Neetel Inside ニートノベル
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 1月15日当日、桜田総理の周りを少し離れて護衛の警官が5人いる。
内藤は指定された店舗が入っている8階建てのビルの二つあるエレベーターのうち、
向かって右側の入り口を見張っている。
左側のエレベーターには一文字、非常階段の下に杉村、ビルの入り口に種田、
大通りを挟んで向かいの6階立てビルの屋上に佐野が陣取っている。
 佐野稔は野口刑事の穴を埋めるため配属された。
と、いうよりは前の職場で意見の対立した先輩をぶん殴ったことが原因での、
栄転という名の左遷である。
佐野はオールバックにした髪を撫で付けながら、双眼鏡をのぞいている。
ここからなら向かいの七階がよく見える。
しかしマンガ喫茶には窓が無いので、どんなにその長身で身を乗り出しても
中の様子をうかがい知ることはできない。
 小指の一件以来、総理からの信用はすっかり失われているため、
マンガ喫茶の中までは付いてこないように言い含められている。
だから内藤たちは外で待機しているしかない。
幸い総理に盗聴器と発信機を仕掛けることには同意してもらえた。
 マンガ喫茶プリズンはこのビルの7階に入っていて、隣は居酒屋になっている。
総理は慣れないそぶりでマン喫の中に入って行った。
中は薄暗く、犯人がどこにいるか分からない。
とりあえず受付を済ませ、個室に案内してもらった。
総理は意外と広くこぎれいなところだったので安心した。
犯人がここを指定しなければ、一生来ることが無かった場所にいる総理大臣。
人生何が起こるかわからない。
 内藤はしばらく、桜田総理と連絡をとり続けたが、やがて返事が途絶えた。
何かに驚いていた様子だったので、もしかしたら盗聴がばれたのかもしれない。
発信機まで外されたら追跡できなくなる。
それどころか総理に危険が及んでいたしたら。
そう考えた内藤は突入を決意。
左のエレベーターが下に来ていたので、近くにいる一文字に先に行くように指示した。
「十分気をつけろよ。」
とは言ったが大丈夫だろう。
ぜんそくという持病を抱えてはいるが、一文字の銃の腕は署内一である。
右のエレベーターを待っている間に杉村に連絡をいれる。
「非常階段からマン喫に向かってくれ。」
入り口にいる種田にも援護にくるようにと声をかけた。
ようやく来た右のエレベーターに内藤は飛び乗る。
これで犯人の逃走ルートは全部潰した。
やむなくマン喫に突入したがもぬけのからだった。
突如として消えてしまったのだ。
彼の孫と同じように。
「入り口を閉めて、誰も出ないようにしてくれ。」
内藤は店員に警察手帳を見せながら言い、
大声で個室にいる客全員にカウンター前に集まるように言った。
くつろいで漫画の世界に浸っていた客たちは、急に現実に引き戻された。
 内藤は一文字に個室をひとつひとつチェックするように命じ、
後から来た種田にはトイレを調べるように言う。
内藤自身は客を足止めしながら、店員に総理を連れた奴が店から出なかったか聞いていた。
店員も見ていないという。
そもそも自分達が全周囲を監視していたのに、いったいどうやって犯人は逃げたのか?
客にも怪しい人物を見なかったか聞いていると、種田が慌てて戻ってきた。
「やられました、犯人は隣の店から逃げたようです。」
話を聞くと、トイレは隣の居酒屋と共用になっていて、
トイレ前の通路から居酒屋に抜けられるという。
 しかしまだ佐野がいる。
向かいのビルの屋上に待機させている佐野ならば、ビルから出る犯人たちを目撃しているはず。
そのとき、入り口の扉が急に開かれた。
杉村が非常階段を上がってきたにしては早すぎる。
「なんでお前がここにいる。」
内藤のその問いはもっともだった。
扉を開いたのは杉村ではなく佐野だったのだから。
「命令でしか動けない奴は刑事失格ですよ。」
どうも自己判断で突入したらしい。
こういう奴は大久保本部長ひとりで十分なのに。
内藤は自分の部署が問題児のたまり場になっていくのを嘆いた。
「くそっ、まだ近くにいるはずだ。降りて周辺を捜査しろ。」
ハァハァいいながらようやく上がってきた杉村には気の毒な命令だった。
この日、犯人も総理も見つからず。
後日、マンガ喫茶プリズンから借りた顧客リストからも手がかりはつかめなかった。
 総理大臣が消えて国会は騒然となった。
桜田総理は後継を指名していなかったため、総裁選が行われることとなったが、
野党は反発、解散総選挙を要求した。
結局、折衷案として桜田内閣で財務大臣だった上野が臨時総理大臣を兼ねるということで
折り合いが付いた。
この1月16日の政変は多くの国民に不信感を抱かせた。

       

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