A Happy Merry Marry Christmas

 ○1○
 
 今年のクリスマスは決めると心に決めていた。
 いい歳した齢三十の社会人男性ともなれば、それはもう、そうなのである。

 決めなければならないのである。

 薬の事ではない。

 プロポーズを、だ。
 
「……スター、マスター、ねぇマスター、聞いてます?」

 いつの間にかボーっとしていたらしい。僕の対面に座った女性は、不機嫌そうな顔で頬を膨らませていた。
 ここは街中にあるお洒落なカフェである。店内に緩やかなボサノバが流れた、いかにもカップルが好んで使いそうな店だ。
 
「何考えてたんですか? マスター」
「日本の経済事情について少々、ね」
「具体的には?」
「金が欲しい」

 そして僕の向かい側に座る、僕の事を何故か“マスター”などと呼ぶお姉さん系バストサイズCカップの女性は、奇妙な事に僕の恋人のようだった。美人だが好みではない。
 彼女は僕の恋人だと自称する、だが僕はそれを許可した覚えはない。

 彼女と出会ったのは今から約七年前。
 七年前のクリスマス、この世界に『クリスマスガール』と呼ばれる美女達が突如として出現すると言う、非常に奇妙な事件が起きた。

 それは、モテない男子達に渡された、まごう事なき神様からのクリスマスプレゼントだったのだ。
 そう、彼女は、僕に神様から贈られたクリスマスプレゼントだった。人の事をプレゼント扱いするのは流石にどうかとは思うが、そう説明しないと表現のしようがない。
 僕と彼女はどうやら奇妙な縁で結ばれているらしく、僕が大学生だったころも、就職をして新卒社会人になっても、そして今も、疎遠になる事なくこうして会っている。
 もうかれこれ七年だ。我ながら変な関係だ。
 
「ちょっとは人の話聞いてくださいよ」
「何の話してましたかな?」
「十二月二日ですよ。映画見に行こうって言ってたじゃないですか」
「そんな事言ってたのか」
「言ってたじゃないですか! ずーっと僕はあれが見たいこれが見たいって、何なら私より率先して話してたじゃないですか!」
 まるで記憶にない。ほとんど反射で喋っていた事は間違いないだろう。
「一応聞きますけど、どの辺りまで覚えてます?」
「『お待たせしました、マスター!』までかな」
「それ朝! 今日の朝!」

 いちいちうるさい女だ。今の僕はそれどこではないと言うのに。

「十二月二日は……無理だな」
「うえぇえー!? あれだけ話詰めといて!?」
「うむ、ちょっと用事があるのだよ」
「恋人である私を差し置いた用事って何なんですか!」
「買い物」
「連れてけよ! 一緒に行ったら良いでしょうが!」
「一人で買いたいデリケートな物なんだ」
「デリケートとか似合わないツラして何言ってんですか」
「言うねぇ……」

 まぁ、僕が無意識下で彼女と約束していたのだとすると、確かに訳が分からないだろう。致し方ない話である。
 しかし、今回の買い物は彼女と行くわけには行かなかった。

 何故なら、これは準備だからだ。
 今年の僕は、どうしても決めなければならないと自分に課していたのだ。

 この女に、プロポーズを。
 
 ○2○
 
 十二月二日。
 僕は繁華街にある、とある店にやって来ていた。
 ネットで読んだのだ。この店は『アレ』を買うのにとても良い選択が出来ると。

 店内は、とても落ち着いた装飾をしていた。薄暗いライトに照らされ、ショーケースの中が目立つように空間が作られている。
 こう言う店にはあまり入らないから、やはり緊張する。
 落ち着け、今日の僕は客なのだ。大丈夫だ。行ける。
 周囲の客に気付かれないよう、静かに呼吸を整えていると、いらっしゃいませぇ、と宝石店に似つかわしくないスーパーみたいな掛け声が聞こえてきた。

