Neetel Inside 文芸新都
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 ○5○

「ミツケタ、ミツケタ……」

 僕がサラリーマン――確か吉田部長だったか――の腕を掴むと、隣にいたOLが「吉田さん!」と声を上げた。

「騒ぐな。騒ぐとこの男をコロス」
「えぇっ!?」吉田部長が声を上げる。
「ちょっとマスター! 何やってんですか! その人たちに何の恨みがあるんですか!」
「えっ? 恨み? 無いが」
「じゃあ恨みも無いのに私を殺そうと!?」吉田部長が震え上がる。
「殺す? 何言ってんですかあんたは。何で善良な市民である僕がそんな事するんです」
「いや、今あなた、自分で“殺す”って言ってたじゃないですか」
「はぁ? そんな事言ったか?」

 僕が彼女を振り返ると、彼女は静かに頷いた。
 なるほど。
 
「どうやら手違いがあったようで」
「手違いでこんな事を?」

 僕は吉田部長の手を離すと、ふうと一息ついた。
 
「まぁ別に。悪気はないんです。許せ」
「悪気しかないように感じられましたが……」
「僕はあなた達にこれを渡すためにやって来たのです」

 僕が吉田部長の発言を無視して鞄から封筒を出すと、OLが「あっ」と声を出した。
「部長! それ! 電車の棚に置いたやつですよ! 新商品の予算見積もりとか企画概要とかの書類!」
「そう言えば、降りる時持って行くのを忘れてたな……」

 そんな重要な書類だったのか。電車の棚に置くと言う管理体制に不安しか感じない。

「どうしてこれをあなたが?」
「実は電車で、あなた達のすぐ隣に居たのです。それで、お話が聞こえてきて。大切な書類だとおっしゃっていたので、追いかけてきました」
「そうでしたか……それは、何とお礼を申し上げて良いものやら。本当にありがとうございます」
「いえ、人として、当然の事をしたまでですから」

 確信した。この空気であれば乗り切れる。

「マスター、遠回りした甲斐がありましたねぇ! これで先ほどの殺人予告はチャラです!」

 真の敵はいつも一番身近に居るものだと僕はこの時知った。

「と、とにかく、我々はこれで」
 蒸し返されて騒がれてはたまらない。急いでその場を離れようとしたところ「待ってください」と声を掛けられた。
「あなた方、今日は何か用事が?」
「えぇ、まぁ。食事に行く予定でした。とは言え、時間的にまだ余裕はあるので。ご心配なく」
「いや、それでも本当に、ありがとうございます。忙しい中、こんな場所まで。中々出来る事じゃない」

 まぁ、確かに。ここまで追いかけて来る事は普通じゃありえないだろう。と言うよりも、いつもなら、恐らく僕もここまでは追いかけて来なかったかもしれない。
 今日、僕が彼らにこうして届け物をしたのは、明確な理由があったからだ。

「良いんです。今日は、クリスマスじゃないですか」

 僕が言うと、吉田部長は「……そうですね」と嬉しそうに笑みを浮かべた。

「ところで、お二人はオモチャのメーカーの方か何か?」
「ええ。クリスマスに子供達に喜んでもらう。それが、我々の仕事です。この鉄道模型も、うちの商品で。こんなに綺麗に飾ってもらって、子供達が見てくれている。嬉しい事ですよね」

 そう言って、吉田部長とOLは静かに微笑んだ。僕達も、釣られて笑みが浮かぶ。
 これこそが、本当に誇りあるサラリーマンと言うものだ。
 こんな人達のためなら、わざわざ遠回りをした甲斐もある。心からそう思った。
 
「それにしても……」
 吉田部長が口を開く。
「あなたとは、何だか初めて会った気がしないな」
「あなたもですか? 実は僕もなんです」
 僕達は二人して妙な感覚に首を傾げた。



 オモチャコーナーを出た僕達は、もう少し時間があるという事で、館内を見て回る事にした。

「いやぁ、良かったですねぇマスター! 人助けをした後は実に気持ち良いもんです!」「君のせいで一部追い込まれた部分もあったようだが」
「そりゃあマスターがおかしな行動するからでしょう」

