Neetel Inside 文芸新都
表紙

アハッピーメリーマリークリスマス
あの鈴の音を鳴らすのはあなた

見開き   最大化      

 クリスマスはプレゼントされるやつと、プレゼントする奴が両立して初めて成しえる物である。片方だけでは決してエンターテイメントと言うのは成立しない。
「そうは思わんかね、みことくん」
「いいからさっさと仕事しろってんすよ」
 十二月二十四日、クリスマスイブ。
 俺は後輩である神野みことくんとアルバイトに勤しんでいた。みことくんと呼んではいるが立派な女性だ。同じケーキ屋さんで勤めており、かれこれ三年の付き合いになる。
 俺達は路上でケーキを売っていた。中途半端に店から離れた商店街の道端。長机にホールケーキを幾許か置いて。糞寒い夜空の下。
 この時期外でケーキを売らされると言うだけでもえげつないが、さらに輪をかけて酷いのがこの服装だ。
「あ、サンタだ、サンタさんがいる!」少女に指をさされる。
 そう、俺とみことくんは防寒着と称したサンタクロースの衣装に身を包んでいた。
 みことくんは下にタイツを着たかわいらしいミニスカサンタ。
 俺は白ひげを顔面下半分に瞬間接着剤で固定したガチサンタ。
 割に合わねぇと言いたかったが自給二千円プラス販売個数一個につき百円プラスと言った歩合制で割に合いまくっているなかなかええ塩梅のバイトであった。
「あぁ、くそさみぃ。どっかから聞こえるクリスマスソングもだりぃ、死ねよ」
 みことくんは非常に口が悪い。顔もスタイルも良いがショートヘアの髪型に赤毛は結構迫力がある。三年の付き合いである俺が恐いと思うのだから誰の目に見ても恐いことは確実だ。
「そんなんだから彼氏出来ずにイヴにバイトなんてする羽目になるんだ」
「彼女にフられてバイト入れる奴よりマシでしょ」
「ふぅっ」辛辣な物言いに胸を痛めた。
 先日三年半も付き合った彼女と別れた。特にこれと言った原因はない。物言いが嫌味っぽいとか、メールの返信が遅いとか、束縛がきついとか、手が冷たいとか、時々口が臭いとか、黒眼がブラックホールみたいで恐いとか、お互いが持っていた小さな不満が徐々に積み重なってとうとう爆発したと言う感じだ。
 せめてクリスマス過ぎてからでもいいじゃない、とは思ったがそれはあくまで男側の都合。彼女からすればクリスマス前だからこそずるずる行かずスパッと終わらせたかったに違いない、と言うのはみことくんの見解。
「大体あたしゃ色んな男から声かけられまくってんすよ。それをわざわざ蹴って取捨選択したうえでバイト入ってんですからその時点で先輩とは違うってわけ」
「へ、へぇえ、そ、そうなんだ、もてるんだねー」
 クリスマスの予定を尋ねられたとき、バイトに入ると言う話をしたら「あたしも今度店長に希望出すつもりなんすよ」とか言っていた。最初からそのつもりではなかったのか。
 内心いぶかしんでいると胸倉を掴まれた。
「微塵も信じてねぇ癖に軽い返事飛ばしてんじゃねぇよ」
 ドスの効いた声のトーンと眼光に「マジすいません」とだけ返した。
 みことくんとやりあっていると先ほどこちらを指さしていた少女が机から頭だけ覗かせてこちらを見ていた。それに気づいた母親らしき女性が少女の手を引く。ロングスカートにカーディガン、その上からコートを羽織い、白と淡い赤色のストールを首に巻いた、落ち着いて上品な感じの若い母親だ。
「ゆうちゃん、サンタさんの邪魔しちゃ駄目でしょ」
「お母さん、サンタのケーキ食べたい」
「わがまま言わないの」
 その時みことくんの目が光った。出るぞこりゃあ。鬼が出る。違う、販売モードだ。
「はい、一口どうぞ。良かったらお母さんも食べてみてください」
「え、いいんですか?」
 困惑した様子の母親に先刻の鬼のような形相とは打って変わった笑みでみことくんが試食用のケーキを手渡す。その発想はなかったわ。みことくんのやつ、今日は荒稼ぎするつもりだな。彼女のガチさを俺は肌で感じていた。
 試食のケーキをもらったとたん、少女の目が輝きだした。
「ありがとう! おばさん!」
「おぶっ」
 おばさんと言われたみことくんがものすごい顔をしている。般若出てるよ、般若。
 みことくんは顔面の筋肉を駆使して無理やり笑顔に持っていくと、息も絶え絶えに答えた。どうしよう、ゴメスみたいになってる。
「うん、おばぶっ、おぶちさんね、おぶちさんからのプレゼントなのね、それね」
 ものすごい無理のある聞き間違いをしている。多分おばさんと言う単語を七千五百万回耳にしたとしてもおぶちさんとは聞き間違えない。
 まぁ彼女はまだ大学三回生なのだ。ピッチピチの学生で、クリスマスに男達からたくさん誘いを受けるほど美人(笑)で、おばさん呼ばわりされるのは認めたくないのだろう。
「あら、美味しい、このケーキ」
 母親のリアクションに再び営業スマイルに戻ったみことくん。
「でっしょう? 甘さ控えめなのに豊潤な味が広がるでっしょう? いい卵、しかも卵黄をたっっっっぷり使ってるんですよ。クリームも北海道の新鮮な牛乳をふん、ふん、ふんっだんに使ってるんです」
 ふん、ふん、ふんの下りで鼻水が出そうになるのを俺は何とかこらえた。
「ぜひ今日の晩御飯のデザートにでも、お一ついかがですか? 小さいサイズもありますよ」晩御飯のデザートには重たくないか。
「それじゃあ一ついただきます」
「本当? お母さん」
「ええ、クリスマスだもんね」
「やったぁ!」
 眼を輝かせて万歳する少女の姿は本当にうれしそうで、なんだか見ているこっちまでホッコリしてくる。少女と眼が合ったのでウインクしてあげると、彼女は楽しそうに笑みを浮かべた。

