Neetel Inside ニートノベル
表紙

act!on -Ragnarok-
Ragnarok

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 大阪上空。
「どうでした?」
「核は場所が分かったとさ」
「へー」
 朗報も興味がないように、相川はその情報をぽいと聞き捨てた。
「それと……坂下がやられた」
「そうですか……相手も強いですね」
しかし、坂下の死を聞くと、表情が少し沈んだようになった。
「信じるさ。あいつ等を」
「ところで、大阪のどこにあるかは知っているのか?」
 日向が伊吹に尋ねると、伊吹は少し考えるそぶりをして、日向の目を見た。
「分からない。でも、分かる人を知ってる」
「敵の中で? 教えてくれるのか?」
「うん」
「本当に?」
「うん」
 信じられない。
 仮にも河原崎の部下だと言うのに、そんな真似するだろうか。
 絶対に、罠か何かに違いない。
「罠だろ」
 日向が俺の気持ちを代弁した。
「いや……聞くのもアリかも知れませんよ。嘘発見器を使えば」
 相川が人差し指を目に当てた。
「そうか、嘘発見器か……」
 映画で見たことがある。だけど、嘘発見器は結構でかい上に、相手に向けなきゃ意味がない。こそこそ出来るような物じゃないと思った。
「そんなの、バレバレなんじゃ……」
「いや、そんなでかいもんじゃない。アイコンタクト式の見る発見器だ」
 ウソだろ……。
「そんなもの、あったの?」
「特殊警察ご用達さ」
「ただ、相手が緊張しやすいと、あまり意味が無いんですけどね」
「それなら、彼は大丈夫よ。場所は多分……」


 現時刻、5時25分。
 伊吹の導く通りに行くと、そこは人が住んでいるとは思えない、山奥の廃墟。
 ツタが伸び放題となっている洋館のような造りは、明治時代を髣髴とさせる。
「県境近くまで来たな」
「来て、この建物の中に、彼がいるから」
 伊吹についていくと、建物の中には、まるで図書館のように壁と言う壁に本棚が並んでいた。
「……これだけの本を……しかもこれ、全部哲学書じゃないですか?」
「……ただ、隠れ住んでいるとしか思えないな」
「うん、その通りなんだ。彼、組織から抜け出して、消息が分からなくなってたんだ」
「大丈夫なのか? そんな奴の所に案内するなんて」
「うん。彼、戦闘員としては最強クラスだったもの」
「……戦闘員?」
 どうやら、彼らの中には戦闘部隊がいるようだ。
 伊吹も忍部隊と言っていたし。
「そう、で、彼は河原崎の直属の戦闘部隊の1人だったんだ」
「どうやって知ったんだ?」
「……仕事仲間が、ね。こっそり教えてくれたんだ」
 仕事仲間、か。そんなものを伊吹の口から詳しく教えてもらうこともなく、俺達はその後無口になった。暫く進んだ後、日向が思い出したような口調で皆に呼びかけた。
「周りを警戒しろよ。いつ河原崎達が来るか分かんねぇからな」
「了解」
 日向が、扉を開けた。
 部屋の中には、黒髪の青年が分厚い本を重ねて椅子代わりにして、本を読んでいた。短く切った髪は立っていて、色白の肌とその髪の組み合わせは、ヴィジュアル系バンドにいるかいないか、ギリギリの線だ、などと勝手に考えていたが、しかし美形である事には間違いない。
「誰だ?」
「国際特殊警察だ」
 日向の身体中から、警戒心が滲み出ている。それを払いのけるが如く、静かな声音で彼は言った。
「大丈夫。殺す気はない……それより、話す場所を変えようか」
「……」


