Neetel Inside ニートノベル
表紙

act!on -Ragnarok-
man-made

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 俺はぜーぜー息を切らして通路を駆け抜けていた。どれだけ時間が経ったかも、いつまで走ればいいのか分からない。道順通りに行っているはずだが、果たしてこれで合っているのかどうか不安に駆られた。ウソはついていない。しかし、本当の事を知らないと言うこともあり得る。じゃあ、確かな情報もないのに、何を信じて行動すればいい?
 他に何も信じる当てがないので、どうしようもなく俺は走り続けていた。
 やがて、兵器庫に到着した。大きなスペースにコンテナが並び、更には戦闘ヘリとか、戦闘機だとかが置いてあった。兵器庫があると言うことは、つまりここをまた一つの支部とするつもりだろう。
 中に警備がいないかを警戒し、足音や呼吸音を悟られないようにゆっくり中に入って行った。扉を抜けた瞬間、張り詰めた空気が体中を覆い尽くし、俺の心臓が暴走しそうになる。大きなコンテナの物陰に隠れ、人がいないのを確認しながら、素早く次の物陰に移って行く。
 そうやって兵器庫の中程まで進んだとき、誰かの声を聞いた。
「……そうなるとあの警報は間違いなくジャックだよな……と言うことは伊吹が……まさか、そんな事は……いやでも十分に考えられるし……」
 俺はその声に何か引っ掛かるものを感じた。ゆっくりとその声のはっきりと聞こえるところまで近寄っていった。すると、声の主が見える所まで来た。
「……と言うか何で僕はこんな薄暗い兵器庫に警備させられてるんだ? こんな所に敵が、ましてや人が来るなんてあり得ないだろうに」
 声の主は俺に背を向けるようにして、コンテナの上で頭を抱えていた。そばにノートパソコンが置いてあるのも見える。
「……それより、暇だな……誰もいないんだよな……」
 声の主がおもむろに辺りを見回し始めた。俺は咄嗟にコンテナの陰に隠れる。
「…………」
 沈黙が流れる。俺に気付いているのかいないのか、それすらも分からないまま、ただ必死に胸を叩きまくっている心臓の音が俺の耳に伝わっているのを聞いていた。
「……ふーむ」
 どうやら気付いていないようだ。安心しつつも、相変わらず心臓は派手に脈を打ち続けている。どうにか胸を撫で下ろした時、彼が今度は大声で言った。
「面倒臭いから言っちゃうけど、そこにいるんだろ? パソコンでちゃんと見えてるよ」
 ……バレていた。
 俺は諦めて姿を現した。拳銃を握りしめ、いつでも撃てるように彼の方に向けて身構えた。
「舐めちゃいけないよ。僕のパソコンは、色んな所の監視カメラに通じてるからさ」
 いまだに彼は後ろを向いている。俺は拳銃の引き金を、思い切って引いた。
 静かな兵器庫に銃声が響き、弾丸が彼に到達しようとしたその時、弾道が大きく曲がり、兵器庫の天井にぶつかる。大きな音が、直前の銃声との二重奏を奏でた。
「銃弾は効かないよ。僕の周囲には電場シールドがあるからね」
 パソコンが彼の武器らしい。彼のパソコンをぶっ潰したい気はするが、手が届く訳がない。
 攻めあぐねていると、彼がようやく振り返った。眼鏡を掛けたボサボサ頭が現れた。
「やあ……僕が直属のせん……」
「……おま……」
 お互いに表情が固まった。数秒の沈黙を経て、ようやく口が開くようになった。
「……お前、佐藤?」
「お前こそ、鈴木だよな」
 俺達は2人同時に息を吸い込んだ。
「何でお前がいるんだ――っ!?」


