Neetel Inside ニートノベル
表紙

act!on -Ragnarok-
Act1:Start

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「オズ、やはりお前か」
 ここは、広い工場の跡地のようだ。目の前でサングラスを掛けた日本人が、目の前の金髪の男をオズと呼ぶ。日本人の男の左手には、刀が握られていた。
「お前が計画を……!!」
「そうだ。俺がこの計画を始動させ、今までお前はいい働きをしてくれた」
 金髪の男には、憂愁の表情がうっすらと見えた。その右手には、やはり日本刀。
「そんな事……あのお前が、そんな事を……」
「もう遅い。こうなったからには……お前も分かってるんだろう? これからどうするべきか」
「……くっ!!」
「決着を付けよう。お前と、俺。どっちが正しいのか――」
 お互いの刀がそれぞれの相手に向けられる。その瞬間、緊迫した空気の中で、1つの歌が挿入される――


『ドアが閉まります』
 ……ギリギリセーフ。
 一人で映画を観に行った帰り、今にも出発しそうな電車を見つけ、滑り込みで間に合った。
 全く、劇場版のアニメ映画を観ようと思っていたら、間違えてどこぞのアクション映画を観てしまい、がっかり半分、満足半分だった。
 どうして満足半分かと言えば、結構楽しめたからなんだけど。
 挙げてみればきりがない。
 銃を突き付けられている所から、背負い投げで相手を投げ飛ばし、そのまま銃を奪っての銃撃戦。バイクシーンのスピード感はこの世の物とは思えなかったし、ラストの相手の頭領との戦いは、『スターウォーズ』さながらの激しいチャンバラで、心臓が爆発しそうな位だった。
 今でもその余韻は残っていて、頭の中では、アドレナリンとかそういう物質が、忙しなく駆け回っている。そのせいか、若干テンションのおかしくなった俺は、ギリギリ間に合った時少しポーズを決めてしまった。それで、他の人の白い目の集中砲火を浴びながら席に座る羽目になり、直後に後悔が俺の頭を冷やしていった。
 電車が動き始める頃には、いくらか周りを見渡せるだけに気持ちが落ち着いてきた。今日が平日であるせいか、いつもは賑やかな電車が今日は静かに感じる。
 その席の窓から外を眺めていると、後ろから声を掛けられた。
「動くな。動いたら殺す」
「……!?」
「俺は国際特殊警察だ」
 男が囁くような声で、そう言った。
 当然だが、訳が分からない。俺はただの一般人であり、国際社会の要人と言うわけでも、反社会組織の一員でも、ましてや犯罪者と言うわけでもなかった。生まれてから、ずっと自分に正直に、真面目に生きてきた自負がある。それなのに、どうして警察に捕まらなくてはいけないのか。
「河原崎健一郎だな?」
「誰?」
 俺は、突然金縛りに遭ったような気持ちだった。
「とぼけるな。河原崎健一郎だろう」
 だから誰だよそれは。
 どうやら、こいつは俺を誰かと見間違えたようだ。
 ……しかも、国際警察かなんかが追うような人に。
 自分が潔白である証明をしようと、まずは自分の名前を明かすことにした。
「俺は佐藤だ」
「ならば身分証明の物はどこか教えろ」
 かえって警戒させてしまったようだ。その河原崎という人が危険なのか、敢えて下手に動かせる事はしないようだ。どうしようか、悩んでいると後ろから苛立った空気が漂ってきた。
「早くしろ」
 俺には見せる気がなかった。と言うより見せたくなかった。まず、本当に特殊警察なら、簡単に身分を明かすことはしないはずだ。となると、俺の後ろに立っているその男は、冴えない強盗に違いない。というのがその理由だ。
 それに、考えも無い訳ではない。
「ジャンパーの……右のポケットに……免許証が」
「そうか」
 手が、脇の下から伸びて行く。そして、ゆっくりとジャンパーのポケットに掛かった。
 その瞬間、俺は相手の伸びている手を掴み、腰を密着させて背を向けたまま懐に潜り込み、その軽く曲げた膝を一気に伸ばしながら相手の体を背中で持ち上げた。
 ――見よう見まねの背負い投げである。
 俺は、地面に叩き付けられた相手の手から銃をもぎ取り(本当に持っている事には驚いた)相手に突き付けて、物心ついた頃から言ってみたかった台詞を吐いた。
「チェックメイトだ」
 その瞬間に大勢の乗客がどよめいた。俺が銃を持っている事を目撃した乗客が絶叫し、逃げ出す。数分後には、車掌が出てくる始末となった。アクション映画で観た通りの展開だったのが少し嬉しかったが、それでも彼を恨まざるを得なかった。

