Neetel Inside ニートノベル
表紙

act!on -Ragnarok-
Again

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『侵入者を排除しろ!!』
 ウヌは刀――高周波ブレードを振るいながら、鬼のように突き進んでいた。銃弾すら斬り、敵の戦闘員を次々と倒して行く。ウヌの片目には『マッドアイ』と呼ばれる機械の目が取り付けられていて、敵の捕捉やその他の様々な情報をもたらしてくれる。その『目』は彼の身体能力と合わさって、1人の修羅を作り上げていた。
 迫る敵の戦闘員を蹴散らしながら、一度逃げたもの――ウヌは一度目を背けた過去の事を思っていた。

 ――始め、『ラグナログ』は兵器ではないと言われていた。いや、『ラグナログ』と言う名前すら教えられていなかった。
 いつからか『ラグナログ』の事を知ったが、彼はそれを止めることはしなかった。それが兵器と知ってなお、ウヌはそれをひた隠しにしていたのだ。露見すれば、河原崎はそれを許さない。彼は自分が死ぬと思ったからだ。まだ15歳の彼にとって、死は堪らなく怖かった。
 ――しかし、9人目の直属の戦闘員、ナウは、偶然それを知った。ウヌは、ラグナログを破壊しようとする彼女を止めることが出来なかった。
 故に衝突した。ウヌは、彼女と戦った――。

 敵が次々に斬り倒されていく。その度に、深紅の血が吹き出し、それがウヌを染めていく。無惨に横たわる死体に、振り返ることはなかった。ウヌは、命の軽さを知ってはいたが、命の重さは知らなかった。敵が造作もなく倒れていく中で、逃げようとする者すら逃さずに仕留めて行く。

 ――ウヌは多くの味方から『ジャック』と呼ばれた。その呼び名は『切り裂きジャック』が元であることも知っていた。皆、畏怖の念を込めてそう呼んだが、ナウは違った。ナウは名前――番号ではない、俺の名前として『ジャック』と呼んだ。そして、自分の事を『ユウ』と呼んで欲しいと言った。
 ――全く、暢気な奴だ。
 ふと、懐かしさが込み上げていた。だが同時に、悲しさも這い上がってきた。ウヌは、その悲しみをぶつけるように、無我夢中で刀を振り回した。しかし、手に伝わるのは、斬れる時の僅かな手応えだけだった。
 目の前の敵が、あからさまな恐れをウヌに向けていた。武器を構えた敵に、ウヌが刀を一振りすると、敵の持っていた武器はいとも簡単に形を失い、残骸は床に転がった。敵の声が恐怖で裏返り、後退して行く。ウヌそれをは感情のこもらない目で一瞥した後、その敵に向けて刀を振り下ろした――

 ――静寂。空気の生温い感触。それらで通路が満たされた。
 そして、敵が1人も居なくなった事に気が付いた。ウヌはゆっくりと後ろを振り返る。
 眼前に広がるは、鮮血に赤く染まった道。死体で埋め尽くされた、長く、虚しい通路。
 見た瞬間、ウヌは心に抑えていた塊が込み上げてきた。それはえも言われない程の悲しさと、渇きと、そして虚しさだった。
 ――俺は今まで……どうして戦っていたんだ……?
 答えは見つからなかった。見つからないまま、目の前の、綺麗なままの通路を歩き出した。

 ウヌが真っ二つに斬れた扉を蹴破った時、始めに見えたのは、静かに揺れる赤いコートだった。視線を上に上げていくと、過去の仲間、トリの顔が、管制室の中でウヌに向かって冷たい視線を投げ掛けていた。
「もう、来たのかよ」彼は、静かにウヌに言った。その手には、昔ウヌの物だったもう一本の刃が握られていた。
「ジン……!」再会に、思わずウヌは叫んでいた。しかし、トリの表情は凍ったように動かなかった。
「ジン? 俺はトリだ。俺は誰かに似ていたのか?」
 ウヌは失望した。
 ジン。それはトリが自分で付けた名前だった。彼は、トリと呼ばれるのを嫌った。だと言うのにトリが自分の『名前』を忘れた事が、ウヌには信じられなかった。尚も過去の戦友は、心無い言葉を口にした。
「ところで……何故、お前は俺と同じ武器を持っているんだ?」
 ウヌはたじろぐ。混乱が頭を支配し、ウヌという存在そのものが否定されたような気がした。
 ――諦めろ。友は、もう居ない。
 ウヌは思った。そう思おうとした。だが、どうしてもその考えは頭の中で振り切られ、ウヌは焦りを感じた。ウヌが答を出さずにいると、トリが小さく息を吐いた。
「まあ……いいか。どの道聞いても意味のない事だからな」トリが刀でゆっくりと円を描いた。この上無く滑らかで冷たい光を湛えた刃をウヌに向け、戦う予兆をウヌが感じ取った瞬間。