「お客様ぁ、良いでっしょう? とても良いでっしょう? このジュエリー達。海外の有名、マイナーブランド関わらず、うちのディーラーが直輸入しているんですぅ」
「はぁ、そうですか」

 話しかけて来たのは女性だった。話し方がかなり胡散臭い。僕とそう変わらない歳にも見えるが、どこかおばさん臭が漂う。先ほどの掛け声はこの人が放ったようだ。
 胸元には『神野みこと』と書かれたネームプレートをつけている。プラチナスペシャリスト、と肩書きがされているのだが、凄腕なのだろか。とてもそうは見えない。
 
「お客様、今日はプレゼントか何かでお探しですか?」
「え、ええ、まぁ」
「ちなみに、ご見当されている商品とかは?」
「いえ、まだ。ただ、その……」
「はい?」
「ゆ、指、指」
「指? Finger?」
「No finger! その、指……指輪にしようかなと……」
「あらぁ! 指輪! 素敵ですねぇ!」

 話すべきか迷ったが、店員に隠しても仕方ない。むしろ話さないと、とんでもない物を売りつけられる可能性もある。
 南無三、と僕は内心で神に祈り、この店員に全てかけることにした。例えブリ大根の指輪になったとしても恨んでくれるな。
 
「実は、結婚指輪を探しているんですが、その、値段の相場とか全然分からなくて……」
「あら! なんて素敵なんでっしょう!」いちいちリアクションがでかい。「そうですねぇ、お値段であれば、一般的に『給料三ヶ月分』なんて言いますけど――」

 ギクリとした。一応それくらいの予算は視野に入れていたが、いざ口にされると惜しくなる。

 あの女に、僕が給料三か月分?
 たまらない。

 いや、良いのだが。
 そうだ、良い。そのつもりなのだ。
 良い。そう、良いのだ! もうどうでも良い!

 僕が頭の中で半ばやけになっていると女性は言葉を続けた。
 
「一般的に『給料三ヶ月分』なんて言いますけど、最近は決してそういう訳でもないんですよぉ」
「詳しくお話をお聞かせください」半ば喰い気味に答えた。

 いよいよ本格的に接客に入ろうかとしたところで、不意に「神野さん、お電話です」と別の女性店員が奥から声をかけてきた。
 水を差された為か、女性の顔が一瞬般若の様な顔になり、瞬時に戻る。サブリミナル効果かと思うほどの早変化だった。

「すいませんねぇ、二十秒、お待ちいただけますか?」
「はぁ……」

 ホホホと愛想笑いを浮かべながら、店員は奥へと引っ込む。接客中に電話に出るのか、と内心驚いていると、店の奥から「テメェ人が接客中なの見えねぇのかよあぁ!?」と鬼の様な声が聞こえてきた。
 その後間もなくして、再び店員が現れる。
 
「ホホホ、すいませんねぇ。あの子新人でして。知らないって怖いことですねぇ」
「いえ」僕はこの女が怖い。
「それで、指輪の話なんですが、昨今ですとダイアモンドではなくて、誕生石を用いたオーダーメイド指輪なんかも流行ってるんですよぉ。しっかりとしたプラチナのリングに、デザイン装飾も色々あって、値段もお手ごろで、若い方に特に人気が出てるんです」
「誕生石……」

 悪くないかもしれないな。ピンと来た。
 彼女の誕生日か。
 いつだ?
 知らない。
 
「じゃあ、とりあえず十二月の石を教えて下さい」
 すると店員はカタログを出して三つの石を見せてくれた。
「十二月だと、ターコイズ、ラピズラズリ、タンザナイトなどがありますぇ。ラピスラズリは頭痛や喉の痛みに効くんです」なんだそれは。
「この三つだと、人気が高いのはタンザナイトですね。知性や意識を高める石とされていて、石言葉は空想・冷静・神秘」
「なるほど……」