     

 その後、車掌は男によって事情を説明され、しぶしぶといった風に帰って行った。
 その男の正体は、冴えない強盗などではなく、国際特殊警察の(多分冴えていないであろう)刑事だったが、自称、特殊捜査局諜報科長だそうだ。それはどうやらかなり地位の高い方らしいのだが、俺にはそれが良く分からない。
「すまない、疑ってしまって」
 向かい合って座っているその刑事が、煙草を吸った。名前を聞いても、教えてはくれなかった。
「……あの、車内は禁煙なんですけど」
 乗客の一人が弱弱しく注意すると、彼はすぐにむすっとした表情になった。
「ん、くそっ」
 刑事は煙草の火を指で消した。
 ――指で消せるもんなのか。
 一人で勝手にそんなことを考えていると、前の車両から、誰かが入ってきた。
「日向さん、河原崎健一郎を確保しました」
 女刑事っぽい人が言った。
「ご苦労、よくやった」
 日向と呼ばれたその刑事は女刑事に連れられ、前の車両に向かった。
 すると、信じられない程車両が静かになった。
 それが無性に寂しくて、日向の後を追おうとしたが、すぐに思いとどまった。
 ――俺には関係ない。
 そう思って再び席に戻りくつろぎ始めた瞬間、今度は列車が止まった。急停車に意表を突かれ、急停車の勢いで俺は床へ投げ出される。
 電車が行き過ぎたのか。と周りを見回してみるが、普通ではないことがすぐに分かった。
 駅で止まったのではない。辺り一面、水田。
 なんだ、何が起きたんだ。
『当列車は緊急停車致しました』
 は? 緊急停車?
『犯罪者の河原崎健一郎を確保した際、この列車に爆弾を仕掛けたとの発言がありました。至急、電車から逃げて、遠くに離れて下さい』
 アナウンスを聞いた後、両側の扉が開く音がした。
 ば、爆弾?
 列車の中の人々が慌てふためき、ぽつりぽつりと逃げていくのが見える。
 いや、見てる場合ではない。俺も逃げないと。
 その時、大声で叫ぶ声を聞いた。
「どういう事だ!!」
 さっきの日向の声だ。
 次に、それとは別の声が聞こえた。
「言うわけにはいかないな」
「吐くんだ!!」
 人を殴るときの鈍い音――俺はそれを映画で聞いたのだけど――が、幾度となく聞こえた。
 気付けば俺は、聞き耳をたてていた。
「殴って、気が済んだかい?」
 立ったまま両手を上げている河原崎の、毒気をたっぷり含んだ声は、嫌味でも言うかのように日向へと向けられた。
「貴様ッ……!」
 頭に血が上り、もう一発殴りかかろうとする日向を、女刑事は止めに入った。
「待って。彼には確実に余裕がある……絶対に言わない自信がある」
「フッ、察しがいいじゃないか」
 恐らく河原崎であろう男がほくそ笑んだ。冷静を取り戻した日向が、その笑みとは正反対の険しい顔で聞いた。
「……どう言うことだ」
「そこの女の言う通り、私には絶対の余裕があるのさ」
「何だと?」
 状況が分かっていないのかとでも言いたげに日向が睨みを利かせた。その顔を愉快そうな目で見つめ返し、河原崎はゆっくり答えた。
「こういう事さ」
 そのとき、その車両の開いたままの扉から銃を持った3人組が現れ、一瞬にして刑事2人を取り囲んだ。
「手を上げて貰おうか」
 河原崎は、上げていた手を下ろしていた。それと同時に、今度は二人の刑事が手を上げる。
「しまった……!」
「悟られないように少数で行動したのが裏目にでたようですね」
 ゆっくりと手を上げる2人。
 感情的な日向に対し、女刑事の方はクールだ。
 しかし、どうやらこちらには一切気付いていないようだ。その状態がいつまで続くか分からなかったが、動けば余計に疑われる気がして動けないまま、見つからないか内心ビクビクしながら、その様子を見ていた。
 部下の2人が刑事2人の手足を縛り、そのまま座らせた。
「さて諸君、君達は折角だから人質にでもなってもらおうか」
「俺達には人質の価値などない!!」
 日向が声を荒げる。
「確かに、君達一人一人なら人質として大した価値は無いだろう。だが、仮に君達の持っているIDナンバーを利用して国際特殊警察のデータベースへ侵入するとしたら?」
「な……!!」
 その驚いた二人の顔をじっくり眺めた後、河原崎は満足そうに笑った。
「フフ、冗談だ……君達は生かされているだけだなのだよ。今すぐにでも殺すことが出来る……だがね、ただ殺すのは趣味も悪いしつまらないだろう?」
 この河原崎とか言う奴、中々の変態野郎だな。車両を挟んで聞こえてくる声に、俺は憎悪を感じた。
「貴様、そこまでして何がしたい!?」
 日向が声を振り絞る。
「……もう感づいているだろう。そうでなければ、君達はここにはいないからね」
「我々はただ、網を張っていただけ。あなたは偶然掛かった虫なのですよ」
 今度は女刑事の声だ。その言葉に河原崎の表情が変わった様な気がした。
「立場をわきまえたまえよ。今は君達が虫なのだから」
 静かにそう忠告すると、彼女はさらに言った。
「立場など、直ぐに変わるもの。束の間の優勢に溺れていなさい」
 女刑事も負けてはいない。しかし河原崎の余裕を覆すことはかなわず、笑みは深まるばかりだった。
「残念ながら、変わる事はないだろう。なぜなら……」
 そして部下の1人に目配せすると、その部下が何やら無線のような物で指示をした。
 閃光が広がり、一瞬遅れて耳が破裂しそうな、文字通りの爆音が駆け抜けた。