「ありがとうございましたー」
 ほほえましい親子の後姿を見送り、ホッと肩の力を抜いた。
「とりあえず一個は売れたね。お疲れ様、おば、ぶちさん」
 すると頬をガシリと掴まれた。
「てめぇ調子乗ってんじゃねぇぞ」
「すいません」
 親子が買って行ってくれたのを火種に足を止めてケーキを眺める人が増えてきていた。みことくんの試食作戦が効いたに違いない。一つ、また一つと売れ、徐々に街頭販売は混み具合を見せていた。
「先輩、いい感じっすよこれ、勢い出てきてるし、完売できっかも」
「うむ、引き続きその胡散臭いキャラで売りまくってくれ」
 ふと見ると、机の上に見慣れぬ箱が置かれていた。手の平大の細長い箱でリボンがつけられており、クリスマス用のラッピングがほどこされている。
 俺はそれを手に取るとみことくんに見せた。
「これ何か分かる?」
「さっきの親子の忘れもんじゃねっすか? そう言や財布探してる時に出してたかも……」
「どう見てもプレゼントだよね、これ」
 先ほど親子がいた道に眼を向ける。もう姿はない。
「追いかけたらまだ間に合うよな」
「えぇ、これからって時に抜けんの?」
「すぐ戻るよ。それまで耐えて」
 走り出した俺の背後を「もう、早く戻ってきてくださいよ」と言う声が押し出した。俺は手を振ってそれに応えると、親子の進んだであろう方へ駆け出した。
どこか遠くから、鈴の音が聞こえる気がした。
 
