Neetel Inside 文芸新都
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 ○4○
 
 急いで会社員二人を追って改札を出たが、とうとう見つかる事はなかった。
「遅かったか……」
 あの時見失ってしまった事が悔やまれる。
「ちょっとマスター。さっきからそんな大きな封筒持って、何やってんですか。いい加減教えて下さいよ」

 不機嫌そうな彼女に「あぁ」と僕は口を開いた。

「電車でこの封筒を置き忘れていた人がいてね。大事だとか話してたのが聞こえてたから、追いかけたんだよ。……でもどうやら見失ってしまったらしい」
「えぇ!? 何で見失っちゃったんですか! もう、マスターは肝心なところでいっつもそうなんだから」

 僕がこの女をどうやって八つ裂きにしようか考えていると「もう、仕方ないですね」と彼女は声のトーンを変えた。

「交番に持って行きましょう」
「交番? 駅の改札じゃなくてか」
「駅員さんに渡すと、違う場所に運ばれちゃうんですよ。駅の落し物は、一箇所に集めて一括管理してるらしいです。私も以前財布落とした時、えらい苦労しちゃいました」
「そう言えば夜中三時くらいに泣きながらうちに来た事があったな」
「それですそれです。良く覚えてますね」

 忘れるはずも無い。深夜にベッドで寝ていたら、玄関のドアをドンドンと叩きながら「開けろ」と泣き叫ぶ女の声が聞こえてきたのだ。心臓が止まるかと思うほど恐怖した記憶がある。
 
「確かあの時マスター、何故か包丁を持ってましたよね。もう、やっぱりおっちょこちょいなんだから」
「時代が時代なら叩き殺していたと思うよ。……でも交番か。電車で落し物したら、普通駅員に尋ねるから、ますますややこしくならないかな」
「駅員さんに言伝を頼むのはどうでしょう」
「かえって怪しくないか。まぁ、他に方法もないし、やるだけやるか。……でも君、えらく従順だな。もっと文句言うかと思ったが」
「いつもなら、文句言ってたかも知れませんね。でも、今日はクリスマスですから。今日くらい、サンタ気分を味わうのも悪くないかなって」
「プレゼントが書類って嫌だな」

 一度改札に戻ろうかと思ったが、そこで駅前にある四越デパートが目に留まり、ふと足を止める。

「なぁ、ちょっと書類を届ける前に、寄ってかないか」
「えっ? デパートにですか? 後でもいいんじゃあ……」
「実は、この書類を落とした二人が、四越に行くって話をしてたんだよ。今なら会えるかもしれない」
「行き違いになったらまずくないですか?」
「どの道届けは出すだろうし、少しくらいなら遅れたとしても心配ないさ。それより、なんだかこっちに行ったほうがいい気がするんだ」
「何なんですか、その勘」
「クリスマスの勘、だったりして」
「意味わかんないですよ」
 
 そう言いつつも彼女は、猫みたいな目でこちらを見ている。確かな好奇心が宿っていた。クリスマスガールとして生み出された彼女は、クリスマスに関連付けられると逆らう事が出来ないらしい。
 
「まぁ、たまにはマスターの気まぐれに付き合うのも悪くないですね。借しにしておきます。プレゼントで返してくださいね」
「嫌だ」
「えぇ!? 話の流れ的にそこは肯定してくださいよ!」
「いい歳した女の頼むプレゼントほど怖いものはない」
 僕達はああだこうだと言い合いながら、デパートへと向かった。

 中に入ると、赤や緑や白などの色を基調にしたクリスマスカラーの装飾がまず目に飛び込んできた。オルゴールアレンジのクリスマスBGMが館内に流れ、建物が辺り一帯、クリスマスの気配に彩られている。お客も多く、カップルだけじゃなく、家族連れで来ている人の姿も度々見受けられた。