     

 電車の最後尾にあった車両が大爆発を起こしていた。
「分かったかな?」
「なっ……!?」
 日向は燃え盛る列車を見て絶句した。もちろん、それを陰から目撃した俺もだ。
「我々の計画は、この世界の粛清。その為に5年前からこれを計画していたのだよ」
 そんな事を言う河原崎の顔は悦に浸っている様でも、況してや、してやったという風でもなく、ただ淡白な笑みを浮かべながら淡々と話すだけだった。何の感情も表に出さない様に見えるのが、不気味だった。
「世界に対して……まさか、ここだけではないと……!」
「その通り、今年、各地に同じような爆弾を仕掛けさせてもらった。それも先程よりも威力が大きなやつをね」
 聞いていて俺はぞっとした。そんなものが一斉に爆発すれば、この国そのものが無くなりかねない。
「……見つけようとしても無駄だ。君達にそんな時間はない」
 日向が悔しそうに上げた手を握り締めた。
「君達に言っているんじゃない。この様子は電波ジャックによって全国のテレビで生中継中だ」
「何!?」
 見てみると、部下の1人は、ゴツいカメラを担いでいた。
 河原崎はカメラに振り返った。
「テレビの向こうのお偉いさん方、我々の要求はこうだ。午後6時半迄に、まず国会を明け渡すこと……さもなくば、まず都心から爆弾を次々に爆破していく」
 沈黙が流れた。河原崎はさらにカメラに向かって笑いかけた。
「1つ言っておくが、これはフィクションではない。その証拠に、今から東京ディズニーランドを爆破する」
 河原崎が「やれ」と部下に目配せすると、その部下はまた、無線で何やら話し始めた。
 その様子を確認すると、河原崎は再びカメラに向かった。
「どうかな、分かったかな」
 部下の1人がラジオを取り出した。
「たった今、予告通り、東京ディズニーランドのアトラクション全てが爆発しました!!」
 興奮気味の女の人の声が聞こえた。
「き……貴様……」
「それでは、いい返事を期待しているよ」
 河原崎は銃を取り出し、それをカメラに突き付けて、言った。
「ごきげんよう」
 銃声。
 カメラのレンズが粉々になった。
 そのカメラを置き去りにして、河原崎達は電車から姿を消した。
 騒がしさが一瞬でかき消され、怖いぐらいの静けさの中で、列車の燃える音が聞こえた。
 その時、日向がおもむろに話し出した。
「……早くここを出るぞ」
 日向が女刑事に言った。
「どうして?」
 縛られて動きの取れないまま、女刑事はどうにか顔を日向に向けた。
「ここにカメラを置いたのは、どうしてだと思う?」
「……」
「列車ごと吹き飛ばす為だ……ついでに俺達もな。テレビ放映の役割を果たした以上、持っていても邪魔なだけだからな」
 マジかよ。
 日向は続けた。
「あいつらはカメラに映る映像を元に現在地を割り出されるリスクを知っていたのさ。そして、人質などとる必要もなかったのさ」
 女刑事はすぐに理解した。
「急ぎましょう」
 そう言って、不自由な手足を使って脱出を試みるが、2人の手足が縄で繋がっている為、思うように動くことができない。
「くそっ、逃げ出すことも想定済みってことか」
