Neetel Inside ニートノベル
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カインド・オブ・ブルー
第14話『魔術師』

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 ディライツ本船、スナッチ号。その一階廊下において、向かい合う三人の男女。一人は、ディライツ幹部、五真柱のアンハッピー・オルテンシア。その彼に、ナイフを振りかぶるのは、ミーシャ・スプリント。
 彼女のナイフ――鋭い切れ味が特徴――キャスターの一閃が飛ぶ。アンの首を切り飛ばそうとした物だったが、アンは軽やかに跳んで避ける。
「ミーシャ!!」
 ついで、廊下に響く怒号。ミーシャは空中で反り返るように跳ぶと、彼女の後ろに立っていた少年、ゼンが自身の身の丈ほどはありそうなレンチを振るい、アンの腹を打ち抜いた――そう思われたが、アンは自身の傘でガードしていた。
(ふむ……コンビネーションは上々)
 まずは動きの早いミーシャが翻弄。隙を作ってから、パワーのあるゼンがタメの一撃を叩き込む。流麗と言ってもいい流れ。
「ならまずは――」
 持っていた傘をミーシャに向けると、先端が小さく爆発。弾丸が飛ぶ。しかし、ミーシャの前にレンチが伸び、弾丸を防ぐ。
「サンキュー!」
 そのレンチを飛び越え、空中からミーシャの双刃が的確にアンの急所を狙う。それを傘で防ぎ、体を揺らしながら避ける。地上からはゼンの重たいレンチが左右へ飛び、アンを抉ろうと動き回る。天翔る龍と血を駆ける虎の猛攻。それを、アンは流れる水のように捉えようのない動きで避け続ける。
「――ちッ。意外と速いじゃない。ゼン! 動き止めて!!」
「了――、解ッ!!」言うと同時に、ゼンはレンチを突き出し、アンの腰を掴んでレンチごと持ち上げた。
「よしっ! ナイスゼン!!」
 その瞬間、ミーシャの体が稲妻を纏い、一瞬でアンの顔面にストラトスを叩き込み、アンの細長い体をぶっ飛ばした。床に体を叩きつけられたアンは、そのまま動かない。ゼンとミーシャの二人は、様子を窺うべく、先ほどまでの激しい動きをやめてアンの動向にのみ意識を集中させる。
「……ミーシャお前、今日『雷速(ライトニング・ブースト)』何回使った」
 ゼンの低い声が、ミーシャの腹に落ちる。彼女は、アンに視線をやったまま、「二回」と手短に答えた。
「あの技はリスク高いんだろ。あんま使うなよ」
「うるさい。必殺技は伊達じゃないのよ。リスク恐れて使わないじゃ、意味ないじゃない」
「でも、あんま使うなよ。足震えてんぞ」
 ミーシャはすぐに視線を落とし、自分の足を確認する。しかし、震えてはいない。騙されたとわかったミーシャは、ゼンを睨んだ。普段であれば、その視線にすぐお手上げのゼンではあるが、そこは譲れない。
「いまの俺達はコンビだろ。お前が使えない必殺技の分は、俺が埋める」
 ミーシャの方は見ないまま、そう言い切るゼン。しかしその横顔は、決意に満ちていた。
「ふ、ふはは……。確かに、いまの動きは速かった」
 アンの声が廊下に染み渡る。それはまるで、じわりじわりと歩み寄ってくる悪寒のよう。
「しかし、不幸というのは、まるで通り雨に降られるが如く。お見せしましょう……」

 風に揺れる柳の木のような、力を感じさせない体使いで立ち上がり、唇を吊り上げ、笑みを見せるアン。舞台を前にした役者のように大袈裟な立ち振る舞いで腕を広げ、頭を下げた。
「アンハッピー・オルテンシアがお届けする、不幸の宴を」
 傘を構え直し、一足跳び。しかし、それは風に揺れる木葉程度の緩やかなもの。
「ナメられてるとしか思えないスピードね……!」
 頭の回路が耐えきれなかったのか、ミーシャはアンに向かって跳び上がる。キャスターを構え、喉を切り裂こうとしたが、アンは空中でもう一段ジャンプし、ミーシャを飛び越えた。
「「はぁ――ッ!?」」
 驚きの声をあげたのは、ミーシャだけではなく、ゼンもだった。ミーシャを飛び越えたアンは、一足先に着地し、悠々とミーシャを傘の仕込み銃で撃ち抜いた。
「ミーシャッ!?」
 地面に落ちたミーシャだったが、左肩を撃ち抜かれたらしく、そこから血が漏れ出していた。
「ぐっ……! あんた、さっきのジャンプは、なに……!?」
 痛みに声を荒げ、涙で潤んだ瞳でアンを睨むミーシャ。
「私の真骨頂、魔術でございますよ。タネも仕掛けもございません……」
 溢れ出る喜びを抑えられないらしく、口元を隠し、息を漏らすようにして笑うアン。

