Neetel Inside ニートノベル
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act!on -Ragnarok-
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 午前10時30分。
 その時、雨が降っていた。今日はディズニーランドに行く予定だと言うのに、雨だと折角のテンションが下がる気がして、自然と溜め息が出た。
「雨、降ってるね」
 咲良は水玉の傘を回した「何でこんな日に降るのかな」
「でも、すぐ晴れるって、天気予報で言ってたよ」
 私は記憶の中で、天気キャスターの言った言葉を呼び起こした。たしか、雨は止むはず。
 しかし、言った側から雨は小降りになると、呆れるしかなかった。
「本当だ」
 咲良が笑う。その笑い方は何とも言えない、不思議な、ふわふわした感じがして、なんだかまともにその顔を見ることが出来なかった。当てもなくさまよう私の視線は、偶然、晴れかけた空に架かる虹を見つけた。
「あっ、虹!」
「おー」
「凄ーい」
 私が虹を指差すと、皆がその虹に目を細めた。その中で、一人だけその虹とは違う方向を向いている咲良がいた。
「ねぇ、何やってるの?」
「え?」
「虹はあそこだよ?」
「ううん。私、もう1つの虹を探してるんだ」
 皆がきょとんとした顔で、咲良を見ていた。その視線にたじろぐ事もなく、咲良はそのふわふわした笑顔で言った。
「虹が架かっていたら、その外側にもう1つ、色の順番が逆になってる虹があるんだって」
「ホントに? 見えないじゃん」
「ホントだもん。今度また虹が出来たら、探してみてよ」
 咲良は田舎者だけど、私の知らないことをたくさん知っている。私は、彼女を正直に尊敬してるし、みんな彼女の不思議な部分に吸い寄せられるように集まってくる。でも、とても寂しそうに見えないのに、時々寂しそうな顔をするのが、私は不思議だった。
「……ねぇ」
 咲良が立ち止まった。
「何?」
 皆の視線の先にはもじもじしている咲良の顔があった。
「……実は、私、初ディズニーなんだよね」
 咲良は、恥ずかしそうに言った。
「えー? じゃあさ、色々案内してあげようよ」
 女の子の一人、恵が言った。
 その直後「一番最初に乗るべきアトラクション」についての議論が燃え上がった。
「ありがとー。なんか、恥ずかしいなー」
 そう言って、咲良は嬉しそうに傘を回した。
「ねぇ咲良、もう雨止んでるんだけど」
 誰かが言った。
「あっ」
 その後、皆で笑った。


 午後4時20分。
『まずは都心から、爆弾を爆破していく』
『たった今、予告通り、東京ディズニーランドのアトラクション全てが爆発しました!!』
『ごきげんよう』

 その場が凍り付く思いだった。
 今、私は東京の駅前にいる。
 大学で知り合った友達とディズニーランドで遊び、それから適当なカフェに寄った帰り、私達はその一部始終をテレビを通して見た。
 混乱に飲み込まれ、友達と離れ離れになり、そしてついに1人になり、駅前に立ち尽くしている。
 テレビでは実際に爆破されたディズニーランドの様子が映し出されていた。現実に起こっていることとは到底思えないけど、そこは紛れもなく私たちの思い出のディズニーランドだった。
 テレビから視線を移すと、人が殺到した、混乱と恐怖と焦りが満ちている駅の様子が、今度は3D の迫力で見えていた。これが現実なんだ、と思うと、とても悲しくて、怖かった。
 まだ、2時間程の猶予はあるのに、混乱が街中を多い尽くしていた。
 バスは1つ残らず出発してしてしまい、電車は、来ても乗ることは出来ないだろう。
 さらに、東京から県外に行く移動手段――それも出来るだけ遠くへ行けるもの――は、ほぼ機能停止する程に混乱し、東京を出られなくなっていた。
 その時、花火で聞こえるようなドン、という音がした。何度も花火のような音が鳴り、駅の外にいる人は不思議がっていた。しかし、駅の中ではその音は混乱にかき消され、何の意味も持たなかった。
 何が起こったのか分からずにいると、しばらくしてニュースが聞こえた。
『東京駅と繋がっている線路が次々と爆破され、封鎖されました!!……空港の飛行機も爆破され、450人の死傷者が出ています!!……こ、高速道路も、橋も爆破!?』
 絶望的な心地だった。
 首都には恐らく、大量の爆弾が仕掛けられているだろう。
 そして、予想していたように線路や道路を爆破、逃げ道を塞いだ。
 じゃあ、もしかしたら……
「もしかしたら……」
 独り言が、口をついて出てきた。
 誰も聞かなくていいはずなのに、誰かが、その声を拾った。
「何が浮かんだのかい?」
 ビックリして、隣を見た。
 背の高い青年が立っていた。私はその顔を見上げた。
「もし、何か考えが浮かんだなら僕に教えてくれないかな」
 暴走する街の中で、その妙に落ち着いた声に、私はちょっとだけ安心した。
 そのせいか、それとも普段とは違う状況に置かれたせいか、私は考えをその見ず知らずの青年に話し始めた。