「縛られた時点で察してくださいよ。日向さん、こっちに動いてくださいよ。手も足も同じ方向に動かさないと動けません」
「分かった、そっちだな……いだだ、足を曲げるなよ!!」
 もがく2人を影から見る俺。
 ――何をやっているんだ、助けてやるか、それとも逃げるかしろよ。
 頭の中でよぎった言葉に俺はハッとして、俺はヒーローのする選択を敢えて選んだ。もしかしたら、まだテンションがおかしかったのかもしれない。
 猛烈に走ってくる俺の顔を見るなり、日向の顔に驚きの色が浮かんだ。
「……お前は!!」
 その言葉に目もくれず、俺は乱暴に2人を掴むと、それを力任せに引っ張った。二人分の重さはかなりの力を必要とした。
「ぐあああ、腕があああ!!」
 日向が呻く。
「我慢して!!」
 俺は叫んだ。
「……日向さん、手が当たってます。現行犯逮……」
「うるせぇ!! お前だって、どこ触ってんだよ!! 俺だって……」
「お前らちょっとは緊張感持てよ!!」
 俺は2人を叱った。
 次の瞬間、2人の体が電車を離れ、俺と一緒に近くの田んぼまで転がり落ちた。
 そして、後ろで炎が吹き出し、大爆発が起こった。
「……助かったか」
 泥だらけの体で、日向は言った。
「まだですよ。縄はまだ切れてませんから」
 女刑事も言う。
「おい、佐藤だっけか。俺のポケットからナイフを取り出してくれ」
「……だったら、2人とも俺の上から退いてくれよ」
 2人よりもさらに深く泥に浸かっている俺はどうにか頭を出して言った。

「ふぅ、助かったぜ佐藤さんよ」
「あなたがいなかったら、今頃死んでましたね」
 黒焦げの電車の傍で一息ついている2人。その中で俺一人だけが焦っていた。
「いや、まだ終わってないでしょ。いま何時ですか?」
 その言葉と共に、日向が腕時計を見た。
「4時25分だな」
「6時半まで、あと2時間しかないんですよ。それまでにどうにかしなきゃいけないんですよ?」
「分かってるさ」
 そう言うと、日向は携帯を取り出した。
「あーもしもし。発信器AG23996の信号分かるか? よーし、じゃ送ってくれ」
 携帯を閉じた日向は、女刑事に言った。
「相川、頼んだ」
 女刑事――もとい相川は携帯よりも一回りくらい大きなノートパソコンのようなものを取り出した。
「分かりました。ここから西に行ってます……恐らく、発信器自体は途中で落ちたものと」
「上出来だ……相川、佐藤、行くぞ」
 当然のように俺の名前が呼ばれ、それを一瞬まともに受け止めたが、すぐにその意味が分かると、俺は目を丸くした。
「え、俺も?」
「当たり前だろ。俺を投げたあれは、凄かったからな」
 見よう見まねだったんだけど。
 その戸惑いをすぐに読み取った日向は、ニヤリとした。
「俺の目に間違いはない。お前は絶対に役に立つ」
 …………本当に?
「急いでください。時間はそんなにありません」
「分かってる。ほら、佐藤」
 そう言って、日向は拳銃を取り出して、俺に投げた。
「……マジかよ」
 苦い顔で受け取った俺だが、ちょっと嬉しかったのは言うまでもない。
 おかしな緊張と共に、俺は日向を追って走り出した。