 ――風圧。

 ウヌはトリの一撃を受け止めていた。ウヌが受けた刀を相手に押し返し、更に相手を薙ぎ払う。トリは後ろに下がってその刀を避けると、今度は突きを繰り出した。その刀を薙ぎ払った返し刀でそれを打ち払い、そこから体を一回りさせてトリに一撃を叩き込もうとした。だが、その前にトリがウヌを通路まで蹴り飛ばし、体勢を崩したウヌに再び刃を振りかざす。ウヌはトリの刀をどうにかそれを受け、鍔迫り合いになる前に刀を受け流した。殺意を感じたトリがウヌの刀が来る前に咄嗟に後ろに下がり、2人は再び管制室に躍り出た。
「……強……流石、ここまで無傷で来るだけはあるな」
 トリが言葉を吐く度に、ウヌの心が軋む。何も覚えていない。悲しい程に。
「何も、何も覚えて……いないのか……?」
「何を? お前は俺を動揺させようとしているのか? なら期待外れも良い所だな」
 ウヌの言うことに、トリは一切顔色を変えることはなく、むしろ軽蔑すらその目に浮かべていた。
「っ……!」
 今度はウヌが飛び掛かった。振り下ろされた刀が、鋭い音と共にトリの刀とぶつかった。ウヌは素早く切り返して次の一撃を放つ。トリはその刃を更に受け止めて凌ぐが、そのまま力で圧されて耐えられず、じりじりと後退していく。
「お前が何故覚えていないか、心当たりはある……!」
 ウヌは更に刀を振りかぶった。その隙を見逃さず、トリは間合いを離した。
「……何を言ってるんだ。俺が何かを忘れたと言ってるのか?」2人の歩く軌跡が円を描く。2人はお互いに向けて刀の先を向けた。
「そうだ。お前は、昔のお前ではない」
 ウヌは何か説得するような物言いをした。トリの刀が、僅かに揺れた。
「俺は俺……それ以外の何者でもない」
「いや違う。欠けているお前は、ジン、お前じゃない」
 トリの顔がようやく変わった。その顔は、頭の中のもやもやに対する苛立ちを覆うこともせずに剥き出しにさせていた。
「ふざけんなよ……!」
 再びお互いが斬り掛かろうと2人の間隔を急激に詰めた。トリは居合いの体勢から高速の太刀筋を繰り出したが、『マッドアイ』によって簡単に見切られてしまう。居合いを受けられたトリはもう片方の手から自分の本当の武器――大きな銃を取り出した。
 ウヌはそれを察知し、その受けた刃をトリの刀の上で滑らせて、トリの顎を刀の柄で突き上げた。よろけるトリに追撃を加えようとしたが、トリの銃がこちらに向き、即座に身を翻す。そして間も無く、銃が発射された。
 ウヌは空気が一気に冷たくなるのを感じた。トリの顔は元の無表情に戻っていた。
「寒いだろ?」
 トリの声が勝ち気に満ちているのを、ウヌは感じた。
「寒い内には入らない。まさか、押されているのに勝った気でいるのか?」
 ウヌはわざと挑発するように言った。その時、隠れていた感情が再び剥き出しになり、トリは銃を床に向けた。
「黙れ。俺は負けない。俺は負けたことなんかない」
 その言葉で、ウヌはトリが相変わらず負けん気の強い奴だと分かって、少し嬉しくなった。しかし、トリはその僅かな笑みを余裕と解釈し、苛立ちは更に膨れ上がっていた。
「何が可笑しいんだよ!?」
 トリは銃を床に向けて撃った。弾丸は炸裂し、辺りに液体が広がっていった。更に空気が冷え、息が白くなった。
「今のでここの温度は約3度になった。もう一発撃てば氷点下になる」
 トリは冷気から身を守るためか、コートのフードを被った。顔が見えなくなったが、声は感情をはっきりと伝えていた。
「降伏するなら今の内だ。さっさと諦めろよ」
 トリは銃を向けた。ウヌが不利なのは明らかだが、ウヌは刀をトリに向けた。
「誰が諦めると?」
 ウヌは凍える口で言い、精一杯に笑って見せた。
 次の瞬間、更に弾丸が発射された。ウヌが神経を極限まで研ぎ澄ますと、ウヌの回りがスローモーションになった。目の前のすぐそこまで弾丸が迫ったとき、ウヌは弾丸を真っ二つに叩き斬ると、更に8メートル程の距離を一瞬にしてゼロにした。トリは応戦しようと刀を上げたが、ウヌは思い切り刀を振り上げ、その一振りはトリの刀を彼の手からもぎ取った。宙を舞う刀は元の持ち主の手に吸い込まれ、ウヌは二刀流の構えを取った。そして、3年前に対峙した時の台詞を口にした。
「お前の負けだ、ジン」
 その時、トリがあからさまに動揺するのが分かった。心当たりを見つけたのか、フードの奥の瞳に戸惑いを湛えたその色を見たウヌには、失ったものを取り戻せるかもしれない期待が再び蘇った。
「何だよ……それ……何なんだよ……」
 トリの声が震え始めた。冷えきった管制室の中で、寒さに震えているとも取れた。
「……分かんねぇよ」
「…………」
「分かんねぇんだよ。何でお前はそんなに……強いんだよ、ジャック」
 ジャック……
 その響きにウヌは構えを解いた。トリは銃を下ろし、噛み付くようにウヌを睨んだ。
「……思い出したのか?」
「ああ思い出したさ……お陰で、思い出したくもない事も一緒にな」
 