「……うん、面白い」
 青年はしきりに頷いた。
「僕の考えとは少し違うけど、大体は同じだね」
 そして、彼は声を潜めて言った。
「……僕は国際特殊警察なんだ」
「……え」
「このままで話すのもなんだから、少しここから離れようか」
 青年はそう言って笑った。


 人のいないビルの中、私達は隠れるように座っていた。
「この事件の首謀者は、河原崎健一郎って名前で、6年前は爆弾魔として指名手配されていた人物なんだ」
 聞いたことはある。
 その人は既に逮捕されていたはず。
「君も知っていると思うけど、彼は5年前に逮捕された。だけど、わずか3ヶ月で脱走したんだ」
「でも、国際警察が動くのはやりすぎなんじゃ……」
 私は正直な質問を彼にぶつけた。少しの沈黙の後、彼は真剣な顔をして、その答えを口にした。
「……彼は以前に、『個人で』核実験を行った事があるんだ」
 沈黙。
 外で騒いでいる音が聞こえてくる。
 それと同時に、じわじわと衝撃が沸き上がってくる。
「僕は、日本に核爆弾があるという報告を受けて、1週間前から調査をしてたんだ」
 青年は私の目を見て、言った。
「もしかしたら東京は、核の脅威にさらされているかも……」
 そこまで言った時、青年はいきなり銃を構えた。その突然の動きに驚いて、私はのけぞった。
 私が誰かの気配に気付いたのは、その少し後だった。
「なんだ、樫尾か」
「坂下、そんな所で何やってるんだ?」
 樫尾と呼ばれた男は、銃を私に向けたまま坂下に尋ねた。
「大丈夫。この人は河原崎の仲間じゃないよ」
 坂下がそう言っても、しばらく樫尾は私の方をじっと睨んでいたが、その後ようやく銃を降ろした。
「坂下が言うんだったら間違いないな」
 一方の私は冷や汗をかいていた。
「……大丈夫、と言えば大丈夫だ。このビルには爆弾はない」
「そう。それより、東京で間違い無さそうだ」
 坂下が私の方を見た。
 その視線に引っ張られて、樫尾も私の方を向く。
「この娘、凄く推理力があるんだ。だから話を聞こうと思って」
 それを聞いた直後、樫尾は肩をすくめた。
「……坂下も坂下だが、コイツもコイツだな。今時知らない人に付いていくとは珍しい奴だ」
 私は顔が火照るのを感じた。
「……だが、そうなるとなんの為のテレビ放映だ?」
「多分、予告して、自分に従わなかったから、爆破したと言う、正当性が欲しかったんだと思うよ」
「……はあ」
「聞いたろう? 河原崎は逃げ道を可能な限り塞いでいるんだ。目的ははっきりしている。違うかい?」
「確かにそうだが……だが、だとすれば、国会云々の事は意味がないじゃないか……!!」
「うん、彼は国会には興味がないことになる……いや、あっても損はしないものだろうけど」
「……そうか」
「ど、どういう事?」
 私は既に、会話に付いていけなくなっていた。
「君は、僕と会ったとき、同時爆破テロ……つまり、無差別爆破をするかもしれないと言ったね」
「は、はあ」
「それを大規模にした物だ……多分、東京に核爆弾が仕掛けられている」
「……!」
 私ははっと息を呑んだ。
 樫尾が、渋い顔をした。
「……要求が通らなかった時、政治の中枢ごと爆破する気か」
「……そう。要求がもし通れば、彼が何をするか分からない……最悪、世界中に核を……いや、待てよ……もう世界に核をばらまいているかもしれない!」
「どうしてそこまで……!!」
 私は思わず叫んでいた。
「覚えてる? 彼は、ホワイトハウスを爆破しようとして、捕まったんだ」
 坂下がそこまで言ったとき、河原崎を突き動かす目的が見えてきた。
 どうしてそういう答えに辿り着いたのか、自分でも分からなかったけど、私は、そのとても非現実的で、遠い昔に聞き慣れたその言葉に、私は一種の確信すら覚えた。
「世界征服……!?」
「もしかしたら、ね」
 そんな理由で……。
「要求は多分、受け入れられない。そして、世界への見せしめとして、核爆弾が爆破される。自分に逆らえばどうなるか、全世界に見せつけようとするだろうな」
 坂下は携帯を取り出した。
「今すぐに本部に連絡しよう。世界に核がばらまかれた可能性があるから、全世界に警察を……」
 その時、坂下の目から生気が一瞬にして消えた。
 樫尾が銃を構える。
 坂下が倒れる。
 銃声はない。
 なのに、どうして坂下が倒れている?
 私は、坂下から血が流れるのを見た。
 周りから音が消えた。
 死んでいる……の?
 背筋がざわついた。
 怖い。
 『バン!!』
 銃声。
 音が戻った。
 私の周りから消えていた景色が再び広がった。
 ここは、ビルの中。
 気付くと、すぐ側で樫尾が銃を構えていた。
 そして、その奥に、冷たい瞳をした咲良がいた。
 ……え?
「ちっ……サプレッサーかよ」
 2人は走り出し、撃ち合いを始めた。
 ……どういう事なの?
 目の前で、銃撃戦が繰り広げられている。
 しかし、それ以上に、私には理解出来なかった。
 咲良。
 どうしてそこにいるの?
 なんで……。
 その時、咲良と目があった。
「さく……」
「……ごめん」
 咲良の目は、悲しみの色で埋め尽くされていた。
「やめて……そんなの……やめてよ」
「……」
 咲良の目が、再び冷たくなった。
 同時に、カチャリ、という音が後ろで聞こえた。
 気付くと、私を挟んで2人が向かい合っていた。
「そこをどけ」
 私は、樫尾に振り返った。
「……」
「どけと言っているんだ」
「……めてよ」
「?」
「もう止めてよ!!」
「どういう事だ……!!」
 樫尾が歯を食い縛る。
「もう、咲良と戦わないで……」
 樫尾の顔に、困惑が走った。
「お願……」
 次の瞬間、私の耳を何かがかすめた。
 それが弾丸だと分かった時、樫尾は横に跳んでいて、私の横を抜くように銃を構えた。
 周りがスローモーションに見える中、私は咲良の声を聞いた。
「……ごめん」
 体が固まった。
「何……言ってるの……?」
「私……親を亡くしてから、ずっとこの組織にいて、友達もいなかったの……でも……」
「やめて……」
「こんな私でも、普通に楽しく生きれたんだ」
「やめてよ、そんな……」
「ディズニーランド、楽しかったよ……」
 私は、何も言うことが出来なかった。
 後ろで、咲良が微笑むのが分かった。
「……ありがとう」
咲良のその言葉を聞いた直後、世界が再び正常な時間の上を歩き始めた。
 そして、銃声が鳴り渡った。
 ドサリと重たい音がして、辺りは、静かになった。
「……河原崎の仲間が、東京にもいるとはな……」
 そう言って、樫尾は私に向かって、大丈夫か、と聞いてきた様な気がしたけど、私には聞こえなかった。
「…………なんで……」
 私はもう、訳が分からなくなっていた。