「魔術……って、もしかしてお前、魔女か!!」
 ゼンの叫びに、アンは眉をひそめ、ついでに首を傾げる。
「魔女ではありませんよ。私は普通の人間です」
「普通の人間が二段ジャンプなんて、できるわけないでしょうが!!」
 叫ぶミーシャ。穴が開いたその肩を、アンは思い切り蹴り飛ばす。
「あぐ、ぁぁぁぁぁッ!!」
 痛々しい、尖ったガラス片のように高い声が艦内に響いた。
「て――んめぇッ!!」
 ゼンの足が、怒りを活力に地面を蹴った。
「あなた一人で私に勝てないのは、エボラで実践済みでしょう」
 そんなことは百も承知。しかしそれでも、やらないわけにはいかない。怒りをアンにぶつけなければ、自分が壊れてしまうから。
「勝てなくても――ミーシャを傷つけたお前は、絶対に許さねぇ!!」
「そうですか、そうですか。……では、私の魔術を堪能していただきましょう。『降り注ぐ不幸(レインハッピー)』の真髄、お見せしましょう」
 そう言って、再び緩やかに跳ぶアン。ゼンはレンチを持ち直し、突っ込む。
(ヤツはなんでかわかんないけど、二段ジャンプが出来る。……だったら、リーチのあるこのレンチで、地上から迎撃する!!)
 レンチの有効範囲に入ったゼンは、地上からレンチを振るいアンをたたき落とそうとする。しかし、アンは空中で方向変換し、らくらくとそのレンチを躱した。
「な、二段ジャンプだけじゃねえのかよ――!?」
「もちろん」
 アンの足が、ゼンの顎を蹴り上げる。一瞬ゼンの背がピンと伸び、足元がふらついたものの、耐えてアンの足を掴む。
「――やろおおおお!!」
 そしてアンの身体を引くと、まるで野菜でも引き抜いたような抵抗を感じた。
(……なんだ。今の妙な感覚は)
 その違和感に取り憑かれている間に、掴んだ方とは反対の足に顔面を弾かれ、手を離してしまった。
「危ない危ない。足首粉砕かと思いましたよ。噂に違わぬ馬鹿力だ」
「あんまそう言われんの、好きじゃねんだ。せめて怪力って言ってくれ」
 そう言いながらも、今の違和感について頭を回していた。空中で人間を引いたなら、もっと安々と抵抗なんてないはず。
「さあ、もっともっと行きますよ!!」


  ■


「……機関室の場所なんて知って、どうするつもり?」
 そう言って、セリスは自身の後ろを歩くボルトに訪ねた。セリスは自身の糸で拘束されており、その末端をボルトに握られている。まるで犬の扱いだ。
「この船を人質替わりにすんだよ。エンジンを壊すって、船長に伝えて、ロイツェ姉妹を解放させる」
「人質なら私がいるじゃない」
「空賊の言う仲間なんか信用できるか」
 鼻で笑うと、セリスは機関室へ向けて歩き出した。ハイヒールの音が廊下を満たし、ボルトはセリスの後ろを歩き、一際大きく、頑丈そうな扉を発見した。観音開きのそれを押し、中に入る。
 部屋の中心に、いくつものパイプで支えられた青白い巨大な玉。エボラの船底にもある、雲を動力源としたクリーンな『ネオエンジン』だ。
「……ん?」
 そのエンジンの裏から、二人の人影が出てきた。
「ぼ、ボルト……さん、なんでここに!?」
「クアの嬢ちゃん……じゃねえか」
 出てきた人影は、クアともう一人、彼女によく似た少女だった。おそらく、彼女こそクアの姉だろうと、そのことについて尋ねようとした瞬間、姉の方が叫ぶ。

「逃げておじさん達ッ!!」


「あぁ?」
 ボルトが眉間にシワを寄せた瞬間、クアとフィーがボルトに向かって走ってくる。次の瞬間、空気が一気に弾け、ネオエンジンが爆発した。

       

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