 ――現時刻、4時27分。

     

「は? 核?」
 日向の声が裏返る。
 ここは山の中だった。あまりにも大きな声が出て、もしかしたら山彦が聞こえてきそうだった。
「河原崎と言えば、それとホワイトハウスの事件。ちゃんと覚えといて下さいよ」
 相川が呆れているといった風に言う。
 5年前、ホワイトハウスで爆弾テロ未遂があったという話だ。その事件は、新聞にデカデカと記事が載っていたため、あまり世の中に関心の無い俺でも分かる。その首謀者が今回の爆弾事件を起こしたという事だ。
「……そう言う諸々を覚えるのは嫌いなんだ」
「しっかりしてください。それでも特殊捜査局諜報科長ですか」
「細かすぎなんだよ。相川は」
「捜査局としては常識です」
「いや、俺達はただ単に、日本が核を保有しているかの調査をしに来たんだ……あ」
 日向の口が開いたまま戻らなくなった。
「でしょ?」
「……核反応検出器、バッテリー充電できてるか?」
「勿論」
「……何の話をしてるんですか」
 話が全く掴めない俺は、観念して質問することにした。
 その言葉に、日向はふふんと笑い出す。
「分からないのか、佐藤。捜査局としては常識だぞ」
「いや、俺、別に捜査局じゃないから」
「まあ、いいや。相川、頼んだ」
 説明を丸投げした日向に、相川は非難の目を向けるも、日向はあっさり無視。
「……分かりましたよ。私達は、日本に核爆弾があるらしいという情報を得て、ここに来たんです。試しに核反応を測定してみたら、日本の数ヶ所に反応があったんです」
「来てみたらここには原発しかなかったがな」
「そう、で、残りは東京になったんです。そして、私達が東京へ向かっている途中……」
「河原崎に出くわした、と言うわけだ」
「そして、さっきのあの発言」
「……東京にほぼ確実に爆弾がある」
「そして、日本は核に屈するか、それとも悲劇を繰り返すか……のどちらかなんです」
「政府は多分、俺達がいることを知っているだろうから、多分要求は呑まれない」
 2人が交互に話すので、首が痛い。
「早く捕まえないと、最悪の事態になりますよ」
「……どんな?」
 俺が聞くと、日向が驚いた顔をした。
「お前、河原崎の話聞いてなかったのか? 国会を明け渡せって言ってたんだぞ」
「早い話が独裁政治でしょう。河原崎はそのために、様々な策を講じているはず」
「注意しろよ。核以外にも、何かあるかもしれ」
 空気を裂く鋭い音がした。
 それが木に突き刺さる。
 間一髪命中を免れた日向は、それを見て叫んだ。
「……クナイだ!!」
 続けて5本のクナイが、どこからともなく投げられた。
 2人が跳ぶと、その間にある大木にクナイが突き刺さる。
 俺の目の前をその内の1本がかすめ、体も心も一瞬凍った。
「くっ……どこだ!!」
 クナイは次々に投げられていく。
「佐藤! 後ろ!」
 言われて直ぐに銃を構えようとしたが、鋭い殺気に気圧され、俺は前に跳んだ。
 切れ味のいい音が、後ろで空気を斬る。
 同時に、俺は空中で体を反転させ、銃の照準を合わせようとした途端、影は一瞬にして木の茂みへと消え、クナイが再び飛んできた。
「くそぉっ」
 耳を澄まそうとしても、クナイから逃げるのが精一杯だった。
 すぐ側の木や地面にクナイが突き刺さっていく。
 やばい。体力的にやばい。
 次の瞬間、足の踏ん張りが効かなくなり、一瞬バランスを崩してしまった。
「佐藤!」
 後ろからまた殺気が放たれる。
 やばい。
 逃げられない。
 諦めかけた目が、クナイを捉える。
 そうだ、クナイ!!
 すぐさま近くの木に刺さっているクナイを引き抜き、それをナイフのように握り、片足を軸に振り向き相手の小刀を凌いだ。身体は無意識に動いている。自分の制御下にない身体は全く無駄のない動きをして、それは快感とも取れる程だ。そして、研ぎ澄まされた目はその影を捉えた。
「……え」
「くっ……」
 女の子!?
 中学生位だろうか。
 にしても、かなりの力だ。
 大学生の男と張り合う、いや、それ以上の力だ。
「……!」
 思いがけず、目が合ってしまう。
 ……可愛い。
 俺は一瞬、そんな事を思ってしまったが、すぐに考え直し、空いている手で銃を構えた。少女は再び飛び、森の中に隠れた。
「大丈夫か!?」
 日向が声を掛ける。
「はい、大丈夫です!」
「本当ですか? 何か様子が変でしたよ?」と相川。
 女の勘は怖い。
 日向が側に寄ってきた。
「……それより、クナイは数に限りがあるぞ」
「……分かってますよ。でも、底が見えないです」
「それは分かってない証拠だ。刺さったクナイ、綺麗さっぱり無くなってるだろ」
 言われて、俺は辺りを見回した。
 ホントだ。
 木に何本も突き刺さっているはずのクナイが、一本もない。
「つまり、ここに敵は2人。分かったか」
 クナイが飛んでくる。
 二手に別れてそれをかわし、同時に俺の頭はフルスロットルで回転した。
 回収は片方が行う。
 回収している間、もう片方が小刀で注意を引く。
 ロジックは非常に簡単で分かりやすい。完璧なチームワークと、確かな技が成せる技だ。
 この戦法に穴があるとすれば……どうだろう。
「佐藤さん」
 気付くと、相川が隣にいた。
「合図をしたら、あの木に向かって銃を打ってください」
 クナイが次から次へと飛んでくるなか、俺はそのクナイが2本刺さった木に注意を払って、機会を伺うと、すぐさま相川の声が飛んでくる。
「今です!」
 俺は振り向き様に銃を撃った。
 銃声の次に、ドサッという、一定の重量感のある音。
 いや、これは……
 人じゃない。岩だ。
 それが木にロープでくくりつけた岩だと分かった一瞬には、もう勝負が付いていた。
 相川の消音器の付いた銃から放たれた弾が、木の上にいた敵の1人に命中し、続けて、日向がもう1人の敵に弾を命中させ、敵は茂みの中に沈んだ。

