Neetel Inside ニートノベル
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私が私になった日
【今年 三月】

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友だちなんかもう作らないと決めた私の決意は、実際のところ上手くいかなかった。いや、途中までは完ぺきだった。そもそも自分以外一家全員が死んだなんて事実が既に知れ渡っているので周りの反応は同情を買うか気持ち悪がられるかくらいだった。そこに他人を突っぱねるような雰囲気と実際の言動、行動を合わせれば他人とのつながりなんてできようもないはずだった。
いい加減、自分の異常さにも気が付いていた。気持ちを読めるだけに他人からもそう思われていることに気付いた。それはまるで軌道から外れた衛星のように、人というのは普通から外れてしまえばどことも知れない果てに消えて行く。
だが、誤算というか、それまでに経験がなかったゆえに考えが及ばない範囲があったことにこの時私は気付いていなかった。
知らないことは分からない。無知の知なんて詭弁だ。
 だって知らないことを知っていたところで、結局それは自分が馬鹿だという事実を知っているだけで中身を知っているわけでもない。
 対策を立てられない時点でそれはやはり知らないだけなのだ。
 この私の無知が彼、いや彼らと結びつくきっかけになったと言える。その契機ともなった彼はいわば鍵であった。
 なんて大げさにいうと、豊かな人生経験を過ごしてきた人間には笑われてしまうだろう。
 私の誤算とは単純な話、転校生、だったのだから。
 こんなへんぴな町に転校してくる人間などいないなんていう思考をして見過ごしたのではない。馬鹿な話、知らなかったのだ。転校生という生き物を。
 だってこんなへんぴな町に今まで誰も転校してこなかったのだ。知りようがない。日本語として知ってはいるけれど、どういうものなのか観測したことはない。だから予想しようもない。
「初めまして。何のとりえもない普通の人間ですが、特に特技もなく普通なやつですが、仲良くしてくれると嬉しいです」
 彼の第一声から、私はまずいと思った。こいつは言動に反して普通じゃないとすぐにわかったのだ。
 普通から外れているという大きな意味でのカテゴライズをすれば私とて同類。ゆえにわかる。そのグループを一口に異常ということにしよう。
 異常である人間だから、私は彼に危機感を覚えた。……というわけではない。それだけではない。
 異常というならこの学校にだってこのクラスにだって相当数いるのだ。もちろん度合いで言えば異常度が薄い奴も居るのだけれど、一と零の差は大きい。普通な人間とはどこか違う。
 実はそういう人間は少なくない。
 周りに友達が居る人でも何か言い知れない疎外感を感じているならば、性格が合っていないという以外に己が異常性を持っているという可能性があることを看過できない。
 ここまで話を展開した所で、そろそろ理由を言えといわれると思う。だから答えよう。
 私が彼を脅威に思ったのは、異常に属するのに普通であるということだ。
 異常は孤立する。類は友を呼ぶというが、類でなければ友にならない。しかも、異常同士はそれぞれ違う個性に特化しているがゆえに衝突してすれ違うことさえはばかれることも多い。
 だが、普通は友達を作る。
 再度言うけれど、私は幸せになるべきではない人間だ。だから私は友達を作ってはいけない人間であることは言うまでもないだろう。死ぬまでどうでもいいように生きるべき人間のはずなのだ。
 類は友を呼ぶ。だからこそ、彼は異常と友達を作る。このクラスに異常な人間は私が認識するだけでもそこそこいるのだが、私がターゲットにならないと安堵できる数ではなかった。
 事実、私は彼と友達になることになる。他にも榊田や国原という人間が集まった。彼も彼女も同様異常性を垣間見せる人間だった。
 過去の私の意思は思いがけず拍子抜けするほど簡単に崩れ落ちた。
 なんて思慮に欠けると言われても仕方がない。
 でもこれを自分なりに分析するなら、私の思考能力の欠如じゃないと言わせてもらいたい。
 つまるところ、私は寂しかったのだ。友達が欲しかったし、友達が居ることで安堵を覚えてしまっていた。
 その後、私と彼らは残忍な事件に巻き込まれることになってしまったけれど、過去ではない今の私だからこう言える。
 彼らと友達になったことを、私は後悔してはいけない。するつもりもない。するはずもない。友達になれて幸せだったし、これからもそうであり続ける。
 心の移り変わりの激しい人間だと思うかもしれない。でも、激変するだけの衝撃があったのだから仕方ない。あの事件は悪いこと殆どだった。しかし気付けたことも少なからずあった。
 最近私は思うことがある。
 お姉ちゃんはあのとき、私に幸せになるなと言ったわけじゃないのではないか。
 事件の全てを明らかにできる証拠もないけれど、しかし恐らくはそうなのだと思う。お姉ちゃんは私の幸せを潰そうとなんてしていなかったと今では確信している。
 ただ、私の幸せを奪ったのは姉である自分なのだと信じさせたかっただけなのだ。
 希望的観測だと言われても否定はしない。でも、誰にでもあるだろう? 言葉ではいいあらわせない確信を持つときは。
 それは家族としての心のつながりなのかもしれない。私は、そうであったらいいと思う。

