Neetel Inside ニートノベル
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カインド・オブ・ブルー
第15話『決着』

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 エンジンの爆発。
 その発端は、捕らわれの身であったはずのロイツェ姉妹だ。彼女達がエンジンを破壊したことにより、ディライツ本船であるスナッチ号は墜落の危機に追いやられた。
 しかし、爆発は二つの偶然を呼ぶことになる。


  ■ゼン・ミーシャVSアン


 ゼンは、アンが振り回す傘の攻撃を防ぎつつ、反撃に出ようとするが、細い見た目以上に攻撃の手が激しく反撃できない。
(これじゃダメだ! このままじゃ、一発も入れないままやられる……)
 ミーシャは左肩を打ち抜かれているため左肩は使えない。なので下がらせ、今はゼン一人でアンと戦っている。
 覚悟を決めたゼンは、一歩踏み出す。一、二発もらう覚悟で、必殺の一撃を与える。今のゼンにはそれがベスト。
 振り下ろされる傘を肩に受け、若干の痛みに顔を歪め、体を捻り思い切りレンチをアンの腹に叩き込んだはずだったが、アンはジャンプでそれを躱す。
「弱ってる方から倒しておくのが――セオリーですね」
 その言葉通り、アンはゼンの後ろに立つミーシャに傘を向けた。
「ミーシャ!!」
 ゼンの叫びに、ミーシャは舌打ち。そして右手だけでストラトスを構える。
「させるかぁぁぁ!!」
 ゼンは、アンを叩き落とすようにレンチを振るう。それを避けるために、アンは再び二段ジャンプした。
 ――しかし、その瞬間。ロイツェ姉妹がエンジンを爆発したことにより、船が大きく揺れた。
「うわぁっ!!」
「ちょ――なに!?」
 ゼンとミーシャの二人は、何事かと辺りを見回す。無意識に揺れの原因を探した為だが、二人の目に飛び込んできたのは、ブラブラと空中で振り子のように揺れるアンだった。
 そして、二人は反射的に、アンの真上を見た。そこには、銀色に輝く一条の光。その正体は糸。じっくり見れば気づけるのだが、戦闘中にはおそらく無理だろう。反射的にゼンとミーシャは視線を合わせる。
「行くわよゼン!」
「了解!」
 ゼンのレンチの上に、ミーシャが乗り、それを思い切り振りかぶる。
「「うりゃぁぁぁぁぁぁッ!!」」
 そして、ゼンの怪力の威力とミーシャのナイフ捌きが一つになり、まるでゼンのレンチがアンを切り裂いた様に通り抜けた。
「ば、かな……!」
 二人の攻撃の衝撃に糸が耐えられなかったのか、アンの体が床に落ちた。
 ミーシャはゼンのレンチから降りると、手を挙げる。その意図を察したのか、ゼンも手を挙げ、二人はハイタッチ。
「イェイ! 楽勝!」
「いやー……船が揺れなかったら、どうなってたか」
 するとミーシャは、ゼンの肩に手を回す。
「おいおいおいゼンちゃんよぉ……。あたしが一度でも、負けたり苦戦したりしたこと、あったっけ?」
 あったよなあ。
 ゼンにはそれが言えなかった。
 確実にアズマ相手に何回か負けているし、ディライツ内でも苦戦しているはずだ。彼女の中ではなかったことになっているのか、その脳天気な思考構造が羨ましいと思えた。
「つーか、揺れ激しくなってない?」
「ああ、ほんとだ……」
 丸い小さな窓の外を見ると、雲が下から上へと流れて行く。
「……これ、落ちてるぞ!?」
「はあああああッ!?」
 ミーシャも、その窓をのぞき込むと、口をパクパクさせる。
「なんで!? どうして落ちてるわけ!?」
「た、多分エンジンが壊れたんだ……でもなんで……」
「原因はいいから! 脱出しないと! あーでも、あたしらが乗ってきたトラックは無茶な突入でグシャグシャだし……」
 徐々に涙目になるミーシャ。その肩を掴んで、ゼンは必死で励まそうと口を開く。
「大丈夫だって! ここにも船くらいある! 格納庫に向かって脱出するんだ!」
「でも……クアとクアのお姉さん、それにボルトさんや隊長はどうするの!?」
 ゼンは一瞬、頭を垂れる。
「俺が探しに行く。お前は先に」
「ふっ……ふざけないで! あたしも行く!」
「これは俺が招いた問題だ。お前にそこまでさせるわけにはいかない」
「うっさい! 行くったら行く!!」
 ゼンは、どうミーシャを説得したものか考え、頭を掻く。こうと決めたらミーシャは頑固だし、意地を張る。頭は岩の様に硬いのがミーシャだ。言い合いしている暇があるなら連れていったほうが早いのも、ゼンはわかっているのだが、彼も意地っ張りなのだ。
『……ボルトさん達、生きていますか!?』
 頭上から流れてきた声は、アズマのものだった。二人は、互いの顔から天井にあるスピーカーへ視線を移す。
『ディライツ船長、グリードの話によれば、この船、スナッチ号はエンジンの破損により、現在落下中。格納庫に向かってください。そこにある船で脱出してください!』
「おいお前ら!!」
 と、そこに走ってきたのは、クアとフィー、そしてなぜか上半身を縛られているセリスを引き連れたボルトだった。
「じ、じいちゃん……に、クア」
 ゼンは、クアと目線を合わせる。が、別れた時の気まずさを引きずっている所為か、言葉が出ない。なにか言いたげに身体を動かそうとしたり、口を開いたりをお互いしているのだが、気まずい空気を消す決定打を打てない。
「無事だったんだ……って、なんであんたまでいんのよ、ディライツの――セリスだっけ」
 そんな二人に気を使ったのか、ミーシャが口を開いた。セリスは、なんでもなさそうに唇を突き出し、「ほら、あれ。捕虜」と呟く。
「んなことより、脱出だ。アズマの言ってた通り、格納庫に向かうぞ」
 ボルトの鶴の一声により、格納庫に向かって走りだす事になった。