 絶対の信頼は、特別な関係から成り立つ。固い結束で結ばれている者同士であるほど、仲間を思いやる気持ちが大きい。それを逆手に取った作戦だ。味方がやられたと思わせて動揺した、その一瞬の隙を突いて、機能を停止させる。どうやら上手く行ったようだ。
「姉妹か」
 日向が呟く。
 俺はグロッキー状態の姉妹を見たくないので、避けて歩いていたら、相川がその事に気付いた。
「これ、麻酔銃ですよ……」
「…………」
 何で分かるんだ。
 俺は、姉妹を覗き込むようにして見た。確かに、姉妹らしく顔立ちが似かよっている。姉は、見た目高校生位。その妹が、あの小刀の中学生位の少女だった。こんな小さな少女まで組織にいるとは、河原崎の組織は恐ろしい。
 しかし、どうして?
 どうして組織に入る事が出来るんだ?
 こんな子供が……
 クナイの、あの鋭い音。
 ……と言うより、身体に染み付いた恐怖。
「危ない!!」
 俺達は散らばるように避けた。
「もう一人いたのか……!」
 クナイが、姉の心臓の辺りに深く突き刺さる。
「……!!」
 更に、もう1本のクナイが飛んできて、妹に襲いかかる。
 だが、相川がそれを銃で撃ち、軌道をずらしたおかげて妹は助かった。
「まさか……」
 本物の忍者のような装いの男が、木から降りて、刀を構えた。
 こいつが、犯人か。
「佐藤、生きてる方を連れて逃げろ!! 俺達は狙われている!」
「……!!」
 顔で分かったのか、日向は俺の心配を察し、こちらを振り返ることなく叫んだ。
「大丈夫!! 必ず追い付く!!」
「…………」
「早く行けっ!!」
「……日向さん、死亡フラグって、知ってますか?」
「うるさいぞ、相川」
 俺は、その喧嘩のようなやり取りを聞きながら、少女を背負って走り出した。