 親子を探して随分と街を走り回った。幸いにも、サンタの格好をしていても街中で悪目立ちすることはなかった。クリスマスも仕事かあいつ、そんな顔で見られるぐらいだ。
 クリスマスに彩られる街中は、幸せそうな人々の笑顔であふれている。
 サンタはこの時期、街を彩る装飾品の一つでしかない。あって当然、ないと不自然。お前らのその笑顔は俺たちエセサンタの犠牲の上に成り立ってんだぞとか色々言いたいことはあったがもはやそんなことはどうでもよかった。
 人々がごった返す街中であの親子を見つけることは至極困難なことだと思い知った。
 もしかしたら晩御飯の食材を購入するためにスーパーに寄っているのかもしれないし、ケーキが崩れる前にさっさと家に帰って今頃はリビングにいるのかもしれない。時間が経てば経つほど出会える可能性は下がっていく。
 途方にくれていると不意にポケットの携帯が震えた。着信はもちろん、みことくん。
「見つかりました?」
「いや、それがとんと」
「じゃあもう無理っしょ。こっちもそろそろヤバイんで一回戻ってきてくださいよ。探すよりあのお母さんが気づいて戻ってくる可能性の方が高いっしょ。いまどこっすか」
「三丁目のあたりかな」
「じゃあ本店近いじゃん。ついでにケーキ補充してきてくださいよ。結構売れてるし、この程度じゃ稼ぎが足りねっすよ」
「わかった。すぐ戻るよ」
「急げよ。ダッシュでな」
「はい」
 電話を切った俺は首をかしげた。こいつ後輩だよな。
 本店には五分も歩かないうちに到着した。中に入ってみるとこちらはこちらで予約客の応対に追われている。随分忙しそうで、レジ係や店長がバタバタしていた。サンタ姿で登場した俺を見てレジカウンターの子がギョッと見てくる。
「お疲れ様でーす」
 飄々とした調子でカウンター内から厨房へと乗り込むと、パティシエがケーキ作成にいそしんでいた。甘い香り漂うケーキ屋さんには似つかわしくないほどの殺気が辺りを取り囲んでいる。よく見ると全員白目で痙攣している。
「おい、平野てめぇ何サンタのコスプレなんかしてやがんだ」
 オーナーの次に権限があると言われているパティシエの保坂さんが凄む。保坂さんは元ヤクザ上がりであり、「ぜんかもん」と言う渾名がつけられていた。その渾名の意味合いを深く考えるつもりはない。
「いや、ケーキが足んないんで欲しいんですけど」
「ああ? クリスマスパーティーで浮かれ気分か? おお?」
 保坂さんが一歩、また一歩と近づいてくる。その気迫に、思わず後ずさる。ものすごい勢いで俺は追い込まれており、気がつけば壁際だった。もう後がない。恐怖で身が震えた。
「いや、街頭販売のケーキをですね……」
「はっきりしゃべれや、おお?」
「が、がい、街頭販売のケーキ……、街頭、がい、骸骨が欲しいんです、骸骨」
「んだとぉ? また俺に人殺れってんのか?」保坂さんの顔面に血管が浮かび上がる。
「しぇぇ」
 すると誰かが「ほさかさーん、平野は今日の街頭販売のバイトですよ」と言葉を挟んだ。途端、保坂さんの表情がフッと緩む。
「何だよ。だったらそうと早く言えや。おい平野、寒い中ご苦労だな」
「あ、いえ、すません」
 どうにか命は助かった。悪鬼が一変して仏に変貌する。
「それで、何のようだよ」
「予想以上に街頭のケーキが売れてるんで、予備をもらおうと思いまして」
「おおそうか、だったら裏口に用意してるから台車ごと持ってけよ」
「あざす」
 頭を下げると「ま、がんばって売ってくれよな」と保坂さんは声をかけてくれた。
「売れ残ったら東京湾に沈めるから」
「ははは」笑えない。

