Neetel Inside ニートノベル
表紙

カインド・オブ・ブルー
第11話『餓えている』

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 フィーは自分の親指を噛むと、そこから出た血で鉄の扉に字を書いた。それは魔女に伝わる言葉で、彼女達は『レリーフ』と呼ぶ言語。クアがアンからゼンを守った際に使用した石にも、レリーフは刻まれていた。その意味は壁。
 そして、フィーが扉に書いた文字の意味は爆発。
「クア、離れて」
 クアを押すと、扉とは反対側の壁まで行き、二人で伏せた。フィーはクアを守るように抱き寄せて、クアはフィーを離さないようにとしっかり抱きつく。 次の瞬間、壁に塗られた血が淡く、そして強烈に発光し、周囲の空気を吸い込み爆炎の雄叫びをあげた。二人の肌を震わせるほどの爆発で、ドアはただの穴へと姿を変えた。
「よし。オッケー」
 立ち上がり、ドアへ歩いていくフィー。それを追いかけるように立ち上がったクアは、「お姉ちゃん大胆……」と呆れずにはいられなかった。捕まっている身だというのに、隠密性の欠片もない。
 先を歩くフィーの背中を見つめながら、クアはまだ小さかった頃のことを思い出していた。クアが覚えている限り、彼女達は二回ほど都市船を引っ越している。魔女だと周りに気づかれた所為での引っ越し。二人はいつでも、互いが友人代わりだった。フィーの方が年上で、歩幅も大きいから、彼女は常にクアの前を歩いていた。
 生意気盛りの彼女には、それが酷く気に入らず。隣を歩こうと、早足で歩いた。しかし結局は、疲れたと根を上げ、フィーの背中におぶられていたのだから、自分は馬鹿だったなと、クアは懐かしんでいた。
「ねえ、お姉ちゃん」
「ん?」歩みは止めず、顔だけをチラリとクアに見せるフィー。
「覚えてる? 二人で歩いてる時、私がバテちゃって、お姉ちゃんにおんぶしてもらったこと」
「あー。あったわねそんなこと。あの頃のクアったら、負けず嫌いだった」
「うん。あの時は、お姉ちゃんだからって威張るな、みたいな気持ちだったの」
「ふふっ。威張ってたつもりはないわよ」
「わかってる。お姉ちゃんは、威張ったことないから」
 胸に手を置いて、クアはアルバムで見返すかのように微笑んだ。姉の愛情を理解することができたのは、本当に最近のことだった。
「お姉ちゃん、また私が歩けなくなったら、おぶってよ」
 振り返ったフィーは、歯を見せて笑うと、クアの額を軽く叩いた。
「甘えてると、置いてくよ?」
 額を押さえ、クアも笑ってしまい、「ごめんなさい」と冗談混じりに言った。


  ■


 ミーシャは、壁に寄りかかりながら、震える足を引きずって廊下を歩いていた。歩いているというよりは、辛うじて足が前に出ているレベルだが。
「まだ……足りないのよ」
 水道から水が一滴漏れるみたいに、ミーシャの口から独り言が漏れた。酷く力が無い声で、仮に誰かが隣にいたとしても、正確に聞き取れるかは怪しい。
「ちょいん?」
 進行方向にある曲がり角から出てきた一体のちょいん兵は、ミーシャを発見すると、小走りで近づいてきた。
「ちょいーん!」
 鎧のガシャガシャという金属音が廊下に響く。何を言っているかはわからないが、おそらくは「大人しくしろ」辺りの言葉だろう。ミーシャはキャスターを引き抜くと、体で隠すようにして構える。
 ちょいん兵が腰の剣を引き抜き、ミーシャに飛びかかった次の瞬間。ミーシャの体が風に揺れる葉の様に緩やかな軌跡を見せ、ちょいん兵を通り過ぎていく。
「……足りない」
 呟いた瞬間、ちょいん兵は膝から床に崩れた。それを確認することもせず、キャスターをホルダーに納め、また歩き出した。
 彼女の頭の中を埋め尽くす、「足りない」という言葉。彼女はその言葉が持つ意味に従い、欲望を満たす為に歩いている。
 眠くなったなら寝る。
 腹が空いたなら食う。
 たまったら発散する。
 それと似たような行動原理。『狂乱春雷(クレイジーサンダーロード)』は、最高に乾いていた。

