時刻、5時5分。
追っ手はいるか?
日向達は大丈夫なのか?
考えても分かるわけがない問いが、頭の中を駆け巡った。
その時、後ろでもぞもぞ動くものが。
「……ぅ!」
少女は、俺の背中を蹴って飛び上がり、クナイを構えた。
俺はうつ伏せの状態からひっくり返り、銃を構えた。
にらみ合ったまま、お互い武器を突き出したまま動かない。
俺は時間が惜しいんだ。
すぐに引き金を引きたいのに、引き金は何故か引けなかった。
「……撃たないの?」
少女は意外なのか、それともバカにしてるのか、不思議そうに言った。
「なんでだろな」
「撃てばいいよ、どうせ、あたしはもう死ぬんだし」
「あの忍者に殺されるのか」
「……!」
やっぱりだ。
「……日向さんが、あんたを助けろってさ」
疲れて、溜め息が出た。
「俺も聞きたい事があるからな」
「……追手は?」
「日向さんが戦っている」
「死ぬよ。その日向って人」
「……だろうな」
死んで欲しくは無いけど、殺されてもおかしくなかった。
「……君は組織にいつからいたんだ?」
「……小さいときに孤児院から連れて来られたんだ」
「そうか……」
となると、洗脳は簡単だ。
幼少の時から組織の「正義」を刷り込めば、簡単に駒が出来る。
「普通じゃないって事には、気付いてた。だって、学校の中で周りと全く馴染めなかったから」
確かに、根本的な所で考え方が違うのに、馴染める訳がない。
「……組織に逆らえば、殺されるから、逃げ出すわけにも行かなかった……けど」
「……姉がいたから何とかなった……だろ」
「……お姉ちゃんは!?」
思い出した様に少女は言ったが、俺には何も言えなかった。
「…………」
「……そう……」
「なんか……ごめん」
「……いいよ。別に、あなたのせいじゃないから」
「…………」
気まずい。
何がって、俺はこんな重たいムードに出くわしたことは、生まれてこの方、じいちゃんの葬式以外になかったからだ。
こんな時、どう言ったらいいのか分からないが、分からないなりに、俺は言った。
「お前も死ぬのか?」
「……任務に失敗したら、あたし達忍部隊は死ぬ事になってるから」
つまり、自決か。
「……どうせ死ぬなら、敵と戦って死ぬな、俺は」
「……どうして?」
「……カッコイイから」
少女がちょっと笑った。
「男の子って、いつもそうだよね。カッコつけてばっかで、無意味なことばっかりやって」
「男はカッコイイを求めるもんなの。女には分かんないだろうけど」
「ふーん」
「だから、最後まで戦って、最期にベタな台詞言って死ねたら、最高だな……少なくとも俺は」
「……変なの」
少女はまた少し笑った。
つられて、俺も笑う。
「忍者はね、普通は逃げるのが一番大事なんだよ。だから普通はそんな風に果敢に戦ったりはしない。でも……ちょっと羨ましいかも……」
茂みから、ガサガサと大きな音がした。
その周りに、陰が1つ、2つ、3つ……。
「部隊の包囲網に捕まったみたいだね」
数えるまでもなかった。その時、自分で言ったことがどれだけ勇気のいることか、初めて理解した。
「さあ、もう逃げられない。最後まで戦って、それで死ぬしかないよ」
少女が俺を茶化してくるのか、声音は若干明るかった。それでも恐怖が言葉を青白く染めている。俺の顔も青白くなっていたが、それでも残ったガッツをどうにか込めて言った。
「じゃあ……」
俺は日向に貰った銃を構えた。
「……カッコいい台詞、考えなきゃな」
止まっていた世界が動き出す。
頭上から手裏剣やクナイが雨のように投げられ、ふと前に視線を移すとそこに戦闘服のような物を着た敵が迫る。立ち止まっちゃいけない。立ち止まれば、俺は死ぬ。まだろくに銃を扱っていないせいで銃の照準が上手く定まらない上に、反動で手が痺れそうになる。もう、どうにか戦っているような感じだ。少女の方は隠れた戦闘員を寸分狂いなく狙い打ち、次々と相手を打ち倒していく。大口を叩いただけに、なんだか恥ずかしい。
「どう? 少しは浮かんだ?」
「いや、全く。こんな事なら初めから考えとくんだったよ」
というか、俺は戦うのに精一杯で、考える余裕なんて隙間もなかった。そろそろ弾切れを起こしそうになっていると感じた瞬間、本当に弾切れを起こしてしまうが「あれっ」となる暇もない。予備のマガジンは貰っているけど、それを取り替える余裕そのものがない。出ない銃の代わりに、俺はクナイを拾っては投げ始めた。
(俺……すっげー惨め……)
そんな風に思う。これなら、さっさとお陀仏した方がいいんじゃないか、とまで思った。
「煙幕だ!!」
誰かが叫んだ。多分、少女が投げたものだろう。
「ほら、今のうちに」
すぐ横で耳打ちするように言ってきた女性の声に、俺はハッとして、急いでマガジンを取り替えた。すぐに敵に向けたが、撃てない。そうこうしてる内に敵が迫る。
「手でスライドを引くんだよ」
数分前に聞いたことのある声だ。迫ってくる戦闘員が打ち倒される。
「聞こえてないのか? 手でスライドを引かないと、弾が入ってないから撃てないんだよ」
俺は慌ててスライドを引く。すると手応えがあった。
そして敵を撃とうとサッと構えたはいいが、肝心の敵は日向達によって殲滅されていた。あっという間の出来事だった。こうしているのが、いかにも間抜けらしかった。
コメディ映画か、これ。
えも言えぬ空しさに心を打たれていると、二人が口々に言った。
「初心者にしてはいい方ですけど、でもそんなもんですよ、経験ゼロは丸見えですよね」
「しかしまあ、よく生きてたな。死んでてもおかしくなかったけど」
…………。
俺は一言も喋れなくなった。その代わりに、さっきまで呆気にとられていた少女がおずおずと話し出した。
「あなた達……あの忍者に勝ったの?」
「ん? まぁ勝ったっつーか……勝ったな。逃げられたけど」
「あの忍者、中々手ごわかったですね。分身もして来たり、すばしっこかったり……まあ、今までの敵程じゃないですけどね」
少女が絶句する。
お見事、としか言いようがない。なんとなく、この人たちは死にそうにない、と言う風に思った。
「目標の動きに、変化がありますね」
相川が画面を凝視する。と言うことは、まだ発信機はばれていない様だ。
「ここより北、ちょっと歩けばすぐに追いつきそうです」
「そうか。じゃ、お前も行くか、そこの女の子」
え、と顔を固まらせる少女。多分、あの時俺も似たような顔をしていたのだろう。
「お前も、最後まで戦うのか?」
俺の台詞だ……!
そう思った時には顔が一瞬にして発火するのが分かった。
ってことは、あの会話、聞かれてたのか?
「お前、なかなかいい口説き文句じゃないか。かっこよかったぜ」
「そういう日向さんも『俺が死んだら……』なんとか言ってたじゃないですか」
「…………」
日向はそれっきり、その話題については何も言わなくなった。
ふと、少女の方を見てみると、呆れていると言うか、楽しそうと言うか、今まで見たことのない顔をしていた。
「ところでお嬢さん、名前は?」
「……伊吹」
「よし、伊吹か。よろしくな……じゃ、あいつを追いかけるか」
時刻、5時16分。