  ■アズマVSグリード


 アズマは刀を鞘に収め、腰を落とし、手を刀に添える。その構えは、村雨流古武術奥義、『風断(かぜたち)』だ。幼い頃、父親に見せてもらってから、独学で極めてきた、アズマの必殺技。
 彼に向かうグリードは、火の剣をアズマと同じく、腰まで落とす。彼の場合は、鞘なしの居合い、というような構えだ。
「ここらで決着つけてやる。いい加減、戻ってこいアズマ」
 その言葉は聞き流し、自分の集中力を極限まで高めていく。それはまるで、刀を研ぐ作業に似ていく。一心不乱に研ぎ石の上を滑らせ、徐々に尖っていく刃。そうなっていく自分の心を想像する。それはアズマが集中する時にイメージする映像だ。
 アズマとグリードの間にある空気が張り詰めていく。
 いや、それはアズマだけが感じているのかもしれない。グリードは、今にも口笛を吹き出しそうな余裕を感じさせる。
 互いの呼吸が静かになる。こうして対峙する場合、どちらが先に技を放つかは問題ではない。その立ち合いは、互いの呼吸があった瞬間、刀が抜かれる。
 先に抜いたのはアズマ。錆びた刀が、真っ直ぐにグリードの胸へ向かう。文句なしの踏み込み、腕の振り、すべて完璧。
 グリードも、炎の刀を振るい、アズマと同じように居合いを放つ。二つの剣がぶつかろうとしたその瞬間、船が大きく揺れた。
「――なっ!」
 その揺れで、アズマは体勢を崩してしまう。その所為で力が分散してしまい、アズマの刀が弾かれる。そして、グリードはそのまま回転し、アズマの腹を焼き払った。
「ぐぅッ……!!」
 腹を押え、倒れるアズマ。グリードがトドメを刺しに来るのかと思いきや、グリードはなぜか、操作盤に向かい、何かを操作し始める。そして、「ちっ」と舌打ちする。
「やられた……エンジンが破壊されてやがる……!」
 そして、操作盤を背に、地面へ座り込むグリード。力の入らない身体に鞭を打ち、上半身を起こすと、アズマの目がグリードと合った。
「もうこの船は終わりだ……」
「なに?」
「どこのクソ野郎だか知らねえが、エンジンをぶっ壊しやがった。船が壊された以上、船長として負けを認めざるを得ねえ……」
 立ち上がったアズマは「俺を連れ戻すんじゃないのか」
「バーカ。もうその居場所がねえんだよ。――ったくよぉ、あっけねえったらありゃしねえぜ。どこの誰だよ、自分だって地上に落ちるかも知れねえのによお……。――おい、アズマ」
「なんだ」
「とっとと逃げろ。地上に落ちるわけにはいかねえんだろ」
「……アンタはどうするんだ」
「俺か? 俺ぁこの船の船長だからよ、この船と運命を共にするさ」
「正気か? 地上は魔女の毒素に満ちているっていうのに、死ぬ気か」
 唇を釣り上げ、にやにやと笑うグリードは、胸の内ポケットから煙草を取り出し、ライターで火を点ける。
「へっ。俺が死ぬかよ。……つーか、俺の心配してる暇なんかねえだろ。とっとと逃げろ。テメーの言ってた生き方ってやつを、地上で笑いながら見させてもらうからよお」
 アズマは、操作盤から突き出したマイクに向かい、スイッチを入れて叫ぶ。
「ボルトさん達、生きていますか!? ディライツ船長、グリードの話によれば、この船スナッチ号は、エンジンの破損により落下中! 急いで格納庫に向かってください! そこにある船で脱出しましょう!」
 まくし立てる様に言って、踵を返し、エレベーターに向かって規則性のない足取りで走る。出口の扉に手をかけたところで、グリードがアズマの背に向かって「アズマ!」と叫ぶ。
「一つ、いい事を教えてやる。俺たちが魔女を集めてたのはな、王様からの依頼なんだよ」
「王……マイスター家の事か?」
 振り向いたアズマに、頷くグリード。
「そうだ。魔女一人頭一千万SS(スカイサークル)。結構な額だろ? なんのために集めてたかは知らねえが、気をつけな」
 それを聞いたアズマは、扉の取ってを握り、エレベーターに乗って下へと降りた。そんなアズマを見送ったグリードは、煙草の煙を天井に向かって吐いた。
「……地上にも、美味い食い物といい女、いるかなぁ」