「いいね。あんた」

 ミーシャが振り向くと、そこには空手の胴着を着た青年が立っていた。前髪をバンダナで押し上げ、剣山のように真上へ尖った赤い髪が印象的だ。
「強いじゃねえか。早いし」
「……あんたは」
「俺か? 俺はクーガ。クーガ・マイティってんだ。『単純豪快(シンプルイズストロンガー)』って呼ばれてる。まあ、ここの幹部だな」
 幹部。その言葉に、ミーシャはニヤリと笑って二振りのナイフを引き抜いた。ナイフがまるで、ミーシャの喜びを表すかのように光る。
「……戦いは好きか?」
 クーガの問い。
「好き」
「なによりも?」
「――なによりも」
 一瞬迷ってから、ミーシャは頷いた。
「人は殺せるか?」
「殺せる」
「上等だ」
 クーガは腰に提げられた二振りの剣を引き抜く。プラスとマイナスのドライバーが、剣のサイズになったような武器。
「二刀流同士か。仲良くシようぜ」
「そう……仲良く、ねっ!!」
 ミーシャの体が沈み、獲物を狙うサメのように浮上。ナイフを振るい首を狙う。一条の軌跡を描くが、クーガは剣で受け、鍔競り合った。
 その激突は一瞬で双方を弾き飛ばし、二人が叫ぶ。
「「イッツア・キリングタイム!!」」
 その言葉が二人を引き寄せるかの如く、再びぶつかり合った。


  ■


「懐かしいよなぁ、アズマ」
 グリードはロングコートのポケットから、赤いプラスチックのライターを取り出した。
「俺はよ、他のヤツらが裏切ることは予想してたが……。まさかお前が裏切るとは、思ってなかったぜ」
 口角を上げ、胸を張り、アズマを見下すグリード。愚か者を見下し、嘲笑うかのような表情。
「裏切ったつもりはないです」
「いやぁ、見事に裏切ってるな。裏切るっつーのはよぉ、仲間だったヤツに、得物を向けることを言うんだよ。世話してやったのになぁ、親不幸者だな。アズマ」
 アズマの、刀を握る手がピクリと動く。何の感情によって動いたかはアズマにも定かではないのだが、とにかく動いたのだ。それを悟ったのか、グリードはポツポツと語り始めた。
「何年前だったかなぁ。お前が俺のとこにきたのは」
「……十五年前」
「そうだそうだ。十五年前だ」
 わざとアズマに思い出させようと、断片的な質問を投げかけたグリード。その企みにまんまとハマり、アズマの脳裏にはグリードと初めて出会った時のことを思い出していた。