 彼女にはもう少し歳相応の冷静さは持っておいて欲しいと思っていたのだ。存在も神様からのプレゼントと言う、神秘的で空想そのものだし、ピッタリではないか。

「じゃあ、このタンザナイトの指輪をお願いします」
「ありがとごじゃまーす!」
 けたたましい声が響き渡る。この人本当に大丈夫か。

 だが、後に分かった事だが、この女は全店ナンバーワンの売上げを持つ女だった。


 とにもかくにも、クリスマスの準備は、これで万端だ。
 受取日は十二月二十三日。
 そして、あの女との会合は二十四日に取り付けてある。日曜で互いに会社が休みなのだ。
 今年のクリスマスは、僕にとっても、彼女にとっても、忘れられない一日になるだろう、恐らく。
 
 
 ○3○
 
 今年のクリスマスイブは日曜だ。
 だからか、電車の中には驚くほど沢山のカップルが生息していた。
 人が人生一世一代の大勝負を仕掛けようとしているのに、皆、呑気な事に顔一杯に笑みを浮かべている。今日と言う一大イベントに、気がはやるとでもいうのか。
 
「ぐふふ、ぐひへへ、えへぇ」

 そうだ、僕の横にも、同じく気がはやっている奴がいた。
 彼女は、世にも不気味なだらしない表情で、今にもよだれを垂らさんとばかりに顔を緩めている。

 三メートルは離れたい。
 それが、僕の本音だ。

 僕達は電車に乗って、繁華街へと向かっていた。そこのレストランを予約しておいたのだ。以前仕事の接待で使った店だったが、とても良い雰囲気だったので採用した。
 この女にそんな素敵な店などもったいないと思ったが、今日は僕のプロポーズの日なのだ。
 三十歳にもなって、ファミレスでプロポーズを行う男になることだけは、避けねばならない。

 車内は人が多く、混んでいる。僕達はドアの傍に二人して立っていた。
 
「うひひひ、うししし」
「そのクソ汚い緩んだ顔を今すぐ畳むんだ。いいな、十数える間にだぞ」
「だってぇ、まさかマスターから『二十四日に食事をしよう』なんて誘ってくれるなんて思わないじゃないですかぁ。毎年私から誘ってばかりだったし、何ならデートも私から誘ってばっかりですし、そりゃあ嬉しくて緩んじゃいますよぉ」
「あれはデートじゃない。付き添いだ。介護の一種なんだよ」
「またまたぁ、照れちゃってぇ、グフヒヒヒ」

 こうなってはもう手がつけられない。今日のヒロインとは思えないほど汚い笑みだ。見るに耐えない。この女がこれから僕の人生におけるメインヒロインになるのか。
 僕は溜め息を吐いて窓から外を眺めた。
 この時期は陽が沈むのがはやい。既に太陽は大分傾いており、真っ赤な夕焼けとなってその光を車内に射し込んでいた。もうすぐ冬の寒空に星が瞬き出すだろう。
 僕はそっと、右ポケットに入れた指輪の存在を手で確認した。鞄に入れても良かったが、手元にないとどうにも落ち着かない。ちゃんと入っているな。
 
「吉田部長、そんなところに乗っけてたら忘れちゃいませんか?」
「いやぁ、意外と重くてね、これ」
「もう、無くしちゃダメですよ? 重要なんですから」

 ボーっとしていると、隣に立っているサラリーマンとOLの会話が耳に入ってきた。座席上の棚に大切な書類を置いているらしく、それを部下らしき女性が指摘したのだ。
 男性のほうは、何だか頼りなく、いかにもと言った感じのしょぼくれたサラリーマン。
 一方で、女性はとても美しい人だった。仕事が出来そうな、しっかり者と言った印象。
 あんな女性と一緒に歩くとさぞかし比べられるだろう。気の毒に。会って五秒くらいのサラリーマンに、僕は内心同情した。日曜――しかもクリスマスイブに仕事か。ますます気の毒だ。
 
「次の現場はどこでしたっけ」
「たしか四越デパートじゃないかな。あそこは六時くらいから込み出すんだよ。僕達みたいに休日出勤したサラリーマンが、帰り際にプレゼントを買うんだ」
「割と何でも揃いますもんね。種類も多いし」