 食卓のような部屋に案内された。
 使用人のような格好をした人が、紅茶を出してきた。
「随分と丁重にもてなしてもらえるもんだな」
「久し振りの訪問者だからな」
 そう言うと、青年は読んでいた本をパタンと閉じて、話し出した。
「俺は……ウヌ。そこの女の子から聞いてると思うが、河原崎の直属の戦闘部隊にいた」
「ウヌ……か。いつから組織にいたんだ?」
「多分、生まれた時からだ。俺には、組織の中に全て記録があるからな」
「日向さん、やっぱり……」
 相川は日向を見た。
「もしかしたらな……ところで、どうして組織を抜け出したんだ?」
「…………」
「……あえて深く聞くのはやめておく。それより、大事な事がある」
「なんだ?」
「河原崎の言う『最終兵器』ってのは、何だ?」
 日向は単刀直入に言った。
「……それは『ラグナロク』のことか」
「は? ラグナロク?」
「あ、ああ」
「……随分と痛い名前だな」
「……名前負けはしていない。宇宙空間からのレーザー狙撃システムだ。ただ、詳細はよく分からないが、前に聞いた話では1発で東京都とその隣接県を丸ごと吹き飛ばすだけの威力はある」
「……恐ろしいな」
「色々改良が施されてるって話を聞いたよ」
 伊吹が口を挟む。
「だとすると……軽く見積もっても関東地方を地図から消せると考えた方がいいな」
 どんな見積もりだろう。いっその事本州丸ごとの方が、緊張感が出るような気がするが。
「まだ宇宙空間に打ち出してはいないから、まだ間に合う。打ち出されても、操作系統をぶち壊せば、宇宙を漂うゴミと一緒だ」
「どこにある?」
「どこかに埋め立て地で、テーマパークが建設される予定の場所がある。そこで、地下に操作系統と発射台の準備をしている筈だ」
「最近できる予定のテーマパーク、知ってるか?」
「……あ、VIPPER LAND!」
 日向の声に、俺は思わず声を上げた。日向が、あからさまにあちゃー、と手を顔に当てた。
「何か……痛いな、名前が」
「急ぎましょう、レーザー発射までに間に合えば、ラグナロクは防げますよ」
 相川は「VIPPERLAND」の場所を調べながら言った。
「……俺も行く」
 ウヌが椅子から立ち上がった。「俺は、一度逃げた物の蹴りをつける義務がある」
「……裏切るなよ」
 日向はウヌをじっと見つめた。
「分かっている。また、戻るわけにはいかない」
「いい目だ」
 日向と相川は、扉を開け、屋敷の外に出て行った。
「大丈夫なの? 殺されるかもしれないのに」
 伊吹がウヌに、不安の眼差しを向けた。
「分かっている。それは君も一緒だろう。だが、知ってしまったからな……俺は『兵器』なんだよ」
 ……そうか。
 考えてみれば、確かにそうだ。
 どこかで読んだことがある。
 「ウヌ」とは、エスペラントで「1」を意味する。
 ただの識別番号なのだ。
「……君も、分かった様だな。俺は、いや、俺達は、ただ、兵器として生まれた。全部で9人いる直属の戦闘員は全て、生まれた時から兵器だったのさ」
 なんと言う……。コイツみたいなのが、あと9人も……。
「え? 私が忍部隊に入った時は7人だったよ?」
「…………」
 伊吹の言葉にウヌは黙り込んでしまった。それはある種矛盾を含んでいるようで、ウヌの表情からして何か今のウヌと繋がりがあるのかも知れない。そう思っていると、ウヌが俺の方を叩いた。
「早く行こう。時間はもう無いんだ」
「……そうだな」
 ヘリが大きな音を上げ、俺達を急かしていた。


 時刻、5時50分。
 「VIPPER LAND」建設予定地に降り立った。
 ……時間がない。
「この、何処かに、地下への入り口があるって事か」
「いや、多分、目の前にあるのがそうじゃないかと」
 目の前には、エレベーターがあった。
「……やっぱり正門突破ですね」
「分かってる。じゃ行くか」
 緊張感の欠片もないな、この人達は。しかし、この場所にエレベーターを設置するとは、もう既に基地のような物を建設したりするのだろうか。
 エレベーターを降りると、東京ドームのような場所の真ん中に、かなり大きなロケットが頭を除かせているのが見えた。そのロケットの周りには警備兵が辺りを警戒し、さらに奥には作業員がせわしなく動いているのが見えた。
「これは、ラグナロクの破壊より、操作系統を破壊した方が確実だな」
 日向がそこまで言った所で、ウヌが前に出た。
「お前達はラグナロクの管制室を目指せ。俺は発射を出来るだけ遅らせるために、ロケットの管制室に行く」
 少し引っ掛かるものを感じながら、俺達は頷いた。
「……そうか。死ぬなよ」
「ああ、そのつもりだ」
 歩き出すウヌの背中を見ながら、相川が呟いた。
「フラグ立っちゃいましたね……」
「……そこは黙っててくれよ」
 …………。
「早く行こうよ。ただでさえ時間がないんだから」
 伊吹が焦りを隠さず言った。
「そうだな、行くぞ……ん? 管制室ってどこだ?」
「……そうですね……」
 そう言った相川は辺りを見回すと、即座に姿が視界から消えた。
「貴方、死にたくなければ言いなさい」
「え!」
 相川と日向は通りかかろうとした作業員を捕まえて、拷問していた。
「え、いや、私は……」
「じゃ、折りますよ」
 骨の折れる、ボキッと言う音が、何回も聞こえた。何回も、ということでもう作業員は死の間際になり、見ていられないほどに凄惨な場面だった。
「……さ、さらにその通路を右に……曲がれば……管制室だ」
 最初から死なない程度に首を絞めていた相川が日向に目配せすると、日向は麻酔弾を一発撃ち込み、作業員は夢の中へと沈んだ。
「記憶しました?」
「ああ、バッチリな……そんじゃ、レッツゴー!」
 ああ、緊張感無さすぎ。
 この余裕は一体何なのだろう。
「作業員によると、この突き当たりを右に行くそうです」
 右に曲がると、広間に出た。
「なんだ、ここは?」
「あら、お客様かしら?
「誰だ!?」
 金髪を肩に垂らした女性が、目の前に立っていた。
「答えるわけないじゃない!」
 広間の扉が閉まり、俺達は閉じ込められた。
「さーて、お遊びの時間ですわよ」
「若い癖に、随分と臭い言葉使いやがって」
「好きなだけ言えばいいわ。時間が過ぎるだけですから」
「くっ」
「じゃあ、早速殺しちゃおうかしら。誰から殺されたいの?」
 物騒なお姉さまだこと。
 そこに、1人の影が動いた。
「時間が惜しいので、手短に……私、負けませんよ?」
 相川が女性の目の前に立った。「何ですって?」
「あなたより強いって事ですよ」
 相川が即座に銃を構えた。
「あら、可愛い武器ですこと。生憎私のはその様なものではなくってよ」
 お姉さまが指を鳴らす。
 上から、何かが降ってくる。
 それをそのお姉さまがキャッチする。
 両手に手にされたその銃口が、俺達の方を向いた。
「私、クヴィンとそのしもべ……」
 閃光と共に轟音がして、後ろの壁が崩れ落ちた。
「……プラズマショットガンよ」
 なんつー威力だ。
 人に当たれば粉々になってもおかしくない。
 だが、お陰で壁に穴が開き、広間から出られるようになった。
「行けばいいですよ、日向さん」
 クヴィンと睨み合った状態で、相川が言った。
「だが……」
「時間がないんですよ。分かってるんですか」
「……分かった」
「頼みましたよ」
 その言葉を背中に受けて、俺達は走り出した。