「……知り合い、だったのか」
 坂下は、即死だった。
 咲良も、もう動かなくなっていた。
「……どうする。今なら、これ以上は事件に関わらずに、もしかしたら、生き延びるかもしれない」
「……」
「特殊警察としては、このままいなくなってくれた方がいい」
「…………」
「ただ、友を奪われた者としては、一緒に戦ってもいいかもな、と思っている」
 樫尾は、何を言ってるんだ俺は、と頭を掻いた。
「……ただの足手まといにしかならないかもしれないのにな」
「…………」
 樫尾の目が、真剣になった。
「……さっきのは俺の勝手だ。どうするかは、お前が決めろ。それに、俺は反対しない。たとえ足手まといになろうが、俺がカバーしてやる」
 樫尾が声音を強めた。
 どうしたらいいのか、私には分からなかった。
 だけど、私は関わってしまったのだ。
 死を待つか、戦うか、選べるとするなら……。
「…………行きます」
 私は、樫尾の目を見た。
 樫尾は険しい顔のまま、言った。
「何か運動経験は?」
「……フィールドホッケーをずっとやってました」
「ほう……充分だ」
 そう言って、樫尾は私に向かって拳銃を1つ投げた。
「坂下の物だ。そいつを常に身に付けておけ。それと……」
 樫尾は携帯電話を取り出した。
「俺達特殊警察専用の通信機器だ……さあ、行くぞ」
「……何処へ?」
「都内に核爆弾がある確率が極めて高い。その核爆弾を探し出して、止める」
 そう言って、樫尾は歩き出した。
 私は、代わりに咲良の方に歩いていった。
 咲良の手には、まだ拳銃が握られていた。
 私はそれを咲良の手から外し、それをポケットに突っ込むと、樫尾の方へ駆け出した。

 ――現時刻、4時53分。

       

表紙

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Neetsha