Neetel Inside 文芸新都
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「せっかくのクリスマスなのに、曇っちゃってますねぇ」
 マンションから出たところで彼女が空を見上げた。確かに、何かを孕んでいるかの様な灰色の雲が空を覆っている。
「確か昨日の夜も曇ってたな」
「雪、降るんでしょうか」
「さてね。降るのは雪じゃなくて、雨かもしれない」
「なんかそんな歌ありましたよね、ほら、クリスマスになると流れるやつ」
「山下達郎の『クリスマス・イブ』の事?」
「ああ、それです。多分」
「雨は夜更け過ぎに雪へと変わるらしいね」
「きっと君は来ない」
「独りきりの、クリスマス・イブ」
 僕達はうな垂れた。
「クリスマスになんて重い歌を歌わせるんだ君は」
「マスターが振ったんじゃないですか」
「振ったつもりは微塵もなかったが」
「振りですよ、あんなの。誰だって歌います」
「そうかね」
「そうですよ」
 そこで彼女はふと立ち止まった。
「ところで私達、どこに向かってるんですか?」
「どこって、ユニクロだよ」
「ユニクロ?」彼女は怪訝な顔をした。「何だってクリスマスに女の子を連れてユニクロに?」
「何故って、君がまともな格好をしていないからだろう」
 僕が言うと、彼女はそこで初めて、自分の服装に気付いたようだった。
「あっ」
「ミニスカサンタ服なのは目に嬉しいけど、よそ行きには向かないだろ」
「そうですね……」
「ひょっとして、他の、君と同じ境遇の女の子も皆同じ格好をしているのかい?」
「いえ、私だけです。地上に行く前に何か服を選ばなきゃダメで……そう言えば皆レギンスとかはいてました」
「なんでサンタ服なんか選んだのさ」
「いえ、その、クリスマスだからやっぱりサンタが一番かなぁとか、そんな短絡的な思考で選んでしまいまして」
 彼女は恥ずかしそうに苦笑しながら頭を掻いた。
「なるほどね」
「えっ?」
「君が何で僕の所に来たのか分かった気がする」
「どうしてですか?」
「考え方と言うか、感性が似てる」
「感性、ですか」
「まぁ、僕が君の立場だとしても多分同じ様にサンタ服を選んだって、ただそれだけの話だけどね。君の事ただの変な美人か詐欺師だと思っていたけど、ちょっと変わった」
「つまり私への好感度が上がったと言う事ですね」
「いや、別に」
 僕は彼女の先に立って歩いた。後ろからウォンウォンとむせび泣く声がするが気のせいだろうと思う。

 クリスマスシーズンの街は妙に彩って見える。冬と言う季節は閑散としていて、景色の色が抜けて見えるのに不思議な話だ。
 今年のクリスマスは金曜日になるとあってか、平日にも関わらず街に人は多い。サンタ服を着ている人間も度々見かけられた。おそらくどこかの店のアルバイトだろう。
 サンタ服を着た彼女を皆奇異の目で見るかと思ったが、意外と大丈夫みたいだ。
「サンタ服を着た人が多いですね。やっぱり流行なんですか?」
「バイトだからだよ。それ以外にその服を着る意味はないからね」
「はー、こんな日に働かなきゃ駄目なんですね。せっかくのクリスマスなのに、大変だぁ」
「本当だったら僕も今日は働いてるはずだったんだ」
 こんな風に女の子と街を歩くなんて考えてもいなかった。
 普通に考えて、これは幸せなことなんだと思う。女の子と過ごすクリスマスが不幸なわけない。今まで孤独だった僕が、ついに幸せな人間の側へと移る事が出来たのだ。
 だけど何故だろう、落ち着かなかった。
 今まで僕はずっと独りで過ごしてきた。クリスマスが来るたびにカップルや、友達と遊ぶ人間を呪ったものだ。
 長い間呪う側に居すぎて、いざ自分が呪われる側に行ったら落ち着かずにイライラする。負け犬根性が骨まで染み付いてしまったのだろうか。
 このまま彼女とクリスマスを過ごせばひと時ではあるが幸せな時間を過ごせるだろう。僕は幸せになれる。
 でも本当にそれで良いのか? 僕は幸せになりたいのか?
「どうしたんですか? マスター。変な顔して」
「別になんでもないよ。変な顔は元からだ」
「それもそうですね」
「ちょっとは否定しろよ」
 こう言う馬鹿げた会話が続けばいい。会話していると考える事が鈍る。
 胸の中に渦巻くモヤモヤ、この気持ちに気付いてはいけないのだ。

