Neetel Inside ニートノベル
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カインド・オブ・ブルー
第8話『その力』

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 ダスロットは、背中から引き抜いた巨大なダンベルを二分割して、それをハンマーの様に振り回す。
 ゼンはそれをバックステップや飛び込みで避けながら、レンチを打ち込むタイミングを計る。しかし、エボラで戦った時の様な隙は見えない。
「隙が無いなら……!」
 動き回ることを止めたゼン。レンチを構え、振り下ろされたダンベルをレンチで叩き落とし、跳び上がったゼンはダスロットの頭へフルスイング。
「ぬッ!」
 ダスロットはそのレンチを掴んで、ゼンを壁に叩きつけた。
「はっ……!」
 体の空気が一気に追い出され、ゼンはたまらず地面に尻を落とす。
「ふんぬぅ!!」
 ダンベルがゼンに振り下ろされる。それをレンチで受け、鍔迫り合い。
「どうしたサイ・プライマリーの息子……?」
「うるせえ……! お前が父さんの名前呼んでんじゃねぇ……!!」
 歯を食いしばって、思い切りダンベルを弾き飛ばし立ち上がる。ダスロットと向かい合ったゼンは、息を整えてからナイフの様に目を細くしてダスロットを睨みつけた。
「お前。なんで空賊なんかやってる」
「お前は何故我に興味を持つ」
「だって、いいことした方が気分いいじゃねえか。わざわざ悪いことするのは、気が知れない」
 笑いをこらえるようにして、ダスロットはうなだれる。
「なるほど、貴様はそういう考え方か。……我は違う。強い者と戦うことこそに意味がある。最強への高見へ登ることが、生まれてきた意味なのだ。それには空賊がちょうどいい」
「……やっぱり俺にはわかんねえ」
「ふん。わからんならそれでいい。もとより理解を得ようとは思わん」
 ダスロットがダンベルを振りかぶり、ゼンもレンチを横に振りかぶり、互いの得物がぶつかり合う。鈍い音が艦内に響き渡り、ゼンの腕にも衝撃が走る。二人の得物は超重量級であるにも関わらず、そうは感じさせない速度で飛び交う。
「はっは! やればできるじゃないか!!」
「うるせえ!!」
 ゼンの筋肉が盛り上がり、ダスロットのダンベルを叩き落とした。しかし、もう一本のダンベルがゼンを薙払った。壁とダンベルの狭間に挟まれ、レンチを落としてしまったゼン。
「いっ……」
 全身が満遍なく痛み、体が軋む。腕を上げようとしても錆びついたかのように上がらない。
「サイ・プライマリーの息子。サイの行方を知っているか。教えれば命は助ける」
 ゼンを見下し、その頭を掴むダスロット。持ち上げられ、抵抗することなく、腕を下げるゼン。そのまま小さく「……親父は、病気で死んだ」と呟いた。
「……病気?」
「知ってるだろ。マリー病」
 過去、魔女がまき散らした毒素を体に取り入れてしまった際に起こる病気だ。全身が黒ずみ、体の水分が無くなるという奇病だ。ゼンの父親である、サイはその奇病にかかり、全身を黒くして死んでしまった。
「……そう、か。戦う事は、叶わないか」
 ダスロットの表情は鎧で隠れてわからないが、声の調子からして悲しんでいることはゼンにもわかった。そのダスロットは、ゼンの頭を離して地面に落とすと、ダンベルを背に戻し、体を翻した。
「この場は見逃す。早くこの船から出て行け」
「……は?」
「見逃すと言った。弱い者を殺す気にはならん」
 ゼンの心臓が跳ねた。弱いと言われる事に大しての怒り。クアを守るために強くなろうとしたのに、それが叶わない。自分に対して、そしてそれを言ったダスロットに対しての怒りだ。
「……誰が、弱いって?」
 傍らに落ちていたレンチを掴み、それを杖替わりにして立ち上がるゼン。振り返ったダスロットは、そんなゼンを見て「無理はするな」とらしくない言葉を放つ。
「貴様は弱い。だが今は、という話だ。戦うための体はできている。だから今は引け。師を得ろ。戦いを学べば、いつかは我に届くやも……」
「それじゃ遅いんだよッ!!」
 ゼンは叫んだ。ありったけの気持ちを込め、スナッチ号が震えるのでは、というほどに。
「俺は今強くなきゃいけないんだ! クアを助ける為に!!」
「……なる、ほど。それは失礼だった」
 先ほど背に収めたダンベルを引きぬくと、それを頭の上に構えた。
「強くなる必要を、なくしてやる」
 そう言って、ゼンに向かって思い切り振り下ろした。
 体が動かないゼンは、レンチでそれを受けることもできない。死んだか、と諦めそうになるも、月の下で見たクアの笑顔が思い出されて、ゼンの心が燃え上がる。負けてたまるか、死んでたまるか。
「うおおおおおおおおッ!!」
 叫んだ瞬間、背中が爆発したかのような熱風を感じ、ゼンの筋肉が一瞬にして盛り上がり、レンチを持った手が動いた。そして、そのレンチでダンベルを砕く。
「なに……?」
 驚くダスロット。その隙に、ゼンはレンチで鎧を思い切り振り抜いた。
「ぬぐぅ……!?」
 ダスロットが膝から崩れて、うなだれた顔でゼンを睨む。彼の鎧は穴が空き、そこから覗く腹を押えながら、もう片方の手で頭の鎧を脱ぐ。
 初めて見たダスロットの素顔は、彫りの深い顔立ちで男らしいものだった。
「今の、力は……」
「は、力?」
 ダスロットは、それだけ言って倒れた。
 しかし、最後に出た力は、確かに自分のキャパシティ以上の物。不自然に思うが、それでもゼンは先へ向かって足を引きずり、歩き出した。