  ■


 ゼン一行が格納庫にたどり着くと、すでに一つの飛行船しか残っていなかった。おそらく、ちょいん兵たちが他の飛行船を使ってしまったのだろう。その飛行船は、ダスロット達がエボラへと乗ってきた白い飛行船。その飛行船の前には、キャシーが立っていた。
「おっ! やっと来たねーゼン。待ってたよ」
「きゃ、キャシーさん! 無事だったんですか!」
 キャシーに駆け寄ると、キャシーはゼンの頭をホールドし、自身の胸へと押し付けた。
「当然じゃなーい! あ、ゼンのお仲間さんたち? はじめましてー、賞金稼ぎのカシーナ・ガンレッグでーす!」
 そのテンションに唖然とする全員。ゼンは、そのホールドを持ち前の怪力で楽々外す。
「――あん、つれない。って、そんなことより、これで全員かしら?」
「いや……まだアズマが残ってる」
 言ったのはボルトだった。一瞬、まだ残ってるの、と面倒くさそうな顔をしたものの、その顔はすぐに驚きに変わる。
「アズマって――あの、アズマ・ムラサメ!? ディライツ幹部の一人じゃない……」
「なっ……」
 ゼンとミーシャの顔から、血の気が引いていくのが見て取れた。そして、キャシーのすぐ近くにいたゼンが、キャシーの肩を掴む。
「その話……本当ですか」
「ええ……。何年か前に、ディライツから抜けてるみたいだけどね」
「だからエボラにダスロットが来た時、戦いに来なかったのね……」
 納得したように呟くミーシャ。最初にクアが落ちてきた時、アズマがダスロットとの戦いに参加しなかったのは、ダスロットと顔見知りだったから。もしくは、ダスロットに居場所を知られたくなかったからだろう。
 そんな時、格納庫に「おまたせしました……!」と格納庫に声が響いた。見れば、アズマが剣を杖代わりに、這うようにして歩いていた。
「よし。アズマも来た。脱出するぞお前ら!」
 ボルトの支持で、飛行船に乗り始める。なに仕切ってんだこの親父、とキャシーは不満そうにしていたが、おとなしく飛行船に乗り込んだ。

       

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