 俺達は、大学のサークルで知り合った関係。お互いにお互いを指差し、奇妙な空気を挟んで対峙していた。鈴木は俺を驚きの眼差しで見つめている。俺は内臓がひっくり返る思いで聞いた。
「何でお前がいるんだよ、鈴木」
「僕は……なんていうか、任務で……ここに来たって言うか、お前こそ何でいるんだよ」
 返されて、俺は言葉に詰まった。訳も分からないままにここまで来てしまったなんて、どうして言えようか。
「……俺は……」
「お前も実は、潜入捜査とかしてたのか!?」
 あの片田舎の大学に、潜入捜査も糞もない。鈴木はその事に気付く事もなく話し続けた。
「そうだよな、核があるって情報があるんだもんな……全然おかしくない」
「…………」
 そこまで言ったとき、傾げていた頭を元に戻して、鈴木は言った。
「所で、ここまで来たってことは、やっぱりジャック……じゃないや、ウヌがこの中にいるんだろ?」
 ジャックと言った事に違和感を感じながら、俺はゆっくり頷いた。
「……ああ」
 そうか……とややうつ向きがちな鈴木は、パソコンを持ってコンテナから飛び降り、俺に向き合った。
「僕はオク。アルファベットで書くと、オーケーなんだよな」
「オクだから……8か?」
「まあね。でも、オクって呼ばれるのは好きじゃないんだ。鈴木の方がいいね」
 野戦服を纏った鈴木には、普段とは違う空気が流れていた。
「……お前も『生まれた時から兵器』なのか?」
「えっ」
 鈴木が少し意外そうな顔になった。俺は、洋館でウヌ言った言葉を思い出していた。ウヌや彼が『兵器』であるという事が、俺には生きている言葉に感じられなかった。
「うん……確かに、そう言うことになるな。生まれたと言うのは、少し語弊があるかもしれないけど」
 鈴木は、まるで反応を伺うかのように俺の顔を見た。俺が言葉の意味を飲み込めていないのを見ると、予想通りの反応だと言うように、まあ普通はそうだよな、と呟いた。
「……俺達は試験管で生を受けたから、誰かから生まれた訳ではない、って事だよ」
「……はい?」
「僕達直属の戦闘員は全員、創られた――つまり、細胞や遺伝子、その他全てを人工的に作られた『人間』なんだ」
 それを聞いて、俺は心の中で仰天した。その様子を見て、鈴木は笑った。
「驚くだろ? バイオテクノロジーの極みだよね。人が創った『生き物』がここまで育って、こうして君と話してるんだぜ?」
 俺は鈴木に返す言葉を探した。どうでもいい事ばかりが浮かんだが、辛うじて見つけた言葉を鈴木にぶつけた。
「……お前がウザイ位に頭が良いのも、運動神経が良いのも、その遺伝子のせいか」
「そういう事になる、かもね」
 ……目の前の『人』が『人』じゃないという感覚。『生まれた時から兵器』だという意味が実体を持ち始め、俺は鈴木が『人間』として見れなくなりかけていた。
 だが、目の前にいる相手が違う見え方をしたとしても、それは紛れもなく俺の友達だった。2つの感覚に板挟みにされた状態で、拳銃を持つ手が震えた。
「……君は僕達の計画を阻止しようとしている。僕は君を止めないといけない……答えは1つ」
 鈴木の目から、心が消えていった。そのあまりの冷たさに、俺は1歩後ろに下がった。
「僕は君を殺すしかない。それが任務なら、僕は遠慮はしない……!!」
 冷たさと一緒に伝わって来るものが、俺と向かい合った。
 ……そうだ、これは任務だ。敵が誰であれ、邪魔なら排除しなきゃいけない。それが例え友達であろうと……!
 不安定な心の中で、俺は覚悟を固めた。
「……行くよ!!」
 鈴木が俺に向かって走り出した。
「来い!!」
 俺も身構え、再び拳銃を肩まで持ち上げ、引き金に手をかけた。
 次の瞬間、鈴木の姿が消えた。俺は攻撃を予期し、咄嗟に周囲に全神経を集中させる。
 だが、聞こえてきたのは「ぎゃああああああああ!!」という鈴木の悲鳴だった。
 その次には「油断大敵ですよ」と言う声と、「取り合えず縛っとくか」と言う声。
 悲鳴を辿るとそこには、日向と相川がいた。
「……佐藤、きっ、君ってヤツは……ハメやがったなっ!!」
 2人に取り押さえられ、鈴木はもがきながら喚いた。
「いや、俺も知らなかった……と言うか、回りを見りゃ少しは分かるだろ」
 俺が冷たく返すと、鈴木は取り押さえている2人に向かって叫んだ。
「くそっ、君達、僕の監視カメラの死角を突くとはっ……!!」
「死角なんか作るなよ」今度は日向が言った。
「しょうがないんだ! 設置できるカメラの数には限りがあるんだよ!!」
 気付けば、鈴木は兵器庫の柱に吊し上げられていた。鈴木は苦しそうに俺を呼んだ。
「……何でこうなるんだ……佐藤、助けてくれよ……」
「任務が終わったら助けてやる……だからちょっと待ってろ」
 俺はそう言って、日向に向き直った。日向の顔には、いくつもの痣があり、腫れている所もあった。
「大丈夫なのか?」
「いーや、ちっとも良くないな。骨も折れた……だが、この作戦中はどうにかやっていけるさ」
「…………」
 俺が本当に大丈夫なのか心配でいると、相川が言った。
「仕方ないです。局長の親友特権でやらせてもらってるんですから。でも、終わったら即病院ですよ」
 相川も呆れ調子で言うが、それでも彼を信頼しているようだった。
「さて……オク、でしたか? 『ラグナログ』について教えるか、それとも……分かってますね?」
 俺達の顔が、一斉に鈴木を見上げた。逆さになった鈴木の顔が、大きく歪んだ。
「止めて止めてそれだけは止めて。教えてあげるから、さ」
「ロケットはいつ発射だ?」
「ロケット発射予定時刻は……7時ぴったりに発射する予定だよ」
 それを聞いて、俺達は少し安心した。今まで幽霊のようなものを追い掛けていた気分だったが、まだ時間はあると言えば、ある。
「……あと、この地下基地の見取り図を……そこのパソコンに映し出されてるやつだ」
 俺達はパソコンの画面を覗き込んだ。詳細な基地の図面があり、そこには監視カメラの映像もあった。
「分かる? 発射の管制室はここから北東、すぐの所にあるんだ」
 地図を目で追っていく。確かに、あの作業員の言う通りの場所にあった。だが、それはかなり遠回りだと言うのも分かった。
「あの野郎……ハメやがったな」
 日向が小さく溢した。日向や相川が酷い怪我をした事を思うと、何だか腹が立ってきた。
 でも、解らないこともあった。
「『ラグナログ』の管制室はないんですか?」相川が言った。
「……そんなもんはないな」
 鈴木はもやもやと言った。ということは、ウヌと同じ場所に行き着く事になる。
 なんだか当てが外れた気分でうちひしがれていたが、俺は、もう1つの肝心な事を聞いた。
「……どうして教えるんだ?」
 俺が聞くと、鈴木はなんだかなぁ、と歯切れの悪い声で呟いた。
「何て言うかさ、計画を止めるなんて……まぁ、カッコいいじゃん。ヒーローみたいでさ」
 その『カッコいい』の響きに、俺は少し照れ臭くなった。そして、心の中で、再び燃え上がるものを感じた。
「……頑張れよ」
「おうよ!」
 そう言って俺は笑った。それを見て鈴木も嬉しそうにニヤけた。鈴木のその表情はどう考えても『人』のものだった。それが嬉しくて、俺は更にヘラヘラと笑った。
「……ちょっと!」
 相川の声が耳に飛び込んで来た。俺は笑いを顔から消し、声のする方へ振り返った。全員の視線が、彼女に注がれる。相川は、パソコンの画面を見たまま言った。
「これ……」
「……どうしたんだ?」
 日向が画面を覗き込むと、日向もはっとした顔になった。その表情を見て、俺はただ事ではないと感じ、慌てて画面を見た。