「うわぁ! 素敵ですねぇ! マスター!」
 メインエスカレーターの前にある馬鹿でかいクリスマスツリーを眺めて、彼女は目を輝かせる。
「君は本当に、クリスマスが好きだな」
「そりゃあもう! なんたってクリスマスガールですから」

 一応自分がクリスマスプレゼントだったと言う自覚は彼女の中にまだあるらしい。
 彼女が地上に降りてきてもう七年か。生命として意識が始まったのは、彼女にとって七年前からになる。
 神様の都合で作られた存在、クリスマスガール。
 そんな不安定な存在、僕だったら発狂しているかもしれない。そう言った意味では、彼女の底抜けな明るさはある種救いでもあるのだろう。
 
 二人で一緒にデパート内を歩く。サラリーマン達の姿を知っているのは僕だけなので、彼女はどちらかと言うとウィンドウショッピング気分の様だった。付き合わせた身としては、その方が気が楽だ。
 三階のおもちゃコーナーに来た時、ふと彼女が足を止めた。
 視線の先には、大きな鉄道模型が並んでいる。ミニチュアで駅が再現されており、その造形は見事だ。沢山の子供たちが、夢中でその模型を眺めていた。

「素敵ですねぇ……」
「これは、見事な展示だな。子供も夢中になるわけだ」
「そうじゃなくて」
「えっ?」
「子供達がクリスマスに、オモチャを見て夢中になってる。この平和な光景が、素敵だなって」
 
 確かに、見てみるとクリスマスの装飾も相まって、とても温かい光景に思えた。
 
「子供かぁ……」
 
 同じ歳の友達は、早ければもう二、三人子供を生んでいる。保育園や幼稚園に通い出すような歳にもなっているのだ。そう考えると、僕は随分と遅いのかもしれない。
 自分が親になった時の事を想像しても、全くイメージが湧かない。

 ふと、視線を感じ、見ると彼女と目があった。
 すると彼女は真っ赤になり、そのまま顔を背ける。
 
「ふた、二人くらいですかね」
「何が」
「こ、子供」
「ああ、二人くらいが良いかもなぁ。三人兄弟ってのも悪くないけど」
「さ、さ、三人ですか!?」
「えっ? ああ。うち三人姉弟だし。一番上は姉なんだが、姉が統率するって言う姉弟関係は、割とまとまりがあって良かったな」
「へ、へぇえ、産めるかなぁ」
「産む気なのか」
「えっ? ま、まぁ……」
 
 誰の、と聞きそうになったが、そう言ったデリケートな点を聞いても良い物か迷った。迷っていると、妙に重い沈黙が降り注ぐ。何だこれは。

「君が良く分からん事言うから、変な空気になったじゃないか」
「すいません……」
「そう言えば、他のクリスマスガールはどうしてるんだ。もう皆母親になってたりするのかい? この世界に降りたのは、何百人も居たはずだろ?」
「ええ、まぁ。先日同窓会を行ったんですが、何人かはママになってましたね」
「皆、当時のパートナーと結婚を?」
「いえ、それがそうでもないみたいで……。浮気されたりとか、事故でパートナーが死んじゃったりとか、色々あるみたいです。当時のパートナーと今も一緒に居るのは、七、八割くらいでしょうか」
「プレゼントをどうしようと人の勝手……か。パートナーの為に贈られたのに、君達にしたら、ひどい理不尽な話だな」
「ただ、不幸って感じの子は居なかったですね。一時は心が落ち込んでも、助けてくれる誰かが居てくれたり、支えてくれる人が居てくれたみたいで」
「神様が創ったクリスマスガールだから、神様の加護があるのかもな」
「そうだと良いですねぇ」

「お客様、そちらの商品、いかがですか?」

 話していると、不意に声をかけられ、僕らは同時に振り向いた。

「そちらの商品、小さいお子さんに、とっても人気があるんですよ」

 あっと、思わず声が出そうになる。
 立っていたのは、僕が電車で会ったあのサラリーマン達だった。

       

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