 地下2階。
 作業員によると、管制室はその階にあるらしい。
「嘘は言ってないからな。絶対にあるだろう」
 とは日向の言葉だ。
 幾つかの道を、誰ともすれ違うことなく通りすぎると、いきなりサイレンが鳴り出した。
『A1の通路に侵入者。直ちに排除せよ』
「ウヌか……!」
「ウヌが注意を引いているんだ」
 俺は確信した。
「早く行こう。ウヌが時間を稼いでいる内に……」
「させねえよ!!」
 目の前で壁が吹き飛んだ。
「なっ……!」
 壁から飛び出したのは、丸坊主の若いヤクザみたいな男だった。
 両腕には、ゴツいアーマーが付いている。
「俺ぁ河原崎の直属の戦闘員、セプだ」
「わざわざ自己紹介までしてくれるとは、気が利くな」
 3人の視線を感じ取ったのか、セプは薄ら笑いを浮かべた。
「悪ぃな。こちとら、計画の為に時間稼がにゃなんねぇんだよ」
「鬱陶しい連中だな……さっさと終わらせたいから、手加減しねぇよ?」
「おぅ? 上等だ、3人まとめてぶっ倒してや……」
 いきなり日向は銃を撃った。
 しかし次の瞬間、セプの手は、その弾丸をつまんでいた。
「分かったか? これがパワードアームだぜ」
 セプの顔がニヤリとした。
「……!」
 日向が視界から消え失せ、通路の反対側の壁に穴が空く。同時に、日向が壁の向こうに吹き飛ばされた。
「がはっ……!」
「おいおい、今のはただのボディーブローだぜ?」
 明らかに軽蔑のこもった目で、セプは続けて言い放った。
「……とんだ虫けらだな」
「……その発言、忘れるなよ」
「あ?」
「虫けらかどうか、やってみりゃ分かるさ」
「おもしれぇ、やってみろよ」
「後で吠え面かくんじゃねーぞ」
 壁の向こうで、戦いが勃発した。
「伊吹」
 伊吹がこちらを向いた。
「奴の注意が完全に日向に行ってる。今の内に先に行こう」
「でも……大丈夫なの?」
「大丈夫。早くしろよ」
 伊吹は、重たい足を無理矢理動かすようにして、走り出した。
「……佐藤、強いね」
「そうか?」
「うん……あたしなんか、お姉ちゃんの事、ずっと引きずってたから……そのせいでお姉ちゃんは……」
「……違う」
「え?」
「あの人達だからだよ。あの人達、絶対に死にそうにないだろ?」
「確かに、そうかも」
 伊吹の顔が少し緩んだ。
「俺みたいなにわか捜査員が、それも今言うのも何だけど、強くなくたっていい、仲間を信じるのがチームプレーってもんだろ。信じるんだ。アイツなら絶対に大丈夫、とか、俺がしくじってもアイツが何とかしてくれる、って位にさ」
「……うん」
「……かっこつけ過ぎたかな」
「ううん。今の佐藤は、十分かっこいい」
 伊吹は立ち止まった。
「先に行きなよ……後ろから誰かがつけてる」
「え?」
 そう言って間もなく、伊吹の目の前に、依然見た忍の男が降り立った。
「服部……じゃなくてドゥの方がいい?」
 伊吹の目に、ギラギラと輝くものがあった。
「どちらでもいい。それより、任務失敗の上に、謀反を起こし、さらに私の妨害までするとは……死ぬ覚悟は出来ているか?」
「あたしは死なない……絶対に敵を取る」
「まだ未熟なお前に、出来るとでも?」
「やってみなきゃ分かんないよ」
「ふん、いいだろう。絶望とともに散るが良い」
 俺は、その小さな背中が俺に語りかけて来るのを聞いた。
 ――あたしは佐藤を信じる。だから、佐藤はあたしを信じて。
 分かってる。
 俺は振り返り、全力で走り出した。

 現時刻、6時12分。

       

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Neetsha