Neetel Inside ニートノベル
表紙

<吸血妖精 EL-FIRE>
Blood 2  わたしのパスは凶暴です

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 泣き続けるパスを引っ張って、私は湿地帯に足を踏み入れた。湿った空気が悪霊のようにまとわりついてくる。
 パスは私の「副校長頼っとけばなんとかなんじゃね?」作戦に概ね同意してくれた、と思う。すすり泣きが怨恨から悲哀レベルまで落ちているし。
 まァ教職員なんて国民の税金で養われているのだから酷使してあげないとかえって罪悪感で死んじゃうだろう。そんな細かな気配りもできる私。ふふん、惚れてもいいぞ?
「ねえリリス、あれなに……?」
「えっと、なんだろ。まァ怖がってるときって枯れ木もお化けに見えるからね」
「人影に見える」
「地球のチンコだよ」
「あのはためいてるのは?」
「ティッシュ」
「パス……あなたがそんな下品な子だったなんて」
「ちょっと! 連続で喋って私がヒワイな子みたいにしないで!」
 そうこうしているうちに地球のチンコがこっちを向いた。長い牙に赤い瞳。もう猥談で誤魔化すこともできない。
 吸血鬼だ。
 私を噛んだやつとは違う。髪は黒く、ちょっと猫背だ。
 マントの下には学生服を着ている。あの焦げ茶色の制服は、お隣のバッシュグルーヴ学院のものだったと思う。ということは、元学生か。ひょっとして今も?
 私は両手を挙げて降参した。
「たのもー。そこを通してくれたら、いまここでパンツとブラを脱ぎます」
「なにっ! それは本当か」
 プール一個分の距離を隔てていても、吸血鬼が眼を大きく見開いたのがわかった。
「おもち。交渉成立?」
「おもち。早く脱ぐんだ!」
 世の中バカが多くて助かる。
 吸血鬼は元になった生命体のスペックを大幅に上げるのだ。
 それが、ただの気弱な女子であっても、その機動力は上空二十メートルに音もなく飛び上がるくらい造作もない。
「シャア――――――――ッ!!!!!」
 身も凍る雄たけびをあげて、空中から飛び上がったパスが降ってくる。吸血鬼がこちらを向く前に以心伝心、視界の外へ跳ねていたのだ。
 そして今、ちょっとした鉤のように伸びた爪で、吸血鬼を真上から切り裂こうとしている。
 吸血鬼は呆けたように突っ立ったまま動けない。
 ぞぶり、と。
 吸血鬼の頭に、パスの爪が食い込んだ。頭蓋の途中で止まったらしく、五本の爪は頭部五分の一で停止。
 でも私のパスはマジハイスペック。雄たけび一つ上げてそのまま顎まで一気に引き裂き、敵の頭部を五分割してみせた。やるじゃん。さすが私のパス。
 頭部を失った吸血鬼は、その場にどう、と倒れこんだ。とぷとぷと首から血が流れ出しているが、まァやがてそれも止まるだろう。
 朝日を浴びれば証拠も残らぬわワハハハハハ。これぞ完全犯罪。
「ふう」
 パスは爪についた血をぺろぺろなめていた。
「もうすっかり吸血鬼だね~パス~」
「え? ……わわっ、わたたたわたしななななななんてことを、ひゃあ~!!!!」
「いいよーその反応すごくいいよー。ハジメテって感じがグッとくるネ!」
「ひいん……なんで私がこんな目に……」
 立派なレイプ目になったパス。いじめたくなるその可愛らしさを見ていたら、なんだかまた首筋をがぶりといきたくなったけど、吸血鬼の血は吸っても美味しくないらしいから、ま、やめておこう。
 いまおなかを壊すのはヒジョーにマズイ。ババアの執務室に辿り着いたら日の出でしたなんてことになったら私のピチピチボディがカサカサアッシュ(灰)になってしまう! ……おい今おまえのセンスがババァっつったやつ誰だ? 四十秒でブチ殺してやるから覚悟しろ。
 私が宇宙の果てから真理を見守りし神に喧嘩を売っていると、突然パスが私を突き飛ばした。
 は、反抗期? 私はちょっとマジでショックで泣きそうになった。あんなに優しかったパスが……。
 しかし、しりもちをついた私が見上げたのは、首なし死体に抱えられたパスの姿だった。
「パス!!」
『ふふふ』
 吸血鬼は頭部を失ったので、空中に血文字を描いていた。
 ふふふってわざわざ書くなら(笑)でもいいんじゃないだろーか、とかこのタイミングで考えたらヒーローとしてはマズイかな?
『残念だったな。吸血鬼は頭部を潰されたくらいじゃ死なねえんだ』
 首をかき抱かれたパスが苦しげに呻く。
「り、リリスぅ……」
「パスを離せっ!!!!!」
 よしキマッた――――――!!!!!!
 発声、音量、滑舌、どれを取ってもマジ主人公って感じ。
 ふ~、噛んだらどうしようかと思った(笑)
『てめえら、IDのねえ吸血鬼だな?』
「ID?」
『俺たち吸血鬼は、誕生したら上位眷属に存在をギルドに登録してもらうんだ。それがない野良吸血鬼は、敵とみなすってわけ』
 なるほど、私はあの厨二病に死んだと思われてるから、IDがないのも自然の流れだ。野良である私に噛まれたパスも。
『ふふふふ、そういうわけでてめえらは俺様のポイント稼ぎを手伝ってもらうぜ。まったく、最近は手がこんでてよ、死んだフリして上位眷族から逃げ出す野良がたまにいるんだよな。エルフと人間を支配するために、まずは馬鹿な同胞殺しをしなきゃならねえとは。ああ、可哀想な俺』
「確かに可哀想……もうク○ニできなくなっちゃったもんね……」
 ぴしっ、と宙に浮かぶ血文字にヒビが入った。パスがそれをおそるおそる目を寄せて見上げる。
「――ってそこのパスが言ってましたァ」
「私――――――――!? じょ、冗談やめてよリリスのばか! 言ってません思ってませんそんなことぜんぜんないです――――! な、なんでもするから許して……」
 だが吸血鬼にもう冗談は通じなかった。
『てめえらはゼッタイに殺す。一人ずつ、確実にな』
 吸血鬼の血文字がぱりんと割れ、黒い粒になった。
 霧だ。
 パスの身体を捉えていた身体も霧状になり、パスがよろける。解放されたかに見えたが、すぐに霧が細く連なった鎖となって、パスの身体を縛り上げた。
 どこからともなく吸血鬼の声がした。
「はははは、次はおまえだ、長耳野郎ッ!!」
 吸血鬼の霧は悲鳴をあげるパスを、湿地帯の奥、森のなかへと連れ去っていった。
 私は、とんとん、と爪先で地面を叩き、ぐっと背筋を伸ばして、森の向こうにあるダージェルハイム学院の尖塔を見上げた。
 どうやら、寄り道はしなくて済みそうだ。

       

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