     

 時刻、5時5分。
 追っ手はいるか?
 日向達は大丈夫なのか?
 考えても分かるわけがない問いが、頭の中を駆け巡った。
 その時、後ろでもぞもぞ動くものが。
「……ぅ!」
 少女は、俺の背中を蹴って飛び上がり、クナイを構えた。
 俺はうつ伏せの状態からひっくり返り、銃を構えた。
 にらみ合ったまま、お互い武器を突き出したまま動かない。
 俺は時間が惜しいんだ。
 すぐに引き金を引きたいのに、引き金は何故か引けなかった。
「……撃たないの?」
 少女は意外なのか、それともバカにしてるのか、不思議そうに言った。
「なんでだろな」
「撃てばいいよ、どうせ、あたしはもう死ぬんだし」
「あの忍者に殺されるのか」
「……!」
 やっぱりだ。
「……日向さんが、あんたを助けろってさ」
 疲れて、溜め息が出た。
「俺も聞きたい事があるからな」
「……追手は?」
「日向さんが戦っている」
「死ぬよ。その日向って人」
「……だろうな」
 死んで欲しくは無いけど、殺されてもおかしくなかった。
「……君は組織にいつからいたんだ?」
「……小さいときに孤児院から連れて来られたんだ」
「そうか……」
 となると、洗脳は簡単だ。
 幼少の時から組織の「正義」を刷り込めば、簡単に駒が出来る。
「普通じゃないって事には、気付いてた。だって、学校の中で周りと全く馴染めなかったから」
 確かに、根本的な所で考え方が違うのに、馴染める訳がない。
「……組織に逆らえば、殺されるから、逃げ出すわけにも行かなかった……けど」
「……姉がいたから何とかなった……だろ」
「……お姉ちゃんは!?」
 思い出した様に少女は言ったが、俺には何も言えなかった。
「…………」
「……そう……」
「なんか……ごめん」
「……いいよ。別に、あなたのせいじゃないから」
「…………」
 気まずい。
 何がって、俺はこんな重たいムードに出くわしたことは、生まれてこの方、じいちゃんの葬式以外になかったからだ。
 こんな時、どう言ったらいいのか分からないが、分からないなりに、俺は言った。
「お前も死ぬのか?」
「……任務に失敗したら、あたし達忍部隊は死ぬ事になってるから」
 つまり、自決か。
「……どうせ死ぬなら、敵と戦って死ぬな、俺は」
「……どうして?」
「……カッコイイから」
 少女がちょっと笑った。
「男の子って、いつもそうだよね。カッコつけてばっかで、無意味なことばっかりやって」
「男はカッコイイを求めるもんなの。女には分かんないだろうけど」
「ふーん」
「だから、最後まで戦って、最期にベタな台詞言って死ねたら、最高だな……少なくとも俺は」
「……変なの」
 少女はまた少し笑った。
 つられて、俺も笑う。
「忍者はね、普通は逃げるのが一番大事なんだよ。だから普通はそんな風に果敢に戦ったりはしない。でも……ちょっと羨ましいかも……」
 茂みから、ガサガサと大きな音がした。
 その周りに、陰が1つ、2つ、3つ……。
「部隊の包囲網に捕まったみたいだね」
 数えるまでもなかった。その時、自分で言ったことがどれだけ勇気のいることか、初めて理解した。
「さあ、もう逃げられない。最後まで戦って、それで死ぬしかないよ」
 少女が俺を茶化してくるのか、声音は若干明るかった。それでも恐怖が言葉を青白く染めている。俺の顔も青白くなっていたが、それでも残ったガッツをどうにか込めて言った。
「じゃあ……」
 俺は日向に貰った銃を構えた。
「……カッコいい台詞、考えなきゃな」
 止まっていた世界が動き出す。