 量販店への営業か……。耳にしただけでもゾッとする。営業の外回りとか、販売業とか、接客系は僕が最も苦手とする仕事の部類だ。多分、彼らにとっては今が一年で一番の繁忙期なのだろう。
 こうやって頑張っている人がいる一方で、僕の目の前で顔を緩めている人間の屑みたいな女もいる。会社ではそれなりに活躍する経理らしいのだが、とてもそうは見えない。世の中とは本当に、平等に出来ていないものだ。
 
「君も仕事しろよ」
「えっ!? 何ですか急に」
「もっと現実を見るんだ。明日は仕事だし、きっと忙しい。そのことを自覚するんだ」
「クリスマスくらい夢見させてくださいよ……」

 酷い扱いに見えるかもしれないが、この女はこうやってたまに水を差さないと、勝手にヒートアップして暴走し出す傾向にある。これで適正なのだと知った瞬間、いつしか僕の中から遠慮は消えた。
 落ち込む彼女の姿をよそに、僕は再び先ほどのサラリーマン達の会話に耳を傾ける。

「そう言えば、今年は豊崎さん、来られないんですね」
「ああ。驚いた事に、彼は来年から本部長になるらしいよ。現場に出ている暇はないんじゃないかな」
「さすが、本社のエリート」
「生粋のたたき上げだからね。実力をガンガン発揮してるんだろう」
「私達も負けてられませんね、吉田部長」
「その部長って言うの、ちょっと落ち着かないね」
「いいじゃないですか、出世したんだから」
「出世しても現場応援は変わらないよ」

 その時、車内アナウンスが流れ、次の駅名が読み上げられた。

「そろそろ着きますよ」
「ああ、ちょっと時間押してるな。急がないと」
 やがて電車が駅に着き、サラリーマンとOLはそんな感じに仕事の話をしながら降りて行った。その後姿に、内心エールを送る。

 あのサラリーマンには、何故か他人とは思えない不思議な繋がりを感じるな。

 そう思い、ふと、座席の上に目を向けると、先ほどサラリーマンが置いていた書類の入った茶封筒がそのまま置きっぱなしになっていた。
 
 マジか。
 ジリリリ、と発射ベルが鳴る。
 どうする?
 一瞬考えた後、僕は言った。

「降りよう」
「えっ? でも目的地は次の駅ですよ?」
「時間はある。大丈夫さ」

 僕はそう言うと、棚から封筒を取り、彼女の手を引いて電車を降りた。
 降りてすぐ、先ほどのサラリーマンとOLの姿を探す。

 いた。
 階段を上っている。
 急いで追いかければ、間に合うはずだ。

 歩き出そうとした途端、「ぐへへへ」と背後から不気味な笑い声が聞こえ、僕は振り返った。
 彼女が、先ほどの緩んだ表情に、更に輪をかけてだらしない顔をしていた。
 
「化け物かよ」
「だって……今日のマスター、とってもダ・イ・タ・ン」
「あぁ?」

 気でも狂ったかと思っていると、自分がいつの間にか彼女の手を握っている事に気付いた。咄嗟の事だったので無意識にしてしまっていたのだろう。
 僕は彼女の手を振りほどくと、ズボンでそっと手を払った。
 
「ちょっと! それ! 何で手を払うんですか!」
「事故だからだ」

 先ほどの階段に目を向ける。下らない茶番をしている間に、もうサラリーマン達の姿は見えなくなっていた。
 
「君が下らない事を言うから見失っちゃったじゃないか」
「えぇ? 何の話ですか?」
「いいから、行こう。訳は後で話す」

 僕が歩き出すと「ちょっと待ってくださいよ、マスター」と彼女は口を開いた。
 振り返ると、そっと手を差し出される。
 何のつもりだ。怒りに手が震える。
 
「手、握っとかないと、飛んでっちゃいますよ。風船みたいに」
「火星まで行け」
「あぁ! ちょっとマスター! 待ってくださいよ!」

 僕が歩き出すと、彼女は声を上げて追いかけてきた。
 手? 繋ぐはずがない。
 そんな事したら手汗が出るではないか。
 
 
 ○4○
 
 急いで会社員二人を追って改札を出たが、とうとう見つかる事はなかった。
「遅かったか……」
 あの時見失ってしまった事が悔やまれる。
「ちょっとマスター。さっきからそんな大きな封筒持って、何やってんですか。いい加減教えて下さいよ」