 店を出た俺は台車を押して慎重にケーキを運んだ。巨大なダンボール一杯に詰められたケーキ。非常に重たい。一体何個入ってんだ。
 店からそのまま大通りに沿っていけば街頭販売をしている商店街へと出られる。ほぼ一本道だが、非常に人通りが多い。今日は特に混雑しているだろう。台車を押してケーキを傷つけずスムーズに通るのは難しく危険だ。そこで俺は考えた。
 街頭販売をしている拠点のすぐ後ろは狭い路地と繋がっている。その路地へはこの先にあるわき道が繋がっていた。迂回することになるのだが、急がば回れとはよく言ったもので、こちらから行ったほうが人通りが少なく安全で容易にケーキを運べることが予測できた。
 この作戦を使えば、予想より早く戻ってきた俺の手際のよさにみことくんは感服し、先輩としての威厳も取り戻せ、主従関係も逆転するに違いない。我ながら完璧な作戦だ。
 俺は自分の頭の良さに惚れ惚れとして路地に入り込んだ。予想通り、人の姿はまるでない。
 いや、よく見ると前方に一人、誰かが立っていた。
 フードを頭までかぶったいかにもと言った容貌の怪しい人物。誰かを待っているみたいだ。
 なんだろう、嫌な予感がする。俺はつばを飲み込んだ。
 息を殺し、慎重に歩く。徐々に距離が縮まっていく。
 すると奴はこちらに気づき、近づいてきた。一気に緊張が高まる。
「あんたが、約束の人あるか?」
「えっ?」
「そのサンタの格好、電話で話した通りあるね」
 中国人だろうか。今時語尾に「~ある」なんてつける中国人存在するのか。困惑していると男は右手に持った黒いボストンバッグを突き出してきた。
「約束のブツある。早く受け取るある。なんならここに置いとくある」
 男は言うやいなや台車の上にバッグを乗せた。
「報酬はいつもの口座に振り込むある」
「いや、あの……」
 人違いでは、と言う前に「シェイシェイ」と言って男は去っていった。なぜシェイシェイなのだ。サイツェンではないのか。突っ込みたい事は色々があったが、問題はそんなところではない。
 俺はダンボールの上に置かれたボストンバッグを眺めた。
 困った。
 いかにも、だ。
 中を確かめるべきだろうか、いや、確認して後戻り出来なくなったら恐い。かといってこのまま所持するわけにもいかない。どうすべきだろうか。
 交番。
 そう、ぴんと来た。そうだ、交番だ。交番の前において置けばよい。拾ったフリをして警察に届けてしまえば万事解決である。
 俺は交番の位置を思い出す。たしか商店街の真ん中辺りにぽつんと一つあった。ケーキを持って戻り、そのままバッグを交番に届けてしまえば万事解決じゃないか。何も案ずることなどなかった。俺は再び歩を進めた。
 真冬の空気がひげの隙間を縫って俺の頬を撫でてゆく。防寒着代わりのサンタ服は至極あったかいが、それでもやはり多少なりとも体は震える。商品を扱うために手には白い手袋をしているだけで、さすがにかじかんできていた。
 ガラガラと台車の音が人気のない道に寂しく響いた。どこか遠くから定番クリスマスソングが聞こえる。
「待ちなさい」
 背後から声をかけられる。先ほどの中国人だろうか。振り返ると今度はスーツを着た女性が立っていた。長い髪の毛が風に吹かれそよそよと揺れている。この糞寒い時期にそんな格好で平気なのだろうか。
「何か用ですか」
 俺の問いに彼女は答えず、代わりにジャケットの内ポケットから手帳らしきものを取り出した。
「失礼、私はこういうものです」
 パカリと縦に開く手帳。そこに見える見覚えのある金属製の記章。
「けい、さつ……?」
「ええ、警視庁捜査一課の者です」
 まずい。警察の登場にはまだ早すぎる。尺を巻きすぎである。
「警察が何か用ですか」
「実はここで麻薬の取引をされる可能性があるとタレコミがあってね」
 疑われている。
 容疑者として扱われている。口調から制圧しに掛かっているのが良い証拠だ。
「情報によると一方はサンタクロースの格好をしているって話なのよ」
「はぁ」もうやばい。
「今月は麻薬取締法強化月間でね。違法ドラッグやら覚せい剤やら年末で件数上げようって取り組みなのよ。でも私ヤバいんだぁ。二ヶ月もチョンボしてんだぁ。分かるよね?」
 俺は気づいた。こいつの目が限りなく死人のそれに近いことに。狂人だ、人は狂うとこのような目をするのだ。
「あなたの持ってるそのダンボール、中には何が入ってるの?」
「ケーキですよ。街頭販売の」
 俺がダンボールを半分開くと「確かにそうね」と彼女はうなずいた。しかしまだ納得した様子はない。
 彼女の視線はダンボールに乗っかったボストンバッグを見つめていた。皮製の、ドラマで出てくる金やら薬やらをよく取引するために使われるやつだ。彼女は尋常でないほどの視線をバッグに浴びせてきていた。
「それでさ」
「はい」
「そのボストンバッグの中身は──」
 俺は走った。気がつけば駆け出していた。背後から「待てやオラァ!」と言う叫び声と共にものすごい足音が聞こえてきた。ヤバイ、ヤバすぎる。つかまったら終わる。逃げるしかない。
 こうしてクリスマスイヴの夕暮れ時、冷えた空気を突き抜けて俺は駆け出した。


       

表紙
Tweet

Neetsha