 図星なだけに、言葉を返せない。しかし、納得がいかない。
 僕がこの女をどう八つ裂きにしてやろうかと考えていると、チョイチョイと誰かにマウンテンパーカーの裾を引っ張られた。思わず足が止まる。何だ。何かに引っかかったか。視線を下にやる。

「兄ちゃんおらんねん……」

 僕の服を引っ張っていたのは、子供用のベンチコートを着てマフラーを巻いた、泣きそうな顔の小さな子供だった。
 坊ちゃん刈りで、今にもくしゃくしゃにしたくなるほどのマシュマロほっぺをしている。何て愛らしいんだ。

「ヘイボーイ。どうしたんだい? お兄ちゃんとはぐれたの?」
 僕が尋ねると、子供はコクリと頷く。
「紅子もおらへん……。竹松も」
「紅子と竹松?」

 何だその松竹梅みたいな組み合わせの名前は。知り合いだろうか。

「どうしたんですか? マスター」
 当惑していると、先を歩いていた彼女が戻ってきた。僕と子供を見て、目を丸くしている。
「その子は?」
「どうやら迷子みたいだよ、ワトソン君」
「誰がワトソン」

 突っ込みながらも既に彼女は、子供のマシュマロほっぺに人差し指を突っ込むと言う禁じ手を行っていた。

「何をしている」
「すいません……つい」
「何やぁ、このけったいな人」ひょうたんみたいな顔になりながら子供はジタバタしている。
「これはね、変態さ。社会と言う砂漠に生きた魔物だよ」
「ちょっと! 言い過ぎですよ!」

 文句を言いながらも彼女は断りなしに子供を抱きかかえだす。

「何やねん、やめんかい!」
「おやおやおやぁ? その様にプリプリなほっぺで言われてはやめる訳にはいきませぬなぁ?」

 子供を片手で抱っこしながらほっぺをつつくと、子供は先ほどの泣きべそを一転させ「やめろやぁ」と楽しそうにはしゃぎ出した。
 そのあどけない笑みに、心臓が揺さぶられるような衝撃を受ける。
 これは……?
 眠ってた母性本能だと言うのか?
 僕は震えた。
 

 
 改めて、現状を確認する事が出来た。
 どうやらこの子はお兄ちゃんやその友達と街を歩いていたところ、途中で見かけた僕の背中をお兄ちゃんのものと勘違いしたらしく、そのまま四越デパートまでついてきてしまったらしい。
 
「さっきオモチャんとこ寄ったやろ? せやから、今年のプレゼントはオモチャや思てん」
 鼻水をすすりながら左右の人差し指をつんつんする姿が愛らしすぎる。
「じゃあこの子のお兄さんたちはここにはいないって事ですよね? マスター」
「えっ? ブリーフはくならふんどしマスターしてからに? それはどうだろう」
「耳引きちぎりますよ」

 彼女は僕に睨みを利かすと「お兄ちゃんの連絡先分かる?」と子供に尋ねた。
 しかし子供は首を左右に振る。
 
「情報無しか。こうなったら交番に連れて行くしかないか」
「え? ここの迷子センターに連れて行ったほうが良いんじゃあ」
「街中で子供を見失って四越デパートには行かないんじゃないかな。すぐ近くに駅前の交番があったはずだから、そこに連れて行こう」
「途中でこの子達のお兄さんに遭遇して、誘拐犯と間違われないでしょうか……。物騒な世の中ですし」
「正しい事もし難くなったもんだ」
「世知辛い」
「ええから交番行くなら早よ行こや」
「はい」
 
 五歳程度の子供に先導される大人たち。
 
「そう言えば、名前をまだ聞いてなかったですね。名前は何て言うんですか?」
 彼女が尋ねると、子供は「貧乏神」と小さく答えた。
「えっ?」
「貧乏神やで。うちは、貧乏神の貧ちゃんや」

       

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