     

 さて、あの事件というものがどういうものか。これを先に話しておこうと思う。そうでなければ私がお姉ちゃんの真意について考えが変わったきっかけも理由も、きっと話しがたい。
 私に友達ができてしまったことこそ、突き詰めて言えば原因となる事件だった。実際は彼に友達ができてしまったことが悪かったのだけれど。彼とは、当然転校生のことである。
 彼は本来友達など作れない異常な人間と友達になれる。これは異常側からすると驚異的であり、寂しさを常日頃感じざるを得ない身としてはのどから手が出るほど欲しい人間なのだ。
 彼は結局私と、榊田、国原という人間と仲良くなった。榊田は背の高い、大木のような男。国原はいかにも精神が薄い、不安定な女だった。しかしあのクラスには他にも異常たる存在はいた。それが今回の犯人である。
 彼女は綿貫といった。生徒会に所属する一見普通に優秀な人間であるが、実際はそうでなく彼を渇望していた。彼女は彼を愛していたと言って相違ない。他人を理由に人を殺せるほどの感情を愛という以外無いだろう。人殺しが愛の絶対条件ではない。しかし、そこまで自分を失うことのできる気持ちというのは愛なのではないか。
 綿貫は、彼の友人たる私や榊田や国原に激しく嫉妬した。そして彼女は国原を殺した。
 榊田には罪をかぶせようとした。あれをかぶせようとしたと言えるかは微妙だけれど、結果的にはそうだった。そうすることで、彼から引き離そうとしたのだ。
 では私はどうかと言えば過去を利用された。過去とは言うまでもなく家族が死んだあの日のこと。死人が出れば、誰かが私の過去を彼に吹聴する。実際にしたのは綿貫本人だったが、しかし流れとしては何ら不自然ではない。ただ心配してくれるクラスメートのようにしか映らない。
 普通なら、話を聞けば私から遠ざかっていく。いきなり疎遠にはならずとも、壁ができるんじゃないかと私は思っていた。あいまいに壁ができていく。その内ベルリンの壁のように、相手は見えなくなっていく。離れていく。
 私はそれが嫌だった。どうせなら、すっぱりと諦めたかった。一縷の願いもあった。だから私は彼に、私の過去は事実であると告げた。
「そう、本当だ」
 肯定すると、彼は声こそあげないものの驚いた。当たり前だ。
 言いたくなかった。知らないからこそ友達になったのだ。知ってしまえば、きっと終わる。だから私は国原が死んだ時もまるで人が死んだのをはじめてみたかのように振る舞ってごまかした。
「別にいいんだけどさ」
 しかし、返事は想定外だった。
「なんで、そうだとしたら、お前は人の死が初めてみたいなことを言ったんだ?」
 慰めの言葉でもなく怒りの言葉でもなく引いたような言葉でもなく。ただ単なる純粋たる疑問文。彼が異常たるゆえんはここかもしれない。散々自分は普通だとのたまうくせに、異常に対して普通の反応ができていなかったのだ。
 けれど、分かってくれる存在になってくれるかもしれない。同じ異常であって、でも友達を作ることができて、私を友達にしてくれた。
 うっかり本音を言ってしまうのも、仕方ないだろう。
「そう。どうして私はこうにも死に愛されてしまっているのか解らない。だからどうにもできない。だから怖い。もしも本当に私に関係するものが全て命を落とす運命にあるのだとしたら、私は。私はまた失うことになってしまう。私は、お前たちを失ってしまうことがとても、怖い」
