家の中は此の世の如何なる場所より安全だ。
普通はそう思うに違いない。
好き好んで外で寝る人も居なければ、
家を要らないと自分から外に住む人などまず考えられない。
そう、家は絶対な安息場である……筈だった。
光田の家は一軒家だ。それほど大きくもなく目立たない、
どこにでもあるような家だった。
光田は玄関に出て靴を脱ぎ、一言ただいま、と帰宅したのを伝えた。
しかし、返事はなく、それどころか物音一つしない。
「おかしい」
光田はそう思った。
今は午前12時を少し回っている。
この時間、光田の母が家に居ないことは一度もなかった。
その時間帯は必ず家に居る時間、と母が自分でも言ってたぐらいだ。
それなのに、聞こえるのは秒針の音と心臓の高鳴り音。
玄関を抜けリビングに入ったが、それでも物陰一つ見えない。
「誰もいないー?」
やはり返事が無い。
少し不審に思いつつも取り敢えずはと、PCを見た。
今日は早く帰るだけあってwinnyをずっと付けていたようだ。
光田は淡い期待をしながらモニターに目をやると、
デスクトップに見覚えないファイルがあるのに気付いた。
「ん?何だこれ。……“悪魔召喚プログラム”……?」
光田は一時間前のこともあり、
不気味に思いつつも、興味本心で起動してみようと思った。
しかし、何も起きない。
いくらクリックしても起動すらしない。
「あれ?なんだよこれ。リンクされてないのか?」
そう思ってあれこれいじっていると、光田の後ろから声がした。
「ただいまー!」
「うわっ!?」
ぎょっとして振り返ってみるとリビングの入り口に弟がいた。
「何だ、帰ってるんなら早く言えよ!」
突然後ろから声を掛けられた光田は心底驚いていた。
「ただいま、ただいま」
「あーわかったから、おかえり」
「ただいま、ただいま」
(?)
何か様子がおかしい、
そう思いながらも、母さんの行方を知っているか尋ねた。
何故か早く聞かないといけないような気がしたからだ。
「なぁ、母さん帰ってない?どこにいってるかわからないんだ」
それを聞いた弟は不思議そうな顔をして頭を傾けた。
弟が考え込むようにしている状態で暫く経ち、
光田は弟の奇妙な行動に何かあると確信めいたものを感じ始めた。
もう我慢が限界だ、と光田が口を開いた――と思うと
弟が頭を小刻みに揺らし急に話し出した。それも唸るように。
「$&#@%#:?」
あまりの突拍子の無い出来事に光田が呆気にとられていると、弟が急に飛び掛ってきた。
光田はハッと我に返り傍にたまたまあったゴキジェットを顔に噴きかけた。
それに驚いた弟の一瞬の隙を見て洗面所に逃げた。
洗面所に入り、内側からドアの鍵を閉め、窓から抜け出そうと浴場に行くと、
そこには乾燥してわかりづらいが、見慣れた人が風呂を背に座り込んでいた。
「たすけ……て……」
しかし、今の光田にはそれに構う余裕もなく、
家から抜け出し出来るだけ遠くに行くことで頭がいっぱいになっていた。
やっとのことで抜け出し外の様子を見ると、
たったさっきまで晴れ晴れとした空は赤く染まり、
黒く赤みが掛かった雲が縦横無尽に空を漂っていた。
光田は突然の見知らぬ光景に戸惑うが、
襲われている事を思い出し、遠くに走っていった。