 クリスマスのユニクロは閑古鳥が鳴いている、と思っていた。
「結構人いますねぇ」
 サンタ服の彼女は目を丸くした。
 ユニクロには多くのカップルが生息していた。と言うより、カップルしか居ない。
 その中でも特筆すべきは、全てのカップルにおいて彼女の方が驚くほど可愛いと言う事だった。はっきり言ってしまうと失礼だが、不釣合いだ。しかも彼氏の方は皆スーパーで買えそうな服を着ていて、まるで服装に無頓着と言うのが良く分かる。
「もしやとは思うが、ここに居る女の子はみんな、クリスマスプレゼントとして配布された?」
「かもしれませんね。見たことある顔がちらほらと」
 面識あるのかよ、とは突っ込まなかった。
「プレゼントガールが自分の彼氏を見て、あまりのダサさに服装を改善しようと試みたと言うわけか」
 安価でそこそこの服が揃うユニクロは確かに手っ取り早い。
「プレゼントガールって分かりやすくていいですね」
 感心する彼女を無視して僕は続けた。
「きっとここに居る男子どもはみんな友達が少ないだろうな」
「どうしてそう思うんです?」
「僕がそうだからだよ。自ら行動を起こせないんだ。コミュニケーション能力があまり無いと言うか、そのせいで彼女も出来ない。そういう人間に配布されたプレゼントガールはちょっと強引に人を連れまわす子が多いんじゃないかな。だから服装に無頓着そうな人間が多い」
 よく見ると彼氏の方はどいつもこいつも彼女に手を引っ張られてばかりだ。
「たしかにそうかも知れませんね。でもマスターは行動を起こせない人間にもコミュニケーション能力が欠如しているようにも見えないんですが」
「そうかね。ただ僕に友達が少ないのは事実だ」
「人とあまり深く関わりを持とうとしないからでしょう。例えて言えばアルバイトを『ただ金を稼ぐ場所』と割り切って同僚と交友を深めようとしない人間に見えます」
「良く見ているじゃないか」
「分かりにくいようで居て分かりやすいですよ、マスターは。自分でごちゃごちゃ考えて複雑にしているだけです」
「……かもね」
 しばらく一緒に服を見て回った。女性物の服はとんと分からないので、その辺りは彼女のファッションセンスに任せることにする。
「マスター、この下着素敵ですね」
「ベージュ色だぞ……」
「このTシャツ素敵じゃないですか」
「モヒカンの絵が描いてあるじゃないか」
「これとかどうです?」
「何で虎柄選ぶんだよ」
 Tシャツの柄を気にしなかったり、色が婆臭かったり、センスがまるで大阪のおばちゃんだった。
 結局色々と却下した挙句、僕が選ぶ事にした。
「あれだけ人のセンスを馬鹿にしたんだから、さぞかしお洒落な物を選んでくれるんでしょうね?」
「僕だって別にお洒落じゃないよ。一応変じゃなさそうなのを選ぶだけだ」
「じゃあ何なんです? マスターの言う『変じゃない』物って」
 妙に言葉にとげがある。どうやら自分のセンスを否定されて機嫌を損ねたらしい。
「とりあえず色々と試着してみようよ。ええと、ジップパーカーにTシャツにカーディガンにスキニージーンズ、カジュアルパンツなんてのもあるんだな」
「地味ですね」籠に入れられた服を見て彼女が顔をしかめる。
「我慢しなさい」
「どうでしょうマスター。思い切ってインナーに虎柄を入れるなんて言うのは。Tシャツが虎だとさぞかし見栄えしますよ」
「君のお金だから買うのは勝手だが、僕はその隣を歩くつもりはない」
「マスターさっき私と感性が似ているとか言っていたじゃないですか」
「そういうつもりで言ったんじゃないよ」
 試着室で着替えさせる。思っていたよりも良かったらしく、直前まで散々文句を言っていた彼女は黙った。
「良くお似合いですよ」店員が試着室から出てきた彼女に言う。「彼氏さんの見立てですか?」
「彼氏じゃないですよ」僕は答えた。
「あ、そうなんですか。お友達だったんですね」
 お友達? この女と僕が? 僕が一瞬返事に詰まると、すかさず彼女が言った。
「いえ、恋人です」
「そうなの?」思わず尋ねる。
「そうなんです。その為にプレゼントされたんです。私達はその為に来たんですから」
 選ばれた人間の彼女になると言うことは、彼女達プレゼントガールにとって目的であり存在意義でもあると言うことか。
 でも、僕は思う。
「君はそれで良いのか?」
「えっ?」
 不意な僕の発言に、彼女は虚を突かれた様な表情をした。
「好きでもない人間の所に行かされて、あまつされそれが自分の彼氏だと言われて、それで君は幸せなのか?」
「それは……」
 彼女が言葉に詰まるのが分かった。
「あの、何の話をされてるんですか?」僕達の奇妙な会話に、店員は不思議そうな顔をした。
 僕は一応フォローを入れる事にする。
「あぁ、何でもないんです。気にしないで下さい。彼女、ハーフなんです。先日まで海外で暮らしていて、日本語が上手く話せないんですよ。だから時々話が噛み合わなくて。文法が不十分なんですよね」
「マスター、言いすぎですよ」
「ほらね、僕の事も名前じゃなくてマスターなんて呼んじゃうんです」
「はぁ、なるほど……」
 僕の言葉で店員は少し疑問に思いつつも、納得したように頷いた。
「ところでこれ、マスターの服装と似てないですか」
「僕が普段着ている組み合わせと似たようなのを選んだからね」
 彼女は鏡を見て「だから地味なんだ……」と呟いた。黙れ。
「あの、この服このまま着て帰りたいんですが」
 僕が店員に言うと相手は不思議そうな顔をした。
「お会計を済ませてからこちらで着替えていただいたら大丈夫ですが。それにしても、今日はそういうお客さんが多いですねぇ」
「でしょうね」
 お会計で彼女の口座から出したお金を払った。銀行でお金をおろす時に残高を見せてもらったが、確かに彼女の口座には一千万が預金されていた。
 彼女の言う事は真実だ。そう確信せざるを得ない。
「マスター、このジーンズ、お股がかゆいです」
「我慢しなさい」
 馬鹿な事を言いながらも、どこか彼女の顔は浮かなかった。

       

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