「お前は3年前、俺と戦った。いや、それ以前にも何度も俺とお前は戦っていたけど、俺はその時初めて完全に負けた気がした……お前は壁だよ。壊すことも、登ることもままならない。壁と向かい合う度、俺は悔しさしか感じないんだよ」
 トリが刀を失った手に何かを握るのが見えた。それをウヌに向かって突き出す。
「いっそ記憶なんて消えてた方が良かったのかもしれない。そうすれば、俺は負け無しになれたのに……」
 トリはくそっ、と舌打ち混じりに言葉を向けた。
「あー、もうやめやめ……過去をほじくり返しても楽しくないしな。かつての友は敵として俺の目の前にいる。これが全てだ。3年前の戦いでは俺は負けたけど、今度はまた仕切り直しだ」
 手に握られているのがリモコンの様なものだと分かった時、地面が大きく震えるのが分かった。スクリーン越しの管制室に光が差し込み、天が開けていく。画面の中でロケットが、日差しを浴びて光沢を発している。
「何を……まさか!」
「その通り。ロケット発射を止めたかったら、俺を倒してみろよ。前みたいには行かねーから」
 トリが姿勢を低くした。獰猛な猫科を思わせるその姿は、ついさっきとは違った雰囲気を醸し出した。
「……望むところだ」
 トリが銃を放ち、部屋が更に冷たくなった。炸裂した弾丸から飛び散る液体。異常な冷気がウヌを包み、目眩すら感じた。
 次の一瞬、トリの体が滑るように動いた。気付くと、背後に殺気を感じ、ウヌは背後を振り返るより早く、刀を背後の気配に向けて突き立てようとした。しかしその刀には手応えがなく、そのすぐ後、目の前にトリが現れる。
「遅いな」
 ウヌはトリの速さの理由を知っていた。床に散乱しているのは超低温の『超電導流体』という物質で、超電導物質が液体になったもの。言ってみれば、リニアモーターカーとほとんど同じ原理で彼は移動している事になる。
「お前が速いだけだ」
「どうも。だけど君の思う以上に、これは凄いぜ!!」
 さらにトリは金属で出来たような球体を取り出してフッと静かに放ると、それは空中に漂い始めた。そして、その浮遊する球体を、トリはウヌ目掛けて蹴り飛ばした。ウヌは身を屈めてかわす。後ろで爆発が起こる。その次の瞬間にはまた次の球体を取り出していて、それがウヌ目掛けて飛んできた。ふと、トリが思い出したように言った。
「ジャック、お前のいない三年間は、単純に強さだけを追い求めてたような気がする……今まで、お前に執着し過ぎたんだな」
「なぜ、俺に拘った?」
 ウヌの横を球体が横切る。だが、後ろから再び球体が飛んできて、驚きを含みながらウヌは横にかわした。的を無くした球体は管制室のスクリーンに当たって弾け、部屋が暗くなった。液体が飛び散り、それによってウヌは何が起こったのかを理解した。壁の超伝導流体で反発したのだ。
「……どうしてだろな。最初に喧嘩したのは、いつだったろうか」
 コートの奥の目は、敵意を滲ませながら、懐かしさを浮かばせていた。ウヌは自分の記憶を覗いた。記憶の奥底、池の泥のように溜まった中に、それはあった。
「……5歳の時だ。玩具の取り合いが最初だった、違うか?」
「そう……かもな。俺が欲しかったのは、あの戦車にも似たロボットだったのかもな」
「人工衛星とか、船のような物もあったな」
 泥の中から、掬い出されていく記憶には、ある意味新鮮さがあった。
 あの玩具は……本当は玩具ではなかったのかもしれない。
 警戒を解いたトリの腕がだらりと下がる。銃も一緒に揺れた。
「ああ。あれは多分、今ここにある」
 トリは管制室の窓を指差した。仰ぐように見ると、ロケットが空に向かって突き出しているのが見えた。
「『ラグナロク』の事か」
「……いいや、違うね。俺は後で知ったけど、あれは『ラグナロク』じゃない……『ラグナロク』は計画の名前だよ」
「……!」
「多分、研究者にも情報は完全には回っていなかったんだろうな。ラグナロク計画……北欧神話の言い伝えに因んでる」
 ラグナロク。ウヌはその膨大な読書の中で知ったことがある。
「そして、その『ラグナロク』の中に、武器を持たないフレイって奴を倒し、世界を焼き尽くすスルトと言う奴がいるんだとさ」
 そこまで言ったとき、ウヌは理解した。武器を持たない『日本(フレイ)』を倒し、世界を焼き尽くす。この日本で起きている事件の全ては、その言い伝えに沿って進んでいた。確かに、シナリオ通りだ。
「さて、大体の筋書きは分かったろ? だがな、そんな事は今は関係ない。俺はもっと個人的な、大事な勝負がしたい」
 トリの腕が持ち上がり、ピンと張った腕の先端にある銃口がウヌに向いた。