  ■

 クア・ロイツェは夢を見ていた。酒場、グリーングリーンでウェイトレスをしていた時の思い出。そこにはミーシャがいて、ボルトがいて、ゼンがいた。みんなで笑いあって、不安など一つもない。そんな夢。
 そして、それはクアを残し、全て暗闇に消えてしまった。消えないで。私を独りにしないで。どれだけ叫んでも、みんなは帰ってこない。絶望に打ちひしがれていると、クアの意識が戻った。
「……ん」
 まず見えたのは見知らぬ天井。灰色で飾り気の無い天井。
「ここは……」
 上半身を起こして、辺りを見回す。クアが寝ているのは、天蓋付きのベット。スプリングが力強い。広さは十人ほどでホームパーティーが開けるのではないか、というくらい。窓以外の壁を埋め尽くすように本棚が置かれ、部屋の中心にはコーヒーテーブルとセットの椅子二つ。
 捕まったにしては、随分豪華な部屋にいるな、と首を傾げながらベットから降りる。床には自分のブーツが置いてあり、見張りらしき人間がいない。
 今の内に逃げよう。クアは、部屋の隅にあるドアへ向かい、ドアノブを握る。ちょうどその時、ベットの横に開いた扉状の穴から、クアの姉であるフィー・ロイツェが出てきた。
「クア。目、覚めたのね」
「……お姉ちゃん?」
「そうよ? それ以外何かに見える?」
 柔らかな、春の日差しのような笑み。見紛うはずがない。確かに姉の笑顔。
「……どうして、なんで」
 どうしてここに。なんで無事なの。そもそもここはどこ。いろいろな疑問が溢れてくるのだが、上手く言葉が繋げない。
「ふふっ。まあ今はとりあえず」
 フィーは、クアに歩み寄ると彼女をしっかりと抱き寄せた。フィーの温もりに気が緩んで、クアの目からは涙が零れる。
「お姉ちゃん……良かった、無事で――!!」
 噛み締めるように呟き、フィーの胸に頭を預けて、自分の寂しさを相手に伝える様に涙をフィーの胸に流した。

       

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