  ■


 十五年前。アズマの住んでいた都市船サンライズは、先の大戦で一度滅んでいる。在りし日のグリードは、一人砲弾や爆薬で荒れた街を歩いていた。瓦礫を蹴り、金目の物はないかと探索をしているのだ。この時ディライツはまだなく、グリードは一人都市船を渡る旅人だった。
「おい、おっさん」
 そのグリードの前に、自分の体ほどありそうな太刀を腰から提げた、黒髪の少年が現れた。体は傷だらけ、服は所々裂けた、戦争で生み出された孤児。
 その少年は、グリードを睨み、腰の刀に手をかけた。グリードの皮膚に、ピリピリとした感覚が突き刺さる。少年が放っている殺気。
「金と、食い物を寄越せ」
「俺がその二つ、持ってると思うか?」
 少年はピクリとも動かない。グリードはニヤリと笑って、ロングコートの内側から、骨付きの生肉と、掌いっぱいの金貨を取り出した。
「まあ、持ってるんだなこれが」
「それを寄越せ」
「やると思ってんのかよ。俺も腹が空いてるし、欲しい物だってある」
 グリードは大きく口を開け、生肉にかじりついた。ブチブチと筋が切れるような音がしと、ごりゅごりゅと弾力のある音がする。
「あーうめえ。油が乗ってやがる。歯ごたえもたまんねー」
 よほど腹が減っていたのか、少年の腹からぐるぐると、犬の喉みたいな音が鳴った。その音を合図にしたようなタイミングで、少年は刀を引き抜こうとする。
「甘い」しかし、グリードが足で刀の柄を押して、刀は抜けない。グリードは刀から足を離して、少年の頭を回し蹴りで撃ち抜く。ノーガードだった彼は、突風に煽られた看板のように飛び、地面に叩きつけられた。
「う、ぐ……っ!」
 地面を押す。ふらつく足で立ち上がると、少年は呼吸を消す。その瞬間、少年の存在が消しゴムでかき消されたようになくなった。
「……なに?」
「おおっ!!」
 いつの間にか目の前に現れた少年は、すでに刀を振り抜いていた。迫る刃には少年の殺意が込められているが、脅威はない。グリードは易々と、その刃をブーツで受けた。彼のブーツには、脛部分に鉄が仕込まれている。受けてもダメージはない、が。なぜかグリードの太ももに、一筋の赤色が滲んだ。
「あ?」
 見れば、受けた足の太ももに小さな傷が出来ていたのだ。まさか自分が子供から傷を受けるとは思わず、反撃を恐れた少年が自分から距離を置いたことを見逃してしまった。
 しばらく少年を見て、グリードは「おいガキ。お前、名前は?」
 剣と殺意を納めないまま、少年は力のこもった声で呟く。
「アズマ・ムラサメ……」
「そうか。ガキにしちゃ、いい感じだな。いいことも悪いことも、生きるためにはどっちも関係ねえ、ってか」
 そう言って、グリードは骨付き肉を取り出し、それをアズマに投げた。危なげなくそれをキャッチしたアズマは、多少警戒しながら、遠慮がちに一口。一口食べたら止まらなくなったのか、また一口、また一口と勢いよく食べて行く。
「お前、親はどうした?」
「父さんは戦争に行って死んだ。有名な剣術家だったらしくて、激戦区に送られて、体がズタズタになって帰ってきた。母さんは後追い」
「両方ともか。災難だったな」
「人の両親が死んだのを、災難で片付けるなよ」
「この世のことは、大体災難で済むんだよ。――だが、お前の幸運は俺と出会えたことだ」
「は?」
「俺と一緒に来い。お前、ガキにしちゃ強い。一人で生きられるように、俺がお前をさらに強くしてやるよ」



  ■


「それから、二人でこのスナッチ号を奪って、仲間を増やして行ったっけな。セリス、アン、ダスロット、クーガ、カリン」
「忘れては、いませんよ。……俺の剣術が完成したのは、グリード船長のおかげです」
 目元を押さえ、グリードはわざとらしく泣き真似をしてみせた。声は泣いているが、口元は笑っている。
「そんな俺を、裏切るんだもんなぁ。アズマぁ……。俺がお前に、盗みや殺し。生きていく術は全部教えてやったんじゃねえか」
 違う。アズマの口だけがその形に動いた。声は出ない。アズマの胸に、罪悪感が芽生えているからだ。
「――違う!」
 胸の中で何度か繰り返し、アズマはやっと叫ぶことが出来た。
「俺があなたに教わったのは、悪事だ。生きる術じゃない! 生きる術は、違う人に教わった!!」
「ほう。誰だよ」
 泣き真似を止め、グリードは腰に手を当て、再びアズマを見下した。
「……ミルアと、ボルトさんだ」
「ミルア? ボルト?」
 ワケがわからないと、眉を釣り上げ表情で表すグリード。そして、アズマは淡々と語り出す。彼が空賊を、『旋風一閃(ソニックヴァーユ)』を辞めたきっかけを。

       

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