Neetel Inside ニートノベル
表紙

<吸血妖精 EL-FIRE>
Prologue...

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 エルフって耳長くて何か得があるの? ってよく聞かれる。たまにツンツン触ってくるやつは殺す。
 ま、言われてみれば、あまりない。
 特別小さな物音が聞こえたりしないし、構造上福耳にはなれないのでいつも貧乏。
 私たちエルフは質素で温和で、というイメージは貧困から来ているのかもしれない。それも大昔の話だ。
 いま、あまり職にあぶれたエルフというのはいない。
 魔法を人間に教えていれば金には困らない。科学技術はニュートンやアインシュタインの呪縛からとうとう脱出できなかった。そこで魔法の出番。
 人類はいま、空前の魔法ブームでネコもシャクシも魔法と魔術のトリコなのだ。二十一世紀も半ば、新たなる産業革命にオカルトを取り込んだ人類はますます繁栄している。
 ただ、残念なことに、人間は私たちのようにデキがよくない。だから魔法を覚えるのに時間がかかる。
 稀に「おまえ実はエルフなんじゃね?」ってやつがいるけど、そういうやつは魔法省に拉致られて人体実験を受けるのが常。というのは都市伝説=ガセ。
 学園都市に住んでいればくだらない噂話が流布して当たり前だ。
 そう! 学園都市!
 いい響き。ロリとお姉さんにはない芳醇な香り。なに? アクセラレータ? 知らないそんなヤツ。
 そんなことより制服の色について語り合いましょう。私の通う高校はダークグリーン。森っぽいでしょ? 私たちエルフには緑を愛する血が流れているのでとても落ち着く。
 でも、残念ながら、私の制服はいま真っ赤になってしまってる。ご想像の通り、出血だ。
 エルフは緑色の血が流れているとか噂はもうだいぶ前に絶滅したけれど、これで証明の補強になるだろう。
 深夜、実験施設区画に人気はない。点々と立ち並ぶ街灯は熱の出ないタイプなので、街はとても冷たい空気に浸されている。
 私の目の前には黒い人影が立ち、街灯の逆光を浴びて黒いシルエットになっている。
 そう、黒い。
 そいつは黒かった。黒いスーツを着て黒いマントを羽織って黒いスラックスに黒い革靴。まるで派手な金髪碧眼を少しでも嫌味じゃないようにしたがっているようだ。十分嫌味だが。なにが金髪碧眼のイケメン野郎だ、私の青髪金眼だって負けちゃいない。
 しかし、今は自慢の青髪も、血でべっとりと汚れちまっている。
 それもこれも、この野郎に襲われたせいだ。
 野郎は、手に持った剣についた血を赤黒い舌でなめた。
「血が、こんなに甘くて美味いとは知らなかったよ。吸血鬼になるまでは、ね」
「いちいち間とって喋ってんじゃねーわよキザ野郎。殺したきゃ殺せばいい」
「…………」
 吸血鬼は気分を害したらしい。ぴくぴくっと細く整った金眉が痙攣する。
「気に食わないな、その態度。もっと怖がりたまえよ」
「うるせーわよ黒ずくめ。ユニクロか? ユニクロなのか? ぎゃうっ」
 腹を蹴られた。ぐぐ、思わず泣きそうになる。が、ここは我慢だ。
「糞アマ……このエルフ風情が」
「ふん……あんたら吸血鬼が何を言うのよ。人間がエルフに近づこうとした結果があんたらでしょうが。このテロリストども、私を殺せばすぐに学園都市が動くわよ。ハハハ、ざまあみろ。剣耳部隊に二度と転生されないように魂を砕いてもらうといい」
「……ほう。じゃあ俺は、これから君を殺しても殺さなくても破滅するわけかね」
「ああ、短い栄光だったわね。ま、不死者の宿命ってやつ?」
 吸血鬼はばさっとマントを翻した。
「よかろう」
「よくねーし」
「では、俺はこれから私が助かる道を往くとしよう」
「私に土下座して靴をなめて糞箱買ってくれたら許してあげるけど」
「無駄口もそこまでだ……」
 吸血鬼は剣を鞘におさめ、片膝をつき、壁にもたれかかった私と視線をそろえた。その眼に見つめられると、幸せな気持ちが涌いてくる。吸血鬼の魔眼だ。私は頬の肉を噛んで幸福感を追い払った。血の味がする。
 吸血鬼は桃色の唇をうごめかして囁く。
「たったひとつの冴えたやり方が残っていたよ」
「よかったねおめでとう、じゃあとっとと糞箱を……」
 ぐわっと、尖った歯と赤い歯茎が、





 私の首筋に噛みついた。




 ぞぶり、と牙が私の肉へ埋まり、そこから痺れるような痛みが迸る。私は声も上げられず、眼を見開き、虚空に手を伸ばした。
 冷たい感覚が首から脳へと這い上がってくる。
 血を吸われているのか、入れられているのか、わからなくなる。
 頭の中に声が響いてきた。
 ――ふふふ、吸血鬼がテロリスト? 背信者? よかろう、ならば君も同じモノにするだけだ。俺の傀儡となって、エルフどものスパイとして働いてもらうことにしよう。
 吸血鬼は私の首から牙を離し、そこから滴る血を袖で拭った。
「さあ、最初の命令だ。私の靴をなめろ」
「…………」
「……ふん? 死んだか? エルフを吸血鬼にするのは失敗したかな。ま、いいや。それならそれで……学園都市などエルフどものみしかおそるるに足らず。まずは、徐々に人間を吸血鬼として増やしていくとしよう」
 吸血鬼は甲高い足音を残して去っていった。
 っぷはぁ。
 ふう、やれやれ死んだフリをするのはタイヘンだった。どうやらエルフを吸血鬼にはできないらしい。眷属になったなら、私はやつの命令に従っていたはず。
 まったく、あの中二野郎、すぐに通報してお縄にしてくれるわ。
 私は携帯端末を取り出した。メール、電話、ネット接続、なんでもできる優れもの。でも、耐久性に難があって、私のモノも衝撃で内部がやられたらしい。振っても叩いても動きはしない。
 これでは、どこか人のいるところまでいかなければ通報できない。ツイてない。
 こんなんなら実験棟に忍び込んでテスト用紙盗もうなんて思わなければよかった。
 私は携帯端末を仕舞おうとして、ふとそれが今、鏡の役目を果たしていることに気づいた。
 まさかね。
 おそるおそる、口を開いてみる。












 長い長い、刃のような牙が、そこにはあった。

       

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