 不機嫌そうな彼女に「あぁ」と僕は口を開いた。

「電車でこの封筒を置き忘れていた人がいてね。大事だとか話してたのが聞こえてたから、追いかけたんだよ。……でもどうやら見失ってしまったらしい」
「えぇ!? 何で見失っちゃったんですか! もう、マスターは肝心なところでいっつもそうなんだから」

 僕がこの女をどうやって八つ裂きにしようか考えていると「もう、仕方ないですね」と彼女は声のトーンを変えた。

「交番に持って行きましょう」
「交番? 駅の改札じゃなくてか」
「駅員さんに渡すと、違う場所に運ばれちゃうんですよ。駅の落し物は、一箇所に集めて一括管理してるらしいです。私も以前財布落とした時、えらい苦労しちゃいました」
「そう言えば夜中三時くらいに泣きながらうちに来た事があったな」
「それですそれです。良く覚えてますね」

 忘れるはずも無い。深夜にベッドで寝ていたら、玄関のドアをドンドンと叩きながら「開けろ」と泣き叫ぶ女の声が聞こえてきたのだ。心臓が止まるかと思うほど恐怖した記憶がある。
 
「確かあの時マスター、何故か包丁を持ってましたよね。もう、やっぱりおっちょこちょいなんだから」
「時代が時代なら叩き殺していたと思うよ。……でも交番か。電車で落し物したら、普通駅員に尋ねるから、ますますややこしくならないかな」
「駅員さんに言伝を頼むのはどうでしょう」
「かえって怪しくないか。まぁ、他に方法もないし、やるだけやるか。……でも君、えらく従順だな。もっと文句言うかと思ったが」
「いつもなら、文句言ってたかも知れませんね。でも、今日はクリスマスですから。今日くらい、サンタ気分を味わうのも悪くないかなって」
「プレゼントが書類って嫌だな」

 一度改札に戻ろうかと思ったが、そこで駅前にある四越デパートが目に留まり、ふと足を止める。

「なぁ、ちょっと書類を届ける前に、寄ってかないか」
「えっ? デパートにですか? 後でもいいんじゃあ……」
「実は、この書類を落とした二人が、四越に行くって話をしてたんだよ。今なら会えるかもしれない」
「行き違いになったらまずくないですか?」
「どの道届けは出すだろうし、少しくらいなら遅れたとしても心配ないさ。それより、なんだかこっちに行ったほうがいい気がするんだ」
「何なんですか、その勘」
「クリスマスの勘、だったりして」
「意味わかんないですよ」
 
 そう言いつつも彼女は、猫みたいな目でこちらを見ている。確かな好奇心が宿っていた。クリスマスガールとして生み出された彼女は、クリスマスに関連付けられると逆らう事が出来ないらしい。
 
「まぁ、たまにはマスターの気まぐれに付き合うのも悪くないですね。借しにしておきます。プレゼントで返してくださいね」
「嫌だ」
「えぇ!? 話の流れ的にそこは肯定してくださいよ!」
「いい歳した女の頼むプレゼントほど怖いものはない」
 僕達はああだこうだと言い合いながら、デパートへと向かった。

 中に入ると、赤や緑や白などの色を基調にしたクリスマスカラーの装飾がまず目に飛び込んできた。オルゴールアレンジのクリスマスBGMが館内に流れ、建物が辺り一帯、クリスマスの気配に彩られている。お客も多く、カップルだけじゃなく、家族連れで来ている人の姿も度々見受けられた。