 ――――ウヌだ!

 管制室のカメラが捉えた映像の中で、ウヌが誰かと向き合っているのが見えた。その誰かは、赤いコートを羽織っているのが分かった。
「誰だ……!?」
 赤いコートの男が、その手に持っている物をウヌに突き出したのが映し出される。
 次の瞬間、地面が揺れ、上から砂埃が落ちてきた。上を見上げると、兵器庫中に轟く音と共に、天井が動き出すのが見えた。
「おい、何なんだよ、何が起こってるんだよ!? なあ、おい!!」
 パソコンに背を向けられて、画面を見られないでいる鈴木が喚いた。俺はパソコンの画面を騒ぐ鈴木に押し付けた。
「……っ!?」
 鈴木は近すぎる画面を凝視していたが、すぐにあっ、と声を漏らした。
「あのバカが……!!」
「早く説明しろ!」
 日向が鈴木を揺さぶった。
「わっ……分かったから! それを止めて!! 吊るされてるとヤバイから!!」
 日向が鈴木から手を話すと、一息ついてから早口で話し出した。
「……赤いコートの、トリって奴がロケット発射の為の天井ハッチを開けたんだ! あれこれ言わないけど、早ければあと5分で発射出来る!!」
「っ……何で始めにその事を言わないんだ!」
 樫尾が鈴木を怒鳴り付けた。
「そうじゃない! トリが勝手に予定より早くシステムを起動させたんだよ!! まだロケットの調整も済んでないのに!」
 鈴木が弁解するように言った。
「とにかく……急ぎましょう! まだ間に合います!」
「あ……おい! 話はまだ終わってないって……俺ならパソコンで……待てって、おい!!」
 後ろで鈴木が何か叫んでいるが、俺は2人に引っ張られるように兵器庫を飛び出した。


 ――俺は、一度逃げたもののけりを付ける義務がある。

 俺は、ウヌが洋館の中で言っていた事を思い出した。ウヌと向かい合っていた赤いコート……トリがどう言うつもりで計画を早めたのか分からないけど、その後ろには2人の間にある何か因縁めいたものが見え隠れしているような、そんな気がした。

       

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Neetsha