 頭上から手裏剣やクナイが雨のように投げられ、ふと前に視線を移すとそこに戦闘服のような物を着た敵が迫る。立ち止まっちゃいけない。立ち止まれば、俺は死ぬ。まだろくに銃を扱っていないせいで銃の照準が上手く定まらない上に、反動で手が痺れそうになる。もう、どうにか戦っているような感じだ。少女の方は隠れた戦闘員を寸分狂いなく狙い打ち、次々と相手を打ち倒していく。大口を叩いただけに、なんだか恥ずかしい。
「どう? 少しは浮かんだ?」
「いや、全く。こんな事なら初めから考えとくんだったよ」
 というか、俺は戦うのに精一杯で、考える余裕なんて隙間もなかった。そろそろ弾切れを起こしそうになっていると感じた瞬間、本当に弾切れを起こしてしまうが「あれっ」となる暇もない。予備のマガジンは貰っているけど、それを取り替える余裕そのものがない。出ない銃の代わりに、俺はクナイを拾っては投げ始めた。
(俺……すっげー惨め……)
 そんな風に思う。これなら、さっさとお陀仏した方がいいんじゃないか、とまで思った。
「煙幕だ!!」
 誰かが叫んだ。多分、少女が投げたものだろう。
「ほら、今のうちに」
 すぐ横で耳打ちするように言ってきた女性の声に、俺はハッとして、急いでマガジンを取り替えた。すぐに敵に向けたが、撃てない。そうこうしてる内に敵が迫る。
「手でスライドを引くんだよ」
 数分前に聞いたことのある声だ。迫ってくる戦闘員が打ち倒される。
「聞こえてないのか? 手でスライドを引かないと、弾が入ってないから撃てないんだよ」
 俺は慌ててスライドを引く。すると手応えがあった。
 そして敵を撃とうとサッと構えたはいいが、肝心の敵は日向達によって殲滅されていた。あっという間の出来事だった。こうしているのが、いかにも間抜けらしかった。
 コメディ映画か、これ。
 えも言えぬ空しさに心を打たれていると、二人が口々に言った。
「初心者にしてはいい方ですけど、でもそんなもんですよ、経験ゼロは丸見えですよね」
「しかしまあ、よく生きてたな。死んでてもおかしくなかったけど」
 …………。
 俺は一言も喋れなくなった。その代わりに、さっきまで呆気にとられていた少女がおずおずと話し出した。
「あなた達……あの忍者に勝ったの?」
「ん? まぁ勝ったっつーか……勝ったな。逃げられたけど」
「あの忍者、中々手ごわかったですね。分身もして来たり、すばしっこかったり……まあ、今までの敵程じゃないですけどね」
 少女が絶句する。
 お見事、としか言いようがない。なんとなく、この人たちは死にそうにない、と言う風に思った。
「目標の動きに、変化がありますね」
 相川が画面を凝視する。と言うことは、まだ発信機はばれていない様だ。
「ここより北、ちょっと歩けばすぐに追いつきそうです」
「そうか。じゃ、お前も行くか、そこの女の子」
 え、と顔を固まらせる少女。多分、あの時俺も似たような顔をしていたのだろう。
「お前も、最後まで戦うのか?」
 俺の台詞だ……!
 そう思った時には顔が一瞬にして発火するのが分かった。
 ってことは、あの会話、聞かれてたのか?
「お前、なかなかいい口説き文句じゃないか。かっこよかったぜ」
「そういう日向さんも『俺が死んだら……』なんとか言ってたじゃないですか」
「…………」
 日向はそれっきり、その話題については何も言わなくなった。
 ふと、少女の方を見てみると、呆れていると言うか、楽しそうと言うか、今まで見たことのない顔をしていた。
「ところでお嬢さん、名前は?」
「……伊吹」
「よし、伊吹か。よろしくな……じゃ、あいつを追いかけるか」

 時刻、5時16分。

       

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Neetsha