「うわぁ! 素敵ですねぇ! マスター!」
 メインエスカレーターの前にある馬鹿でかいクリスマスツリーを眺めて、彼女は目を輝かせる。
「君は本当に、クリスマスが好きだな」
「そりゃあもう! なんたってクリスマスガールですから」

 一応自分がクリスマスプレゼントだったと言う自覚は彼女の中にまだあるらしい。
 彼女が地上に降りてきてもう七年か。生命として意識が始まったのは、彼女にとって七年前からになる。
 神様の都合で作られた存在、クリスマスガール。
 そんな不安定な存在、僕だったら発狂しているかもしれない。そう言った意味では、彼女の底抜けな明るさはある種救いでもあるのだろう。
 
 二人で一緒にデパート内を歩く。サラリーマン達の姿を知っているのは僕だけなので、彼女はどちらかと言うとウィンドウショッピング気分の様だった。付き合わせた身としては、その方が気が楽だ。
 三階のおもちゃコーナーに来た時、ふと彼女が足を止めた。
 視線の先には、大きな鉄道模型が並んでいる。ミニチュアで駅が再現されており、その造形は見事だ。沢山の子供たちが、夢中でその模型を眺めていた。

「素敵ですねぇ……」
「これは、見事な展示だな。子供も夢中になるわけだ」
「そうじゃなくて」
「えっ?」
「子供達がクリスマスに、オモチャを見て夢中になってる。この平和な光景が、素敵だなって」
 
 確かに、見てみるとクリスマスの装飾も相まって、とても温かい光景に思えた。
 
「子供かぁ……」
 
 同じ歳の友達は、早ければもう二、三人子供を生んでいる。保育園や幼稚園に通い出すような歳にもなっているのだ。そう考えると、僕は随分と遅いのかもしれない。
 自分が親になった時の事を想像しても、全くイメージが湧かない。

 ふと、視線を感じ、見ると彼女と目があった。
 すると彼女は真っ赤になり、そのまま顔を背ける。
 
「ふた、二人くらいですかね」
「何が」
「こ、子供」
「ああ、二人くらいが良いかもなぁ。三人兄弟ってのも悪くないけど」
「さ、さ、三人ですか!?」
「えっ? ああ。うち三人姉弟だし。一番上は姉なんだが、姉が統率するって言う姉弟関係は、割とまとまりがあって良かったな」
「へ、へぇえ、産めるかなぁ」
「産む気なのか」
「えっ? ま、まぁ……」
 
 誰の、と聞きそうになったが、そう言ったデリケートな点を聞いても良い物か迷った。迷っていると、妙に重い沈黙が降り注ぐ。何だこれは。

「君が良く分からん事言うから、変な空気になったじゃないか」
「すいません……」
「そう言えば、他のクリスマスガールはどうしてるんだ。もう皆母親になってたりするのかい? この世界に降りたのは、何百人も居たはずだろ?」
「ええ、まぁ。先日同窓会を行ったんですが、何人かはママになってましたね」
「皆、当時のパートナーと結婚を?」
「いえ、それがそうでもないみたいで……。浮気されたりとか、事故でパートナーが死んじゃったりとか、色々あるみたいです。当時のパートナーと今も一緒に居るのは、七、八割くらいでしょうか」
「プレゼントをどうしようと人の勝手……か。パートナーの為に贈られたのに、君達にしたら、ひどい理不尽な話だな」
「ただ、不幸って感じの子は居なかったですね。一時は心が落ち込んでも、助けてくれる誰かが居てくれたり、支えてくれる人が居てくれたみたいで」
「神様が創ったクリスマスガールだから、神様の加護があるのかもな」
「そうだと良いですねぇ」