「あれは俺の『玩具』だ。取り返せるもんなら、取り返してみろよ」
 トリはまるで最初に喧嘩したときのような、やんちゃな目付きになり、今にも飛び掛かりそうな雰囲気をコートの中から溢れ出させていた。その瞳の輝きに、ウヌの心も昔に引き戻されたような気持ちになった。
『それ、ぼくの玩具だよ』
『違うよ。ボクが最初に見つけたんだ。ボクのもの』
『うそだ、絶対にうそだ。ぼくのなんだからな』
『あっ、何すんだよ』
 記憶の中のトリは、あまりに幼く、そして欲張りだった。
『取り返せるんなら、取り返してみろよ』
 赤いコートに身を包んだその表情は、その欲張りな彼そのものだった。その姿に突き動かされる様に、ウヌの口から、言葉が出てきた。
「それは俺の物だ。最初に見付けたのも、俺だ。だから返してもらう」
「だから言ってるだろ? 取り返してみろよ、ってさ」
 欲張りな二人が睨み合う。最初は、なんて事はないただの喧嘩だった。それが今となっては宿命的とも言っていい程にトリはウヌを追い続け、ウヌはそこから逃げ続けていた。もしかしたら、トリは最強と言う名の『玩具』が欲しかったのかもしれない。もしくはウヌとただ、戦いたかったのかもしれない。
 だけど、今までウヌは勝ち続け、トリは敗北していた。事実は、それだけだ。
 2人が、まるで激しく踊っているように飛び交っている。トリは球体を取り出し、それを投げ付ける。壁にも床にもべっとりと付着している『超伝導流体』によって、球体は浮き続け、執拗に部屋の中を飛び回っていた。
「その爆弾、コートのおかげで俺を避ける様に飛ぶから、お前に当たるまでは飛び続けるぜ……斬ったところで一緒さ。温度はどんどん下がる」
 更に不味いことに、爆弾が爆発すれば空気も冷える。既にウヌの感覚は無くなっていて、体力の限界もない訳がない。凍え死ぬのは時間の問題だった。次々と爆弾が放たれ、飛び交う爆弾で管制室がいっぱいになった。壁中に凍った液体がこびり付いている。肺に冷たい空気が入り込み、息が苦しい。手足が凍りそうだ。
 外だ。外に逃げないと……!!
「お前のやりたいことは分かってんだよ!!」
 通路に駆け出すと同時に、斬ったはずの扉が閉まった。『マッドアイ』が、その扉の異常を訴えていた。
「高圧電柱が流れている……のか」
 斬れない。斬れば、ウヌは確実に死ぬ。超伝導状態で、電流はかなり流れやすいはずだ。その隙にも爆弾は飛び回り、ウヌを狙っていた。
「そう、本当はここに来た侵入者が脱出しない為なんだけど、お前を閉じ込め、密室はさらに俺の助けにもなる、一石二鳥だね……それと、もう1つ」
 トリがニヤリと笑うのが分かった。不穏な予感がする。
「お前、この『玩具』止めたいんだろ? だったら急がないとな」
「何が言いたい?」
 聞くのが時間稼ぎと分かっていても、ウヌは確かめたかった。計画通りとトリは笑う。
「このスイッチはもう1つ、整備さえしていれば3分後にロケットを発射するスイッチでもある。そして、今は最終調整だ。もう既に整備は終わった」
「…………」
 予想はしていた。
 だが、あまりにも酷だ。ウヌはトリを見据えた。身体に力が入らなくなってきている。彼のあの速さを捕まえる術は、ないことにはない。あとは爆弾の機嫌次第だ。
「早く仕留めさせてもらおうか」
「声が震えてるな、そんなんで大丈夫か?」
 大丈夫だ。ウヌは胸のうちで呟いた。
 見てろよ。
 ウヌはトリに向かって突進し、ある場所でピタリと止まった。2本の刀をしっかりと握り、爆弾が飛び交うど真ん中で、姿勢を低くした。トリには、ぎりぎり刀の届かない場所だった。その動きに、トリが反応する。
 ――一瞬、ウヌがトリの視界から消えた。
 そして、部屋が暗闇と化した。
 ――あいつの狙いは……電灯か!
 トリは意表を突かれていた。至近距離で一瞬だけ止まることにより、そこに目を釘付けにしていたのだ。そして、身体能力の高さでトリの死角となる場所に飛び込み、捕捉する前に状況を変えたのだ。明かりとなる物が全て壊されていた。トリには、『マッドアイ』はない。フードは聴覚を鈍らせる。急な暗闇から敵を捉えるのは、不可能に近かった。
 トリがその暗闇に慣れるまで、およそ2秒。ウヌの刀が、トリのコートを切り裂いていた。
「これで……もう爆弾も銃も使えまい……!」
 防寒服をやられた以上、これ以上空気を冷やせばトリ自身の身体も無事ではない。さらに爆弾は彼を避けてもくれない。つまり、彼の武器のほとんどが封じられたも同然だった。
 詰んだ……?
 負ける?
 俺が?