 友達を作るべきではないという理屈は友達が要らない、欲しくないという意味ではない。綿貫ではないけれど、人を殺してはならないという倫理を皆知っているものの生きていれば人を殺したい衝動を覚えることもあるだろう。
 私は友達が欲しかった。
「ならばいっそ拒絶すればいい。けれど、駄目なんだ。今度はどうしようもなく寂しくなってしまうんだ。私はウサギではないから一人になったところで死なないだろう。だがそれは死なないだけできっと生きることはもうできない。だから、お前たちを手放すことはできなかった」
 意志というのは何とももろく弱いものか。意志は自分の感情と一致してこそ固くなる。目標地だけ定まっても気持ちが向かなければ逆走することだろう。現にしたのだ。
 でも友達というのは相手あっての話だ。契約でもなく、口約束すらない。言葉を越えた何かでつながったもの。切ろうと思えば瞬間切れる淡い縁。
 やっと手に入れたものがまたなくなるのかと思って、私はびくびくしていた。外面は鍛えられても内面は鍛えられない。ポーカーフェイスを崩すことは無かったが、心はしっちゃかめっちゃかの燦々たる様子だった。
「……ウサギってさ、実は一人で行動する生き物らしいんだよ。だからあれは嘘なんだと。で、お前はウサギじゃない。だからきっと一人になると死んじまうんだろうな。僕は残念ながら解ってて見殺しにするなんて真似はできない。ほら、僕って半分がやさしさでできてるじゃない?」
 でも、彼は笑ってそう言った。
 何時ぶりだろう、自分に笑顔が向けられたのは。きっと最後は坂巻さんだったかお姉ちゃんだったかお母さんだったか思い出せもしない。でも温かさは覚えている。
 懐かしい優しさに顔がほころばざるを得なかった。
 彼を好きになるのも、仕方のない話だろう。綿貫の気持ちが少しだけ分かる。
 最後、彼に犯人であると知られた綿貫は目の前で死んだ。首にナイフを突き刺して。常備していたのだろうか。とすれば、彼女は最初から覚悟を決めていたのだと思う。
 人殺しは愛されない。だから、彼に知られてしまったら彼は絶対に私を愛することはない。ならばいっそ、死んでしまおう。綿貫はそう思っていたのだと思う。
 私はいくら彼のためだって人を殺したりはしない。自殺もしない。だからすべて丸々気持ちを理解することはかなわない。しかし、彼女は彼が好きだったのだということはよく分かった。
 人を殺してそして最後は自分を殺した。
 それはまるでお姉ちゃんみたいじゃないか。
 ふと、そんな考えが頭をかすめた。偶然の一致だろう。殺人はさておき、自殺方法で言うならば首を狙うのは比較的分かりやすい手法だ。たまたま同じだってこともありうる。もちろん、お姉ちゃんと綿貫が示し合わせたはずもない。
 でも、どうしても重なってしまう。
 だから。
 あの事件が幕を閉じ、落ち着いた頃。もう一度私はもう一度考えてみることにした。おかしいところはあったのだ。近頃のお母さんの様子だとか、あの場に全然家に帰ってこないお父さんがいたとか、私が居ないのに坂巻さんが家にいたとか。
 私は何かを見過ごしているのかもしれない。そうして別解ともいえる答えを見つけた。
 あの事件が無ければ、きっと私は一生気付かなかっただろう。
 憎しみで人は人を殺す。けれど、愛でも人は人を殺す。そのことを死ぬまで知らなかったに違いない。

       

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