たれた弾が、木の上にいた敵の1人に命中し、続けて、日向がもう1人の敵に弾を命中させ、敵は茂みの中に沈んだ。

 絶対の信頼は、特別な関係から成り立つ。固い結束で結ばれている者同士であるほど、仲間を思いやる気持ちが大きい。それを逆手に取った作戦だ。味方がやられたと思わせて動揺した、その一瞬の隙を突いて、機能を停止させる。どうやら上手く行ったようだ。
「姉妹か」
 日向が呟く。
 俺はグロッキー状態の姉妹を見たくないので、避けて歩いていたら、相川がその事に気付いた。
「これ、麻酔銃ですよ……」
「…………」
 何で分かるんだ。
 俺は、姉妹を覗き込むようにして見た。確かに、姉妹らしく顔立ちが似かよっている。姉は、見た目高校生位。その妹が、あの小刀の中学生位の少女だった。こんな小さな少女まで組織にいるとは、河原崎の組織は恐ろしい。
 しかし、どうして?
 どうして組織に入る事が出来るんだ?
 こんな子供が……
 クナイの、あの鋭い音。
 ……と言うより、身体に染み付いた恐怖。
「危ない!!」
 俺達は散らばるように避けた。
「もう一人いたのか……!」
 クナイが、姉の心臓の辺りに深く突き刺さる。
「……!!」
 更に、もう1本のクナイが飛んできて、妹に襲いかかる。
 だが、相川がそれを銃で撃ち、軌道をずらしたおかげて妹は助かった。
「まさか……」
 本物の忍者のような装いの男が、木から降りて、刀を構えた。
 こいつが、犯人か。
「佐藤、生きてる方を連れて逃げろ!! 俺達は狙われている!」
「……!!」
 顔で分かったのか、日向は俺の心配を察し、こちらを振り返ることなく叫んだ。
「大丈夫!! 必ず追い付く!!」
「…………」
「早く行けっ!!」
「……日向さん、死亡フラグって、知ってますか?」
「うるさいぞ、相川」
 俺は、その喧嘩のようなやり取りを聞きながら、少女を背負って走り出した。

       

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