「お客様、そちらの商品、いかがですか?」

 話していると、不意に声をかけられ、僕らは同時に振り向いた。

「そちらの商品、小さいお子さんに、とっても人気があるんですよ」

 あっと、思わず声が出そうになる。
 立っていたのは、僕が電車で会ったあのサラリーマン達だった。

 ○5○

「ミツケタ、ミツケタ……」

 僕がサラリーマン――確か吉田部長だったか――の腕を掴むと、隣にいたOLが「吉田さん!」と声を上げた。

「騒ぐな。騒ぐとこの男をコロス」
「えぇっ!?」吉田部長が声を上げる。
「ちょっとマスター! 何やってんですか! その人たちに何の恨みがあるんですか!」
「えっ? 恨み? 無いが」
「じゃあ恨みも無いのに私を殺そうと!?」吉田部長が震え上がる。
「殺す? 何言ってんですかあんたは。何で善良な市民である僕がそんな事するんです」
「いや、今あなた、自分で“殺す”って言ってたじゃないですか」
「はぁ? そんな事言ったか?」

 僕が彼女を振り返ると、彼女は静かに頷いた。
 なるほど。
 
「どうやら手違いがあったようで」
「手違いでこんな事を?」

 僕は吉田部長の手を離すと、ふうと一息ついた。
 
「まぁ別に。悪気はないんです。許せ」
「悪気しかないように感じられましたが……」
「僕はあなた達にこれを渡すためにやって来たのです」

 僕が吉田部長の発言を無視して鞄から封筒を出すと、OLが「あっ」と声を出した。
「部長! それ! 電車の棚に置いたやつですよ! 新商品の予算見積もりとか企画概要とかの書類!」
「そう言えば、降りる時持って行くのを忘れてたな……」

 そんな重要な書類だったのか。電車の棚に置くと言う管理体制に不安しか感じない。

「どうしてこれをあなたが?」
「実は電車で、あなた達のすぐ隣に居たのです。それで、お話が聞こえてきて。大切な書類だとおっしゃっていたので、追いかけてきました」
「そうでしたか……それは、何とお礼を申し上げて良いものやら。本当にありがとうございます」
「いえ、人として、当然の事をしたまでですから」

 確信した。この空気であれば乗り切れる。

「マスター、遠回りした甲斐がありましたねぇ! これで先ほどの殺人予告はチャラです!」

 真の敵はいつも一番身近に居るものだと僕はこの時知った。

「と、とにかく、我々はこれで」
 蒸し返されて騒がれてはたまらない。急いでその場を離れようとしたところ「待ってください」と声を掛けられた。
「あなた方、今日は何か用事が?」
「えぇ、まぁ。食事に行く予定でした。とは言え、時間的にまだ余裕はあるので。ご心配なく」
「いや、それでも本当に、ありがとうございます。忙しい中、こんな場所まで。中々出来る事じゃない」

 まぁ、確かに。ここまで追いかけて来る事は普通じゃありえないだろう。と言うよりも、いつもなら、恐らく僕もここまでは追いかけて来なかったかもしれない。
 今日、僕が彼らにこうして届け物をしたのは、明確な理由があったからだ。

「良いんです。今日は、クリスマスじゃないですか」

 僕が言うと、吉田部長は「……そうですね」と嬉しそうに笑みを浮かべた。

「ところで、お二人はオモチャのメーカーの方か何か?」
「ええ。クリスマスに子供達に喜んでもらう。それが、我々の仕事です。この鉄道模型も、うちの商品で。こんなに綺麗に飾ってもらって、子供達が見てくれている。嬉しい事ですよね」

 そう言って、吉田部長とOLは静かに微笑んだ。僕達も、釣られて笑みが浮かぶ。
 これこそが、本当に誇りあるサラリーマンと言うものだ。
 こんな人達のためなら、わざわざ遠回りをした甲斐もある。心からそう思った。
 
「それにしても……」
 吉田部長が口を開く。
「あなたとは、何だか初めて会った気がしないな」
「あなたもですか? 実は僕もなんです」
 僕達は二人して妙な感覚に首を傾げた。



 オモチャコーナーを出た僕達は、もう少し時間があるという事で、館内を見て回る事にした。

「いやぁ、良かったですねぇマスター! 人助けをした後は実に気持ち良いもんです!」「君のせいで一部追い込まれた部分もあったようだが」
「そりゃあマスターがおかしな行動するからでしょう」