 ……また?

 トリの心の中からじわりと湧き出したものが、彼の胸を締め付けた。彼は歯を食いしばった。
「……そんな事は……ない。俺なんてどうなろうが構わない」
「トリ……!?」
 爆弾をウヌと共にかわしながら、トリはウヌとの喧嘩の数々を思い出していた。
 また負ける?
 俺はまたコイツに見下されたいのか?
 そんな事を、負けるたびに思ってきた。劣等感を抱きたくなかったのかもしれない。誰かに馬鹿にされたままにされたくなかったのかもしれない。
 あいつに、「まいった」と言わせたかったのかもしれない。
 理由ならいくらでも浮かんできた。だが、その始まりは、たかが1つの玩具だった。自分のものだと思っていた、1つの小さな模型だった。
 それから、俺はあいつが嫌いになった。
 だけど、嫌いになり切れなかった。
 どうして?
 友達だからだ。

 トリは腕に付いているリモコンのボタンを押した。
 爆弾は動くのをやめ、その場でふわふわ漂い始めた。二人が暗闇のなか、その場で立ちすくんでいた。
「これだよ」
 トリはキーホルダー状の物を取り出した。今となっては塗料が剥げて色あせた、ただの模型。いつからかこれをいつも持ち歩くようになった。いつからかは分からない。
「これが、喧嘩の始まり」
 暗闇の中のウヌの視線が、そのキーホルダーに注がれる中、トリは銃をしまい、代わりに腕につけていたリモコンを取り外した。
「そして、これが、終わりな」
「ジン!?」
 ウヌが駆け出すが、しかし体力の極限を迎え始めたウヌは脚をもつれさせ、倒れこんだ。
 ウヌは起き上がるが、その時にはトリはボタンを押し、爆弾が一斉に爆発した――

       

表紙

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Neetsha