 図星なだけに、言葉を返せない。しかし、納得がいかない。
 僕がこの女をどう八つ裂きにしてやろうかと考えていると、チョイチョイと誰かにマウンテンパーカーの裾を引っ張られた。思わず足が止まる。何だ。何かに引っかかったか。視線を下にやる。

「兄ちゃんおらんねん……」

 僕の服を引っ張っていたのは、子供用のベンチコートを着てマフラーを巻いた、泣きそうな顔の小さな子供だった。
 坊ちゃん刈りで、今にもくしゃくしゃにしたくなるほどのマシュマロほっぺをしている。何て愛らしいんだ。

「ヘイボーイ。どうしたんだい? お兄ちゃんとはぐれたの?」
 僕が尋ねると、子供はコクリと頷く。
「紅子もおらへん……。竹松も」
「紅子と竹松?」

 何だその松竹梅みたいな組み合わせの名前は。知り合いだろうか。

「どうしたんですか? マスター」
 当惑していると、先を歩いていた彼女が戻ってきた。僕と子供を見て、目を丸くしている。
「その子は?」
「どうやら迷子みたいだよ、ワトソン君」
「誰がワトソン」

 突っ込みながらも既に彼女は、子供のマシュマロほっぺに人差し指を突っ込むと言う禁じ手を行っていた。

「何をしている」
「すいません……つい」
「何やぁ、このけったいな人」ひょうたんみたいな顔になりながら子供はジタバタしている。
「これはね、変態さ。社会と言う砂漠に生きた魔物だよ」
「ちょっと! 言い過ぎですよ!」

 文句を言いながらも彼女は断りなしに子供を抱きかかえだす。

「何やねん、やめんかい!」
「おやおやおやぁ? その様にプリプリなほっぺで言われてはやめる訳にはいきませぬなぁ?」

 子供を片手で抱っこしながらほっぺをつつくと、子供は先ほどの泣きべそを一転させ「やめろやぁ」と楽しそうにはしゃぎ出した。
 そのあどけない笑みに、心臓が揺さぶられるような衝撃を受ける。
 これは……?
 眠ってた母性本能だと言うのか?
 僕は震えた。
 

 
 改めて、現状を確認する事が出来た。
 どうやらこの子はお兄ちゃんやその友達と街を歩いていたところ、途中で見かけた僕の背中をお兄ちゃんのものと勘違いしたらしく、そのまま四越デパートまでついてきてしまったらしい。
 
「さっきオモチャんとこ寄ったやろ? せやから、今年のプレゼントはオモチャや思てん」
 鼻水をすすりながら左右の人差し指をつんつんする姿が愛らしすぎる。
「じゃあこの子のお兄さんたちはここにはいないって事ですよね? マスター」
「えっ? ブリーフはくならふんどしマスターしてからに? それはどうだろう」
「耳引きちぎりますよ」

 彼女は僕に睨みを利かすと「お兄ちゃんの連絡先分かる?」と子供に尋ねた。
 しかし子供は首を左右に振る。
 
「情報無しか。こうなったら交番に連れて行くしかないか」
「え? ここの迷子センターに連れて行ったほうが良いんじゃあ」
「街中で子供を見失って四越デパートには行かないんじゃないかな。すぐ近くに駅前の交番があったはずだから、そこに連れて行こう」
「途中でこの子達のお兄さんに遭遇して、誘拐犯と間違われないでしょうか……。物騒な世の中ですし」
「正しい事もし難くなったもんだ」
「世知辛い」
「ええから交番行くなら早よ行こや」
「はい」
 
 五歳程度の子供に先導される大人たち。
 
「そう言えば、名前をまだ聞いてなかったですね。名前は何て言うんですか?」
 彼女が尋ねると、子供は「貧乏神」と小さく答えた。
「えっ?」
「貧乏神やで。うちは、貧乏神の貧ちゃんや」
sage